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無限ホテルの雑務員。  作者: AO
禁書
51/53

夢と自分と



(…白銀計画の2人目、フェンリル=ドルマール…。

なぜ彼がここに…)

「あえて嬉しいよ、姉さん。あんたのことはキオン所長に聞いてる。」

ジラーリアは何も言わなかった。

次の瞬間。

ルカエルが彼の体を貫いた。

胸を突き刺されているようだ。

「……」

シャルロッテはフェンリルを眺めて少し驚いた。

(傷がついてない。回復したのか?)

彼の考えはすぐに否定された。

ジラーリアの足元に血が飛び散っていた。

それは彼女自身の血液だった。

(…なるほど。彼の魔法は…)

「攻撃転移」。自身の受けるダメージを他人に移す。

「…怖。的確に心臓を突かれた。」

彼は顔を少し青くした。

「しかも心臓を突かれたのに普通に立ってるし。もう傷も塞がっているんだろ?」

フェンリルは思い切りぶん殴ろうとしたが、ジラーリアに躱された。

(しかし、彼女に傷をつけれたのは大きい…)

シャルロッテは「亜空間」から鎖鎌を取り出した。

投げた鎌は空中で止まり、逆に跳ね返ってきた。

ジラーリアは続けてルカエルを振り回そうとしたが、「亜空間」で防がれた。

「おい。「攻撃転移」が使えなくなったら言え。守ってやる。」

(「攻撃転移」でジラーリアのダメージを彼女に与える。それが一番確実な勝ち筋だ。)

彼は確信した。

が、その確信は一瞬で絶望に変わった。

シャルロッテは思い切り地面に叩きつけられた。

(は?)

全身に衝撃が走り、目の前が真っ暗になる。

霞む視界の端、真っ赤な三日月が見えた。

血の匂いがほのかにした。

自分の足が生暖かい。

嫌な予感がして首を90°下に傾けるとー

自分の足が切られていることがわかった。

(いつのまに…)

ジラーリアはほとんど足音も立てずにフェンリルの前に立った。

フェンリルはすっと身構える。

その顔には何処か余裕があった。

肉を切り裂く、鈍い音があたりに走る。

フェンリルの頭にルカエルが突き刺さり、それが鋸のように押し引きされているのが見える。

ジラーリアの額から血が出ているのが見える。

最初は一本の筋だったが、やがて額から滝のように血が吹き出した。

ギッ…ギギっ…と言う音が響く。

(まずい、あのままでは…

魔力が枯渇して、一撃で殺される!)

と思ったが、だからどうこうできるものではない。

シャルロッテはただ、フェンリルの顔が歪んでいくのを見守るしかなかった。


「…おっと、そろそろ時間ね。」

レベルスはパタンと本を閉じ、机の上にメガネを置いた。

花瓶に差してあった花が少し揺れた。

(時間?)

葬華は何も言わずにレベルスの言葉の意味と本の続きを推測していた。

話を聞いていて思ったのは、ジラーリアが異常に妹に執着していると言うことだ。

なにが彼女をそこまで駆り立てるのかわからない。

「一条さん。こうして私があなたと話せるのも、そう長くはないわ。

あなたはもう、戻らなければいけない。」

(戻れるんですか?)

「ええ。あなたが望むなら。」

(……。)

「もしあなたがいたいなら、ずっとここで私と一緒にいてもいいわ。

でもあなたは自分でも知っている通り…自分のやりたいこと、まだ残っているでしょう?」

(…。はい。)

「ただ、あなたを今のまま返してしまうわけにはいけないわ。

あなたの中にいる一条 灯華を殺さなければ。」

(姉を?)

「ええ。あなた、いまだに一条 灯華になりたいと思っているでしょう?」

(……。)

「でもそれは無理なの。一条 灯華はあなたとは違って外向的で、社交的で、あなたの何倍も人に愛されていた。

芸術、体育、学術。全てをそつなくこなす万能の人間。

当然周りからもーあなたも含めてー期待され、注目されている。

あなたは内向的で、自己完結している。誰からも愛されず、誰の記憶にも残っていない。

学術は得意な様だけど、絵も体育もそんなに得意というわけではないでしょう?

