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其の漆拾陸 Take That, You Fiend!

 空中での戦闘に形勢逆転の兆しが見えてきた頃。

 地上での戦闘もまた、局面が大きく動こうとしていた。


「エ……エギャァア、ァハ……!?」

「こっ、こいつぁ……まさか、フデの歪めた地脈が元通りになっちまったってのか!?」


 露骨に動きが鈍くなり、苦しみ出したタザイガキツキの姿に、ヒョウタン・アブラスマシは何が起きたのかを明白に悟った。

 目の前で苦痛に悶えている巨体が、これまでに比べると明らかに愚鈍で、著しくバイタリティに欠けているからだ。


 元々、タザイガキツキを生み出した妖術《物気付喪(モノノケツクモ)煤取節供(スストリゼック)》は、歪められた地脈を前提として成立しているものだった。

 数多の「道具」を内包した膨大な油を「1つの道具」として見做し、その全てを1体のガキツキに変化(ヘンゲ)させるなど、尋常の手段では実現する訳が無い。


 それを成した要素こそ、フデ・ショウジョウが改変した地脈の流れ。

 かつて大量のガキツキを同時多発的に生成する儀式妖術《物気付喪(モノノケツクモ)煤払(ススバライ)》が行われたように、『現代堂』にとって都合の良い妖気の流れがあってこそ、アブラスマシの企みは成功したのだ。


 それが、失われた。五十鈴の舞によって、地脈の流れが修復された。

 即ち、タザイガキツキの存在を保証していた儀式妖術に、致命的な要素の欠落が発生したのだ。


「クソッ、ヒバチの奴……! どうせなら流れ弾でもやって神社を吹っ飛ばしておけってんだ、使えねぇ! こうなったら、あっしが油を補給して外部から無理くり動かすしか……」

「そうは、させないっ!」


 大きく張り上げられたその声は、人間の少女らしい高く細い色を帯びていた。

 それが先ほど見失った敵のものであると悟り、咄嗟に視線を向けた先。


「……“流れ”が、確実に私たちの方へ来てる。タイミングが良過ぎて、ご都合主義みたいな感じがしなくもないけど……それでも、九十九くんや五十鈴さんが繋いだこの“流れ”、無駄にも徒労にもしないでみせる!」


 そこに立っていたのは、やはり姫華だ。

 1度逃げた筈の彼女だったが、その表情は毅然としていて、目には強い意志を示すように緑色の光が灯っている。

 イレギュラーばかりの戦況に右往左往していた先ほどまでとは一転、纏う雰囲気に恐怖や怯えは見当たらない。


 何よりも、彼女の手に握られているモノこそが一番の変化である。

 鏡面にガムテープが貼られているらしいボロボロの、しかし強い妖気の気配を孕んだ1枚の手鏡。

 妖術によって消し去った神楽鈴の代わりとでも言うのだろうか? 少なくとも、その鏡面には持ち主の瞳と同じく、淡い光が揺れていた。


「へっ! わざわざあっしたちの前に出てくるたぁ、そんなに死にたいのかい? 何やら古臭い呪具だが、あっしの術で奪われっちまうと分かって持ってくるなんて、随分ご苦労な事だねェ!」

「無駄だよ。これは……これだけは奪わせない。だって、これは私の魂だから。ようやく分かった。この手鏡無しに、(まじな)い師・白衣 姫華は成立しない!」

「戯れ言を……! なら、お前の魂とやらを奪ってやるよ! 妖術《油一匁(アブライチモンメ)》ェッ!」


 栓の開いた瓢箪から油の弾が1発、勢いよく招来される。

 一たび絡め取られたならば、如何なる道具にも消失の運命を逃れられる術は無し。

 尋常の状況であれば、姫華の持つ手鏡はたちまちに虚無へと滅せられるだろう。


 けれど、今の姫華はそうではない。


(……あの時、ジョロウグモちゃんに迫る為に無我夢中で駆け抜けたあの時。()()()()()()? どうすればあの跳躍と、あの走りを再現できる?)


 過去、テカガミ・ジョロウグモの放った糸を跳躍で躱し、凶器同然な糸の上を走り抜けた時の情景を思い出す。

 あれは、感情の昂りによって、己の中に眠る「(まじな)い師としての才能」が発露したが故の事。

 無意識下で「自分がやりたい事」の為に必要な要素を導き出し、自覚無きままに(まじな)いを行使した結果なのだろう。


 動物が歩き方や呼吸のし方を考えないように、本来であれば、(まじな)いを用いる為にわざわざ小難しい事を考える必要なんて無かったのだ。

 これまでの姫華には、それが分からなかった。けれど、今なら分かる。


 だって、この手には今──ずっと共に在ってくれた、大切な宝物が握られているのだから。


(あの時やった事を再現するなら、きっと──こう!)



