12 どうでしょう
フリンツの案内でカイエが連れていかれた方に向かうが、気持ちが逸るのかそのスピードと立ち位置が完全に護衛の任に就いている者のそれではない。
これまでの彼の実直な仕事ぶりから考えると信じられない行動に、もしかするとフリンツもあの日レックスが感じた何かに影響されているのかもしれない。
フリンツに案内され屋外に出ると、向かおうとしていた方向と逆の方向から人の気配がした。
「誰かいるのか・・・?」
「きゃっ!」
声を掛けた気配は、令嬢たちに置いていかれ迷子になり一年生の教室がある校舎に戻れなくなっていたカイエだった。
一、二年生はクラスも校舎も男女別──紳士科と淑女科のみに分かれているため、淑女科の校舎に男子生徒が近付くととても目立つ。それが生徒会役員ともなれば猶更だ。それなのに今、淑女科の校舎に向かってカイエを伴って歩いている。
(やはりカイエと接触することにより自分はおかしくなるらしい)
先日のようにフリンツに一言いえばよかっただけのことなのだが、レックスの口をついて出た言葉は「ついでだ、送って行こう」だった。
何のついでもない。何なら遠回りですらある。生徒会の仕事も山積みだ。
最早操られているような状態のレックスを他の役員が放っておけるはずもなく全員で向かうこととなったのだ。
フリンツはレックスではなくカイエの護衛であるかのように立ち振る舞っている。カイエの少し前を歩き、淑女科の校舎まで先導して歩いているのだ。
レックスは日頃から何事に対しても耐えうる精神力を身につけられるよう努力をしてきたのにと悔しく思ったが、フリンツを見てもレックスが感じているような違和感を感じているようには思えない。どちらかというと、カイエに懸想している──そんな感じだった。
これまで培ってきたその精神力がなければ自分もフリンツのようになっていたのかと思うと恐ろしく感じた。
「生徒会役員の中でも第一王子殿下やラセジェス様、トレノ様。そして第一王子殿下の護衛を務めていらっしゃるリビーア様には婚約者様がおられるのです」
「そうでなくとも皆さま高位の方々なのですわ。男爵や子爵など末端貴族が共に歩いて良い存在ではありません!」
調べものがあり図書館に向かう途中、カイエが複数の令嬢に囲まれ叱責を受けている所に遭遇してしまった。エディが飛び出そうとしているフリンツを押さえ、イベルノが令嬢たちに声を掛けた。
「何を騒いでいる!」
イベルノ、エディ、ジャザ、エディに抑えられたフリンツがレックスの前に立ちリーエング男爵令嬢と物理的に距離をとる。すると、レックスはかろうじて冷静でいられるような気がした。
生徒会役員の登場に慌ててカーテシーをして立ち去ろうとする令嬢たちに、逃がさないとばかりにイベルノの叱責が飛ぶ。
正義感の強い男だ。集団で一人の令嬢を囲む、その行為が許せなかったのだろう。
「まて。少し話していたというには不自然だろう、我々は何を騒いでいたのか聞いているのであって、何をしていたのかを聞いているわけではない」
「わ、私たちは皆さまの婚約者様のことを思って・・・」
令嬢たちの口からは歯切れの悪い言葉が紡がれる。悪いことをしていたという自覚はあるらしい。
「──ならば、我々の婚約者に確認することにしよう」
掛けている眼鏡をクイと上げイベルノが令嬢たちを一瞥すると、令嬢たちは逃げるように立ち去って行った。
「このようなことが何度かあったの?」
不快だと思っていることを隠そうともせず、辺境伯令息のジャザ・フォレストがカイエに尋ねた。ジャザもイベルノ同様集団で一人を──という行為を不快に思っているのではない。
この男は自分より可愛らしいく美しいものを好む質で、その条件に合うカイエを寄って集って叱責していた令嬢たちを不快に思っているだけなのだとレックスは知っていた。優秀な魔術師ではあるが風変わりな男なのだ。
「いいえ、ただお話をしていただけですよ」
「君は優しいんだな」
ジャザの問いにそう答えるカイエに、フリンツが目を細めて声を掛ける。いつの間にかカイエの隣を陣取っているあたり重症だ。
ジャザとフリンツが動いたことでカイエとの間を物理的に遮断していたものが消えたためか、レックスの口が勝手に言葉を紡いだ。
「何かあれば相談に乗るから遠慮なく言ってくれ」
当然そんなことはこれっぽっちも思っていない。レックスは自分の言葉に驚き、思わず自身の口元を押さえた。
(やはりリーエング男爵令嬢の周囲には何かしらの力が働いている──)
カイエが満面の笑みで何かを言っていたが、それどころではなかった。
「──というような出来事があってね。リーエング男爵令嬢に絡んでいた令嬢が言うには「皆さまの婚約者様のことを思って」らしいよ。フィオレ、心当たりは?」
決められた逢瀬の時間、ふと思い出したようにレックスはフィオレにそう尋ねた。
もちろんフィオレがそんな下らないことに関与しているとは全く思ってない。
フィオレはおそらくその令嬢たちは淑女として彼女の失態を咎めたかっただけだろうに、つい私情が入ってしまった、といったところだろうかと考えた。その令嬢には全く心当たりはなかったが、令嬢たちの心の機微は手に取るように分かる──そして、それを心当たりと呼ぶのであれば・・・
「どうでしょう?」
面倒半分、イラつき半分。
そう思っていることを隠さずに、フィオレは答えた。
レックスは曖昧に微笑むフィオレを見て、説明するのが面倒だからご自分でお考えになっては?ということかと、思った。それに──
ちょっと怒っている?と、フィオレの心の機微を正確に感じ取った。




