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其の漆拾漆 スーパーお姉ちゃんタイム

 つい数秒前までタザイガキツキの腕だったモノが、地面に落下すると同時に崩壊する。

 構成する要素全てが塵と化し、少し吹いただけの風に煽られて彼方へ消える。

 頭部だった欠片が地面に叩きつけられ、内側から弾けるように爆散した後、そこにはもう体長10m超の怪物がいた事を表すモノなど何も残ってはいなかった。


「ばっ……かぁ、な……!? タザイガキツキ、が……あっしの、あっしの切り札……がぁ……っ!?」


 己が生み出したモノの末路をありありと眺めて、ヒョウタン・アブラスマシは膝をついたままに慟哭を漏らした。

 体内を巡る妖気によって、染み込んだ“たぶらかし”の毒は徐々に抜けてきているらしく、震えながらも立ち上がろうとしているのが見て取れる。


 けれど、ここから立ち上がるにはもう遅い。

 反撃を仕掛けるよりも、再び雷の術を浴びて致命打を受ける方がよほど早いだろう。


(……頭が、くらくらする。イナリさんの言う通りだった、出力の制御が全然できなくて……体の中にあったエネルギーが全部、吸い出されたみたい)


 対する姫華は、手鏡をアブラスマシへ向けながらも、荒い息を隠せていなかった。

 初めて行使した攻撃の術が、彼女の体にそれなりの負担をかけていたのだ。


 ろくすっぽ制御できなかった妖気は、想定以上の出力を以て荒れ狂い、敵を無惨な灰燼へと変貌させた。

 その結果として、少女の妖気はあっという間に底をつき、こっ酷い疲労感を全身に背負わせているのだ。


 しかし、どうにかこうにか2撃目を放つ事はできる。

 足りない妖気を掻き集める為、チャージにこそ時間はかかるだろうが、それが完了するのも時間の問題。

 手鏡は再度の帯電を始めている。1分もしない内に、彼女の解き放った無数の雷撃が敵を焦がし尽くして決着がつく筈だ。


「……終わりよ。この戦いは、私たちが……九十九くんが、勝つ」

「お、わり……だと? あっし、の……負け、だと? ふざけるな……ふざけるなっ! あっしはまだっ……負けちゃ、いねぇっ!」


 ダン! と、強い音を立てて地面に両手を叩きつける。

 傍から見れば、それは敗者が屈辱に塗れて打ちひしがれているようにも見えるだろう。

 だが、そうではない。舌を回し、口内で転がされた呪の文言が、その証左だ。


「あっしは“魔王”になるんだ……! 人間を好きなだけ甚振れる、他の妖怪どもに好きなだけ威張れる、全ての頂点に位置する夜闇の王に……! そのあっしをっ、殺されるのが役目の雑魚の分際でぇぇぇぇぇ──っ! 妖術、《物気付喪(モノノケツクモ)》ォ──ッ!!」


 叫びと共に今一度地面を叩き、紫色のおぞましい光を励起させる。

 大地を浄化しゆく橙色の温もりの中にあって、なおも反旗を翻したそれらは、砂粒の隙間と隙間から新たなガキツキの群れを湧き出させた。


「mきdhあbAおえhくぉばうmぢうんしdhえ……」


 しかし、そうして現れたガキツキたちの出で立ちは、異形どころの騒ぎでは無かった。

 体躯が異常に小さい個体。反対に異常な大きさの個体。片腕が溶解している個体。腐りかけた頭部が2つ生えている個体。そもそも人型を保てていない個体すらある。

 おぞましさよりもグロテスクさや不快感が先立つようなクリーチャーの集団に、少女は己の肌が粟立っている事を自覚した。


「まだガキツキを生成できるの……!? でも、このグロテスクな姿は一体……」

「へっへっ……! 一連の戦闘で、あっしがどれだけ油を撒き散らしたと思ってる? その辺に落ちた流れ弾、溢れた雫、弾かれた際に生じた飛沫。そういう小さな油の残滓だって、砂粒の1つくらいは取り込めるさ……!」

