記録 7
(……?)
全身が痛い。
目が開かないのか?いや、確実に開いている。ただ、頭がくらくらしてそれどころではない。
(今の衝撃は…?)
「忘れたのか?私はお前らの魔法に対応できる魔法を所持しているんだぞ?」
嘲笑うような声が聞こえる。
(…知らない魔法だ。見たこともない、反応ができなかった…)
目の前にキオンの靴が見える。
頭を思い切り踏みつけられた。
「まったく、手間取らせやがって…」
奥にはシリウスが見える。
ぐったりとしている。頭から血が出ているのが見える。
死んではいないが、もう戦えないだろう。
「さて、殺すか…。」
そうキオンがいい、シリウスの頭を持ち、釣り上げた。
(…やめろ。)
そう願うばかりで、何もできない。
もう指も動かないし、足も動かない。
そんなメチルを置き去りにして肉と肉がぶつかる音がした。
シリウスの綺麗な肌に、青いあざができたのが見えた。
彼女の呻き声が聞こえる。
(…やめてくれよ。)
思うだけでは何も起こらないと、誰よりも知っているのに。
もう悔しがる気力もない。
(最後に待つものがこれだったのか?)
努力に報われたい、なんて思うわけではないけれど…。
(もう嫌だ。もう見たくない。
…何を?)
彼はふと、心の中になにか自分が知らないものがあることに気がついた。
それは言うなら、古びて何が入っているのか見当もつかない箱のよう。
(待て。今自分は何を見たくないと思ったんだ?)
こんな時に何を考えているのかと思うが、それがとても重要な気がした。
頭の中は驚くほど整理されていた。
(…幻覚か。)
彼は目の前に、一つの重そうな扉を見た。
「お?」
キオンが何かを持っている。
扉は透けて、今にも消えそうだ。
「何だこれ?」
(…何だ、あれ?)
それは無造作にこちらに投げられた。
手を伸ばして掴んでみる。
(クマのぬいぐるみ…)
それは満身創痍な可愛いぬいぐるみだった。
うでが取れているし、色々な箇所がほつれている。
(シリウスにこんな趣味が…?)
裏面を見てみると、
「レーチェル」
(……レーチェル?)
その名を見るのは久しぶりだった。
途端に幻覚は確かなものになり、そしてゆっくりと開いた。
(レーチェル?)
暗く閉ざされた奥で、燃え盛る炎のような光を見た。
その明るさに彼は幻惑した。
光と共に、自分の頭の中がかつての記憶が流れ込む。
その眩しさに彼は幻惑した。
(…ああ、レーチェル。)
「おきろー!」
耳元で声が響く。
「ねえ、なにみてるの?」
ぎゅっと手を握られる。
手が温かくなった。
「あきらめちゃだめだよ。さいごまであきらめないことは、なによりもすぐれているから!」
そう言ってクローバー畑を転げ回る姿をしっかり覚えている。
目から何かがとめどなく流れる。
ぎゅっと強く、強くぬいぐるみを抱きしめる。
「ねえ、大人になったら…」
目の前には、銀髪でクマのぬいぐるみを持った肌の白い少女。
「ああ、そうだな。レーチェル。」
じわりといくつもの円を描きながらぬいぐるみが濡れていくのが見える。
触手が燃えているように熱い。
全身が痛い。それでも不思議と動かせる。
(ああ…。虚しい。この力をもっと早く使えていれば…。
それでも。諦めないことは、何よりも優れているとそう信じるから…。今手を伸ばせる範囲でも守ると誓うから…。)
(くそ…こんなのありかよ…。)
シリウスは殴られ、うめきながら睨んだ。
(せめてメチルだけでも…)
最期にメチルのことを見ようと顔を上げた。
そして驚愕した。
(立ち上がった!?なぜ…もう体は…。)
メチルの見た目は大きく変わっていた。
触手は純白に染まり、その先に青い炎を宿していた。
暗い部屋を照らすその光は、誰かの涙を凝縮したようだった。
メチルの目は何よりも確かにキオンを見つめていた。
キオンもようやく気が付いたらしい。
「ああ?何だ…」
そう言いかけて止まった。
「……。」
次の瞬間。
蒼白の斬撃がキオンの体を貫いた。
「っ…」
シリウスにすら早すぎてみることができなかった。
が、彼はまだ死んでいない。
キオンは再び立ち上がり、メチルに襲いかかった。
2人の戦いは恐ろしく異次元だった。
早さも力も到底シリウスの比ではない。
(…自分は邪魔になるな。)
シリウスはやむを得ず部屋を出て、一度手当をした。
(それにしても、どうしたのだろう…)
急にメチルの体に何が起こったのか?
さっぱりわからなかった。切り札?新しい魔法?可能性はいろいろある。
だが、そんなことはどうでも良かった。
(…悔しいな。こんなところで自分が何もできずにいるなんて…)
何かをしたい。役に立ちたい。
だが何ができる?レベルスは折れた。他に持っていた魔道具も全て壊れた。
(今はただ、見つめるしか…)
唇を噛み締めながら2人を見つめる。
(いや、まだできる。)
シリウスはふと思い出した。
胸が苦しい。
「ふん、どんな小細工をしたのか知らないが…。私には届かない。」
悔しい。
(目の前にアゲハの、エラルドの、ジラーリアの、レーチェルの仇がいるのに。
最高の親友らの、まだ見ぬ愛を保証された命の、そして自分の仇がいるというのに!)
届かない。ここまでやっても、この刃が命を断つに至らない相手がいる。
この事実はどうしようもなくメチルを苛立たせた。
自分に嫌気がさした。これほどまでやっても届かない、その才能の無さに。
「…。」
だが諦めない。最後まで戦い抜く。決して折れないと誓ったから。
その時、キオンの動きが止まった。
(…!)
メチルは脳に触手を突き刺した。
キオンの頭が吹っ飛び、口から下が残った。
「…何だ!いま、何をした!」
恐ろしい再生力だ。すでにまた再生している。
が、明らかに疲れている。
(…シリウス。ありがとう。)
そっと外を見る。
優しい瞳が自分を見つめていた。
「禁止の魔眼」。シリウスの魔眼はキオンにも通じるようだ。
触手が攻撃を続ける。
キオンの攻撃を防ぎながら、触手がキオンの腕を、足を貫く。
「………」
キオンは手を押さえた。
(行ける…)
メチルが最後の一撃を繰り出そうとした瞬間。
メチルはその場に崩れた。
(………)
先ほどと同じ衝撃が彼を襲った。
それを仕留めようとキオンが彼を切り裂いた。
が、それは叶わなかった。
シリウスが突如現れ、彼を突き飛ばした。
メチルはすぐに立ち上がりる。
再びシリウスの魔眼が発現した。
キオンの動きが止まる。
メチルは思い切り心臓を貫く。
そしてキオンをつかみ、壁に向けて突撃する。
蒼白の光が辺りを包んだ。
光が消えた時。
もう、キオンの命はなかった。
(…終わった…のか。)
今度こそ間違いない。
メチルはその場に崩れ落ちた。
シリウスが駆け寄り、優しく抱き寄せた。
「よく頑張ったね。」
そう呟いた。
日はすでに昇り始め、穴が空いた天井から太陽の眩しい光が仄かに照らした。
シリウスはしばらくメチルをぎゅっと抱きしめていた。
が、やがてメチルを抱え、外に出た。
エラルドはいつのまにか消えていた。
シリウスは昇りかけた朝日を眺めながら、帰路についた。




