第六十六話 魔法暴走
約三千文字になります。
メイド長のクローラは国王秘書クーニャの言葉を受け混乱しながら、社交部本部に続く白い砂利道をクーニャに随伴していた。
傍には執事ダイヤと執事見習いのキャンニャがいる。
時折吹くつむじ風が砂埃を上げていたが天気は悪くない。
銃撃事件の時の異臭が鼻に纏わり付き離れない。
クローラは頭の中で今起きている出来事に対応するように整理していた。
「メイド全員って、何人いると思っているのかしら」と他人に聞こえない声で囁く。
クローラの表情からゆとりが消えて傍目には緊張している表情に見えた。
時より、花火のような破裂音が空気を切り裂く。
空を見上げれば薄い雲に覆われていたが雷の気配ではなかった。
ドメーヌ城の客室は来賓客室を含め三百室を超えている。
各室に担当メイドが二名以上付き添う決まりがあったが実際には掛け持ちが日常化していた。
そのためメイドたちの仕事は意外に過酷労働になっている。
ブラック企業やサービス残業の世界が異世界にもあったのだ。
城に一般国民が宿泊することはない。
来賓客や国の重鎮が従者を従えて滞在することが多い。
客室全室が埋まったことは過去に一度もない。
隣国の使節団が滞在した時でも五十室を超えることはなかった。
なのにメイド職の仕事は変わらない。
滞在客の有無に関係なく、清掃と雑務があるからだ。
ドメーヌ城は正面玄関のある塔を中心に建物が左右に扇状に広がっている。
ドメーヌ国王のいる塔は独立塔で、その扇状の建物に包み込まれるど真ん中にある。
客室のある塔は左側と右側に三棟ずつある。
別棟に見えない外観は独立していた。
棟と棟の間は三階にある連絡通路で繋がっていた。
地上から外部の侵入者が中庭に入ることは出来ない。
ドメーヌ城の軍隊が出入り口を監視しているからだ。
六棟ある各棟には客室が五十室以上あるがすべて軍隊の監視下にあった。
来賓客は正面玄関の来賓専用入り口を経由して、メイド班長が案内することになっている。
王室専用通路はメイド副長以上が担当するため来賓が経由することはなかった。
社交部本部は城の右手奥にある白い砂利道の先だ。
つまり扇状の右手建物の客室棟の奥になる。
客室側窓は全室外向きで国王がいる独立塔側には向いていない。
客室から中庭や大広場は見えない仕組みになっている。
社交本部の裏手側にはホテルのように大きな十階建の従業員寮が聳え立っている。
メイド寮もその中にあった。
この時のメイドの人数は約四百名と部下から聞いているクローラだが実際に数えたことはない。
メイド以外の従業員数をクローラは把握していなかった。
従業員は事務総長の管轄だから干渉できない不文律があった。
メイド長クローラの下にはメイド副長と呼ばれるメイドが五人いた。
各メイド副長は更に五人のメイド班長を部下にしていた。
メイド副長五人とメイド班長二十五人で三十人になる。
班長は十名のメイドを従えているからメイドの人数だけで二百五十人。
副長と班長を加えれば二百八十名の大所帯の計算だ。
城にはメイド特別班が他に十班あった。
特別班は国王や王女がいる中央の独立塔を担当している。
王室のディナールームは中央塔の数カ所だけにあった。
特別班の班長はメイド長クローラ直属になってるから、メイド副長は存在しない。
特別班に新人メイドが配属されることはなかった。
メイドの人事権は社交部本部が統括しているため、メイド長クローラといえども言及を憚る。
クローラの下に十人のメイド班長と百人のメイドがいる。
百十名とクローラの部下十名を加え百二十人の精鋭部隊である。
特別班のメイド服は鮮やかな濃い水色に白いストライプが入っている。
腰にはリボンのようなピンク色の帯が締められて腰の後ろで蝶結びになっていた。
メイドたちの憧れの制服だった。
大きな蝶が飛翔しているように見える帯のアクセントが可愛い。
