記憶 6
シリウスはメチルに率いられ、ある場所にやってきた。
「…ここは?」
「「懲罰教会」。俺は昔、ここにいたんだ。」
「ふーん、私と会う前のこと?」
「ああ。」
「……。ここにキオンが来るようにって?」
「ああ。」
「なぜ?」
「わからない。わからないが…わかるだろ?」
シリウスはこくんと頷いた。
強大な魔力を感じる。
「間違いなくキオンのものだが…しかしジラーリアは確実に殺した、と。」
「……。まあ、また殺せばいいんじゃない?とりあえず入らないと。」
2人はそっとドアを押した。
まるで鉄の扉を押したような冷たい感覚が走った。
「……。」
そこは空気まで死んだ空間だった。
全てが冷たい。さながら鉄製の棺桶のなかに入ったようだ。
ゾクゾクする。強大な魔力と冷凍された気体が肺に入ってそのまま全身凍てついてしまいそうだ。
「……。」
シリウスは何も喋らない。
「俺は3歳の頃、ここにいた。」
メチルは歩き出した。何か喋りたかった。
「ここは魔法の半強制的な発現を促す場所だ。まあ学校みたいなものだな。ただ…」
「「愛が砕かれた場所」というのは?」
「…あとで話すよ。」
シリウスは大人しく着いて行くことにした。
「ん?」
彼女はふと、足に何かがあたったのを感じた。
拾い上げるとクマのぬいぐるみだった。
埃を被って、腕が少し取れかかっているが…。
裏面を見ると、「レーチェル」と書かれている。
ぬいぐるみの手には四葉のクローバー。
(この子の名前だろうか。それとも持ち主の…)
「俺はここで訓練を受けた。当時貴族の間ではこういう魔法の特訓所みたいなところに子供を預けるのがすごく流行っていて、両親も倣ったんだ。」
慌ててシリウスは人形を自分のポケットの中にしまい、後を追った。
「それで?愛が砕かれたってどういうこと?」
「…。まあ、ここは怪しい組織なんだ。だから、俺は何回か死にかけた。
触手でうまく攻撃を避けられたから致命傷は免れても、傷跡はまだ体の各種に残っている。
そのことだろうな。」
「…愛、ね。」
愛というのはどういうことなんだろう、と思う。
単に自分の種の遺伝子を保存せんとする本能の一種なのだろうか。
それだけではないような気がする。
シリウスは知っている。
愛を大きな力に変え、刀を握りしめた人を。
愛を大きな翼に変え、空に羽ばたいた人を。
(自分はメチルのことを愛しているんだろうか?)
わからない。聞く相手は自分以外にいないというのに、なぜわからないんだろう。
「その点でいえば、アゲハとエラルドはすごかったのか…」
独り言。メチルは答えてくれなかった。
「いたんだ。自分が愛する人が。」
メチルが言った。
「…そう。」
不思議と胸が痛んだ。
「その人は、すごい人だった。でも、死んだ。
殺されてしまったんだ。」
「…そう。」
苛立ちが胸から顔を伝う。
「その人の名前はね…」
そう言いかけた時、2人は嗚咽するような声を聞いた。
押し殺したような泣き声。
まるで獣が殺意に溢れながら泣いているようにも聞こえる。
「……?」
2人は気がつくと大きな会議室のようなところに来ていた。
魔力探知で探すと、その中央の机の下に、1人がうずくまっているのが分かった。
(この魔力…)
メチルとシリウスは駆け寄った。
「エラルド!」
そこにいたのはエラルドだった。
あかりもない真っ暗な部屋のなか、なぜこんなところでうずくまっているのか。
聞こうと思ったが、できなかった。
彼は泣いていた。
それも尋常ではない様子だ。目は真っ赤に腫れあがり、誰のものかもわからない血で全身を染めていた。
唇は噛みきれ、服はまるで布切れのようになっている。
「……メチル。」
エラルドは投げ捨てるように呟いた。
「……終わった。」
「何がだ?」
メチルは聞いた。
が、何も答えない。
「くそおおおおおっ!ああ!くそがあっっ!!!」
拳が地面とぶつかる音が響く。
「くそ…ああああ…」
そうかと思ったら急に落ち着いて、魂が抜けたようになる。
メチルはそんな彼を優しく慰めようとした。
彼は何が起こったのかを大体察していた。
理由は写真である。もう一枚の写真が全てを物語っていた。
「なあメチル。どうしたの?」
耳元で囁く。が、返事はない。
「私にも教えてくれよ…」
呟いてふとしたを向いた時。
(…………!)
