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怨念遺伝  作者: FUJIHIROSHI
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第45話 愛情

 ——昭和十一年。

 あの襲撃事件では、十数名の村人が逮捕された。

 その中には、ただ集まっただけの者もいたようだが、これは研究所に駐在する二人の外国人に、万が一にもなにかあれば、国際問題にまで発展する可能性がある。その抑止のためと思われた。

 それもあってか、あれから二年、現在まで村人たちは鳴りを潜めている。


 最近、彦一は村を出ることが多くなった。

 街へ出て、七歳の坊やと二歳になる昭僧しょうぞうを預ける孤児院を探し歩いていた。


 生き埋めから救出された時に生まれた子は、昭僧と名付けられていた。その昭僧を産んでからの八枝子の精神は完全に崩壊し、呪詛による症状も悪化していた。

 食事の量も減り、一日中視線を漂わせているか、一日中、昭僧に語りかけているかのどちらかだ。

 昭僧に依存し、坊やに優しい言葉をかけることもなくなった。


 今朝も、昭僧に近づいた坊やを突き飛ばし、罵った。いまにも、食らいつきそうに歯を剥き出して。

 もう、そばにおいてはおけない、と彦一は二人を村から出す決意を固めたのだ。


 坊やが扉の隙間から覗いている。部屋のベッドの上で、上半身を起こして座る八枝子の横で昭僧が楽しそうに笑っていた。

 そこは、今まで自分がいた場所だった——坊やは少し寂しそうに見ながらも、昭僧の笑いに合わせて笑顔をつくった。


「坊や」

 その声に振り返ると、廊下に彦一が両手を広げて立っていた。

 わあっと、坊やはその胸に飛び込んだ。


「新しいお家が見つかったよ」

 肩の位置で切りそろえられた、柔らかな坊やの髪を手でなぞるように触りながら彦一は言った。

 

 その夜、一階のリビングで坊やたち四人はテーブルを囲んで食事を楽しんでいた。

 ドイツ人医師たちと談笑していた彦一が、一通り話し終えると、隣に座る坊やの頭にポンと手を置く。

「明日、朝早いけれど、お父さんとお出かけしよう」

 坊やはそれに、目をぱちくりさせながら、うん、と笑った。


 彦一の部屋に戻ってからの坊やは、ベッドに座ったまま、壁をじっと見ていた。壁の向こうの部屋には八枝子と昭僧がいる。

 時おり聞こえてくる、昭僧のキャッキャと楽しげな笑い声がするたびに、ぴくりと反応した。


 長くため息をついたあと「……おかあさん、早く治らないかなぁ、ぼくもお話ししたいな」と寂しげにつぶやく。

 彦一は短くため息をついて「そうだね、早く治さないとね」と言った後に「今までは、坊やを守って頑張ってきたけど、今度はしょうちゃんを守らなければいけないからね」

「ぼくも守りたい……」


 明日は早いからと寝かしつける彦一に「どこへ行くの?」と首を傾げる坊やだったが、「お母さんや、村の人にも内緒だから」としか答えなかった。



 未明、研究所そばの広場に、いくつもの灯りが集まる。手に持つカンテラの灯りが彼らの鬼気迫る表情を浮かび上がらせていた。

 穴を掘り、人型の木組みを建てる。

 誰一人声を発しない。

 計画通りに。

 静かに——。

 静かに、それは行われていた。



 早朝、早々に彦一と坊やは研究所を出た。

 だが、村へと続く道に入ってすぐに足を止めた。


 人々の奇声にも似た叫ぶ声が聞こえる。

「隠れて、ここで待っていなさい。絶対に離れてはだめだよ」

 うなずき、坊やはおどおどと木の陰に隠れる。

 彦一は急ぎ、来た道を駆け戻った——。

 



 ——斗南の目の前で、けたけたと女が笑う。

 自分の夢で見た女性とは見間違いそうになるほど変わり果てていたが、八枝子だ。斗南はそう確信する。

 それなら、ここは洋館の二階にある、どこかの部屋のベッドの上だ。と考えるが、自由に行動できないため確認のしようがなかった。


 視界に入るのは、老婆のような、痩せこけた八枝子と、小さく、丸みを帯びた手足。

「そうか、これはあの夢と同じで、そして今の自分は小さな子どもなんだ」

 坊やなのか? そう思った時、視界に入ったこの部屋のドアの、その隙間から覗いている子どもに気づく。

「女の、子? あの子が『坊や』? じゃあ、僕は爺ちゃん?」


 すぐに視線は八枝子に戻った。

 八枝子の様子は、気が触れているように見える。

 それでも優しく顔を撫でてくれていて、斗南の気持ちは妙に落ち着いていた。

 八枝子は語る。

 この村が呪われていること。その呪いの内容を。

 そして呪われた者の末路——男たちが抜け道から湧き出ては、まるで祭りのように、遊戯のように、残虐な行為を楽しむのだと——。


 お前だけは誰にも渡さない。

 この先お前が呪詛を受けても、奴らに殺させはしない。

 そのときがくれば、私が殺してあげるから——と。


 きっと、それを繰り返して来たのだろう。毎日のように、幾度となく。

 斗南は不思議と恐怖を感じなかった。

 むしろ感じるのは——女の恨みと恐れと、哀念あいねん入り混じる、いびつな愛情だった——。

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