其の捌 『現代堂』
第2章開始。
主要キャラクターも続々と登場予定です。
とある路地。
夕焼けがオレンジ色に染め上げる市街の片隅に、古びた店ばかりが立ち並ぶ通りがあった。
誰も寄り付かない、存在すら気にも留めようとしない。そんな路地の一角を、数人の若者たちが通りすがった。
「んお……? なんだあの店、ウケる」
「あー、どしたどした? こんなボロっちいとこ、なんもねーだろ。さっさと行こーぜ」
「いやさ、あれ見て、あれ」
若者の内の1人が指差す先にあったのは、なんて事の無い1軒の店。
一戸建ての建物であるらしいが、その外観はいっそ清々しいほどに古ぼけていて全体的にレトロ調のセピア色。
窓や壁に至ってはボロボロで、何故建物として機能しているのかが不思議なほどだ。
そんな、どこにでもありそうな廃店の中で、若者の目を引いたのは看板である。
「見てみ、ホラ。看板に店の名前書いてあんだけどさ……」
「何々……ぷっ、『現代堂』って!」
「ウケる~。どっからどう見ても昭和じゃん。なのに現代って、ドラえもんの未来デパートかっての」
ゲラゲラと品の無い笑い声を上げる若者たち。
店に立てかけられた木の看板は茶色に薄汚れていて、墨と筆を用いたらしき文字で「古美術商『現代堂』」と記されていた。
尤も、文字自体がだいぶ古風な上に時間の経過によって擦り切れていて、とても読めたものではないのだが。
……とてもじゃないが読めない文字を、何故か読む事ができた。
その違和感に、若者たちは気付かない。気付かないまま、通り過ぎていく。
「いや~、マジ草だわ。あんな古臭いセンスの店がまだあったとかさ」
「どんな店なんだろうな、あそこ。まぁ、どうでもいいか。行こうぜ」
「そーだなー。あー、でもそういや」
だから、その呟きもただの考え過ぎとして流される。
「あんなとこに店あったっけ? 空き地だったような気がすんだよな~」
◆
この街に伝わる、ちょっとした都市伝説。
曰く、どの地図にも載っていない店が、何も無かった筈の場所にある日突然現れる。
古臭いセピア色の外観がよく目立つ店の中には、店主が「古美術」と謳うガラクタたちが山のように積み重なっているという。
その名を、古美術商『現代堂』。
「イッ、ヒヒヒヒヒッ……♪」
薄暗い店の中を、ひょこひょこと跳ねるように歩く着物姿の奇妙な男。
その手に握られている煙管は、男の腕と同じくらいの長さを持っていた。
一たび煙管を咥えて煙草を喫めば、不愉快になるほど甘ったるく青臭い煙が湯水のように湧き出てくる。
「滑滑り、滑り滑りと、滑滑り」
薄く煙が立ち込める店内には、一般的な視点からすれば「ガラクタ」としか呼べないモノばかりが置かれていた。
ボロボロの掛け軸、薄汚い仏像、無駄に大きな招き猫、何に使うのかさえ分からないブリキの置物。
それらが棚の存在すら無視してジェンガのように積み重なった店内を、男はカウンターを目指して練り歩く。
「瓢と出でたる……あたし、哉?」
辿り着いたカウンターはやはり、店の有様と同じくらい古ぼけていた。
ところどころにインクや墨の染みができていて、中途半端に塗られて放置された糊の痕跡すら見受けられる。
そんなカウンターに、男はよいせと腰掛けた。ギシリと、軋む嫌な音。
「今、帰ったよォ。お前さんらの大将たる、このあたしのお帰りさァ」
「……遅い。今までどこをほっつき歩いていたのだ、山ン本」
不意に呼びかけられて、煙管の男──山ン本はそちらを見た。
