プロローグ
ピピッ
腕に巻かれた時計は22時を回っていた。
「はっ
っはっは・・・・
ふぅ〜・・」
走る速度を徐々に落とし、森の様に雑草が生い茂る道路の端で足を止める。
背中に背負っていたバックを手繰り寄せ胸の所に移動させるとその中からペットボトルを取り出しキャップを開けて水を飲む。
「ぷはっ・・・・」
視線が照明により少し明るくなっている方に向かう。
神社なのかお寺なのかが建っていた。
鳥居があるんだから神社なのか?
目を凝らしてみると、神社の方はちゃんと整備されており、雑草は一本も生えているようには見えない。
この暗がりでは見える物も見えないが、ちゃんと手入れされているんだろう。
管理人?
神主?
でもいるんだろうか?
まぁ、生えていたとしてもいないとしても俺には全く関係ない。
「こっちまで活動範囲広げりゃいいのに」
と言っても、この道ですら、偶に来るジョギングコースの一つでしか無いが。
汗が滲み始めたTシャツの裾をパタパタと動かし体に風を通す。
仕事を終えて家に帰り。1日の締め括りにジョギングをする。
子供の頃からの習慣だ。
どんなに仕事で疲れて帰ってもこれをしなければ寝つきが悪い。
寝れるのは寝れるが、寝覚めが悪い。
鍛える為、という訳ではない。
身体を使う仕事をしていなくはないので、意味は無い訳ではない。
バックからスマホを取り出す。
自分で言うのも何だが、画面が少し割れてしまって、年季が感じられる。
実際はそんな古い訳でも無いのだが。
・・・カバーとか換えれば雰囲気変わるか?
嫌、根本的に液晶を換えればいい事なんだが、専用のショップが近くに無い。
基本の移動は専らチャリか徒歩だから面倒臭いんだよな。
休憩がてら携帯を操作しSNSをチェックするが、特に興味が惹かれる記事は・・・。
ん?
ポンポンと新種の生物発見!UMAを目撃!!
とか頻繁に投稿されているんだが、、、。
また何時ものあれだろう。
といいつつ流れている一つの記事をクリックして再生ボタンを押す。
・・・・?
暗闇の中蠢く何か、光る目、角?
鹿?
「グオ!」
「おわっ!!」
動画の最後に何かが牛の様な鳴声と共に迫ってくるんだが、、、不意過ぎて、あまりのリアルさに不覚にも声が出てしまった。
「ホラー映画の宣伝か何かか?」
鹿の様なでも、やけに顔が人間の様な、あの有名なアニメ映画に出てきた神様の様な。
「人面鹿?
・・・・はは」
水を飲んだからなのか、恐怖からなのか、浮き出た汗が額を伝う。
「恐怖とかじゃ無いよな、100パーフェイクだろこんなの」
首にかけてあったタオルで汗を拭う。
他の記事を見る気も起きなかったのでそのままスマホをバックにしまい、身体をほぐしながら帰路に着こうとしたその時だった。
ガリガリガリ
金属音?
金属バットとアスファルトがずれるような。
音の元を見ると道の先に小柄な人影を見つけた。
この時間に子供?
隣の電柱と比べてもその人影が小さい事が分かった。
バット?
人影がピタッと止まる。
こっちを見て・・る?
その時には該当の灯りがそれを映し出していた。
上半身裸で腰蓑のみ巻かれた様相、薄茶けた燻った色の肌は、今迄どのメディアでも見た事が無い。
嫌、SF映画で見た事があるかもしれない。
嫌、いやいやいや、そんな馬鹿な事を考えている場合か?
その醜悪な顔は漫画や小説の挿絵でよく見かけるそれだった。
・・・・ゴブリン
「なのか?」
ギロっと目を見開き、ガチガチと牙を剥き出しにして此方を威嚇しているのか、野犬の様に喉を鳴らしながら、ヨダレの様な液体を口から垂れ流す。
俺は夢でも見ているんだろうか?
さっきの動画といい、今の状況といい、現実離れが過ぎる。
ゴブリン?
は手に持った剣の様な物を此方に向けると
「gぃgぃ」
と言葉を話すように何かを怒鳴っている。
「・・・逃げる一択だよな」
でも何処に?
