第35話 怨念遺伝
肩をすくめる桜紗に、松宮が、本と言えば——と話しを続ける。
「私はおねえさんの霊視である程度、確信したんだ。やっぱりここは呪われた村なんかではない。呪詛にしてもそう、そんなものではなく、何度も言うように早老症、遺伝病だ」
空気の冷たさをものともせずに、吹き出す汗を拭いながら松宮は続ける「何種類かある遺伝病のうちの『ウェルナー症候群』これなんかは、患者は世界中で確認されているが、日本人が最も多いらしい。しかし、日本で全国調査が行われたのはそれから百年近く経ってからだ。この隔離されたような村では知られていなくてもおかしくないし、恐れから、呪いだと騒いでも不思議ではないのでは?」
「遺伝病か」再び聞いたその言葉が、桜紗の心に掛かる。
「そうだ。だが、系統が離れる程その確率は低くなる。とは言えゼロではない。隔世遺伝もあり得る——永遠の呪いとも、符合するとは思わないか?」
「遺伝、隔世遺伝。悪いが、病気のことは私には分からないな。ただ、この村に言い伝えられている呪いなどないことは初めからわかっていたよ。あるのは、八枝子の呪いだけだ」
「——むぐ、何だそれは、そうなのか」
松宮はガクリとうなだれ、「ただそうなると、この村での疾患の確率の高さは異常だし、その症状も異なる部分が多すぎる」とつけ加えた。
「しかし面白いな。その遺伝てやつは——」
桜紗は言った後、暫し思案する。
疑問はあった。しかしそれは、霊というものの不条理さで片づけてしまっていた。
まず、なぜ斗南が狙われるのか。
彼の見た夢はどうやら八枝子の見たものらしい。
そしてこの土地に留まっていたはずの、その女の怨念が、なぜ今になって動き出したのか。
同時に、坊やがなぜ見つけたと勘違いしたのか。
すべての辻褄を合わせられるとしたら——。
すぐとなりで、メガネを外しては汗を拭い、を繰り返しながらも、どうにかついてくる疲労困憊な少女は、優秀だが、単なる高校生でもある。
それでも、この少女なら答えを導いてくれるのではないか——。
「怨念が遺伝するということはないか?」
桜紗の突拍子もない言葉に松宮は困惑する。
それはつまり、想いが遺伝すると言うことだ。松宮の知る限り、確かに『心は遺伝する』とも言われている。しかしどうだろうか、可能性はゼロではないと思うが——。
桜紗の真剣な目に、曖昧な言い方はいけないと感じ、個人的には、と前置き「私は、怨念は遺伝すると考える」
「そうか、わかった。それがきっかけで起こる霊障もあるんだな。今後の参考にしよう」
「じゃあ今回の騒動はどうなんだ? それが原因なのか?」
「おそらく、その隔世遺伝によって斗南くんの中で呪いが発現して、この村で滞っていた怨念が活性化したんだろう」
桜紗が屈託のない笑顔を見せる。
それは松宮が、そう言えばお兄さんの年齢はいくつなんだろうか? と思う程に子供っぽく見えた。
斗南たちが森を出て、広場を過ぎると洋館は右手にあった。そこから洋館を横目に、さらに進んで行くと左手にある森の中に続く道らしきものが見えた。
草に覆われて、ほとんど隠れてしまっているが、本来、この洋館と村を行き来するための道があったのだろう。
そして、さらに直進することで、崖につきあたり、崖下に流れる川は村につながっていた。
その崖の上に三人はいた。
「穴があいてないのは良かったが、あんなもので大丈夫なのか?」
「うまくいくかは分かりませんが、これしか方法がないと思います」
「そうか、では戻ろう。二階も調べなければ。奴がいつ出るかもわからない」
「はい」
豪切と斗南のやり取りに紫桜もうなずき、三人は足早に洋館に戻った。
途中、紫桜が手は冷えないかと心配するが、大丈夫です、と斗南はぼろぼろの軍手を手首までギュっと引き絞ってみせた。
——今より少し前。
二階建ての洋館。荒れ果ててはいたが、この村のどの建物よりも原形をとどめていた。
ところどころ腐った部分はあったが、色味が趣ある重厚な木製のドアは、施錠されていることはなく、軋む音を立てて開いた。
玄関を入って左手の扉を開けると、そこはキッチン、ソファなどもあるLDKだった。
正面つきあたりには二階への折り返し階段があり、
右手の扉の先は、古い医療機器が多少置かれてはいたが、どちらかというと研究部屋のようだった。
いくつもの丸いメーターが付いたタンスのような四角い木箱。大きなタンクに、馬車の車輪のようなタイヤが付いた物。手術台と思しき物。
三人には、その物を表す言葉も見つからないし、その物を見ても何なのかは分からなかった。
この洋館も、ほとんど残留物がなく、やはり回収されたのだろう。残っている物といえば、運ぶには苦労しそうな物だけだ。
「松宮殿がいれば、いろいろとうんちくしてくれそうだが、わたしにはこれらが何なのかさっぱりだし、我々がやろうとしていることとは関係はなさそうだ」
この分では二階も期待できないか、と階段のほうへ進む豪切を斗南が止めた。
再び、外への連絡方法はないかと言いだした。
豪切と紫桜は満身創痍、松宮と加賀島の行方はわからない、桜紗に至っては生き埋めだ。
やはり、どうにかして救助を呼べないかと斗南は提案する。
豪切はためらうが、確かにこの状況では先も見えている……しばらくの思案のあと、それに同意した。
しかし、その方法がなかった。
携帯は役に立たない。この電気も通っていない洋館に、連絡手段に使えるものがあるとも思えなかった。