「おやァ、おや。相当お冠のようだねェ、神ン野。なにか、怒らせるような事でもしちまったかい?」
「分かって言っているだろう。昼間の騒ぎ、知らぬ存ぜぬでは済まさぬぞ」
神ン野と呼ばれたモノの正体は、大きな甲冑だった。
元はどこぞの武将のものであるらしきその鎧兜は、大男が着る事を想定したかのように大きく、兜には派手に「神」の一文字が飾られている。
篭手や首周り、面頬などはより一層ゴテゴテとしていて、装着者の素肌を徹底的に隠しているらしい。
「貴様……『げえむ』の準備は念入りにするのではなかったのか? 俺たちに知らせる事なく『ぷれいやあ』を選出してしまうなど……。一体、誰を選んだ? ここの者から選んだ訳では無いようだが」
「ヒヒヒッ、まァた始まったよ。神ン野は説教臭くていけねェなァ」
「……よしなさい、神ン野。我らの長が自分勝手で気分屋なのは、今に始まった事じゃないでしょう」
──ベンッ
雅な音色が、店内に反響する。
それを為したのは1挺の三味線であり、それを手に持ち鳴らしたのは1人の女性である。
彼女が普通の女性と異なる点は、大きく分けて2つ。
その頭頂部に生えた1対のキツネ耳と、臀部でゆらゆらと揺れる9つの尾。
縦長の瞳孔が金色に光り、呆れたような目つきで山ン本の姿を捉えていた。
「どうせ山ン本のする事です。ウチたちに無断でやらかした挙げ句、そこそこの損害とまぁまぁの利益を持ち帰ってきたのでしょう?」
「おっと、こいつァ手厳しいねェ。お前さんも虫の居所が悪いのかい? 信ン太。さては、その辺の妖怪に尻の毛でも抜かれたか」
「そう……よほど死にたいのですね」
「やめろ、信ン太。貴様が怒ってどうする。山ン本も、煽るように茶化すのは程々にしろ」
面頬の奥で溜め息をつく神ン野を見て、キツネ耳の女性──信ン太は首を緩く振ったのちに三味線を鳴らす。
それのどこが可笑しいのか、山ン本はカウンターに腰掛けたままヘラヘラと笑うのみだ。
その直後の事である。
【──ギャハハハハ! 山ン本の大将も、信ン太の姐さんも相変わらずだなぁ! 神ン野の旦那が気の毒でならねぇぜ!】
ズシンと、その場にいる者たちの臓腑に響く野太い笑い声。
それを聞いた山ン本は楽しそうに煙管を咥え、神ン野はガシャリと音を立てて上を見上げ、信ン太は苛つき混じりに縦長の瞳孔を細めた。
「呑ン舟……その笑い声は下品な上に頭に響いて不快だと、ウチは前にも言いましたよね?」
【そうだったかい? そりゃすまないねぇ、姐さん! オイラはちょっとした事でもすぐ笑っちまうタチでよぉ! 気をつけるから許してくれや! ギャハハハハハハ!】
「ハァ……これだから馬鹿は嫌いなんです」
苛立ちながら弾かれた三味線の音色は、彼女の心象を表しているかのよう。
その音色に釣られて、またどこからか腹に響くどら声が笑い出す。
彼女が呑ン舟と呼んだ者の姿は、この店の中のどこを探しても見当たらない。
それでも、その場の誰もが呑ン舟の正体と居場所を理解していた。
「……それで? まだ答えを聞いていないぞ、山ン本。貴様が『げえむ』の最初の『ぷれいやあ』に選んだ妖怪は、どこの誰だ?」
「んー? あァ、カタナだよ。確か……キリサキジャックとかいう南蛮の妖怪だったねェ」
「キリサキジャック……? そのような妖怪、我らの中にいましたか? 或いは、ウチたちの知らない“魔王派”がまだ生き残っていたとか……」