──バチィッ!



 目を見開いたと同時、姫華の足全体に()()が奔った。

 通常のそれとはまったく異なる、緑色を帯びた電気のライン。いっそ「電流のようなエフェクトを伴ったエネルギー」と形容すべきそれは、刹那の内に少女の肉体を駆け抜ける。


 足を奔り、腰を駆け上がり、肩を介して腕を行き交い、首に至り、頭蓋へ届く。

 光を灯した瞳の奥に、パチリと弾ける新緑のエフェクトが現出した瞬間。


「──行ける!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……は、ぁあっ!?」


 例えば、目の前に拳銃を突きつけられていたとして。

 引き金が引かれると同時に回避を試み、銃弾の直撃を免れる事ができる者は、この世にどれほどいるだろうか。

 小難しい理論や技術を口にするのは容易いだろうが、一般的な結論を言うならば「否」の一言で事足りる。


 けれど、姫華はやってのけた。

 砲弾もかくやというスピードで襲来し、己の持つ手鏡を喰らい尽くそうとした油の弾を、彼女は目視してから回避した。

 彼方へすっ飛んでいく油弾へは目もくれず、そのままの流れで足を前に踏み込む。


 その瞬間、彼女の足裏から緑色の電流が迸り、尋常ではあり得ないスピードで体を前に押し出した。

 背中から置き去りにされた妖気のエフェクトが軌跡を描き、少女の体はトップランナーも裸足で逃げ出すほどの加速をし始める。


 速度、加速、勢い。

 そのいずれか1つでも、通常の人間ではとてもじゃないが実現し得ないだろう。

 (いわん)や、白衣 姫華はただの人間である。妖怪の血を引いている訳でも、異形の力を会得している訳でもない。


 けれども彼女には、ただ1つ、会得しているものがあった。

 妖気の扱い方である。


「っ……! こいつ、まさか……!? いや、構わず叩き潰せばいい事だ。やっちまえ、タザイガキツキィッ!」

「エギャッ……エギャハ、オォォォオオォオォォオオオォォオォオオォォオオォオッ!!」


 アブラスマシの、妖気を交えた強引な命令を受け、タザイガキツキが己の肉体を無理やりに稼働させる。

 拳を握る度に指がヒビ割れ、腕を振り上げる度に肩から破片が零れ落ちる。それでも巨妖は止まらない。戦闘と殺戮をやめはしない。


 これまでのように手のひらではたき落とすでなく、正真正銘、確実な殺意を込めた拳の一撃。

 ただ路面を砕くだけでは済まない、強烈な重量と速度の鉄槌が振り下ろされた。

 緑色の光を帯びながら全力疾走する中で、姫華は己を押し潰さんとする拳に真っ正面から突撃し──


「や──ぁあっ!」


 地面を蹴り、全霊の跳躍を決行した。

 それは例えば、走り高跳びなど比較にもなりはしない。人間が跳躍によって飛翔できる高さを遥かに超えて、少女の体は宙を舞う。


 その直下を、タザイガキツキの拳が通り過ぎ、何も無い路面を粉々に打ち砕いた。

 巻き起こる衝撃や粉塵、瓦礫を丁寧に丁寧にすり抜けて、ものの見事に攻撃を避け切った姫華は、たった今路面を攻撃したばかりの巨大な腕の上に着地する。


 着地の拍子によろめく事も無く、再びの疾走。

 タザイガキツキがアクションを起こすよりも早い速度で、その太く長く大きく頑健な腕の上を走り、肩へ向かって駆け抜けていく。


「やはり、やはりか! ありゃ間違いなく、妖気を使った肉体強化の術! あの娘っ子……完全に(まじな)いを会得しやがった!」


 戦慄と共にアブラスマシが吐き捨てた先、今まさにタザイガキツキの肩へと到達しつつある姫華の姿があった。

