赤ずきん 9
さて、東部技術特区とは要は町規模の研究所である。
テスラとレーカが閉じ込められていた建物、そして今ジラーリアと赤ずきんが戦っている建物は中央部にある。
建物が崩れ落ちる音があちこちから聞こえる。
それはジラーリアの配下と赤ずきんの配下の戦いが原因だった。
北、南、東、西でそれぞれ戦いが繰り広げられていた。
(シリウスさんなら、こいつらくらいさっさと片付けられていたのかな。)
南の方にある赤い建物。
内部の状況からしておそらく食堂だったのだろう。
保安チーム特別指定職員、レーカードは目の前の黒い服を着た男たちから目を離さずに思った。
彼らがなんの魔法を使うのかなど知らないし、聞かない。
知る必要もない。
彼の今の任務は「ジラーリアと女児を守りつつ、ジラーリアに赤ずきんの仲間を生かせないこと」だからだ。
守るという点においてはレーカードは最も得意だった。
「厳重封鎖」。
自身が敵と見做す、また自身に敵対意識をもつ魔力領域内の対象を即時無能とする。
束縛対象になったものは一瞬であらゆる行動を封じられるため、実質自分の勝ちとなる。
彼が魔法を発動した瞬間。一瞬で男たちはバタバタと倒れていった。
「これで任務完了っと…」
レーカードはくるりと後ろを向いて2人を抱え東部技術特区から脱出しようとした。
(…は行かないか…)
彼は背後から振り下ろされた剣を宙で止めた。
「どうやって「厳重封鎖」を防いだ?」
後ろを振り向かずに聞いてみる。
「反魔法」。
答えは想像していた通りだった。
レーカードは2人をそっと地面に置いて、側の机の上にあったアイスピックを手に取った。
アイスピックの大きさは約18cm。相手の剣の大きさを考えると、すこし物足りないようにも思える。
が、レーカードは少しも心配していなかった。
彼はアイスピックを構えもせず、クルクルと片手で回した。
とその時。彼の下の地面が大きく割れ、危うく落ちそうになった。
(なるほど。能力は「地形を操る」か「物体を破壊する」だな。)
レーカードは断定した。
割れた地面が大きくうねり、彼に向かってくる。
頬のあたりに直撃した。大きく横に飛ばされるが、すぐに立ち上がり攻撃姿勢をとる。
「厳重封鎖」が発動した。
が、目の前の男は特にどうともないようだ。
間違いなく「厳重封鎖」の領域内にいるのに。
しかし、この時点でレーカードは自身の勝ちを確信した。
レーカードの「魔流の魔眼」は、相手の中に流れる魔力を判別できる。
彼の目にははっきりと、男の全身の魔力の流れが見えた。
(…体表に魔力が集中している。しかもさっきの固有魔法とは違う魔法だ。)
そうか、これが反魔法の正体なのか、と彼は理解した。
そもそも魔法には「厳重封鎖」のようにその人だけにしか使えない「固有魔法」と「結界」や「魔流誘導」のように誰にでも使える「一般魔法」の二つがある。
どうやら反魔法は後者に分類されるようだ。
そして一般魔法と固有魔法は同時には使えない。
つまり、男は「厳重封鎖」中は固有魔法を使えないのだ。
「余裕だな。」
レーカードはアイスピックをクルクルと手の上で回した。
「ジラーリアはどうなったんだろう?まさか、負けていないよな?」
一瞬、不安になった。
だが彼はそんな雑念をすぐに忘れた。
レーカードの心配は杞憂に終わりそうだ。
凄まじい音がして、肉塊が地面に叩きつけられる音に続いて骨が折れる音、血が噴き出す音が聞こえる。
ジラーリアの能力の中で最も基本でよく使うのは「再定義」。
どれだけ削られても、どれだけ早い攻撃も、彼女が「変化した」と認知する限りは無効化される。
ジラーリアは戦闘が始まった時と全く変わらない姿で、ある建物の屋根の上に座っていた。
「…全く大したことがないわね。かつての赤ずきんはこんなものじゃなかったわ。」
「……」
「赤ずきん」は全身から血を流しながら地面に倒れていた。
「驚いたわよ。まさか赤ずきん、がいるなんて。」
「…黙れ!」
赤ずきんは口の中に砂が入るのも構わずに怒鳴った。
「あなたはあいつの何?妹?親戚?友達?」
「…娘だよ。」
赤ずきんは今度は力無く言った。
「色々なところを回るうちに、お前の噂を聞いた。
ジラーリア。お前とあの人が12年前に戦ったこと。
そして赤ずきんは敗れ、消息不明。
あの人は、孤独な私にいつも寄り添ってくれた。
あの人を取り返すことが、私の使命だ!」
赤ずきんは怒りに目を燃やしながら言った。
「あなたが私を襲撃した理由は、お母さんに会うため?」
「…ああ。」
「じゃあ教えてあげる。あいつはもう死んだわ。」
「は?」
「私が殺したよ。12年前に。」
赤ずきんの目が、みるみるうちに絶望に染まる。
「…そんなはずはない。だってあの人の魔法は…」
「「万能反射」でしょう?確かに強かったわね、あれは。
でも残念だけど、私の必殺技の前には無力だわ。
彼女の魔法のスケールは、この世界の法則の域をでないもの…」
「…うそだ。うそだ。」
「赤ずきん」はぽつり、ぽつりと言う。
「せっかくだから、私の必殺技で殺してあげましょう。」
そういうと、ジラーリアは右腕を挙げた。
その瞬間。
彼女は何か様子がおかしいことに気がついた。
(…………)
ジラーリアは笑った。
目の前の小さな少女が、今まさに大人になったことを推察したからだ。
「人としての格は何で決まるか知っている?」
独り言のように呟く。
「どれだけ現実の厳しさを認められるか。どれだけ苦しさを肯定できるか。
どれだけ悲しみを、矛盾を、理不尽を受け入れられるか。
それこそが魂に「品格」をもたらすの。
そしてその苦しみや悲しみに、必ず魔法は応えるわ。
魔法って、魂の叫びだもの。」
ジラーリアは目を瞑った。
自分の魔法を貫通して腕が一撃で破壊されたのがわかった。
「こちらも、久々に思い切り叫べそうね。」
ジラーリアはその青い目でしっかりと敵を見つめた。
その瞳には、天使が宿っていた。