「道具と呼べないモノまで、それも少ない妖気で無理やり変化(ヘンゲ)させたの……!? けど、そんな強引な手段でガキツキを作ったって、まともに戦えやしないのは私にも分かるわよ!」

「だが、お前を足止めするくらいはできる。そうだろう? ……やれ!」

「cみc32へdのあydfん3おgfうぃf3……!」


 アブラスマシを庇うように、彼への射線を阻むように、続々とクリーチャー化したガキツキたちが襲ってくる。

 中には、まともに歩く事さえできず、地面を這いずっている個体もチラホラ見えた。それでも奴らは、昼の側に属する存在への敵意と攻撃性を断ちはしない。


 自らの肉体が溶け落ちて、足元をグズグズと汚濁に濡らしながら、なおも己の肉体が崩壊するまで行動をやめない異形未満の化生たち。

 これだけ脆くなり果てた者どもでも、妖気から生まれた存在である以上、通常の人間では傷の1つさえつけられない。

 この場の1体でも取り逃がせば、その個体が一般人を襲わないとは断言できないのだ。


「くっ……! まだ、妖気を練り切れてないのに……っ!」


 故に、注意を向けざるを得ない。

 アブラスマシにトドメを刺す為に準備していた術を、姫華は断腸の思いでガキツキたちへと向ける。

 妖気のチャージが完了するまで、あとどれほどか。それまでの間、こちらを囲みつつある群れから離脱する必要が──



「──よく頑張ったわね、姫華ちゃん。あなたの勇気とガッツがあってこそ、私は踊り(たたかい)抜く事ができた」



 突き出された拳が、ガキツキの顔面にめり込んだ。


「もdhで──」

「死に晒せやオラァッ!!」


 凡そ女性の口から出るとは思えない言葉が、女性らしき声色(シャウト)から放たれる。

 拳はめり込んだままシームレスに振り抜かれ、左半身が腐り落ちていたガキツキを思いっ切り後方へぶっ飛ばした。

 瓦礫の壁に叩きつけられたクリーチャーは、ぴくぴくと痙攣したのち、肉体を塵に変えて消滅する。


「……え? は、えっ?」

「ずっと戦ってたんだもん、ヘロヘロでしょ? 暫く休んでなさいな」


 軽やかなステップを刻み、姫華の前に着地する1人の女性。

 鮮やかで清楚な紅白の巫女服に身を包み、両の手首と足首には鈴のリングをつけている。

 黒く細いポニーテールが流れるように揺れる様は、九十九が纏っている漆黒のマフラーを想起させた。


 勝ち気な表情、鋭く色気のあるタレ目、美人という言葉が何よりも似合う顔立ちとプロポーション。

 コキリコキリと腕を鳴らし、煤だらけの地面を裸足で踏み締める彼女こそ。


「こっからは、スーパーお姉ちゃんタイムよ。後の事の4、5割くらいは、お姉ちゃんに大体任せときなさい!」


 八咫村 五十鈴。

 金鳥神社にて舞の奉納を行っていた筈の彼女は、獰猛な笑みを伴ってこの場に現れた。


「いっ、五十鈴さん!? なんで……舞で地脈を直してる筈じゃ」

「そんなもん、1分くらい前に全部終わったわよ。いやー、流石は私。ちょっと練習すれば10分単位の踊りも完璧に踊れちゃうんだから。……とは言っても」


 ぽすんと。姫華の頭に載せられたのは、五十鈴の右手だ。

 荒々しさと優しさの入り交じる相反した力加減が、少女の白みがかった髪をわしゃわしゃと撫でまくる。

 まさしく、年長者が年下を労るような手つき。困惑しながら見上げれば、ニカッとした眩しい笑顔と目が合った。


「あんたたちがここで敵を食い止めてくれてなきゃ、ここまでスムーズには終わらなかったでしょうね。ありがとう。姫華ちゃんたちの奮闘が、私を助けてくれたんだわ」

「……っ!! はいっ!」


 報われた。

 間違った選択も、焦りからのミスも犯してきたけれど、それでも無駄ではなかった。

 自分の踏み出した「1歩」が成就した事に、少女は涙ぐみながらも笑顔を返す。


 その姿に慈愛の目を向けたのち、五十鈴は異形の群れに向き直る。

 手首足首を軽く揉み解し、いつでも飛び出せる状態へと滑らかに移行した。


「さって! じゃ、姫華ちゃんたちの分まで暴れますか」

「え……ま、待ってください! あいつらはあんなのだけど、それでも妖怪で……妖気を使わないと倒せないんです! だから私も、使えるようになったばかりの(まじな)いで……」

