天条悠人の平凡な日常①
俺の名は天条悠人、どこにでもいる平凡な高校生だ。
眠気との壮絶な戦いを繰り広げながらもどうにか全ての授業を終えて、今は放課後の帰り道。
「それでですね、悠人くん……」
隣を歩くのは、幼馴染の空井凜花である。
基本的に、毎日一緒に登校して一緒に下校するのが俺たちの日常だ。
そんな俺たちを恋人だ夫婦だのとからかう奴らもいるけど、俺たちはそんな仲じゃない。
産まれた時からずっと一緒で、一番気を許せる……そう、家族みたいなものかな。
凜花もきっと、俺と同じように思っていることだろう。
そうそう。
俺はどこにでもいる平凡な高校生だが、あえて違うところを挙げるとすれば……。
「悠人くん、聞いてますか?」
おっと、ついつい上の空になってしまっていたようだ。
気が付けば、凜花がふくれっ面でこちらを見上げていた。
「悪い悪い、ちょっと考え事してた」
謝りながら、凜花の頭を撫でる。
「もう、そんなので誤魔化されたりなんてしませんからね」
そんな言葉とは裏腹に、凜花の頬からはみるみる空気が抜けていった。
なんとはなしに、凜花の頭を撫で続ける。
沈みかけの夕日が、凜花の顔を赤く染めていた。
「……ねぇ、悠人くん?」
「うん?」
首を傾けて返事するも、凜花から続く言葉はない。
何やらモジモジと手を交差させ、顔を俯けるだけだ。
「あの、私!」
かと思えば、勢い良く顔を上げた。
その表情は、何やら決意を秘めたものに感じられる。
「私、悠人くんと――」
と、その時。
ビュウ!
強い突風が、凜花の声をかき消した。
もうそろそろ長袖も暑くなってきた頃だってのに、季節外れの春一番だろうか。
「ごめん凜花、何だって? よく聞こえなかった」
「~~~~~~~~~!」
聞き返すと、凜花は悔しさと恥ずかしさがブレンドされたかのような表情で声にならない声を上げた。
「あの! だから!」
半ばやけっぱちのような雰囲気を伴って、凜花が半歩こちらに踏み込んでくる。
「私は! 悠人くんと、ずっと一緒にいたいと思ってます! って言ったんです!」
今度はハッキリと聞こえた言葉に、少し面食らった。
凜花が、そんな言葉を口にするとは思っていなかったから。
向けられた言葉を、頭の中に染み込ませて……俺は、微笑んだ。
「もちろん、俺も凜花とずっと一緒にいたいと思ってるよ」
俺がそう答えると、凜花の顔に喜色が浮かぶ。
「悠人くん、それって……」
「あぁ」
目を潤ませる凜花に向かって頷いた。
別段、話を合わせるためにこんな言葉を口にしたわけじゃない。
心からの言葉だ。
だって、俺にとって凜花は――。
「だって俺たちは戦友で、親友で……それに、家族みたいなもんじゃないか」
改めてそんな風に口に出すと気恥ずかしくて、俺は赤くなってるだろう自分の頬を掻いた。
一方の凜花は、何やら珍妙な表情を浮かべている。
嬉しさの中に少しの落胆と、諦観が混じったような。
けれど口を引き結び、凜花のそれは再び決意を秘めた様子となった。
「そうじゃなくて、私は悠人くんのことが――」
その、瞬間である。
ビュウゥゥゥゥゥゥゥ!
再び突風が吹く。
カンカンカンカンカン!
踏切の警報が鳴り出す。
パパパパァァァァァン!
季節外れの花火が打ち上がる。
プワァァァァァァァァ!
クラクションの音が鳴り響く。
ドガァァァァァァァン!
すぐ傍の道路で、車同士がぶつかる。
凄まじい騒音が重なったため、凜花の声はまるで聞こえなかった。
「悪い凜花、話は後だ」
凜花にそう断って、事故車に向けて駆け出す。
凜花が何を言おうとしていたのかは気になったけど……まずは、人命救助優先だ。
この手の状況には実は慣れっこなので、少し驚きはしたものの頭は冷静である。
そう。
俺は基本的にどこにでもいる平凡な高校生だが、あえて違うところを挙げるとすれば。
それは、こういったトラブルに巻き込まれやすい体質ってところだろう。
事故現場に遭遇するなんて日常茶飯事だし、俺自身が事故に巻き込まれたことも両手の数じゃ足りないくらい。
それどころか、もっと大きな……それこそ世界の命運が掛かったような事件に巻き込まれたことだって少なくない。
なんて言うと、どっかの物語の主人公みたいだけど。
俺自身は平和な日常を愛する、どこにでもいる平凡な高校生だ。
「悠人くん!」
事故車へと駆ける俺の少し後ろを、凜花も付いてきてくれている。
巻き込まれた俺に更に巻き込まれる形で凜花もこの手のトラブルには慣れているので、動揺は見られない。
「あぁもう……もう! もう! もう!」
ただ、なんだかやけに不機嫌になっている気がするが……なぜだろう?
やれやれ、女心は複雑すぎてわからないな。