赤ずきん 3
テスラは焦り始めた。小さな宿屋の一室で新聞を握りながらトントンと指で机を叩く。
テスラの作戦では、「赤ずきん」が東部技術特区に侵入したらすぐに後を追い、敵の容姿や人数を把握しようという流れだった。
が、一週間経っても音沙汰ない。
新聞を確認しても、
(…西部マストランドで精霊防衛システムが誤作動…ミレゲーナ社による「データベース」に新しい情報が追加…)
それらしいものは見つからない。
さらにはテスラのいるところはかなり技術特区に近い。
もし赤ずきんが襲撃すれば、確実にわかる距離だ。
(もしかして、自分がここにくるより前にもう潜入されたのか?)
テスラは思った。
が、結界は無事なようだし、奥に見える施設が荒らされた様子もない。
このまま何もなく1ヶ月が終わるなどつまらない。
(さっさと襲撃してくれないかな…)
彼女は宙を仰ぐが、目に入るのは木製な天井のみ。
「…あー、なんでこうなんだろう。」
1人呟き、ふと前世に思いを馳せる。
テスラは異常だった。
両親も、親戚も、姉もそう思っていた。
彼女がそれを初めて自覚したのは4歳の誕生日の時。
テスラはショッピングモールで迷子になってしまった。
必死に探すが、見つからない。
警察にも協力してもらうも、残念ながら居場所は分からず、一家は泣きながら家に帰った。
両親が家で悲嘆に暮れていた時。
玄関のチャイムがなった。
出てみると、そこには血まみれで全裸のテスラが立っていた。
腕と足の片方が明らかに変な方向に曲がっており、目は腫れ、全身があざだらけだった。
詳しく話を聞くと、彼女は謎の男に攫われ。暗いところに連れていかれた。そして服を脱がされたがそこにあった釘で男の目を思い切り突き刺した。
そのことで男に何度も殴られたが、彼女は釘で男の目をえぐって逃げてきたそうだ。
数日後、工事現場で男が発見された。
両親は絶叫した。自分の娘に心底戦慄したのである。
テスラはきょとんとしながら、両親を見つめた。そしてその瞳に映る自身を見て、初めて彼女は自分の状況を理解した。
そして姉を見つめた。姉は何も言わなかった。
(…その時初めて、自分の娘が痛みを感じないことに気がついたんだっけ…)
テスラは懐かしく思い、笑った。
あれから14年。両親は死に、姉も行方不明になった。
彼らとのエピソードのいくらかはいつか忘れてしまうのだろう。
でも仕方がない。死者は死者なのだから。
テスラはベッドにうつ伏せになった。
が、すぐに外に出た。
出てすぐ外は市場である。
テスラは人がほとんどいない道を、ぼんやりしながら歩いた。
大概のものはすでに売れている。
(まあ、当たり前か…)
時刻は午後9時。もうそろそろ店じまいだろう。
敷物を広げていた女性が満足げな顔で金を数えている。
ちらりと注がれる視線も、すぐに離れていく。
石で舗装された道は、歩きやすくて、靴が綺麗な音を立てる。
頬を撫でる夜風が気持ちいい。
視界の隅に、小さな白い建物を捉える。
(あれが東部技術特区の研究所…)
まるで狩人が獲物を見つけたようにじっと睨みつける。
テスラが来た道を戻り始めた時。
「あの、すみません…」
後ろから声をかけられて、彼女は振り向いた。
そこには、1人の少年が立っていた。
手に下げたカゴのなかには何かを持っている。
「はい?」
カゴの中身が気になったテスラは返事をした。
「精霊、要りませんか…?」
テスラは一瞬フリーズする。
(精霊?)
カゴの中身をみると、石のような何かだ。
「これが…精霊なの?」
「はい。金貨一枚で買ってくれませんか?」
テスラはあまり金持ちと言うわけではない。物価から推測するに前世の価値なら大体40〜50万程度と見積もっていた。
そして金貨一枚とは約2万円。決して安いものではない。
が、少し気になったので一つ買うことにした。
アリエルのコンタクトが示すところによると、これは「精霊」らしい。
精霊が何かわからないので困っていたら、勝手に注釈をつけてくれた。
視界の上の方に文字が浮かぶ。
「精霊。人工的に作られた新規の魔法術式。またはそれを刻まれた特殊金属。水、火、影などを魔法媒体として消費しそれを取り込んだものの命令に応じて術式を行使する。
多くは人間の魔法より遥かに劣る性能だが、稀に非常に強力な精霊が生成される。
この場合、持ち主の意思とは独立に魔法を行使することがある。
魔力が枯渇した場合に備えて取り込んでいる人間も多いが、戦闘に役立つほどの強力な精霊を所持するものは少ない。」
(なるほど…)
テスラは中の石から一つ、真っ黒な石を選び、そのかけらを一つ食べた。
そして金貨を一枚渡した。少年は嬉しそうに帰っていった。
(…人類最大の発明は、この世界では魔法なんだろうな。)
自分が食べた石に宿る精霊については帰ってからアリエルに調べてもらうことにした。
テスラもゆっくりと歩き、もう人が誰もいなくなった道を歩いた。
宿屋に入ると、宿主と彼が育てている子供達が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、こんな夜中にどちらへ向かわれたので?」
「少し外に出てきただけです。」
そういうと、テスラは赤ん坊の頭を軽く撫で、自室に戻った。
赤ん坊の嬉しそうな「だあ」、という声が耳に残った。




