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怨念遺伝  作者: FUJIHIROSHI
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第36話 苦境と屈強

 考えを巡らす——「そうだ」斗南が一つだけ試したいことがあると言う。

 長考の末、結局他の方法は思いつかなかった。

 こうして、三人は斗南の考えを実行するべく崖に向かったのだった。



 ——現在。


「来るな!」


 洋館に戻った斗南たちはまっすぐ階段へ向かった。

 しかし、階段に足をかけたところで唸るような拒絶の声に足を止めていた。

 八枝子の声だ。

「いよいよ——来たか。二人は少し下がっていてくれ」

 それから豪切は強がるように、来るなと言われれば行くに決まっているだろうと、階段を駆け上がるが、すぐに今度は後ろから八枝子の声が響く——「行くな!」


 反射的に声のした方に振り返った豪切だが、とたんに研究部屋の扉が吹き飛び、その前に立っていた斗南は勢いで逆側の扉を突き破ってリビングへと飛ばされた。

 紫桜も影響を受けたが廊下の壁にぶつかり玄関の方へと転がった。

「斗南殿!」

 追って、リビングに入ろうとする豪切の背後、研究部屋の入り口に八枝子は立っていた。

「後ろです!」紫桜は叫ぶが間に合わない。

「がっ?」

 豪切は後ろから、自身の長い髪の毛を巻き込んだまま首を鷲づかみされ、勢いよく研究部屋に引き込まれた。


「ぐっうう」

 八枝子は左手一本で、その細い首を絞めたまま、部屋の中央付近で豪切の体を高く掲げる。

 青白く、硬化した皮膚がひび割れる八枝子の顔は、明らかに恍惚とした表情だ。


 そう、これはお前たちのしてきたことだ——。


 足をばたつかせ、声を出すことも出来ない。

 それでも、脱出を試みる豪切の、悪あがきともとれる突き出した右肘が、八枝子の顔面をとらえた。

 八枝子は仰向けに倒れ、その手から逃れた豪切は這ったまま距離を取り、息を整える。

 八枝子の体が仰向けのままゆっくりと浮き、空中で豪切に向き直った。


「ついはっ! ごほっ」

 豪切は声を絞り出し叫ぶが、八枝子は微動だにしない。

 回避も間に合わなかった。襟髪えりがみを掴まれ、引きずり回される。体が木箱に、手術台に、と打ちつけられる。


 味わえ! 同じ痛みを! 八枝子の皺だらけの青白い顔が狂気的な笑みで歪む——、はたと、動きを止めた。

 ゆっくりと部屋を見まわす。どこ……坊や。


「てつ!」

 するりと部屋に入り、虚を衝く紫桜の札が八枝子の背中に打ちつけられた。

 が、やはり八枝子は微動だにせず、ダメージすら与えられない。

 振り返り紫桜を睨みつけた。

 次の瞬間には、紫桜は豪切とともに壁に叩きつけられていた。


 豪切の肩を抱きながらその名を呼んだ紫桜に、「すまない……助かったよ……」豪切に意識はあったが息も絶え絶えだ。


 肩を落とし、力が抜ける。全身傷だらけで、肩にかかる黒髪もバサバサと乱れている。

 枝が貫通した左腕も右手も力が入らない。爪を刺された右脇腹からは再び血が滲み、力強かった切れ長の目も、自信を失っている。

 力の足りない自分では、もはやなす術は無い。

 姿を見せない斗南を心配する。気絶しているんだろうか。それだけならいいが……。

 目から正気せいきが失われていく。

 諦めを口にする。

「しえ、すまない。せめて斗南殿だけでも助けたかったが……どうやら、わたしはここまでだ」


 その言葉を合図のように、真っ赤な唇が裂けたように大きく笑い、八枝子が強襲する。

 その八枝子を襲撃する影——。


 ゴギンッッ


 八枝子の首が直角に折れ曲がり、医療機器をけちらしながら、もんどりうって床に落ちた。



「あ、ああ、兄様!」

 豪切の目に、光が戻る。紫桜もまた「ああ桜紗様、よくご無事で、お怪我はございませんか?」と、すがるような表情を見せた。

「つつがない」そう言ってすぐに桜紗は豪切へと目を落とす。


「未熟者め、一族の者がこんなことで諦めてどうするんだ!」

 桜紗が泥だらけのワイヤーカッターを振り抜いた体勢で立つ。生傷の絶えない豪切を見ても、なお、その目は厳しい。


「——良かった。生きていたんだな」

 本音は不安だったのだろう。不安で押しつぶされそうな自分に、『兄様は生きている』と言い聞かせていたに違いない。

 辛辣な言葉を投げかけられようとも、それ以上に嬉しかった。

 豪切はその安心感に、力なく崩れ落ちた。

「しっかり見ていろ!」桜紗は八枝子へと突撃する。


「今のこいつは、かたまりだ。自らの怨念だけではなく、儀式と称して殺されていった村人たちの怨念、さらには犠牲者に関する者たちの怒りや悲しみの念、それらを吸収して、 塊——」


 諭すように言いながらワイヤーカッターを振り上げ、ゴルフスイングのように八枝子の突き出した両手をかち上げた!

 両腕が、ばりばりと音を立てて破砕はさいした。


「——つまり、肉体のようなからに包まれていて、我々の攻撃が霊体に直接届いていない。だから、この状態ならば言霊ことだまよりも、物理攻撃の方が有効なんだ」


 がら空きになった八枝子の腹へワイヤーカッターを叩き込み、穴のあいた腹に手を突っ込んだ。


「ちてはっ!」


 八枝子の体は上下二つに吹き飛び——消えた。

 豪切を見据えて言う、

「相手が蝸牛かたつむりなら、殻を破って塩をかければいい」

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