「いいやァ? あたしがその場で変化させた妖怪だよォ。思いの外強くて面白い奴だっただけに、負けたのは残念だったねェ」
シンと、静まる店内。誰かが絶句した事を、空気を通して知覚する。
その中にあって、最初に口火を切ったのは神ン野だった。
「待て、貴様……まさか、完成したのか? 妖術《物気付喪》が」
「そうだねェ。南蛮の妖怪が生まれたのは想定外だったけど、それ以外は良好さァ。やり方さえ覚えれば、誰にでも使えると思うよォ」
【ギャハハッ、そいつぁ朗報だなぁオイ! いよいよ『げえむ』の準備も整ったって事かい! オイラは今から楽しみでしょうがねぇよ!】
「……いえ。それも確かに大事ですが……それよりも、追及せねばならぬ事があります」
──ベベンッ
その場の興奮を鎮めるように、三味線の音色が響き渡る。
信ン太がジロリと睨みつけても、山ン本は眉1つ動かさずに煙管を喫んでいた。
「あなたが、完成したばかりの《物気付喪》を用いて妖怪を変化させた。それはまだいいでしょう。しかしあなたは、生み出した妖怪が『負けた』と言いました。……誰にですか?」
「……ヒヒヒ」
フゥ……と、口に溜まった煙を吹き出す。
もわりと青臭い煙がより充満し、神ン野と信ン太は揃って顔を顰めた。
「八咫村家の長子、さァ」
今度こそ、店内にどよめきが訪れた。
それは単なる驚愕だけでなく、あの勢力が再び台頭する兆しを感じたが故の戸惑いである。
「馬鹿な!? 先代当主は80年前に殺した筈……! 今の“八咫派”に力は無い筈だ」
【だよなぁ、あのババアが死んだのはオイラも知ってるしよぉ。じゃあ、当代の奴なんじゃねぇの? ホラ、病弱の死に損ないがまだいただろ? 多分】
「……いえ。八咫村家の当代、ニンゲン・バケダヌキはほとんど力を持っていません。彼の息子も、自分の子供が生まれて以降も血に覚醒める兆しが無い。で、あれば……」
「信ン太の考えてる通りよォ。バケダヌキの孫、変化したばかりの青二才がカタナを殺ったのさァ」
「なんだと……っ!?」
具足の擦れる金属音を立てながら、巨体が立ち上がる。
素顔を覆い隠す兜の下の面頬が揺るぎ、奥から鋭い眼光のみが見開かれた。
「如何な八咫村家と言えど、所詮は人間。変化したばかりであれば妖気の制御は容易くない筈……。それが、貴様の見出した妖怪を退けたと言うのか。山ン本!」
「そうさァ。……ヒヒヒヒ、ありゃァ先祖返りかねェ。久々に初代の妖気を垣間見た気がするよォ。あの様子じゃァ、お前さんら“魔王派”もウカウカしてられないねェ。ヒヒヒッ」
そう言って、山ン本は煙管を軽く振る。
指揮棒の如く揺れ動いた先端から、煙が妖しげな軌道を描いて虚空に消えた。
「……で、お前さんら。ここまでの話を聞いて、どうしたい?」
「知れたこと」
ドスンと鈍く重い音を響かせて、薙刀の石突が床を叩く。
その薙刀を握っているのは甲冑姿の巨漢、神ン野である。
彼の視界では、信ン太が静かに三味線を掻き鳴らしていた。
呑ン舟はどうしているか分からないが、あれの事だ。ゲラゲラと笑うだけだろう。
故に。
「如何に彼奴らが再興しようとも、関係無い。人間文明を覆す。昼の世界に闇を満たし、夜の世界に塗り替える。我ら妖怪文明を、この現世に築き上げる。その大義が為に、我らは貴様に与するのだ」
彼らが、山ン本たちを取り囲む。
「ゲヘヘヘヘ……大将ォ、早く『げえむ』を始めてくれよォ」
「オレたちゃウズウズしてんだぜ! 早く人間どもをぶっ殺したくてたまらねェ!」