 彼女の全身からは電流の発するエフェクトが溢れ出ていて、もはや電気人間と言っても差し支えない状態だ。

 迸る緑色の閃光が、身につけている眼鏡型装束のレンズで反射して白く輝かせていた。


「行ける……! 私、妖気を掴めてる! あの時と……ジョロウグモちゃんを助けた時と同じ事が、ちゃんとできてる!」


 高揚と紅潮が顔を染め、少女の表情に自信と希望が満ち溢れていく。

 彼女の手に握られた手鏡は、鏡面を起点として緑色のスパークを起こしている。

 激しくのたうち回る電気のエフェクトが、彼女の肉体に纏わり付き、その身体能力を更に強化していった。


 生体電流、という言葉がある。

 肉体内部を流れる微細な電気信号であり、それが筋肉や神経を動かし、脳からの命令を全身に伝達しているという。


 一方で、一部の漫画やゲームなどでは、キャラクターが「電気を肉体に浴びせる事で、己の身体性能を強化する」という描写を行う事がある。

 これについて生体電流に介入して云々や、筋肉に直接電気信号を送る云々などと理屈をつける事ができるが、科学的な見地から言えばいたって非現実的なものだ。

 そもそも漫画で表現されるような電流を肉体に直接浴びせれば、それは体への大きな負担となる。最悪の場合、心停止だってあり得るだろう。


 故に「電気を肉体に浴びせての身体強化」とは、あくまでフィクションの中でのお話である。

 体に電気を浴びせても、そんな事は起きやしない。現実では、そんな事はあり得ない。


 けれど、例えばの話である。


 例えば、そういった作品に触れた事のある人物がいたとして。

 例えば、その人物の中に「電気を体に流せば身体性能を強化できる」という認識が生まれたとして。

 例えば、その人物に(まじな)いの才能があり、妖気を手繰る事ができたとして。

 例えば、前述した認識の下で(まじな)いを使い、妖気を電流に変換したとして。


 そして例えば、これらの仮定全てに白衣 姫華が該当するとして。


 これまでにも語ってきた通り、妖気を扱うにあたって必要なのは己の中の認識(イメージ)である。

 どんなに非現実的でも、非科学的でも、非常識的でも、非論理的でも、術者の中で「○○は××である」という認識があれば、妖気はそれを実現する。

 妖気は使い手の心を反映し、如何様にも移り変わる事ができるのだから。


 つまるところ、話はいたってシンプルである。

 白衣 姫華が「電気を体に流せば身体性能を強化できる」という認識の下で(まじな)いを行使したのならば、白衣 姫華の使う(まじな)いの中では、それが正しく現実のものとなる。

 ただ、それだけの話だ。


「やぁぁぁあ──っ!!」


 そうして到達したタザイガキツキの肩を全力で蹴り飛ばして、姫華の体は10mの高さから空中に躍り出た。

 無論、彼女は飛行の術を会得も発想もしていない。ふわりと軽やかに、なおかつ躍動的なフォームから自由落下の態勢に移行しつつあった。


「こっ、小娘が調子に乗ってんじゃねぇや! 逃げ場の無い空中なら、あっしの術も避けられまい!」


 瓢箪の口から、複数の油弾が生成・射出される。

 狙いこそさして正確ではないが、アブラスマシの語った通り、空中という身動きの取り辛い状況下では回避もまた困難。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとはよく言うが、これだけの数の弾に急襲をかけられては、今度こそ姫華に対処のし様は……