「あー、大丈夫大丈夫。そういうの、()()()()()()()()()()

「なんとなく、って……でも、五十鈴さんは(まじな)いどころか、妖怪についてすら知ったばかりですよね……?」

「まま、任せてみんしゃい。これでも私、昔はケッコー()()()()しててね。久々に血が疼くんだわ」


 そう言って、更に前へ1歩出る。

 それに呼応して、周囲のガキツキたちもまた、姫華から五十鈴へと囲む対象を変更しつつあった。


「おーおー、有象無象がワラワラワラワラと。バッカねー、私を誰だと思ってるの?」


 力強く、裸足で地面に踏み込んで。

 拳を腰に溜めて振り絞り、今にも飛び出しそうなその姿は、昨日今日で戦闘技巧を身につけた者のそれとは思えない。


 獣のように歯を剥いて、不敵に笑う。

 彼女が今まで明かしていなかった、学生時代の素性……否、()()。それこそは。


「ストリートチーム『RAVEN(レイヴン)』リーダー、八咫村 五十鈴! たかだか天狗(イキ)った糞餓鬼風情に、私の喧嘩を止められるモンなら止めてみなァッ!!」


 直後に前方へ駆け出した彼女の姿は、放たれた砲弾と何ら変わりないように思えて仕方が無かった。

 いや、最早それは駆け出したとすら呼べないだろう。吹っ飛んだ。渾身の力で地面を蹴り飛ばし、空中に浮くようにして前方へ吹っ飛んだのだ。


 無論、腰には拳を構えたままである。

 砲弾紛いのヴィジョンを纏って宙を駆けた五十鈴は、そのまま自分の向かう先にいたガキツキを──全力でぶん殴った。


「qんうぇい2dっ!?!?」

「ひとォつ!」


 後方へバウンドしていった()()から意識を外し、近くにいた2体目のガキツキに注意を向ける。

 突然の奇襲に彼らが対応できていない内に、2撃目。回し蹴りが相手の首を引っ掛け、足と地面とで骨をサンドイッチするように圧し折った。

 流れるような動作で、その隣にいた3体目の胸部にエルボーをぶちかます。


「ふたァつ! みっつゥ! いやー、手加減しなくていいって素晴らしいわね! 生まれてこの方、()()()()()なんて振るった事が無かったんだもの!」


 4体目。ようやく対応し始めた個体に掴み掛かり、スープレックスをお見舞いする。

 5体目。先の攻撃で斃れた4体目をぶん投げて、6体目も巻き込みつつ吹っ飛ばす。

 7体目。背後から不意打ちを仕掛けてきたので、振り向いての裏拳でノックダウン。


 五十鈴が拳を振るう度、足を振るう度、技を()める度に吹っ飛び、転がり、力尽きていくガキツキたち。

 いくら脆弱な個体ばかりとはいえ、いっそ面白いくらいに減っていく数を見ていると、目の前で起きている光景が無双ゲームか何かなどではないかとすら思えてきた。


「えっ……えっ??? 五十鈴さん、なんで戦えて……」

「えっぐいわぁ~、ホンマえっぐいで。流石にこれは、ボクも予想の範疇やないなぁ」


 唐突に横から聞こえてくる軽薄な声。

 思わず姫華が隣を見やると、そこにはいつの間にか瀬戸が立っていた。


 彼の腕の中には、安全なところに隠れていた筈のイナリとお千代が抱かれている。

 彼が見つけて回収してきたのだろうか? 2人とも疲労やダメージが限界らしく、ぐったりとしていた。


「やっほ、姫華ちゃん。よぉ頑張ってくれたな。ボクの期待してた以上の戦果や、誇ってええで。妖怪2匹も、ボクが無病息災の“縁”を差し込んださけ、ほっときゃ快癒するやろ」

