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其の捌拾壱 『ですぺなるてぃ』

今回の話で40万文字突破です。人ってここまで書き続けられるんやなって。

そしてなろうにおけるユニークアクセスも1000人を超えました。まことにありがとうございます。

今後とも「リトル・ヤタガラス」のご愛顧を何卒よろしくお願いします。

 初めて聞いたにも拘らず、この場の全員が、その単語の意味を明快に理解した。

 神ン野がこの場で何を為そうとしているかも、アブラスマシに対して何が行われるかも、察し取る事ができた。

 だからこそ、当人たちを除いた他の面々は、喉から声を出す事ができないほどに戦慄してしまう。


「で、ででっ、で、『ですぺなるてぃ』って、そいつぁつまり──」

「言わねば、分からぬか? ああ、分からぬか。ならば、ハッキリと告げてくれよう」


 たった今、彼らが口にした『ですぺなるてぃ』なる単語。

 “死の罰則(デスペナルティ)”とは、即ち──


「──これより、俺の手で貴様を()()する。貴様がこの場から生きて逃れる為の(すべ)はただ1つ。俺を殺す事のみだ」


 その言葉に一切の嘘偽りが無い事は、考えるまでもなく理解できた。できてしまった。

 彼は、神ン野は、この場からヒョウタン・アブラスマシを生きて帰す気が微塵も無いのだ。


 少しの容赦も無く、滅殺する気でいる。

 それが、自分たちの定めた秩序を乱した罰であると言わんばかりに。

 そして同時に、彼と同じ過ちを犯せばどうなるかを、()()()()()()()()()()()()()()()へ知らしめる為に。


「貴様らは手を出すな。元より奴は、貴様らにとっても敵の筈。介入すれば、纏めて処断するのみだ」

「……その言葉、どこまで信用していいものかしらね。私とあんたは初対面だけど、あんたがこっちへの流れ弾とか余波を気にするような奴じゃないってのは分かるわよ」


 脂汗を滲ませながらも、強気な態度を崩さない五十鈴。

 彼女の勝ち気な、或いは虚勢を張った言動に琴線が触れたのか、面頬の奥から「フッ」と鼻で息をする音が漏れ聞こえてくる。


 鎧の巨漢はゆるりとその体躯を動かし、薙刀を構えながら腰を落とした。

 攻撃を仕掛けてくる気なのか。“八咫派”の面々の間に緊張の糸が張り詰めて、何が来ても対抗できるよう意識を研ぎ澄ませようとした……その直後。


「ならば、これで満足か?」


 薙刀が、直上へと投げ放たれた。

 空高く駆け昇った得物は、やがてある1点に達すると共に、ぷくりと膨れ上がる。

 風船のように膨らんだそれが一気に破裂するや否や、剣や槍など、知り得る限り無数の刃物が降り注いだ。


 咄嗟に防御の態勢を取る一同だったが、不思議な事に、それらの武器は彼らに傷の1つも負わせなかった。

 円を描くように地面に突き刺さったそれらは、瞬く間に変形と融合を繰り返し、最終的に刃でできた巨大なサークルをその場に形成する。


 その内部に、姫華たちや、今もなお倒れ伏したままの九十九は巻き込まれていない。

 刃のサークルに取り囲まれた者は、2体。神ン野と、寸前まで逃げ出そうとしていたアブラスマシだけだった。


「これは……!?」

「これで、円の外にいる貴様らは巻き込まれまい。同時に、ヒョウタンもこの円より外に逃れる事は叶わなくなった。俺を殺し、術を解除せぬ限りは、な」


 その意味が理解できぬほど、この場の面々は愚鈍ではない。

 脱出できるのは2人に1人。どちらかが相手を殺さない限り、剣山の闘技場からは逃げられない。


 俗に言う、デスマッチというやつである。


 尤も、この円を構築したのが神ン野である以上、その気になれば彼はいつでも脱出できる。

 つまり──この瞬間、ただでさえか細かったアブラスマシの命脈は完全に絶たれたと言っていいだろう。


「そ、んな……。けっ、けど……あっしは、あっしはァ……っ!」


 だが、それでも足掻く意思は残っているらしい。

 もう逃げられないと悟り、絶望塗れの表情を見せながらも、その手から瓢箪が離される事は無い。

 抜いた栓を放り捨て、どぷどぷと満ちる油の音と共に妖術の行使を図った。


「あっしはっ、死にたくねぇんだぁっ! 妖術ッ……《油一匁(アブライチモンメ)》ェ!!」


 まだまだ妖気に余裕があるのか、射出された油弾の量と質は膨大かつ巨大。

 余力がある状態の九十九や姫華であれば回避や迎撃も可能だろうが、今この場は刃の円で囲まれている──つまりは閉所だ。

 避ける余地に乏しい状況下で、これほど大量の油の波濤に対処するのは困難と言えよう。


「薙刀を手放したのは失敗だったなぁ、神ン野! あの強力な武器さえ無ければ、あっしにも付け入る隙が」

「何を勘違いしているのか知らんが」


 相手が、神ン野で無ければ。


「俺は、素手でも問題無く戦える」


──気が付いた時、アブラスマシは顔面をぶん殴られていた。


「──は?」


 何が起きたのか、まるで分からなかった。


 何故、油弾に埋め尽くされていた筈の神ン野が、目の前に立っている?

 何故、自分はその事を、実際に殴られるまで知覚できなかった?

 何故、自分はゴム毬のように呆気なく、そして軽々と吹っ飛ばされている?

 何故、あれだけ大量に生成した筈の油弾が、1つ残らず破壊されている?


