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其の捌拾 最後の乱入者

今日2話目の投稿です。ご注意ください。

「は、ぁ……はぁ、はぁ……。やっ……た、倒せた……勝て、た……!」


 空の彼方で巻き起こったド派手な大爆発を認めて、それが己の術によって敵を仕留めた証なのだと確信した九十九。

 状況があちらに味方していたとはいえ、これまでに倒した妖怪たちの中でも一番の難敵だった。

 その息は荒く、どれだけ厳しい戦闘だったかを語らずとも告げていた。


「──おーい! 九十九くーん!」


 その声に気付いて視線を横に向けると、姫華が手を振りながらこちらへと駆けてきていた。

 彼女の後ろには、五十鈴や瀬戸の姿も見える。瀬戸の手の内には、イナリとお千代もちゃんといた。

 彼らは勝ち、全員が無事だった。いくら消耗を重ねようと、それだけは事実だ。


「嗚呼……よか、った……──?」


 がくり。


 急に、全身に力が入らなくなった。

 それどころか、頭の中がくらくらと不明瞭になって、視界も歪んでいく。

 立ち上がる気力が、穴の空いた風船のようにたちまち消えてなくなっていくようだった。


 それもその筈だろう。だって、彼の体に刻まれた消耗は限界まで達しているのだから。

 いくら瀬戸が“良縁”を差し込んで治療を施したからと言って、全てのダメージを消してしまえるほど万能ではない。

 その上、十分な休息期間も無い内の再戦だったのだ。それも、持ち得る妖気を振り絞っての長期戦である。


 ただでさえ、折れた右腕を押しての戦闘だったというのに、その右腕にすら新たな痛痒を負わされる始末。

 今しがた放った妖術を契機に、彼の妖気は底をついた。少なくとも、これ以上動く事ができないほどに。


「……え? 九十九、くん……?」

「っ……!? 不味い、妖気が尽きたんでさ! 考えてみりゃ、今の今まで力尽きずに戦い続けられていた方がおかしかったんで御座いやす!」

「せやな、ありゃちょっとえらいわ。警察やら何やらが来る前に、(はよ)う回収して──」

「そうは──させねぇぞォッ!!」


 突如、横合いから大量の油の雨が降ってきた。

 それが妖気の溶け込んだものであると理解し、瀬戸は指先から放った糸で姫華と五十鈴を“たぐり”、後ろへ引き戻す。

 いきなり後方に引っ張られた少女たちは、己の身に何が起きたか理解するよりも早く、1秒前まで自分たちがいた場所を油の波濤が呑み込んでいく様を見た。


 ドロドロと流れる油の波が、道中にあった瓦礫や残骸をごくりごくりと呑み下す。

 そのじっとりとした妖気の不愉快な匂いを、姫華たちは知っていた。


「この油……まさか、逃げたんじゃないの!?」

「へっへっへ、へへっ……とんでもねぇ。むしろ、この機会を待ってたのさァ」


 のっそり、のっそり、と。

 夜闇の影から現れ、舌なめずりしながら瓢箪を携えた痩せぎすの怪人。

 奥の手のタザイガキツキを屠られ、苦し紛れに出したガキツキの群れさえ一掃され、おめおめと逃げ出した筈の妖怪ヒョウタン・アブラスマシがそこにいた。


「よくやってくれたよ、ヒバチ。お前のおかげで、リトル・ヤタガラスはもう指1本も動かせやしねぇ! “八咫派”の連中だって、もうからっけつさ。なら後は、あっしが美味しいところをぜーんぶ持っていくだけ!」

「よぉやるわ……ボクらが消耗した隙を突いて、一網打尽にする気かいな」

「言ってろ! ずっと言ってきた筈だ、この世は頭のいい奴が勝つんだよ! “とりっきい”で“すまあと”な『げえむ』……それこそ、次代の“魔王”に相応しい!」


 瓢箪を翳し、蓋の開いた口から油を滴り落とす。

 今にも襲いかかってきそうな敵を前に、瀬戸は腕の中の召使い妖怪2体を五十鈴に預けると、指先に妖気を集中させた。

 姫華も同様に手鏡を構えようとして、やんわり静止されてしまう。


「おっと、姫華ちゃんが出張るんはナシや。ここはボクに任しとき」

「ど、どうして……っ?」

「自分、さっきの戦闘でだいぶ消耗しとるやろ。五十鈴ちゃんもや。ボクがあいつ引き付けとる間に、自分らはさっさと八咫村のを回収してきい」

「おっとォ……そいつぁ認められねぇなァ。ヤタガラスさえここで仕留めれば、後は何も怖いモンなんざ無ェ。お前ら“八咫派”を一掃して。今度という今度こそ、あっしだけの『げえむ』を成し遂げてやる!」


