夜に描く君の姿
これは、私が大好きだった人が言った言葉だ。
「俺は星で彩られたこの夜空を、いつか自分の手で描きたい。」
彼の描く絵には包み込んでくれるような優しさがあった。私は彼の絵が……彼の事が大好きだった。でも、それを彼に伝える事は出来ない。なぜなら私は──
「昨日、このクラスの雨咲霧凪が亡くなった。流星群を見ている時、そこから足を滑らせ転落してしまったようだ。」
担任の武村先生が言うクラスメイトの死。そう、私は死んだのだ。皆が黙祷を終えた後、ある男子に注目の目が向く。幼なじみの空星彩季だ。私は彼の事が好きだった。
「彩季……大丈夫か?」
あるクラスメイトが彼に声を掛け、皆も心配したような表情をする。しかし彼は笑いながら何か言っているようだった。死んだら何も伝えられない。でも生きている人は死者に……大切な人に語りかける。きっと聞こえていると信じているからだろう。でも私には、彼の声だけが聞こえない。なぜかは分からないけど、彼の声だけが聞こえないのだ。もし……もう一度、彼と話す事が出来たなら伝えたい事がある。
あれから数時間が経ち学校が終わる頃、私はあてもなく、ただいつも2人で歩いた帰り道の橋で、いつも見ていた景色を眺めていた。
「ここの川の水って……こんなに綺麗だったんだ。」
不意に出たその言葉に答えるかのように、聞こえなかった声が聞こえた。
「ああ、綺麗だな。」
私はその言葉に息を呑んだ。死んだ人間の声なんて聞こえるはずない……聞こえるはずないのに……
「彩季君……私の声、聞こえてる?」
風も音を立てず、鳥の声すら聞こえない。辺りは数秒間の静寂に包まれた。それはまるで、2人だけの世界にいるようだった。そして彼が口を開く。
「ああ、聞こえてるよ。」
そう言って彼は私の方を向き笑った。少し嬉しそうだけど、少し悲しそうな表情だった。
「あ……会えて良かった。」
……言葉が出ない。伝えたい事は沢山ある。ただそれを口にするだけなんだ。ただ、それだけなのに……
「どうした? 霧凪らしくないぞ。」
そうやって彼は笑いかけてくれる。そうだ、私はずっと……彼の事が……
「好きだよ、彩季君。こうしてもう一度会えたのが本当に夢みたい。」
これは、嘘偽りのない本当の私の想い。
「ずっと君の優しさに触れていたかった。甘えていたかった。傍にいたかった。でも、もうそれは無理なんだ。だから……私の事は忘れてほしい。」
本当に言って良い事なのかは分からない。それでも言いたかった。自己満足なのかもしれない。でもこれが想いを伝える最後の機会だったのだ。
「霧凪、俺はまだ君に気持ちを伝えてなかったな。」
彼はそう言って空を眺める。
「今は星が見えない。でも、君が俺の隣にいてくれたから……俺は俺でいられた。君が俺の描く絵が好きだと言ってくれたから、俺は絵を描き続けられた。……俺も君が好きだった。」
彼は少し泣いていた。
「ははは……マジかぁ。絶対に君の前では泣かないと決めていたのに。」
私はまた、何を言えばいいのか分からなくなった。彼が泣いている姿なんて見た事なかったから。彼はずっと笑っていたから。そんな私に彼は言った。
「君とは一旦ここでお別れだ。でも、もしまたいつか……数百年経って会う事ができたなら、その時は俺の隣にいてほしい。」
たった今、私の大好きな人の言った、大好きな言葉が1つ増えた。
「こちらこそ、その時はよろしくね!」
ここで一旦お別れ。でも、きっとまた会える。その時が楽しみだ。
「俺は星で彩られたこの夜空を、いつか自分の手で描きたい。君のいる、この世界の空を──」
彼は後輩の子と結婚し子供も2人生まれたらしい。きっと幸せな家庭を築いてくれたと信じている。それでも彼は絵を描き続けたらしい。そして顔の見えない少しミステリアスな少女と背景に季節を描く画家として有名になった。
──数百年後
「これが彼が晩年に描いた絵がこれだ。星空の下で笑顔でこちらを向く少女と、足元には紫苑の花。これはきっと、作者が忘れられない人を描いたんだろうな。」
「なんでそう思うの?」
「彼の思いはきっと、この紫苑の花に隠されているんだ。紫苑の花言葉、それは──」
『君を忘れない』