第16話 如何なる難敵を撃破してでも恋敵を減じる④
石で出来た大都市。
《ゲート》の先に広がるのは、そんな情景だった。
最大で百階建てはあろうものから、低いものでは平屋まで。
大小様々な石造りの建物が理路整然と並んでいる。
それも、見渡す限りに渡ってだ。
天井はそれでも随分と余裕があるほどに高く、どういう技術なのか天井そのものが優しい光を発している。
地下世界。
なるほど確かにそう称するに相応しい、一つの『世界』がそこにあった。
「ほわっ!?」
凜花たち三人に遅れることしばし、《ゲート》を通ってきたテラコが勢い込んですっ転んだ。
「ってて……って、ほわっ!? ホントにブルースカイ王国です!」
涙目で辺りを見回したテラコが、驚きの声を上げる。
と、その時。
【ほぅ】
突如そんな声が響くと共に、空中に四角い巨大なモニターらしきものが出現した。
映っているのは、豪奢な衣装を身に纏って王座にふんぞり返った巨漢だ。
その白い肌や髪、赤い瞳に大きな手といった特徴はテラコと同じ。
ただしそれらがどこか儚く美しい雰囲気を作っているテラコに対して、その男に同じ印象を抱く者はいないだろう。
でっぷりと太った体躯やニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている表情から、醜悪なイメージが想起される。
「ほーん、完全ノーモニター式の空中投影かえ。存外、地上より多少は技術が進んでおるようじゃの」
「典型的な悪役面ねー。何気にあぁいうの、久々じゃない?」
「あっ……そろそろ、プーちゃんのご飯の時間です。早く終わらせて帰らないと……」
ミコ、亜衣、凜花がそれぞれそんな感想を述べる。
共通するのは三者共、画面に映る男には微塵も興味がなさそうという点くらいだ。
凜花に至っては、目の前の光景に対する感想ですらなかった。
なお、プーちゃんとは空井家でペットとして飼育されているミニブタの名である。
「叔父上……!」
唯一、テラコだけが憎々しげに男……テラコの叔父、グランダーク・ブルースカイを睨みつけていた。
【侵入者を察知してみれば、まさか貴様とはな。どうやって検問を抜けたのかは知らぬが……生け贄自ら戻ってくるとは、なかなか殊勝な心がけではないか】
ぐぇっふぇっふぇ、と気色の悪い声が響く。
「叔父上、これ以上貴方の好きにはさせないのです!」
自らの叔父に向け、拳を振り上げ。
「この方たちが、好きにはさせないのです!」
実に他力本願な感じで、テラコは拳を開いてそのまま凜花たち三人を指した。
【はっ】
グランダークが、小馬鹿にしたように笑う。
【そんな小娘共に、何が出来る。ワシの妾になってご機嫌でも取るつもりか?】
ぐぇっふぇっふぇ、と再び響く笑い声。
「あれに手籠めにされるくらいなら、舌噛み即決レベルですねー」
「アイにとってはご褒美ではないのかえ?」
「冗談じゃないわ。アタシは愛のあるSMに興味があるだけで、モンスター姦願望があるわけじゃないっての」
「ついにSMに興味があるってハッキリ言っちゃいましたね……」
「まぁ、もはや直接口にするかどうかだけの問題じゃったがな……」
「ふっ……アンタらの冷たい視線ならギリ気持よく受けられるわ。意外とアタシ、アンタたちのこと好きだったみたい」
「場面が場面なら美しいセリフなんでしょうけど……」
「今のこのタイミングは、言われたくなかった場面ベスト5は固いの」
グランダークそっちのけで、全く関係ない方向に雑談が派生していく。
【フン……】
流石に軽んじられていることに気付いたか、グランダークは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
【随分と油断しておるようだな……既に、十万の兵が貴様らを囲んでおるというのに】
ジャギン。
グランダークが笑みを深めると同時に、そこかしこからそんな重い金属音が鳴り響いた。
姿は見えない。
しかし、その音は明確に『敵』に囲まれていることを示唆するに十分だ。
「ほわわ……」
テラコが足をガクガクと震わせ、恐怖に顔を引き攣らせる。