「そうですか、善かった……! それで、瀬戸さんの予想外っていうのは……」

「そらもう当然、五十鈴ちゃんの事やがな。ありゃ、無自覚に妖気を操っとる。それ自体は別におかしなものやない。実際、その才能に目ェつけて霊担課にスカウトしたんやからな。せやけど、今回のはそれとは別や」


 目線を滑らせ、その先で大暴れしている五十鈴を見る。

 襲い来るガキツキの集団を片っ端から組み伏せ殴り飛ばし、しかし姫華たちにヘイトが向かないよう自分にだけ注意を向けさせている。


禹歩(うほ)、っちゅう技術がある。ざっくり言うと、昔に陰陽師とかが使っとった魔除けの歩行法なんやけどな。要はそれと似たようなモンや。自分の体の動きを儀式に見立てて、そいで内外の妖気を使(つこ)て身体能力を強化して──を、全部無意識にやっとんねや」

「それ、って……できるんですか? 呪文を唱えるとかならともかく、体の動きで(まじな)いを成立させるなんて……仮に振り付けがあったとしても、戦いながら正確に再現できるようなものじゃ……」

「せやから、考えんでも本能で分かっとんねん。こういう動きをすれば妖気を操れる言うて、その場その場でオリジナルの振り付け作って、即席の身体強化の術に変えとるんや」


 もしそれが本当の事であるならば、まるで生まれながらに戦闘の才能を持っているかのようだ。

 先ほどの言動からして、彼女は妖怪を知る遥か昔から、その力を無自覚に振るう事ができていたのだろう。

 妖気によるブーストがあるならば、成る程。その辺の不良は簡単にノセてしまえるし、本気を出せば殺せてしまう事も分かろうというもの。


 普通であれば、話す者の正気を疑うような突飛な推測。だが、そんな突飛な話にも納得できる要素があった。

 何故ならば。


「……伊達にヤタガラスの姉ちゃんやってへん、っちゅう事か。ホンマ末恐ろしいで。妖怪としての血を引き出す才があらへんのが、誰にとっても救いや。勿論、五十鈴ちゃんにとってもな」


 八咫村 五十鈴は、他ならぬ九十九の実の姉である。

 彼女もまた、大妖怪テッポウ・ヤタガラスを源流に持つ八咫村家の生まれなのだから。


「これでェ──最後ォッ!!」


 後ろ蹴りが炸裂し、最後に残ったガキツキが顎をかち割られて吹き飛んだ。

 致命的なダメージを受け、空中で塵となって霧散する様を見届けた後、五十鈴は残心の息を吐く。


 次いで周囲を見回し、まだ敵が残っていないかを確認する。

 激しい戦闘の余波を受けて変わり果てた路地が広がるのみで、ガキツキはただの1体も残っていなかった。


「チッ……逃がしたか」


 しかし同時に、ヒョウタン・アブラスマシの姿もどこかへ消え失せていた。

 少なくとも、ガキツキを蹂躙する過程で彼らしき存在を攻撃した覚えも手応えも無い。

 恐らくは、異形の群れに各々の注意が向いている隙に、まんまと逃げ果せたと考えるのが自然だろう。


 大将首を逃したのは悔やまれるが、これで大方の脅威は排除できたと言っていい。

 勝鬨を上げるように、そして今なお空で戦っている弟を鼓舞するように、五十鈴の足が地面を踏み鳴らした。

 両手を握り締め、高らかに、腹の底から叫びを天へと打ち上げる。


「九十九ォ──ッ!! 必ずっ、勝ちなさいよォ──ッ!!」


 果たして、その声援は。


「──うん、分かってる。皆が勝機を繋いでくれたんだ。必ず、勝ってみせる」


 天高く、月を背後に飛翔する黒装束の少年へと。

 その声に込められた数々の想いごと、確かに届いていた。

葛葉 紘汰と鳥羽 ライハを足して2で割った女。

坂本監督回か?

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