第3話 悪霊
徒歩で駅へ向かう松宮と豪切はバス組の五人と別れた。
帰っていく五人を睨むように見ている豪切の顔を松宮がのぞき込み視線を送る。
「ん? はっはー、別になんでもないさ……なんでもない。が、なんだろうな? この、嫌な感じ。わたしはね、斗南氏の声が変わった時に——声そのものには嫌な感じはしなかったが、なにか得体の知れない悪寒がして目を覚まさせたんだ。ただの夢とは思えない」
何かが起こりそうな––––不穏な予感––––。
「さあね、私にはそっち方面のことは分からないし信じられないが、ただ、良いものを見せてもらったよ。特にあっという間に人間を寝かせるところなんて初めて見た」
神妙な顔つきの豪切を気にもとめず、松宮は歩をすすめて言う。
「なんにしろ明日もう一度やるんだろう」
「ああ、そうだな」
冬の近いこの時期は、夜の五時を過ぎればもう暗い。
「寒くなってきたなぁ。……なぁ、豪切氏」
「ああ……そうだな」
「大丈夫、いくと?」
「少しぼうっとするけど大丈夫」と伊予乃に答える。
「いや〜それにしても凄かったっすね、さっきの催眠術みたいなやつ」
真泊の言葉に同家も乗る。
「そうな。動画撮っときゃよかったよ。斗南ちゃん、あれ本当に寝てたのか?」
「はい、なんだかあっという間でしたよ。暖かいなぁなんて思ってたらいつのまにか」
「でも危なそう。見てて怖かったもの。本当に明日もやるの?」
不安げに言う伊予乃に、
「マチは昔から怖がりだからな。最強の先輩二人がいるんだから心配無いよ」と斗南は笑った。
しかしこの夜、豪切の予感は的中することになる。
——深夜、斗南は寝るか寝ないかの瀬戸際、初めて声を聞いた。
途切れ途切れの——女の声だ。
「——あいつらに見つかれば——女だなんて——が、殺してあげるから」
戸建ての二階、自分の部屋のベッドの上で目覚めた斗南は汗だくになり、激しく打つ鼓動を感じている。視線はぼうっと一点を見つめているが、焦点は合っていない。
しばらくして斗南は意識を取り戻し、いまだ夢の中なのか、現実なのかを確かめるように部屋の中を見渡したが、すぐにどちらでもかまわないか、と目を閉じて疲れ切った身体を横たえた。
パソコンや周辺機器で埋まる机の上の置き時計は深夜二時を回っている。その先にある窓——そこに映っているのか、その外に立つのか、血走らせた目を見開きうっすらと笑みを浮かべている女がいた。
真っ黒く長い髪が逆立つように広がり、その先端は闇に溶けている——。
同じ頃、伊予乃もまた、自室のベッドの上で辺りを見回しながら身を震わせていた。
悪夢にうなされて目を覚ましたようで、胸の大きさが悪目立ちしてしまうほど小柄な体型で、容姿もまだ中学生といわれてもおかしくない、愛らしい彼女が背を丸くして、まるで小動物のように震えている。
(誰? 何? 今の夢……子供って、いくとの事? はあ、なんか怖かったな……へんな夢。なんで私があんなもの見るんだろ、あの女の人は誰?) そう考えながら起き上がりベッドに座る。
次第に表情がこわばっていく。目が小刻みに揺れている。
はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ——。
少しづつ意識が薄れていく。が、伊予乃はそれに気づいていないかのように微動だにしない。
「あの女の——ひ、と……」
すでに思考すらできない状態なのだろうか。
その伊予乃のすぐ後ろに、その女は立っていた。
じぃっと見下ろしている——。
赤い唇が大きく笑う——。
何かを感じたのか、伊予乃は瞬きを二度して後ろを振り返る——。
次の日の放課後、部室にはすでに全員集まっていた。
さながら祭壇のように集められ、きれいに並べられた机の上に、斗南いくとは横になっている。
すぐ隣には豪切が立ち、その二人を中心に輪になり時計回りに松宮、同家、真泊、伊予乃、蔵橋が囲んでいる。
「なんか本格的だな。なあ豪切氏、この我々が輪になるってのに意味はあるのか?」
「はっはーもちろんさ。昨日もそうだったが、この形は『力』を中央に集める為だ。気づいてないと思うがこれはわたし一人でやってるわけではなく、みんなの『力』も借りてるのさ。欲を言えば、信じる者が多ければ多いほど良いのだけれど」
松宮の問いかけに、待ち構えていたかのように素早く豪切が答えた。
「それなら松宮ちゃんがいない方が良かったんじゃねーの?」
(うわ〜それ言っちゃダメなやつですよ同家先輩)と斗南、伊予乃、真泊は同時に思う。
そしてその不安は的中する。
「まあ、そうなんだが」豪切が同意した。
「なんだって? そんなに、思ってるほど私の頭は固くはないよ」
「はっはー岩よりも硬そうだが」
「なるほど、私を追い出したいわけだな」
(ほら始まった。いけー真泊くん!)斗南は念じる。
それを察してか、真泊が言う「あーこれ、アレっすね、また阿津間木先生に止められるパターンっすね」
……一瞬で松宮と豪切は沈黙した。
(さすがだね、真泊くん)斗南と真泊はグッ、と親指を立て合った。
「ところでこれ、動画撮っても良いよな」しれっと同家は言って、携帯を出した。
「ってか、斗南先輩、こんな状況で寝れるんすか?」
「んー、昨日もあっという間だったし、大丈夫だと思う」
「そうなんすね」と感心しつつ真泊はうなずいた。
「……伊予乃さん、大丈夫? なんか具合悪そうだけど」
蔵橋が声をかけた。
一同が伊予乃に目をやる。
「え? あ、全然大丈夫。なんでもないです。電気消してると、けっこうこの部室って暗くて怖いなぁって」
「そんなに暗いか? 本当に怖がりだな、マチは」
斗南がからかうように言った。おしゃべりはお終いだと言わんばかりに豪切が手を叩く。
パン!
「さて、邪魔が入らないうちに始めようか」