平均以上。でも世の中、平均以上にできる人間なんていくらでもいる。

本質的に違うの。だから、どう足掻いてもあなたは彼女になれない。

中学、高校でそう学んだんじゃない?」

(……。そうだ。その通りだ。)

「さらに言えばあなたは勘違いしている。愛されることは愛されないことよりも優れていると。

光は影よりも優れていると。誰かといることが、1人で立つよりも優れていると。」

(…。)

「本当にそうかしら?

常に誰かに愛された人なんて、この世にどれだけいたでしょうね。多分いないんじゃない?

また、その赤い鎖に囚われて、どこまでも落ちていった人がどれほどいるでしょう?

光が優れているのならば、なぜ私たちは光を長時間直視できずに目を逸らすでしょう?

なぜ眠りという最も無防備な状態で、目の前を真っ暗にするでしょうか。

誰かの温かみより、1人で深々と感じる冷たさのほうが心地よく思えることだってあるでしょう?」

(……。)

「悪くないわ。全て、悪くない。誰かを目指すのではなくあなたが望むままに手に取りなさい。

時と場合によるの。常に正しいことなんてなくて、その時々、あなたの心の奥が叫ぶまま…

ただ熱望するように走りなさい。

あなたは誰かと競争する必要なんてないの。

一条 葬華という人間は、1人で生きていくことに特化した存在。

目の前に誰かが立っても、無視して切り離せばいい。

たとえそれで迷っても、ぐるぐる同じところを回っても。」

(望むままに…)

「さあ、前を見て。」

葬華は前を見た。

本棚の向こう。

(…姉さん!)

一条 灯華が立っていた。

黒い髪を揺らしながら、いつかと同じように静かな微笑を湛え立っている。

「綺麗な人ね。年は?あなたが最後に見たのは15歳だっけ?」

ふと、彼女は自分の手に何かをもっていることに気がついた。

それは一本の鋭利なナイフだった。

(……!?)

まさか、と思いながらレベルスを見る。

彼女は頬杖をついたまま、こちらをじっと眺めている。

(そんなことできるわけ…いや。そもそもこの姉さんは本物じゃないのか。

そうだ、ここは擬似空間。もう姉さんは…)

目を瞑った。

瞼の裏には、幼い頃の幸せな思い出が蘇る。

まだ自分がいつか一条灯華になれると信じて疑わなかった頃。

そんな時期が彼女にもあったのだ。

少し経って、目を開けようとした時。

彼女はふと、不思議な暖かさに包まれた。

「葬華。」

声が耳元すぐのところで聞こえる。

服を通して懐かしい暖かさと香りを感じる。

(…ああ。そうだっけ。姉は…時々こうやって…)

熱を帯びた甘い香りにクラクラしながら、葬華はただ、顔を埋めていた。

彼女は落ちるように眠ってしまった。


夢を見ていた。

灯華とずっと他愛もない話で盛り上がる夢。

昔の家の、灯華の大きな部屋のクッションに座りながら。

中学に入ってからのこと、高校に入ってからのこと、両親が死んでからのこと、奏のこと…。

話すことは無限にあって、まるで泉のように湧いてきた。

その度に灯華は頷き、笑い、声をあげた。

(ああ、たのしい…。このまま死んだって構わない…)

しかし、彼女は知っている。これがいつまでも続くわけではないと。

そして今目の前にあるもの全ては虚像に過ぎないと。

だからこそ彼女の瞳は少しだけ曇っていた。

彼女は不意に、話すことをやめた。

灯華はきょとんとした顔で葬華を見つめている。

(実際の姉さんなら、こんなふうに見つめてくれないし、話も聞いてくれないだろう…)

