赤ずきん 7
「支配人…」
テスラはうめいた。
夜の深い闇を滑らかに断つように、静かに1人の女性が現れた。
黒い髪は闇と同化しているように見えるが、うっすらとその輪郭を示している。
支配人ことジラーリアは、テスラに視線を向け、その後赤ずきんに視線を向けた。
赤ずきんが一気に部屋の壁まで下がった。
あたりに凍るような緊迫感が満ちる。
ジラーリアは足音を少しも立てずに、テスラの元まで来ると、
「おつかれさま。」
と声をかけ、頭を優しく撫でた。
テスラは何も言わずに、ただ地面に寝そべり、上目遣いでジラーリアを見ていた。
が、やがてそっとまぶたを閉じた。
「さて…」
ジラーリアは赤ずきんの方を向いた。
赤ずきんの能力は「暴食」。彼女がそこに「存在する」とはっきり認知できるもの全てを喰らい尽くす、凶悪な能力である。
視界に入るものは全て無条件で捕食対象。
彼女はその果てしない力で無限ホテルの職員達を大量に食い散らかした。
彼らにとどまらず、その牙の餌食となった人はどれほどいたのやらもはや推測するのは不可能に近い。
結果として、「赤ずきん」は帝国全土に名を知らしめるほどの強力な魔法使いとなった。
通り名は「赤い捕食者」。
赤ずきんは片手を前に掲げると、自身の最大の魔力で魔法を放出した。
ジラーリアに直撃し、そのまま後ろの壁が粉微塵に粉砕される。
いつもならば、ここでまた1人の人間の命が消えていただろう。
マッチ売りの少女含め、その他赤ずきんの仲間は全員ジラーリアの死を確信した。
だが、粉が舞う中にはまだ一つの影がぼやけて立っている。
一瞬の隙。粉塵が全て消え、あたりが鮮明になった。
そこには、少しのかすり傷も負っていない上に、余裕そうな表情を浮かべるジラーリアがいた。
夜の空に浮かぶ月さながらの様に、仲間達は皆、おどろきや動揺を隠せなかった。
赤ずきんだけは冷静に、ジラーリアを見つめていた。
「明らかに想定外って顔ね。呆れるわ。戦場でそんな無様な様子を見せているとー」
ジラーリアは彼女の魔法を発動させた。
「死ぬわよ?」
そう言い放ち。ジラーリアは一瞬で赤ずきんの前に移動し、頭を思い切り掴むと、凄まじい勢いで床に叩きつけた。
彼女の魔法は「演算崩壊」。
数式で表せる全ての現象の過程および結果を操作する。
例えば、彼女が一歩歩き、さらにもう一歩歩いたとする。
普通なら彼女は1+1より自身の歩幅の2倍しか移動できない。
が、この魔法発動中は1+1は3にも4にもなりうる。
彼女はこれでほとんどの攻撃を無効化し、凄まじい速度で敵を圧倒してきた。
その結果の死者は凄まじい物だった。
恐れのあまりついた名前は、「死神」。
鈍い音が室内の空気を粉々にしながら伝わっていく。
ジラーリアは一旦引き、距離をとった。
常人なら骨ごと塵に帰す一撃。
だが、赤ずきんも「赤い捕食者」の名に恥じぬ硬さを見せる。
すぐにさっと起き上がった。
が、流石にノーダメではないようだ。額から一筋、鮮血が垂れている。
「ちっ…」
と呟くと、赤ずきんはどこから取り出したのやら不明な猟銃を取り出した。
瞬間、ばっと一斉に複数の影が闇に浮かんだ。
その数12人。今まで隠れていた赤ずきんの仲間が現れたのである。
全員それぞれの出せる最大の一撃をジラーリアに叩き込むべく、彼女に向かっていく。
が、それは惜しくも阻まれた。
ジラーリアを取り囲むように、4人の魔法使いが現れたからだ。
赤ずきんの仲間達は、皆大きく距離をとった。
4人が明らかに自分らより圧倒的に強いことを確信し、警戒したのだ。
全員が赤いスーツに紺のネクタイ、2人はスカート、2人はズボンを履いている。
それぞれ髪の色は金、紫、黒、茶。
そして男も女も皆頭に真っ白な剣の髪飾りをつけている。
(…保安チームの奴らか。)
赤ずきんは静かに苛立った。
自身が不利であることを察したからだ。
無限ホテルの保安チームといえば、絶対的な戦闘力を誇るキチガイ集団であることで有名で、帝国陸軍が無限ホテルを落とせない主な要因の一つでもある。
そしてその中でも8人いる幹部達は、全員白い剣の髪飾りをつけていると言われている。
通称「白剣」と呼ばれる彼らの実力は、赤ずきんの仲間をはるかに上回っていた。
「どうしましょうか、レーカード。」
金髪の女が、黒髪の男に聞いた。
「どうするもこうするも殺す以外ないだろうよ、トルエン。」
黒髪が答えた。
「1人三人ってとこか?ま、余裕じゃね?なあ、リッカ。」
紫髪が、スカートの下から巨大な斧を取り出して茶髪の男に同意を求めた。
「油断してると死んじゃうよ、アルガー…」
茶髪はリッカを諭した。
彼らは「白剣」。保安チームに存在する8人の役職持ち。
保安チーム特別指定職員 レーカード。
本館東保安課課長 アルガー。
本館西保安課課長 リッカ。
別館保安課課長 ローテル。
旧館保安課課長 トルエン。
地下保安課課長 ツミキ。
職員反乱対策課課長 ホーネット。
帝国軍部対応課課長 ドーメル。
(シリウスさん、あなたの思いは僕が引き継ぐ…)
レーカードはぎゅっと拳に力を入れる。
「ジラーリア!こいつらは僕らが対処する!あなたはそいつに集中しろ!」
そういうと、4人と12人は一斉に散らばった。
「誰に物を言っているのかしら?まあ、いいわ。」
ジラーリアはにやりと笑って、目の前の赤い獲物を捉えた。




