記憶 9
「……よう、ジラーリア。」
「………。」
ジラーリアは何も言わない。
辺りは異常なほど風が強く吹いている。彼女の影響だろう。
すっと手を上げた彼女を見つめる。
後ろで爆発音と悲鳴がした。
黒い髪は相変わらずだが、その体の周りには尋常ではないほどの魔力がゆらめいている。
彼女の輪郭は黒く怪しく縁取りされている。
(強すぎる魔力が空間を歪めたのか…)
信じられないことだが、そう取るしかなさそうだ。
おそらく、今の彼女にはどんな攻撃も通じない。
常時異常な空間が展開されているから、内部の物理法則はめちゃくちゃになっているようだ。
物理法則に影響を受ける魔法法則も正常ではなさそうだ。
「何人くらい殺した?」
聞いてみる。
「……」
まるで言葉を話せない人形みたいだな、と思う。
雷の音がする。彼女はこんな能力を以前は使っていない。
「まあわかんないよな。こんだけ何から何まで壊したら、そうなるだろうな。」
ジラーリアはぎゅっと手を握った。
あたりに衝撃が響く。
当然、彼もその影響を免れない。耳がグワングワンする。
遥か遠くまで、何もなくなったのが見えた。今まで見えていた建物がものの見事に薙ぎ倒され、破壊された。
「……うお、やばいな。このまま世界を滅ぼすのか?」
「……。」
「知ってるか?アゲハはお前のこと、嫌いじゃなかったんだぜ?」
再び衝撃が響く。
地面が抉れ、土埃で地表が霞む。
「なあ。シリウスとメチルはどうなると思う?」
雷が降り注ぐ。右腕が急に熱くなった。
焼けているらしい。
ガングートは自分が地面に落ちていくのを感じた。
トアレスは1人の幼子をそっと抱きしめていた。
地下深くの、研究施設。恐るべきことに、なんとジラーリアの攻撃すらも未だ通っていない。
ここは彼女がキオンの研究施設に勤めていたときに使っていたものだ。
さすがとも言える鉄壁の守り。強力な反魔法が施設全体を守っている。
「ねえ、外は…?」
幼い女の子は呟いた。
「大丈夫よ。あなたはここに残ってね。私は、彼女を止めてくるわ…」
「怖いよ、お母さん。」
「ええ、大丈夫よ。ここに残っていてね。
…それから、あなたに言わなければいけないことが…」
「なあに?」
「……。いえ、なんでもないわ。最後に、これを。」
そういって、トアレスは赤い上着を女の子に被せた。
「じゃあ、いい子にしていなさい。困ったことがあったらあそこのお姉ちゃんに聞きなさい。」
そういってトアレスはドアのあたりにもたれかかっている金髪の女子に言った。
「よろしくお願いするわ、アリエル。」
「…はい、先生。」
静かに彼女は応えた。
アリエルは幼子の手を引いて、奥の扉に入っていった。
「終わったわ。」
トアレスは研究所から地上に出てきた。
「そうか。用事ってなんだったんだ?」
ガングートが寝転がったまま言った。
「それは聞かないでほしいわね。」
「ああ、そう。」
彼の右腕はすでに回復している。
起き上がって呟く。
「で?どうするつもりだ?あいつはまじでこの世界ごと滅ぼしてもおかしくないけど。」
「その前にラリアちゃんは?」
彼は空を見上げた。
「…。どっか行ったな。」
ジラーリアはどこかに行った。
「なんで見張ってなかったの?」
「あれを前にして1人で頑張るなんてごめんだね。」
「じゃあ、2人でいきましょうか。」
「2人で行ったからって、どうにかなるものでもないと思うけど…」
「まあ…とりあえず私の「万能反射」d…」
言い終わらないうちにトアレスが視界から消えた。
(…は?)