「うふふっ♪ 人間の生き血を食み、絶叫を聞く……想像するだけでゾクゾクするわ」
店内を取り囲むのは、数え切れないほど多くの異形たち。
右を見ても、左を見ても、おぞましい化外の者たちが視界を埋め尽くす。
このような者どもは、先ほどまでいなかった筈だ。
否、彼らは最初からそこにいた。彼らはずっとそこにいた。
「「「「「長! 長! 我らが長、『現代堂』の山ン本!」」」」」
残酷な興奮に包まれた彼らを前に、山ン本が浮かべる笑みは寒気がするほどに虚ろなものだった。
「そうだ、そうだねェ。今回の実験で、妖術《物気付喪》は完成した。これさえ使いこなせれば、誰でも意図的に妖怪変化を起こさせる事ができる。より多くの『ぷれいやあ』を生み出せる」
煙管を咥え、中の煙を目一杯に吸い込んだ。
この世の何よりも甘ったるい味を舌の上で転がして、その瞳は虚ろに薄暗く、どんな闇よりも色濃く歪む。
「かつての敗走から早80年、雌伏の時はもう仕舞いにしようじゃァないか。忌まわしい八咫村家の先代当主はもういない。これからはあたしたちの時代だよォ。今こそ『昼』を『夜』に堕とし、妖怪文明を打ち立てる時だ」
甘い煙を吐きながら、山ン本は立ち上がる。
その目に映る者たちは、いずれも恐怖と闇の化身たる魑魅魍魎──即ち、人の理を外れた妖怪たち。
「さァ、『げえむ』を始めよう。より多くの人間を殺し、より多くの人間を畏れさせ、より多くの妖怪を生み出そう。それを成し遂げ、昼の世界を夜の闇で満たす事ができた者には──」
ヌラリと、粘ついた笑みを浮かべる。
「全ての妖怪を統べる魔の酋長──魔王たる字、山ン本 五郎左衛門の名をくれてやろうじゃないか。ヒヒヒヒヒッ!」
その言葉に、妖怪たちはたちまち沸き上がった。
己こそが次代の魔王であると、全ての妖怪を統べるに相応しい器であると、残忍な笑い声が古びた店の中に木霊する。
そんな歓喜に耳を傾けながら、山ン本は熱狂の中でなお平静な者──幹部たちに声をかける。
「お前さんらの参加権は後回し。暫くは『げえむ』を取り仕切る側で頼むよォ。まずは信ン太、お前さんは進行役さァ。あたしに代わって、こいつらがやる『げえむ』の音頭を取りな」
「とんだ丸投げですね。承りました」
「神ン野、お前さんに頼みたいのは審判役だ。『げえむ』の規則に違反したと判断したら、お前さんの判断で『ぺなるてぃ』を下していいよォ」
「ふむ……相分かった。それが貴様の命令であるならな」
【大将、大将! オイラは何をすればいいんだァ!】
「お前さんは今でも十分役目を果たしてるさァ、呑ン舟。いずれ面白い役どころを回してやるから、今は我慢しな」
【応! 分かったぜ!】
幹部たちの返答に満足し、山ン本は他の妖怪たち──『ぷれいやあ』候補を見やった。
彼らこそ、社会の闇に潜む異形たち。人間の世界に牙を剥かんとする、史上最新の百鬼夜行。
その名を、妖怪文明『現代堂』。そして、彼らを統べる頭目こそ──
「先鋒は既にカタナが務めたが、正式な開催はこれからだからねェ。最初の『ぷれいやあ』はこのあたし、妖怪キセル・ヌラリヒョンが選んでやろうじゃァないか」
そうして、煙管の切っ先がある方向を指し示す。
山ン本の字を持つ大妖怪、キセル・ヌラリヒョンが選ぶ最初の刺客に対して、真っ直ぐに。
「お前さんに決めたよ。さァ、頑張ってきな」
敵組織の幹部が集まってわちゃわちゃやるシーンはどんだけ書いてもいいって地球の本棚にも書いてあるから。
各章の冒頭に毎回挟んでもいいレベル。