シリウスはあるものを見つけた。
それは、血に染まった髪飾りだった。
(これは、あの子の…
まさか、いやそんな…)
シリウスは激しい動揺に襲われた。心臓の鼓動が一気に早まった。
(…ああ。そうか。そうだったんだ。)
ようやく理解できた。何が起こったのか。
「…。その、抱えているものは?」
シリウスはエラルドに聞いた。
返事はない。ただぎゅっと何かを抱えている。
「教えてくれないのか?君が握るべきはこれじゃないのか?」
シリウスは丁寧に髪飾りを拾い、エラルドに渡した。
「…。」
(沈黙が多いな。だが、やむを得まい。)
シリウスは引いた。
その時。
「おや、話は終わったかな?」
声がして、弾かれたように2人は後ろを見た。
「待っていたんだが…。もういいかな?」
(キオンだ。間違いない。)
シリウスがジェスチャーをメチルに送る。
メチルは頷いた。
こいつのこういうところは本当にタチが悪い。
(さっさと攻撃してくればいいのに…)
「いや、実に心が痛んだ。まさか、尊い命を、それも友人とその子供の命を奪おうとは…」
「…。一応聞くが、アゲハは?」
「君の友人が殺したよ。」
「そうか。」
メチルは冷たく言った。
「おや、悲しくないのか?元同級生にして、君の親友の妻ではないか?」
「悲しくはないな。そんなこと思うほど、今心には余裕がない。
とりあえずお前を殺してから悲しもうと思う。」
「まあ、焦るな。それよりもあれを見ろ。何を抱いていると思う?」
キオンが指を指した。
「何を抱いてるんだ?」
「質問に質問で返すな。」
「…知るか。早く答えろ。」
「赤子の破片だ。」
「…………。」
聞いたことをここまで後悔したのは生まれて初めてだった。
「まったく、かわいそうだ。もう生き返らぬというのに…」
「もう一つ聞きたい。ファウスターは?」
「ああ、ジラーリアを殺しに行ってる。」
「…。無理だな。」
メチルは少し首を傾けていった。
「何だと?」
「いや、何でもない。それより、お前はさっきから嘘を言っているなあ。
ジラーリアが殺した?ふざけるな。お前が殺すように仕向けたんだ。」
「はは。そうだな。だが気がつく要素はあった。
魔法解析を丁寧にしていれば分かっただろうね。
あの女を変身させ、彼女に殺させることで精神に負荷を与える。
そしてお前やエラルドをおびき寄せ殺すことでさらに負荷をかけて、やがては精神を殺す。
これが我が魔法「狂気」が計算したジラーリアという女の殺し方だ。」
2人は再び黙った。
聞こえるのはエラルドの押し殺したような泣き声だけ。
その声が耳に入るたび、アゲハのことを思い出す。
「……。」
「……。」
「そしてメチル。お前ももうここで死ぬ。」
そうキオンが言った瞬間。
ドン、という鈍い音が響いた。
メチルは部屋の後方に大きく飛ばされた。
「ちっ…」
(メチルの「触手」の発動が間に合わない…?早過ぎるな。)
シリウスは横目にそれを見ながら、レベルスを突き刺した。
「残念ですが見えています。」
キオンはそういうが早いか剣を握り、へし折った。
そしてその勢いのままシリウスの首につかみかかりそうになった。
(やばっ…!)
キオンが首に触れようとした時。
彼は大きく後ろに弾き飛ばされた。
「…あぶな…」
魔道具「ハル君1号」。
攻撃が近づいた時結界を自動で張る。
「今の食らってたらやばかったかもな」
メチルがやってきた。
「おい、エラルド。そこで見ていろ。気が向いたらこっちにこい!」
シリウスが叫ぶ。届いたかどうかはわからない。
キオンの勢いは止まらない。
メチルの顔を貫かれそうになる。
が、逆にメチルの「触手」が彼の腕を切断した。
「流石に二度も同じのは通じないな。」
痛む背中を気にしながらメチルは呟く。
シュルシュルと触手が渦巻いている。
「…。そうですか、そうですか。」
キオンが呟いた。
その2秒後。
2人は目の前が真っ暗になった。