何か黒い影が横切った。
「……。」
呆然としたまま、ガングートはポカンと口を開けた。
数秒後。
目の前に唐突に再びトアレスが現れた。
「……いてて…危なかった、もし万能反射が間に合わなかったら確実に粉微塵になってたでしょうね。」
彼女が起きるのに手を貸しながら、何があったのかを聞く。
「今見た感じ、すでに16個くらい国が滅んでる。」
パンパン、と手の土を落とす音が聞こえる。砂埃が小さく上がる。
「…………は?」
(国が滅んだ?しかも16個も?)
「ああ。あの速度でとにかく破壊しまくった結果、こうなったみたいね。」
「おい、それってもう…」
(警戒級1級どころの騒ぎじゃない。歴史に残る怪物だぞ…)
「まあ、もう失うものもないし…」
彼女の発言にガングートは驚いた。
「え?前…。ああ、もう本当に終わったのか?」
「うん。」
「じゃあ、心置きなく死ねるな。」
「あなたは?心残りとかないの?」
「…。少し嫌だけど、まあ…大したことじゃない。」
「そう。」
トアレスは笑いかけた。
ガングートも笑い返した。
そして2人、足並みをそろえて空に飛び立った。
「さあ、ジラーリア。静かにするんだ。」
そう叫んで、ガングートはジラーリアをつかみそのまま投げた。
ジラーリアは空中で一回転して再び戻り、ガングートの首を掴んだ。
「痛っ…」
と彼が唸った時、トアレスが発砲した。
見事にジラーリアの腕にあたる。
しかし手は緩まない。
ガングートはなんとかもがいて脱出した。
追撃しようとするジラーリアの前にトアレスが割り込み、攻撃を阻止する。
「ガングート!大丈夫!?」
トアレスが叫びながら発砲する。
「ああ…まあ、大丈夫だ。」
ガングートは固有の魔法を持たない。
彼は吸血鬼とよばれる種族である。
再生能力と筋力が人類よりも優れており、空を飛ぶことができる。
「ああ。大丈夫だ。」
彼は起き上がりながら言う。
「で、あれどうする?今の所、攻撃を防ぐのに必死だけど。」
「…そのうち、シリウスとメチルが来るでしょう。それまで持てば…」
なにかが飛んできた。ガングートが破壊する。
「…あの二人が来るのはいつ頃になりそう?」
「知らない。ただ…」
トアレスは右に大きくジャンプした。
「えーと、どうしようか?」
「なんかいい感じに足止めしよう。帝都を全部ぶっ壊せば、あいつも落ち着くんじゃないか?」
「できる?私たちだけで。」
「安心しろ。まだ帝国軍の重鎮らは死んでないみたいだ。ほら、見ろよ」
ガングートははるか後方を指差した。
「ああ…国王の近衛兵らね。」
「シリウスによればそこそこ強いらしいぞ。」
ガングートは再びジラーリアを見た。
彼女は今、自分たちの前に静かに立っている。
(……怖すぎるな。)
総合的な魔力量の差は10倍以上あると推定できる。
加えて彼女の魔法術式「演算崩壊」によって生み出される攻撃と防御をどう防ぐのか。
「あなた、ラリアちゃんの攻撃を防げないの?」
「無傷は無理だろうな。死なない程度に受けて、即時に回復をかけるのがいいだろう。
以前は油断したが、もう負けないぜ。」
ガングートは一本の大きな鉄の棒を瓦礫の中から抜いて、思い切り投げた。
ジラーリアはそれを空中で止め、逆に跳ね返してきた。
かろうじて避け、トアレスが発砲する。
銃弾は彼女に届く前に全て塵になってしまう。
「やっぱ攻撃をとどかせる必要があるな…あの鉄壁の防御を打ち破らなければ、勝ち目はない。」
ふと足音が聞こえた。
あんなに遠くにいた近衛兵たちが、もうすぐそばの所にまで迫っていた。
「…一旦引くか?」
「ええ。一時的に撤退しましょう。シリウスとメチルも連れてきたいわね。」
二人は全力で逃げ出した。
ジラーリアの意識はすでに新しく現れた敵の方に向いていた。




