記憶 5
ジラーリアは布団の上で横になっていた。
「ようやく終わったね。」
部屋にはトアレスが座っている。
「…ああ。」
復讐は終わった。自分の尊厳を踏み潰し、さまざまな悪を作り出した男を殺すことに成功した。
が、彼女の心は晴れないでいた。
若干の霞のようなものが心の中にちらついている。
自分の娘を捨てた。それがたとえ自分のせいではなかったとしても許されることではない。
多くの人を殺した。それがたとえ罪人であったとしても許されるのだろうか。
自分は本当にこの道をあるいてよかったのだろうか。
誰かがいつか歩かなければいけない道だったろうが…
それはきっとシリウスのような英雄ではないのか?
そう考えては気分が悪くなる。
「……」
脳裏に浮かんだのはアゲハのことだ。
彼女は綺麗だ。自分とは違う。
外見だけならシリウスに敵わないだろうが、純粋な心や澄み切った瞳は何者にも勝るほど美しい。
エラルドはなかなか人を見る目があるようだ。
彼女の子供もきっとそうなるだろう。
名付けーそう、名前を考えなくてはいけない。
なにがいいだろう?
はじめてでよくわからない。
(……綺麗、か…)
夜が更けていく。星は灯り、葬儀のような静けさが外を支配していく。
その日の夜。深夜のことだった。
「いい加減おかしい。」
メチルはそっと起き上がった。
彼が心配しているのは他ならぬエラルドのことである。
親友がこんな時間まで帰ってこないなんておかしい。
ましてや妊婦連れだと言うのに。
ガングートを起こそうかとも思ったが、とりあえず放置することにした。
周りの人間を起こさないようにそっとそっと動く。
床が軋まないように足を慎重に動かす。
彼の寝室は2階。ドアを開け一階に降りていく。
玄関に立ち、ドアを開けた。
時刻は0時。当然外は真っ暗で、少し肌寒い。
一歩踏み出した時、彼はカサッという音を聞いた。
足元を見る。何かを踏んづけているようだ。
ひょいと拾い上げる。
それは一通の手紙だった。宛先はメチルだ。
(誰からだろう…?シリウスからか?それとも父親か?)
疑問に思いながら手紙の封を切る。
「拝啓、メチル殿。
こんにちは、メチル。
君の最強のご友人はずいぶんとかわいそうなことをした。」
(……?)
胸の奥がざわつく。最強の友人?
「全くかわいそうだ。
彼女がおとなしく失敗作として死んでおけば、彼女は助かったろうに。
全く…。まあそれはいい。
君の友人が苦しんでいるようだから、丁寧に教えてあげよう。
彼の命を助けたければ、君の愛が砕かれた場所に来なさい。
今度は君の命を砕こうか。ジラーリアも連れてこい。
キオン」
(………!まさか…)
メチルはその手紙に入っていた2枚の写真に気がついた。
一枚は、蹲っているエラルドの写真。もう一枚は…
彼は思わず手紙を床に落とした。
(どういうことだ?ジラーリアは確実に処分したはず…。)
とにかく行かなければならない。
ジラーリアは連れて行かない。彼女は今すでにただでさえ精神が不安定なのに、これ以上の戦闘をさせるわけにはいかない。
「それで、愛が砕かれた場所…?」
どこのことか、というのは一瞬でわかる。
問題はどうやって行くか。流石に1人は危険な気もする。
その時、自分を見つめる視線に気がついた。
「誰だ?」
触手を発現させる。緊張が走る。
(敵か?)
「…私だけど。」
「…ああ、お前か。そういえばガングートが呼んだんだっけ?」
「ええ。彼から連絡があってすぐに飛んできたのだけど、ずいぶん遅くなっちゃったわね。
ジラーリアさんは?彼女におめでとうと言いたいのだけど。」
シリウスだった。来るのが遅すぎたようにも思う。
銀髪が月光を反射して驚くほど綺麗で、一瞬、緊張を忘れた。
風がほおを撫でた。手には青い花束を抱えている。風に乗った香りはその花のものなのだろうか。
彼女に言いたいことがあるような気がしたが、今はそれどころではない。
「…今会うのはやめてやれ。もう多分寝ているし、それに俺は今からちょっとある場所にいかなきゃいけないんだ。ついてきてくれないか?」
「…。私疲れてるんだけど。」
シリウスは渋った。行くつもりではあるが、なんだか無性に心が痒かった。
「頼む。」
が、反応は彼女の予想と違った。
彼は素直に頼んだ。はじめてのことだった。
「……。どうしたの?本当に。頭でも打った?」
シリウスは驚きを隠せなかった。
彼女は持ってきた荷物を玄関に置いて、メチルに着いて行った。
(…あの2人付き合ってんのかな?)
トアレスは窓から2人の様子を眺めていた。
最初はてっきりキスでもするのかと思いきや、なんだかそういうわけでもなく。
重い雰囲気のまま2人はどこかに消えていった。
追うべきかとも思ったが、自分はここでジラーリアと彼女の子供を守る義務がある。
あの時、ジラーリアが奪われた赤子はトアレスの研究配下に置かれた。
なのでジラーリアに代わってトアレスが育てることにしたのだった。
赤子は今、すやすやと眠っている。
彼女の精神力の消耗具合は相当なものだ。
魔法は精神力に直結する。下手に疲れた状況で魔法を発動すれば、過剰負荷で暴発して怪物になってしまう可能性がある。
(ま、ラブホにでも行ったんだろ…)
軽く舌打ちをする。
これだったら彼に警備をさせればよかった。
あの2人の子供はやばい化け物になりそうだ。
魔法学では、得られる固有魔法は遺伝に関係なく完全にランダムと言われている。
が、魔法の発動時間に関係する陶臓の性能や魔力効率は遺伝する。
極めて発動が早いメチルの「触手」、ほぼ常時発動できるほどの高い魔法効率をもつ「認識不可」。
(それに比べて自分は…)
ため息をひとつつく。
シリウスやメチルと協力するようになって、こうしたことを思うことが増えた。
ジラーリアはもはや別格だった。生まれた時から多分ああなのだろう。
が、メチルやシリウスは多分努力であそこまで能力を伸ばした。
(もっと努力しておけば)
と後悔したのは、一度や二度ではない。
力も弱く、魔法が防御方面に偏っている彼女は戦闘に向かないのだ。
(はあ…)
俯いて、ベッドに潜ろうとした時。
(……!)
強大な魔力を感じて、起き上がった。
閉じかけていた瞳をもう一度大きく開く。
彼女は慌てて廊下に出た。
「誰だ。答えろ。」
「僕だ。」
「……?知らないな。聞き覚えのある声な気もするが。」
「ファウスターだ。ジラーリアは?」
「…ファウスター。ああ、誰か忘れていた。キオンの娘?だっけ?
何だ?ぱぱの仇でも取りに来たか?ミイラ取りがミイラになるとはこのこと…」
「黙れ。父はまだ死んでいない。あの失敗作は殺したと思っているがな。」
「…。はあ。で?だから何だという話?死にたくなければ…」
「お前もな。そこをどけ。」
トアレスは腰から銃を取り出した。
「…。俺がやろう。」
その時、ガングートが起きてきた。
「2対1か。まあ、ハンデとして十分だろう。」




