理解
「……!何で…!」
そこには、想像もしない景色が広がっていた。
「こんにちは。生憎だけど、あなたに死なれると困るのよ。」
そういった人物の声は、以前と違い少し暖かかった。
黒い艶のある髪が、光を反射して輝いている。
「…ジラーリア、さん…?」
そこに立っていたのは、素手でレベルスを受け止めたジラーリアだった。
「…おい、邪魔をするな、失敗作。」
理事長がいう。
「とりあえず、止まった時を戻しましょう。」
ジラーリアは理事長を睨みながら言った。
「…おい、シリウス!?」
「大丈夫か!?」
後ろで二人の声がする。
「ええ、それより…」
シリウスはジラーリアの方を見た。
ジラーリアは少し笑っている。
その笑いに、シリウスは自分の想像を遥かに超越した何かを感じた。
そっと胸を触られた。みるみるうちに傷が回復していく。
(…この2人は…。一体どういう関係なんだ…)
「久しぶりね、キオン。」
「ようジラーリア。お前の娘は元気か?」
「…ええ。」
(…娘!?)
三人は驚愕した。
「えっ、ちょっと待って…」
エラルドもメチルも流石に動揺した。
「…ジラーリア、あなた何歳なの?」
「16よ。」
「…そう。」
シリウスは全て理解したような気がした。
最初会った時に感じた、絶対的な他者との違い。
誰にも感じたことのない、本能的な不気味さ。
人は皆、自分だけの痛みを感じて、抱えて、考えている。
だからある時はぶつかったり、ある時は共鳴したり…。
シリウスはその経験上、あらゆる人の痛みを味わってきた自信があった。
孤独の味も、期待の味も、絶望の味も、暴力の味も、全て胸に染みついている。
でも、彼女のそれと共感するには、自分ではまだ足りない。
それは、社会的尊厳を保とうとして生まれた悲しみではなく、より根源的、生物的欲求に駆られて犯された過ちによって生まれた悲劇であり、自分の経験してきたそれとは次元が違うのだ。
いや、あるいはそうではないかもしれない。
結局自分は何もわからない。でも、きっと彼女の本能的拒絶は無視されたのだ。
「人間は社会的動物」。だが、それ以前に動物である。
吐き気がする。眩暈がする。それでもしっかりと立っていられるのは。
「…何?同情しているの?」
「いいえ。ただ…あなたという人間の本性を、垣間見たような気がするの。」
それはまるで真っ暗闇の中、小さな蝋燭で壁画を見るようなものだったけれど。
シリウスは確実にジラーリアのことをわかった。
彼女は剣を奪い返した。
「…ジラーリアさん。これが終わったら、少し話したいことがあるわ。」
「そう。私もあなたに話したいことがあるの。」
二人は並んだ。
「…ふむ。なるほど。」
理事長はうなずいた。
メチルとエラルドは完全に自分が置いていかれてるのを感じた。
そして何となく状況を理解した。
二人が攻撃をしようとした瞬間。
「…遅すぎますね。なぜこの程度で優勝したのか…」
ドサッという音がした。
振り向くとメチルとエラルドが倒れているのが見える。
死んではいないようだ。
「おい、時間止めれるような奴が一撃入れられるのは当たり前だ。調子に乗るな。」
「…というか、ジラーリアはともかく、なぜあなたに「次元牢獄」が効かないんですか?」
シリウスの言葉は無視された。不愉快だった。
「レベルスのおかげだな。こいつの「魔法影響無効」を発動しとけば時間停止は効かねーよ。」
「そうですか。」
それだけ言うと、理事長がすっと手を出した。
「ま、関係がないですよね。私の「凶気」の前では。」
二人は今までいたところとは違うところに飛ばされていた。
「おい、ここどこだ。さっさと帰せ。」
その時、シリウスは本能的に危険を予知し、すっと身をかがめた。
それは正解だった。
後ろの柱が音もなく切れ、ずり落ち、床に轟音を立てて墜落した。
「…ここでは、戦いにくいですね。」
ジラーリアがそう呟き、壁を一回ぶん殴った。
部屋は一気に広がり、随分と広くなった。
