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無限ホテルの雑務員。  作者: AO
禁書
41/53

記憶 1



一体いつの間にやらこんなところに来たんだろうか。

そもそもここはどこなんだろうか。

テスラは思った。

彼女は白い木製の椅子に座っていた。

縛り付けられているわけではないが、不思議と動くことができずにいる。

そんな時、ふっと頭を撫でられた。

「………。」

顔を上げる。そこにいたのは、1人の銀色の髪の女性だった。

(…シリウスさん?)

「いえ、私はシリウスではないわ。名前はレベルス=テリアメス。あの子の遠い遠いご先祖様よ。」

(…レベルス?レベルスって…)

「そうね。あなたが使っている「テーリア・レベルス」は、中央軸に私の骨を使って作られたわ。

そして私の魔法「適応」が組み込まれ、レベルスの術式効果として発現しているの。」

(…。)

「…。シリウスは、あなたから見てどう思った?あのジラーリアという子は?」

(ここはどこなんですか?)

「ここ?ここは「次元牢獄」のなかね。本来ならばあなたはぐしゃぐしゃに押しつぶされているところだけど、吸収される前に私が術式効果を拒絶したから大丈夫よ。

あなたからは見えなかったかもしれないけれど、実はあの時、後ろからファウスターがやってきていたの。

きっと彼女は、無限ホテルに向かうつもりでしょうね。」

(…次元牢獄?抜け出せないんですか?)

「無理ね。さすがにこの次元まで多重展開されていると。加えて「牢獄」だから、脱出には相当強力な魔法が必要になるでしょう。」

そっと肩に手を置かれる。

「見える?奥の扉。あそこに一歩でも足を踏み入れれば、時間感覚が狂いまくって廃人になって死ぬわね。ここは「次元牢獄」のなかに私が作った一時的な避難所のようなものよ。」

奥を見ると、黒い扉があった。

禍々しい雰囲気が死を凝縮したような空間が目の前にあることを示している。

「出ていくのを手伝ってあげるわ。教えて、あなたのことを。」

すっと、一冊の本が手に挟まれた。

開くと全てのページが白紙だった。

そっと目を閉じて、自分の中に残る記憶を掘り起こした。


テスラ=ガスターフォールド、すなわち一条 葬華は日本で生まれた。

はじめて生まれてきた子供ではない。彼女には天才的な姉がいた。

実際幼い頃から自分を凌駕し続ける姉と、そんな姉のことばかりを構う両親の元で育ったことで、彼女は致命的な損失を心に残したまま大きくなった。

それはさながら自尊心が欠如し社交性もない、閉じ切ったシャッターの様だった。

彼女の家はそこそこ裕福だったため、彼女は両親が雇ったお手伝いたちに世話をしてもらっていた。

姉は凄まじい才覚を持った人間だった。

頭脳、体力、芸術。あらゆる面で完璧と言えた。

葬華だけではなく、お手伝いさん、両親、その他親戚も含め皆が彼女に期待した。

まるで無限に輝く星のように、無限に燃える炎のように、周囲を明るく焦がした。

姉の顔はもうほとんど覚えていない。

姉は葬華が5歳の時に失踪した。彼女は15歳だった。

唯一覚えているのは、あの恐ろしいほどに強い精神と瞬間的な判断力、そして妙な言い回しだった。

孤独だった幼少期の彼女を支えたのは、ひとえに本だった。

ジャンルは多岐に渡った。歴史書、純文学、ミステリー、クイズ本、恋愛小説…。

あまたの本から抽出された思想は、彼女の冷え切った心の中で結晶化し、美しいクリスタルとなり、独自の輝きを放った。

今の彼女の迅速冷酷かつ合理主義的思考と解けない氷のような落ち着きは、この時すでに形成されていた。

小学校に入っても、彼女は1人だった。

その理由は卓越した容姿だけではなく、彼女の発言が姉同様、特殊な思考を孕んでいたからだ。

根本的に思考が他人と一線を画している人間の言葉は、まるで紙を多量の墨汁の上にそっと置いた時のように、その奥にある世界感を感じさせるものだ。

彼女の口をすり抜ける音は彼女色に染まって、そこから滲む空気は冷たく氷のようだった。

そのせいで友人や知り合いは全くできず、孤立していた。

だが彼女は大して気にも留めなかった。

孤立していたというよりむしろ誰もついていけなかったのだ。

はるか遠くに誰もを置き去りにして、絶対的な隔絶を感じさせる彼女と好んで話そうと思うものはいなかった。

彼女の前に立って言葉を交わすことは、視線を合わせることは、途方もない深淵を覗くことと変わらない。

その溝はどす黒く染まった劣等感と、夜の海のような静寂とで満たされていた。


「…そう。お姉さんがいたのね。」

レベルスの声がする。

(……。姉は自分をどう思っていたのだろう。)

歯牙にも掛けないでいただろうから、存在ごと忘却してしまっていただろうか。

それとも、少しでも意識してくれていたのだろうか。

(もし意識してくれていたなら…)

それは何者にも勝る栄誉だ、と思う。

5歳にして達観した彼女の洞察からするに、姉は少なくとも誰のことも、両親すらも気にかけていないように見えた。

誰を見つめる視線も、自分の冷酷なものとは違いむしろ温かった。

きっと多くの人間が「なんと温厚な人だろう」「なんと優しい人だろう」と崇めたのだろう。

だが、実際はおそらく違うのだ。

見つめられた時に感じる妙な寒気があった。

この人は本当に自分を見ているのだろうか、と。

あの細目と三日月のように上がった口角は自分の表面よりも内面を、魂を貫通していたような気がする。

それは自分も全く例外ではない。

詳しい顔は思い出せないが、あの表情だけは太陽を直視した後に瞼の裏でその姿が残るように、脳裏に焼きついている。

結局中学校に入っても、高校に入っても変わらずに1人だった。

だが彼女はいつも思うことがあった。

これでいいのか、と。誰かと協力しなければ得られないものがきっとあるのだろうと。

だから誰かと協力しようと努力したこともなかったわけではない。

が、それは不可能だった。相手が潰れてしまうのだ。

彼女の速度に、判断のレベルに、思考についてこれず離脱して離れていく。

姉はのようにはなれないと悟ったのは、同じく15歳の時だった。

「そうね。あなたは小さい頃から天才だった。お姉さんもそうだったけれど、あなたも他人を凌駕するに足る頭脳を持っていた。」

(………)

「でも、あなたは不器用だった。自分の力を抑えられなかった。お姉さんとの違いはそこね。

お姉さんは、周りを気にするふりをした。あなたは無意識のうちにひたすら周囲を抑圧した。

誰よりも孤独ゆえ、誰よりも周りを圧倒し続けた。いい?誰かと協力したいなら、自分を平凡に見せなさい。」

(…………………)

「ごめん、話を遮ったわね。続きをどうぞ。お姉さんがいなくなった後、どうなったの?」


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