 その答えを導き出す事は無く、痩せぎすの体躯は背後の壁──つまり、無数の刃がギラギラ光る剣山へと叩きつけられた。


 油の弾幕を撃ち放ってから、それを掻い潜られ、殴り飛ばされるまで凡そ4秒。

 木っ端妖怪の背中に刃という刃が突き刺さった直後、先んじて殴り壊されていた油弾の破裂音が遅れてやって来た。


「ぐげっ……ぼぉ──」

「この程度では終わらんぞ」


 がっしりと鷲掴みにされたのは、アブラスマシの頭部だ。

 刹那の内に肉薄してきた巨漢の手によって掴み取られた彼は、その膂力を以て無理やり刃の壁から引き抜かれる。

 強引な引き抜きであった為に、刃を乱雑になぞった背中の肉が切り裂かれ、新たな傷と鮮血が飛び散った。


 くぐもった声が漏れ出るより先に、掴んだ頭部を起点に投げ飛ばされる。

 ずっこけるような体勢で地面を舐めた直後、畳み掛けるかのように背中が踏みつけられた。

 その拍子に、いくらかの骨が折れた音が鳴る。夥しい数の切り傷が、具足に踏み躙られて悲鳴を上げていた。


「いっ、(いて)ェ……(いて)ェよォ……っ!?」

「どうした、人間を甚振るのではなかったのか。これでは、貴様が甚振られる側だな」

「ふ、ざっ……け、ろォ……ッ!」


 ギリリ、と歯を擦り合わせる。

 踏みつけられたままに瓢箪の口を地面に押し当てたアブラスマシ、妖気の油を勢いよく噴き出させた。


「む」


 それによって何が起きるかと言えば、体が浮き上がるのだ。

 行き場を無くしたままに噴出しゆく油の圧力によって、足で抑え込まれていた筈の矮小な体躯がふわりと浮上する。

 その勢いには流石に抑え込めずバランスを崩すと判断し、神ン野の具足がそっと離れたその瞬間。


「至近距離からぶち込めばっ……! お前が着ているその甲冑、あっしの妖術で呑み込める筈だッ!」


 振り絞った力で体を180度捻り、反転した先にあった甲冑の腹へと瓢箪の口を向ける。

 やろうとしている事は、先ほどと同じだ。妖術によって油を生成し、その波濤を超至近距離からぶつけて攻撃する。


 いくら最強の妖怪と言えど、この至近距離から、そして潤沢な妖気に裏打ちされた秒速の妖術行使には対処できまい。

 すぐに噴き出た油の津波が、たちまちに目の前の巨漢を呑み込み、そして──


「発想は悪くない。これだけの痛痒を受けて、なお行動できる反射神経と根性も。だが、根本的な地力が致命的に欠けている」


 瓢箪に、神ン野の手が押し付けられた。

 たったそれだけで、油は出てこなくなる。


「……あっ?」


 素っ頓狂な声が出るほどに、信じられなかった。


 手のひらを瓢箪の口に押し当て、浮いた5指で瓢箪の本体を掴み支える。