「ここはあいつの屋敷です。おそらくあいつの魔法で知らない間に転移したんでしょう。」
「そっか。何で知ってんの?」
「私、以前住んでたんです。」
シリウスは後ろのドアを蹴り破った。
「おっと、逃げようったってそうはいきませんよ。」
結界が張られた。相当な強度で、もう逃げることはできない。
壁も強固で破壊は難しそうだ。
「…というか、あいつの魔法…「凶気」って何だ?」
「様々な魔法の集合体です。ただ、その能力の本質は…。
「常に相手を越えようとする、無限の可能性と凶悪な本能」。
具体的には、
相手の魔法および相手の魔法に対抗できる魔法が同時に手に入り、またその使い方を理解します。
これは、自分に敵意が向いたその瞬間に発動するものです。」
「ほおー。いい魔法持ってんね。だが、教えてやるよ…。
どれほど強い感情も、結局はちっぽけなものさ。
星に比べればな。」
シリウスはいつだって下を見たことはない。
相手と戦うならば、最後の一瞬までそいつを視界に収める。
それが、信条だった。
「…じゃあいこうか、レベルス。さらに正確に敵を切り裂こうと願うから。」
レベルスは白い炎を纏った。
「お前にはこれくらいがちょうどいい。燃やし尽くしてやるよ。」
シリウスの扱う剣術、「壊撃」には0〜7までの8つある。
それぞれの動きに応じて、レベルスが適した魔法を付与してくれる。
壊撃-1が「移動攻撃」、2が「縦斬り」、3が「横斬り」、4が「突き」、5が「遠距離」、6が「防御」、7が「範囲」である。
その中でもっとも強力なのが「壊撃-0」。単純な火力で相手を木っ端微塵にする。
その火力は1〜7までの合計よりはるかに大きく、食らって生き残るのは不可能に近い。
そして、レベルスの色はシリウスの心情の種類に応じて変わる。
ブンブンと剣を振ってみる。
軽い。白い炎が、宙に舞う。
レベルスは自分をどう思っているのか、と思ったことは一度や二度ではない。
この剣は本当に生きているようである。
それもそうだ。もともと、生きていた人間なのだから。
自分の考えと相手の魔法を読んで自在に魔法をかけてくれる。
未来予測、結界、防御、回復、攻撃を同時にこなす、最高のパートナー。
(でも、私では足りない)
この剣はきっと、もっといいパートナーがいるだろう。
剣を前に向け、突進する。
「遅すぎます。」
あっさりと止められた。
ちっ、と舌打ちする。
「魔法を安易に使わないのは賢明ですが…。それでは勝てない。少し遊びに付き合ってあげましょう。
「暴発撃滅」。」
そうキオンが言った瞬間。
耳をつんざくような爆発音が響いた。
それから少し、重力を感じなくなった。
と思ったら地面に叩きつけられ、シリウスは鼓膜が破れたのがわかった。
起き上がると、屋外だ。目の前には先ほどまでとは縁もなさそうな公園がある、
背中がジンジンする。
一体どこまで吹き飛ばされたのか、見当もつかない。
舌打ちする。これでは戦闘に復帰するのは難しそうだ。
「…。あいつらは?」
「魔力探知」の範囲外だった。
つまり大体10kmは遠くに飛ばされたことになる。
これではすぐには戻ることはできない。
レベルスの「転移」も、正確な場所がわからなければ意味はない。
だが、当てもなく駆け出してもどうしようもないだろう。
一回策を弄するべく、ベンチに座った。
(…こんな時、彼女ならどうするんだろうか。)
そっとレベルスを見つめる。
一方その頃。
「…おや、お仲間は飛んでいってしまったようですけど…」
「ええ、そうね。まあ、仕方がないわ。あの人なら多分大丈夫でしょうし…。
それよりもあなたの方がまずいのでは?この爆発で帝国警察が来ますよ?」
「だからなんだ?とりあえず、俺はお前だけでも始末せねばと思っていたんだ。
はっきり言ってあのシリウスとかいう女も始末したいが、それはまた後でになりそうだな。」
キオンは腰から銃を取り出した。
「これは「MB444」。この弾に当たったやつは…。」
「あら。」
シリウスは説明を聞くまでもなくふっと笑った。