「んあー……流石にその数だと全員が近くにいるわけでもないでしょうし、私のことを視認してない人も多そうですねー」
顎に指を当て、少し思案顔となる凜花。
《幻夢》の発動条件がいくら緩くなっているとはいえ、距離の問題は往々にして立ちはだかりがちなのである。
そう……これまでで、あれば。
「あ、そうだ」
凜花は、ふとなにかを思いついたような表情となった。
「ミコさん、《バグズ》って確か自己修復機能が付いてましたよね?」
「妾は知らんが、お主が言うならそうなのじゃろう」
元はミコが持ち込んだ虫型探索機体だが、今となっては説明書を読み込んだ凜花の方が遥かにその仕様に詳しくなっている形である。
「えーと……うん、全部直ってます。二十万もありますし、十分ですね」
《バグズ》の端末を操作し、凜花は一つ頷いた。
「それじゃ、この辺りに散開させて……っと。シンクロ開始」
その言葉と同時、周囲からさざめくような困惑の声が届き始める。
いきなり視界が見知らぬ光景に切り替われば、どれだけ鍛えられた兵であってもそうなろう。
「皆さーん、私のことが見えてますねー?」
空中に飛翔している小さな虫……に見える機械、《バグズ》の親機に向けて凜花が笑顔で手を振った。
それは子機を通して全ての兵の視界に映った光景であり、すなわちこの瞬間に《幻夢》の発動条件は満たされた。
【貴様、何を言って……】
グランダークの言葉を、遮るかのように。
ジャギン。
再び、そんな音が響く。
今度は見える形で、あらゆる建物の窓や陰から銃口が顔を出した。
その十万の銃口が向く先は、周囲でも一際豪奢で大きい建物……グランダークのいる王宮である。
無論重厚な壁で隔てられている以上、直接弾丸がグランダークに届くことはない。
しかしその光景は、グランダークの『武器』が失われたことを示すには十分だった。
【……………………は?】
何が起こったのか理解出来なかったらしく、グランダークはポカンと口を開けていた。
「……………………ほぁ?」
ちなみに、テラコも似たような表情となっている。
【はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?】
「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
しばらく後、グランダークとテラコ、驚きの声が重なった。
【な、な、な、な、何をした貴様ぁ!?】
テラコより一足早く我に返っただけ、グランダークも支配者としての意地を見せたというところか。
ちなみにテラコは、未だ周囲を見回して「ほぁっ!? ほぁっ!? ほぁぁぁぁぁぁ!?」と混乱している。
「ちょっと皆さんに、味方になってくれるよう『お願い』しただけですよ?」
ニッコリと凜花が微笑んだ。
まるで聖女の如き優しげな笑みだったが、それが逆に心肝寒からしめたのか【ひぃっ!?】とグランダークは映像の中で仰け反る。
「つーか、あの白豚を直接操っちゃえば終わりじゃない? 明らかにこっちのこと視認してるわけだしさ」
亜衣が、ふとそんな疑問を凜花へと投げた。
「今回の目的は、彼奴の頸を刎ねることでないからの。であれば、ずっと操ったままというわけにもいくまいて」
横合いから答えたミコに、凜花も頷く。
「そのためには、ちゃんと絶望……もとい、反省してもらわないといけませんので」
「ま、しゃーないか」
面倒臭げではあるものの、納得した様子で亜衣は肩をすくめた。
【ぐぬぬ……! だ、だが兵など元より当てにはしておらん! 地上を攻めるのに使う予定であったが仕方あるまい……ミサイル全門、発射ぁ!】
高らかに手を上げて叫ぶグランダーク。
シン……。
しかし辺りは静かなもので、何も起こる気配はない。
【な、なんだ!? どうした、まさか音声認識システムの故障か!?】
「ふぁーあ……あ」
焦るグランダークをあくび混じりで退屈そうに眺めていた亜衣が、ふと何かに気付いたような声を上げた。