誰にともなく話しかける。

ぎゅっと、心が縮んだ。

一回り小さくなったが、代わりに今まで空いていた穴が塞がった。

(…そうだ。姉に憧れて、姉がいないのが耐えられなくて。それで自分自身を姉にしようとしたんだ。今までわかっていないふりをしていたけど、本当はずっと前から…。

でも、自分は一条灯華にはならない。なれないのではなく、なってはいけない、なっても無意味なんだ。

誰かを模倣するのは、自分の理想と重ねているから…

でも理想というのは届かないもの。どれだけ近づいても、少しづつ離れていくもの…。

だからなれなくて当たり前で、価値がある様に見えるのは遠すぎる故。

私は他の誰でもない、一条 葬華、テスラ=ガスターフォールド…。)

彼女は何も言わずにその場を立ち去った。

「どこへいくの?」

と困惑した様な声が聞こえた。

無視して、古びた木製のドアに手をかけた。

足をゆっくり動かして、部屋を出る。

左足の踵がドアから抜けた時。

「…頑張って。」

細い羽根の様な声が聞こえた。

(…一条 灯華ならそんなことはいわない。)

手を握ったまま外に出た。


「なんでこんな幻覚を私に見せた?」

テスラは聞いた。

「…。あなたを解放するためよ。一条 灯華の思い出を全て捨て去った時、あなたはー」

「そんなの関係ない。」

頬を熱い水滴が伝った。バクバクと心臓が唸っているのがわかった。

「姉を慕っている自分も含めて、自分ー一条 葬華だ。

姉に憧れる自分も、テスラ=ガスターフォールドなんだ。

誰かのようにありたいと強く願うこともまた、自分らしさの一つで…

その過程で得られる希望と絶望の連続が、自分を作る一助になってかけがえのない自分を構成してくれる。

みんなそうやって、何かになっていく。

何もわかっていないのはあなたの方だ!」

テスラは手に持っていたナイフを突きつけた。

ナイフは黒く染まり、ずしりと重みを増した。

テスラの影が異様に伸び、レベルスを包み込んだ。

「…。誰かになることを望むのは、そこが「理想の自分」への明確な経由点だから。

あなたの意見は間違ってないわ。そう。誰かになろうとしたとしても、あなたはあなた以外の何者でもないわ。

でも私が言いたいのはそこではなくて、あなたが目指すものは、実はもっと身近にあるのではないかと言うこと。

「一条 灯華」は、あなたが目指す姿の途中に立っているだけで…」

「もう、あなたの話は聞かない!」

そう叫ぶと、テスラは突進した。

腕を大きく伸ばしてナイフを振り下ろす。

「はあ…」というため息が聞こえた。

振り下ろしたはずのナイフは宙を舞い、地面に突き刺さった。

レベルスはテスラの首を掴み、本棚に突撃した。

大量の本が雪崩の様に床に落ちた。

テスラは反撃のチャンスを逃して、ただ首を絞められるのみとなった。

髪留めが外れて、長い前髪が彼女の目を隠した。

「ね、あなた。なんで私に勝てると思ったの?

私は原初の魔法使い。魔法「嫉渇」。「自分が思うことが即座に現実になる」この魔法は、あらゆる魔法の源流。

何千という時間が経って、ずいぶんと魔法の数は増えた様だけど…。全てこの能力の二番煎じ。」

(…自分が思うことを具現化する…?)

テスラは悔しかった。心の底から悔しいと思えたのは初めてだった。

「……。あなたに、一つだけ魔法をあげるわ。そのほうがあなたにとっても私にとっても好都合。

何がいい?選ばせてあげる。」

(……。別になんでもいい。……いや。)

ぼーっとする頭で必死に考える。

「……………を。」

ぽつりと呟いた。

瞬間、あたりの本が炎を上げて燃え始めた。

群青と真紅の揺らぎがあたりを包んだ。

火の手は床を焦がし、そのままテスラの足元を経由して腰、腹、腕、首と伝わった。

(…熱い…。)

彼女はそのまま意識を失った。

最後に視界に見えたのは、レベルスの無表情だった。






























今年もありがとうございました。

どうか良いお年を。

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