「何だ?もっと焦った方がいいんじゃないか?」
銃口は真っ直ぐに向けられた。
が、シリウスは特になんということもない顔をしている。
「そうね。「MB444…」。」
それどころか、顎をあげ挑発する余裕すらある。
「何がおかしい?」
「私も持ってるわよ、それ。」
ポケットから複数個、石のようなものを取り出した。
「さっきもらったわ。ポケットを漁ってみたらどう?」
キオンの顔に衝撃の色が走った。
「ふん。だが、だからなんだ?お前一人くらい」
「服を見たら?」
彼が服を見ると、白い炎が着々と彼の服を燃やしつつあった。
シリウスの置き土産だ。
「ちっ…」
舌打ちが聞こえた。
「ここは引くぞ、ファウスター。
ジラーリア、呪いの子よ。お前は我々「メリアドール」が確実に潰す。」
そういうと、二人は消えてしまった。
ジラーリアはその場に座り込んだ。
(…逃したのは残念だが、あいつの目標のシリウスを始末することは避けられたし…
まあ、よかったか。)
「MB444」を足で踏み潰しながら彼女は思った。
魔力探知でシリウスを探す。
「…よう。」
「さっきぶりですね、シリウスさん。」
ヒュンっと風を切る音と共に、ジラーリアは突然シリウスの前に現れた。
シリウスはベンチに座ったままだった。
彼女はそっと手を伸ばし、頬から流れる血を拭ってあげた。
柔らかく、すべすべもちもちの、れっきとした人間の頬だ。
「どうなった?」
「メチルさんも、エラルドさんも回収しました。
二人とも目を覚まして近くの喫茶店でコーヒー啜ってます。」
「そっか。…。」
無事でよかった、と安堵する。
「で?なんですか?」
「何が?」
「なんか聞きたいことがあるって言ってたじゃないですか。」
「ああ…。いや、君の娘について何だけど…」
言葉に詰まった。聞いていいのかわからない。
「それですか。特になにか話すこともないですけど、何が聞きたいんですか?」
「えっと、まず…誰との?」
「わかりません。正直、強制といった感じですから。」
ジラーリアが隣に座りながら囁いた。
「…………。」
「なんですか?」
「いや、なんでそんなに平然と言えるの?」
「やるしかなかったんです。それがなければ、私は多分今ここにいません。
感触は正直気持ち悪かったです。自分が崩れていくような感じがします。
相手は…誰でしょうね、あれ。」
シリウスは真顔の彼女を眺めながらそっとお腹を摩った。
「…そう。で、その娘はどうしたんだ?」
「知りません。捨てましたから。」
「…は?」
信じ難い事実に、彼女は思わずレベルスの柄に手をかけた。
「いや、捨てられたといった方が正しいですね。
当時12だった私に生むように強制したのは、キオンだったんです。
でも多分生きてると思いますよ。強力な魔法を持った子でしたから。」
「…。」
「本当に、我が子ながらかわいそうな子。
愛も知らない、正義も知らない…、本当なら、兄弟もいたはずなんですけど…。」
「兄弟?ああ…」
シリウスは察しがついた。
「魔眼」の発言条件は、「母体が以前死産または流産していること」。
死産を経験した母親からか、本来双子であったのに胎内で一方が吸収される場合に起こる。
「これでいいですか?」
「…。ああ。」
シリウスは気が滅入った。
想像を超える話だった。
だが、これではっきりした。
「で?お前の話は。」
「…お願いがあるんです。シリウスさん。メチルさんやエラルドさんにも手伝って欲しいんですけど…」
そういって、ジラーリアは話し始めた。
自分の想像する世界を。
「…………。わかった。一緒に頑張ろう」
二人はベンチから腰を浮かし、外に向けて歩いていった。
「…あ、そういえば。娘さんの魔法と名前は?」
「名前…決めてませんでしたが、「ベル」とかにしようと思っていました。
魔法が「暴食」だったので…」
シリウスは未だ見ぬ彼女にそっと思いをはせながら、真っ赤な夕日を眺めた。
読んでいただきありがとうございました。