「そういやここに来た時、ついでに《掌握》した危なそうな兵器類は全部まとめて《ゲート》で宇宙にポイしといたんだけど。もしかして、それのこと?」
【はっ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?】
ちょっと待ち合わせ時間を確認するくらいのテンションで言う亜衣に、グランダークの目と口が限界を突破する勢いで開いた。
【ち、ち、ち、地上を七回は灰燼に帰すことが出来るだけの兵器がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?】
ちなみにテラコはもう理解が及ばないらしく、「ほ、ほぁ?」と首をかしげるだけに留まっている。
「亜衣さん、ちなみにどこにポイしたんです? 宇宙といえど、それだけの兵器が地球圏にポンッと現れるのは流石にマズいと思うんですけど」
「うん、そう思ってユニヴァース帝国の近くにポイしといた」
「汝、人んとこの宙域をゴミ箱のように……まぁ、地球の地表を七回焼く程度のもんならスペースデブリになったところで問題はないが」
少女三人が相変わらず緊張感の欠片もない会話を交わしている最中、グランダークはブルブルと身を震わせていた。
呼応して、頬の肉もプルプルと揺れている。
【か、返せぇ! ワシの! ワシの兵器、返せぇ!】
「えー? もう、しゃーないわねぇ」
唾を飛ばしながら醜く喚くグランダークの姿に顔を顰めながら、亜衣は実に面倒臭そうに指を振った。
次の瞬間。
【ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?】
映像の中で、グランダークが断末魔のような叫びを上げる。
「亜衣さん、何をしたんです?」
「あいつの兵器を、すぐ傍に返してやったのよ。ついでに、ボカン……ってね。ま、あいつの『脳内で』の話だけど」
「あー、影丸さんの」
首を捻っていた凜花が、亜衣の説明で得心した表情となった。
「お主のその力、距離とか関係ないんかえ?」
「結局は、《ゲート》の応用だしね。位置さえ『掌握』出来てれば問題ないわよ」
他人の能力をあっさり己が物にした上、しれっと劇的に進化させている亜衣である。
元となっている《以心伝心の術》の持ち主、有効距離二十五メートルの影丸が聞けば涙目になること請け合いであろう。
というか実際、凜花の影の中からすすり泣きのような声が聞こえてきていた。
「ちゅーか、ミサイルくらい実際にぶち込んでも良かったじゃろ」
「王宮にはあいつ以外にもいっぱい人がいるんだし、そんなわけにもいかないでしょ……空井じゃあるまいし」
「亜衣さん、私のこと何だと思ってるんですか……? 私だって、周囲の被害くらい考慮に入れますよ……入れられる時は」
肩をすくめてそう答える亜衣に対して、凜花が胡乱げな目を向ける。
なお、その発言内容に対するツッコミは特になかった。
この程度でツッコミを入れていてはキリがないためである。
【……ハッ!? ワシは……ぶ、無事なのか……? 今のは……一体……? そ、そうか……貴様らの仕業かぁ……!】
そんな中、画面の中では白目を剥いていたグランダークが我を取り戻した。
今の一瞬で少し痩せたように見える程に精神へのダメージは負っているようだが、その目に宿る敵愾心は一層に燃え上がっている。
「ほれ、まだまだ元気いっぱいっちゅー感じではないか」
「自分が死ぬ系のは幻でも結構心にクるはずなんですけど、割とタフみたいですねー」
「もうちょいハードなのにしとくべきだったかー」
モニターを見る少女たちの目は、実験動物を見る研究者のそれに似ていた。
【許さん……もう許さんぞ!】
グランダークは僅かに見える白い肌を真っ赤にして、怒り心頭といった様子だ。
「いつも思うんですけど……あの手の言葉を吐く人って、最初は本当に許すつもりあったんですかね?」
「ま、様式美っちゅうやつじゃろう」
「あぁいうセリフが出ると、そろそろ終わりも近いなーって気がしてくるわね」
一方の少女たちは、教室で飼っているイモムシが脱皮した時程度にもグランダークに興味を示してはいなかった。