 かつてイナリが語ったところによると、入れ物を由来に持つ妖怪はその身に蓄えた妖気が潤沢であるという。

 ヒョウタン・アブラスマシは、その(めい)の通り、瓢箪の九十九神である。あれだけの戦闘をしてなお、さして消耗していないのも頷ける話だ。


 だからこそ、こちらにとっては戦い辛い状況にある。

 上手く立ち回らなければ、瀕死の九十九さえ巻き込んでしまうだろう。

 敵の前に立ちはだかる瀬戸の背後で、姫華たちはいつでも九十九の下へ駆けつけられる態勢へと移行した。


「さぁ、さぁさぁ! これがあっしの──」











「──貴様の、なんだ?」


 轟、と。

 大気を圧迫しながら弧を描く、長柄武器(ポールウェポン)の音。


 背後から振り抜かれたそれにアブラスマシが気付くよりも早く、彼の背中に薙刀の峰が叩きつけられ、骨の幾許かにヒビを入れる。

 海老反りになった痩せぎすの体は、そのまま薙刀によるスイングをまともに喰らい、前方へと吹っ飛んだ。

 あまりの一撃の重さに、地面に打ちのめされた体は更にバウンドし、中距離ほどを摩擦しながら転がっていく。


「ぎゃびっ、げぶふぅ……っ!? なぁ、にが……」

「……“武人たれ”とは言わぬ。“『げえむ』は神聖なもの”とも、“勝者と敗者に敬意を示せ”とも語らぬ。だが少なくとも、今しがた語り終えられたばかりな他者の怪談(げえむ)を、己の怪談(げえむ)で上書きしようとする者は……『現代堂』に属する資格無しと知れ」


 誰もが、声の主に注目した。誰もが、声の主に警戒を強めた。

 気を配っていた筈なのに、油断していなかった筈なのに。誰もが、アブラスマシの背後に現れた()の存在を知覚できていなかった。


 無骨にして強靭な薙刀を片手に担ぎ、全身を武士甲冑で覆い尽くした巨漢。

 徹底的に肌を隠匿し、兜には「神」の1文字。面頬越しに鋭い眼光を放つその妖怪の正体は。


「し……ん、の……」

「昨晩ぶりだな、リトル・ヤタガラス。此度は、貴様に用は無い。そこで黙って寝ているがいい」


 神ン野。

 妖怪集団『現代堂』の幹部にして、無敵の技量を持つ『げえむ』審判役。

 九十九をその驚異的な実力で圧倒し、敗北の屈辱を与えた巨妖が、今回は彼を庇うように立っていた。


「……どういう風の吹き回しや? 自分、昔さんざっぱら“八咫派”の連中殺しとったやないか。なんで今更、八咫村のを見逃す理由があんねや」

「知れた事。リトル・ヤタガラスは元々、山ン本が認めた『敵きゃら』だ。『ぷれいやあ』が自身の『げえむ』で排除する事を求められる──いわば、望まれた障害。その内に貴様らは含まれていないが……まぁ、それはいい」


 ふいっ、と注目をアブラスマシに向ける。

 自らよりも上の存在に睨まれ、たった今起き上がったばかりの彼は「ひっ」という悲鳴を喉から漏らしている。

 瓢箪を持つ手は震えているどころか、その震える手が握る瓢箪にはいくつものヒビが生まれていた。


「俺が動くべき時。それは『げえむ』の違反行為が発生した時に他ならない。そして、ヒョウタン。貴様の違反行為は既に通達済みの筈だ」

「ひ、ぃいっ……!? だっ、だがヒバチはっ、ヒバチはもう死んだんですぜ!? な、ならっ! なら次は、あっしの『げえむ』を──」

「『げえむ』の開催を取り決める権利は信ン太にある。貴様では無い。そして審判役である俺が()を唱える以上、信ン太もまた、貴様の参戦を許可しないだろう」

「い、否ァ……っ!? ななっ、何故……」

「分からぬか。……いや、もういい。道理を説くだけ時間の無駄だ」


 緩やかな所作で、薙刀が切っ先を動かした。

 その軌道に歪みや荒々しさは無く、むしろバターを削る時のように優しくたおやかな動きだった。


 だが、それはあくまで傍目から見ているが故に生じる感想。

 実際に、その矛先を向けられた者の所感は──違う。


「実のところ、ヒバチは惜しいところまで到達していた。貴様の邪魔があってなお、『げえむくりあ』に近付きつつあったのだ。故にその奮闘を邪魔せず、静観するに努めていた。だが、奴が『げえむおおばあ』となり、斃れた後であれば話は別」

「ぺっ、『ぺなるてぃ』ですかい……!? げっ、『げえむ』の参加券剥奪……」

「否」


 ガシャリ。

 たった1歩歩いただけで、少し鎧の擦れる音がしただけで。

 どうして、ここまで恐ろしいのだろうか。どうして、ここまで心臓が悲鳴を上げるのだろうか。


「幾度の警告にも拘らず、貴様はそれを無視した。そればかりか、『げえむ』を──いち妖怪の“怪談(えぴそおど)”を軽視するその行為。如何とも看過し難し。最早、温情をかける必要無し」

「な、ぁ……!?」

「故に……妖怪ヒョウタン・アブラスマシ」


 その矛先を向けられた者の所感は違う。

 だって、目の前に立ち塞がる()()が放つ威圧感も、殺気も──何もかもが、自分だけに注がれているのだから。

 彼の出で立ちを、「死神」以外の言葉で形容できる者が、果たしてどれだけ存在するだろうか?


「貴様に、『()()()()()()()』を執行する」

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