 口から噴き出る筈だった油は、手のひらが蓋の役割を果たす事で1滴もでてこない。

 指先ががっしりと本体を固定しているせいで、先ほどのように溢れ出る際の圧で彼我が吹き飛ぶという事も無い。


 真実、神ン野の握力だけで、恐るべき妖術《油一匁(アブライチモンメ)》は完全にロックされていた。

 それによって、瓢箪を構えたままのアブラスマシも同様に、空中に浮いた状態を維持してしまっている。


「う、動けなっ……!? 何故、あっしの妖術がこんなにも、あっさり……っ」

「……この瓢箪が、貴様の術の機関部か。ならば」


 瓢箪を抑えているのとは反対の手が握られ、拳を形作る。

 振り上げられたそれが、どのように運用されようとしているかなど、あまりにも明白で。


「これで、貴様の『げえむ』は終わりだ」


 たった、一撃。

 鉄槌のように振り下ろされた拳が、瓢箪をいとも簡単に砕き切った。


 撒き散らされた大量の木片と、その内部から滲み出てくる油の雫が、妖術の決定的破綻を示唆している。

 目を見開き動揺したアブラスマシの顔面へと、今の今まで瓢箪を抑え込んでいた方の拳が飛んでくる。


「んぎゅっ!?」


 殴り飛ばされた結果として待っていたのは、やはり先ほどの焼き直しだ。

 吹き飛んだ先にあった壁にぶつかり、その壁を構成する刃の群れに襲われる。

 血の華をいくつも咲かせた矮躯からは、最早、悲鳴らしい悲鳴を絞り出す余地すら無いらしい。


「……こんな、圧倒的過ぎる戦いになるなんて……」


 彼ら妖怪同士の戦いをサークルの外から見て、姫華がぽつりと呟いた。

 彼女たちは既に、戦いの隙を突いて九十九の下まで駆けつけており、その九十九も瀬戸が治療を施している真っ最中だ。


「……違う」

「えっ?」

「あ、れは……戦いなんかじゃ、ない」


 姫華の腕の中で抱えられながら、満身創痍の少年が喉を震わせる。

 施術中の優男から「まだ動かんといてぇな」と苦言を漏らされつつも、幾許かの力を込めて首を起こし、彼もまた神ン野とアブラスマシの戦いに目を向けていた。


「あれは、()()()()……だ。『げえむ』の理を乱せば、お前たちもこうなるぞ……って。僕たちだけ、じゃなくて……これから『げえむ』に参加する、あいつら側の妖怪たち、にも……そう、言ってるんだ」

「見せ、しめ……まるで、処刑人みたい」

「実際に処刑なんやろ。さっき、本人がそう言うとったからな。……ホンマ恐ろしい話やで。今は『げえむ』の審判とやらに甘んじとるからええけど、あんなんがまともに敵に回ってきよったら、今の“八咫派”ではとてもやないけど相手にならへん」