一方、一般のメイドたちは白、黒、青、黄色、赤の五色に分かれていた。
白いメイド服は副長、黒は班長にだけ許されていた。
メイド服の色が階級を表していた。
ウエイトレスに見えるメイド服の青、黄色、赤でメイドの職種が分かる。
青は清掃担当、黄色は食事担当、赤は部屋付きの世話係を意味している。
そんなメイド職のことを国王秘書のクーニャが知らないはずはないとクローラは考えてヤキモキしていた。
クローラは軽い眩暈を抑えながら五名の副長と三十五名のメイド班長に臨時招集をかけるように十名の部下に指示を与えた。
特別班にも招集を追加した。
クーニャはメリウスを連れメイド長クローラと一緒に社交部本部に向かうつもりだった。
事件が起きてメリウス、零、玲子の三人はルシアとコットンと一緒に正面玄関の控えの間で待機することになった。
傍には私服兵が付いたが、第二王女ルシアも第一王女コットンもメリウスを見て安心している。
クローラは社交部が近くなる時、クーニャに言った。
「クーニャさま、ただいま指示を出したばかりなので時間的にメイド招集は無理かと・・・・・・ 」
「クローラ、私が悪かった。メイドだけで四百名、従業員を加えれば、もっと多いから、大浴場は撤回して大広場にしよう。明日の午後でどうだ」
「わかりました。それなら間に合います」
しばらくして、ルシアの秘書セーラとコットンの秘書ニーナもクーニャたちと合流した。
国王秘書クーニャは関係者がいることを確認して大浴場での身体検査中止をクローラに伝えた。
セーラとニーナはクーニャの臨機応変な手際の良さに驚きを隠せない。
翌日の午後、城の中庭にある大広場にメイドと従業員が集められた。
いつになく蒸し暑い中、太陽が中庭に容赦なく降り注ぎ気温がぐんぐん上昇している。
時折、つむじ風が大広場にいるメイドたちの青、黄、赤のスカートの裾をくすぐる。
若いメイドが短い裾を押さえて狼狽えていた。
ドメーヌ城のメイドのスカートの長さは新人は短く、古参になるに連れ長くなる決まりがあったからだ。
中庭大広場は正面玄関の反対側に位置していたため入り口から見えない。
ドメーヌ国王の部屋がある三階の窓からはよく見える。
ドメーヌ国王が部屋の窓から中庭大広場を眺めて手を振る。
秘書サーニャは国王の傍でハラハラしながら結界魔法を発動させ予防をしていた。
国王銃撃事件のあとの大隊長暗殺未遂事件があったからだ。
明るい性格のルーク・ドメーヌ国王は無頓着な子供のように笑顔をメイドたちに向けて両手を高く上げて左右に振った。
「サーニャよ、中庭で何かあるのかな」
「はい、クーニャの提案によるメイドと従業員の身体検査です」
「中庭大広場でか? 」
「検査と言っても魔法量の検査です」
「なるほど・・・・・・ 」
クローラがクーニャの耳元で囁く。
「一人だけーー おりません。多分、宿舎かと」
従業員宿舎は城を囲むような位置にあった。
メイドや給仕、食堂関係者の宿舎は社交部本部の背後にある。
私服兵と兵隊の宿舎も等間隔で城を包囲していた。
外敵から国王と本殿を守れるような配置だ。
ルシア、コットン、メリウス、零、玲子の五人はザード大隊長の事件で日本からの来訪者をすっかり忘れていた。
「メリウス・・・・・・ 」
ルシアとコットンが声を合わせて言った。
「ルシアさま、コットンさま、雫さん、朱雀さん、家政婦の五人は大丈夫です。あとで、小金崎さん、早乙女さん、南さん、山女さんと合流できますから」
「でもメリウス、このあとーー どうなるのかしら」
「魔法量で全てがわかりますから」
「でも、さっきの大きな音は」
「誰かが魔法暴走を起こしたのでしょう」
メリウスは嘘を言った。
魔法暴走ではなかったのだ。
メリウスは次の刺客に備えようと身構えていた。
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三日月未来