近くに民家はあるにはあるが、灯りもついていなければ、庭には雑草が生い茂っている、空き家だろう。
鍵が開いている確率も低い。
緊急避難で窓を割って侵入したとしても、許されるだろうが・・・・アレが追いかけて侵入してこないとも限らない。
狭くて暗い空間、もしアレが夜目の効く存在であれば不利なのは俺。
嫌、、いやいやいや。
戦うのを前提にするのはおかしいだろ俺。
後退する。
来た道を走って逃げるか
駄目だ、何キロも森の様な道を走る事になる。
身を隠す事に適しているが、アレの能力が分からない。
隠れても直ぐに見つかってしまうなら、この案も駄目だ。
だとすれば、あの神社、照明がしっかりしていれば、最悪襲われたとしても・・・・何とかなるかもしれない。
そんな事を数秒間考えると、距離を徐々に詰めてくるソレから目を離さないように凝視しながら足を神社に向けゆっくりと移動する。
その動きを察知したかの様にソレはスピードを早めこちらに近付いて来ながら、手に持った錆びついた剣をブルンブルンと振り回す、顔の異形は、何か・・・楽しそうだ。
「・・・胸糞悪い」
獲物を見つけた犬の様に、キャンキャンと吠えながら臭そうな口臭を撒き散らしている。
ザリ
地面がアスファルトから砂利に変わる。
ザリ、、ザリリ
バンッ
砂利が飛び散った
跳躍したのか?
俺が後方を確認するよりも早く左脇腹に痛みと衝撃を感じた
「グフッ」
痛みと共に息が漏れる。
あれだけ錆びた剣だ、色々な物が入ったバックを切る事は出来なかった。
だが殴打された衝撃は強く俺の身体はまるで車に轢かれたかのように吹っ飛ばされた。
ザリリ
「あう・・・・」
動こうと呼吸しようとするが息が入ってこない、衝撃で身体がどうかなってしまったんだろうか?
人並み以上に鍛えててこのザマか?
小さい頃から意味も分からず毎日毎日怪我させられてこのザマか?
ダンダンと右手で胸部を殴打する。
動け!!
「はう」
閉じていた弁が一気に緩むかのように酸素が口から呼吸器に行き渡る。
「ゲホ、ゲホ
・・・・
はぁ・・・はぁ」
俺が立ち上がると、勝利を確信していたかのように勝ち誇っていたかのような下卑た笑みがソレの顔から消え去った。
「・・・これで正当防衛成立だな。
今度はこっちのターンだろ?
それがロールプレイングのセオリーだよな?」
ソレからの返答はもちろん無かった、代わりにソレはそれこそ鬼の形相を浮かべ剣を回しながら俺への突進を開始した。
だから俺のターンだろうが。
何故だか最初に感じていた恐怖はそれほど無かった、それこそ漫画ではないが、脳内麻薬でも精製されて俺の精神を正常に保ってくれているんだろうか?
俺はバックの中からスマホを取り出し右手で持つとギュッと握り締める。
バリっと何かが弾ける音がしたが今は気にはしていられない。
そして突進してくるソレの剣を持つ手を左手で鷲掴みにすると体勢を崩しそのまま地面に叩きつける。
「gぇえぇ」
悲鳴に似た声を出しながらソレは背中から砂利の地面の洗礼を受ける。
すかさず、痛みに悶える表情を浮かべた顔面に俺はスマホの充電口がある部分を振り下ろした。
グキョ。
固い物と液体を同時に殴りつける様な感触が右手に伝わる。
「pげぇぇえ」
ソレの力の感じない悲鳴が神社にこだまする。
もう一度。
そしてもう一度。
振り下ろした右手から、それが完全に沈黙した事が伝わる。
つまり俺に馬乗りにされたコレは俺の目の前で息絶えたのだ。
もしこれが何かのドッキリ番組で、この薄汚れた茶色の生き物の皮の下に子供でも入っていたら。
「殺人か?」
はは、そんな訳がない、コレの頭部からは緑色の液体が流れ出ていた。
人間であるはずがなかった。
それよりもどうしてだろうか?
本当にこんな状況だと言うのに俺の心は動じていなかった。
この状況がむしろ常識かの様に、今までの人生がまるで嘘だったかのように。
それに動じていないと言うには語弊があった。
俺はこの状況に高揚感を覚えていたのだ。
【このエリアにおけるファーストアタックを確認しました】
【この世界におけるファーストキルを達成しました】
【この世界における初のレアアイテムゲットを達成しました】
【・・・】
脳内に音声が流れる。
【順次報酬が付与又はアイテムボックスに転送されます】
【今後貴方に幸の在らんことを】
・・・は?
いつの間にかソレは俺の股から消えていた。
その代わりに、ソレが持っていた錆びついた剣が転がっている。
「・・・・・幻覚じゃあ無いんだよな」
数分の出来事だった、ソレに出会ってからの数分は俺の人生を凝縮しても足りない位に濃密な数分だった。
そんな事を考えていると、急激な眠気に襲われ、俺はその場に気絶するかのように
倒れた。
・・・・まさか、ここに、この地に異界の穢れた血が流れる事になろうとは・・・あの術師にも考えが及ばなんだか。
何百年振りの娑婆の空気か・・・。
フン、矮小な人間風情がワシの封印を破る手助けをするとは。
「・・・・・面白いではないか
ククク・・カカカカカカ!!!」
何かがこの世界で始まろうとしていた。