 苦々しく歯噛みして、瀬戸が悪態をつく。

 彼が施術に手を離せない為、五十鈴の腕の中に預けられたイナリやお千代も、彼の言葉に重々しい頷きを見せていた。


 80年前の大戦に参画した妖怪の中に、神ン野の恐ろしさを知らない者などいる筈が無い。

 戦いではなく、蹂躙。そう評するのが最も適しているだろう惨状を前に、彼らはかつての戦慄を思い出していた。


「……でも」


 その最中で、九十九がふと呟く。


 彼の視線の先で繰り広げられているのは、一方的なリンチだった。

 アブラスマシの抵抗1つ1つを丁寧に潰しながら、神ン野が徹底的に彼を痛めつけている。

 それは非常におぞましく、恐ろしい光景である事に議論の余地は無い。


 けれども。


「あいつの、動きには……無駄が無い。なんて、洗練された……戦い方、なんだ」


 そう呟いた直後、戦況が大きく動いた。


「げ、ぶっ……!? たっ、助けっ……し、しに、死にたく……」

「命乞いを聞き入れるほど、俺は優しくは無い。だが、戦う意思を無くした者を甚振り続けるほど暇でも無い。故に、仕舞いにしよう」


 地面に這い蹲り、完全に心が折れた様子のアブラスマシを冷淡に見下ろす。

 その様になんら感傷を抱く事も無く、神ン野は淡々と右手を天に掲げ、少しばかりの妖気を発した。


 すると、彼らを取り囲んでいた刃のサークルが一斉に動き出す。

 円を形成していた状態が解かれ、元の武器に戻ったそれらは、次々と地面を離れて浮遊する。


 そうして掲げられた右手の直上に集まり、合体・融合・圧縮を繰り返したのち。

 あれほど大量に存在していた刃の武器は、たった1本の薙刀へと戻り、持ち主の手の内に握り締められた。


「なっ、何を……」

「じきに分かる」


 それを自分の胸の高さまで持ってきた直後、薙刀は一瞬の内に、爪楊枝ほどのサイズまで縮小した。

 凡そ、質量保存の法則も何もあったものではない現象。しかし、それを大して気にする事も無く、神ン野は爪楊枝サイズになった得物を投げ放った。


 投げナイフのように整った軌道を描いたそれは、今しがた起き上がったばかりなアブラスマシの胸へと突き刺さる。

 本人が己の身に何が起きたのかを知覚するよりも早く、胸に刺さった針は、たちまちに体の内側へと潜り込むように消えていった。

 ……そしてその瞬間、彼は自分が何をされたのかを、何をされるのかを鮮明に理解する。


「……ま、待って、くださいまし。まさか、まさかでしょう……? そっ、そんな事をしたら、あっしは、あっしはっ……っ!」

「山ン本の意向に歯向かう者など、『現代堂』には不要。貴様は自らの意思で、『げえむ』に反旗を翻した。ならば、こうなる末路も覚悟して然るべきだろう」

「わっ、分かりっ、分かりました! もうやめます! あっしも心を入れ替えて、『現代堂』に尽くします! や、山ン本様にも絶対の忠誠を誓います! もも、勿論、神ン野様にも! 靴だって舐めますから! だっ、だから……だから……!」

「貴様の存在全てが、“魔王”の器に非ず」


 開いたままの右手を、泣き喚く相手に向けてゆっくりと翳す。

 プライドも何もかもを投げ捨てた命乞いの言葉さえ、神ン野は意にも介さない。


「嫌だ……っ、嫌だぁっ! 死にたくない、死にたくねぇよ……! たっ、助けてください! お願いです! 助けてっ、あっ、あっしはっ……もっともっと、力になれますっ! 人間をたくさん、こっ、殺せますっ! だからっ、だから、殺さないでくだ」

「妖術」


 右手が、グッと握られた。


「《悪五郎(アクゴロウ)》」



──パァッン!!



 アブラスマシの体を突き破って、膨大な量の剣が出現する。

 痩せぎすの妖怪を内側から破壊し、その肉や骨を切り刻みながら、体外へ突き出る刃の武器。

 それらは体外に露出してもなお肉体の破壊をやめる事は無く、次々に生成されゆく刃の群れが、肉片を更に粉微塵へと変えていく。


 九十九は、その光景に心当たりがあった。

 神ン野と一戦を交え、そして敗北を喫した際、彼が見せた妖術の一端。

 あの時は、薙刀を盾に変形させるだけだったが、その力を十全に悪用した結果があれなのだろう。


 先ほど突き立てられていた、爪楊枝大の薙刀。

 それが妖気の励起に呼応して、体内で無数の刃へと変形・増殖し、アブラスマシをズタズタに裂き尽くしたのだ。


「……『ですぺなるてぃ』、執行完了」


 断末魔さえ許されず、一瞬の内に膨張した刀剣の群れに肉片まで切り刻まれて、その身全てが塵と果ててなお引き裂かれ。

 妖怪ヒョウタン・アブラスマシは、この世から完全に消滅した。

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