──するり



 油弾が直撃した瞬間、少女の肉体はたちまちに揺らぎ、その場に掻き消えた。

 役目を終えたと誤認した妖気の油は、虚構のヴィジョンに巻き込まれるようにして消失する。夢幻の如く、泡沫の如く、後には何も残らない。


「……は。まさ、か」


 アブラスマシの視線が、中空から遠く先の街へと向けられる。

 先ほど、姫華が飛び出してきた地点。ボロボロに吹き飛んだ建物の残骸、廃屋の影からひょっこりと現れた影は。


「へへ、へ。嬢ちゃんばかりに良いところを見せられちゃあ、召使い妖怪の名が廃るってモンで御座いやしょう?」


 ゆらりゆらゆらと揺れる、毛の逆立った大きな尻尾を携えていた。


「こっ──んの、雑魚どもがァ──ッ!?」

「その雑魚がっ、あなたを倒すんだぁっ!!」


 遠く彼方のイナリに向かって罵声を浴びせた直後、目と鼻の先の何も無い空間に揺らぎが生じる。

 己の放つ電撃によって、“ごまかし”のカーテンを自ら突き破りながら迫る1人の少女。


 敵の認識が“ごまかされて”いる隙を突いて、彼女は既に着地していた。

 高高度からの跳躍と落下を決行しながらも、着地の際に体勢を崩す事も無く、その身は敵の懐へと潜り込んでいる。


 その脳裏で思い描く(イメージする)のは、大切な友達であり恩人、そしてヒーロー。

 仮に姫華が、この場で彼を模倣するならば。彼の白兵戦闘(スタイル)を模倣するならば。

 それはきっと、足に炎ではなく電気を纏わせて、脚力を十分に強化した上で──


「──せい、やぁっ!!」


 全身全霊、できる限りの強化を施した蹴撃によって、ヒョウタン・アブラスマシの機関部たる古びた瓢箪が蹴り飛ばされた。


 無論、妖怪の核を担う道具である以上、たかだか人間の蹴り如きで破壊できるものではない。

 けれどもその一撃は、アブラスマシの手から瓢箪をはたき落とし、大きく後方へ吹っ飛ばす事に成功した。

 同時にそれは、行使に瓢箪を必要とする妖術《油一匁(アブライチモンメ)》が封じられる事も意味しているのだ。


「もう──いっぱぁぁぁつ!」


 間髪入れず、雷の加速を得た右腕を振り下ろす。

 拳を力強く握り、なおかつ鉄槌のように叩きつけ──その最中に、内側に握り隠していた()()()()を突き立てた。

 先端から根本までの全てが黒く、根本から甘い毒を滴らせるそれこそは。


「かっ……!? かか、ぎっ……からだっ、しびれ……」

「その羽根には、お千代さんからもらった“たぶらかし”の毒が染み込んでいるの。傷付いた2人の分まで、きっちりやり返させてもらったわ!」


 全身を駆け抜ける酩酊感と倦怠感、襲い来る脱力の波に、堪らず膝をつく。

 神経に染み込んでいく甘ったるい痺れが、アブラスマシに立ち上がる選択肢を許さない。


 遠くから、カーンッ、という軽い音が反響してきた。

 蹴り飛ばされた瓢箪が、どこかの地点に落ちて音を立てたのだろう。

 その程度の破損で致命的な損傷にはならないだろうが、如何せんどこに落ちたかが分からない。


 そして、探して取りに行く為の力と意思はたった今奪われた。


「まっ……だ、だぁ……! やぁ、れっ……! タ、ザイ……ガキツキィ……ッ!」

「エギャァ、ア、アハァァァアアァァアアアッ、アオッ、オォォオオォォォオオオ!!」


 唐突に、周囲が薄暗くなる。

 背後を見れば、肉体の崩壊しつつあるタザイガキツキがその巨体を揺らし、姫華たちを見下ろしているのが分かった。

 妖気による存在の保証と維持が限界に近付き、体の至るところがボロボロと崩れていく中でなお、目の前の敵を鏖殺するべく腕が伸ばされる。


 主人であるアブラスマシを巻き込む可能性がある以上、叩きつけや拳撃は行えない。

 故に、握り潰す。華奢で脆く儚い人間の少女なぞ、少し手の内で転がして力を込めるだけで、いとも容易く肉塊に変える事ができるだろう。

 邪魔者を排除した後ならば、解毒しながら悠々と瓢箪を回収し、妖気の供給によってタザイガキツキを復活させる事も簡単だ。


「い、け……! その、まま……捻り潰してっ、しまえぇ……!!」

「……」


 迫る。自らに致命の圧殺をもたらすだろう、人1人より遥かに肥大な5本の指が。

 その恐怖を前にして、姫華は恐れない。怯えない。竦まない。じっと、迫り来る五指を見据えていた。

 小さく息を吸って、吐いて、体内の妖気を意識する。血流の最中から手繰った力の源を、指先を通して手鏡に流し込む。


「……“紡いで”」


 足を駆け巡る電流が、迅速な離脱を実現した。

 地面を爪先だけで軽く蹴った途端に、ピンボールが跳ねたかのような速度で姫華の体が横に飛ぶ。

 驚異的な勢いでの瞬間離脱に対応できず、敵を滅殺しようとした異形の指先は宙を切る。


 跳ね飛んだ少女の体は、離脱した先で再び足が接地した瞬間、足の裏でかけたブレーキによって減速されていく。

 一瞬だけふらつきはしたものの、それでも転ぶような事は無く、依然として帯電中の手鏡を敵へと向けた。


「“紡いで”……“紡いで”!」


 (まじな)いを行使するにあたって、呪文の類いはあまり思いつかなかった。

 実のところ、姫華にはこういった時に使えるような語彙(ボキャブラリー)があまり無い。何分、中二病も大して経験しなかった少女であるが故に、致し方ない部分ではある。

 その上で、術のイメージを固める為に何かしらを口に出す必要があった。戦闘の最中で、その事を黙々と考えて出した結論こそ。


「“紡いで”、“紡いで”、“紡いで”、“紡いで”、“紡いで”、“紡いで”」


 妖気を紡ぐ。力を紡ぐ。縁を紡ぐ。心を紡ぐ。

 いくつもの意味(ミーム)を含ませて、ただひたすらに言葉を紡ぐ。


 彼女が言葉を唱える度に、手鏡に纏わりつく電流はその激しさを更に増していった。

 暴れ狂う電気が周囲をチリチリと焦がすが、術者にして持ち手たる姫華には火傷の1つも負わせない。

 呪文を紡げば紡ぐほど、ヒビだらけの鏡面は煌めき、より多くの妖気を含んでいく。


「“紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで紡いで”!」


 言葉を紡ぐ。電圧が高まる。

 言葉を紡ぐ。電圧が高まる。

 言葉を紡ぐ。電圧が高まる。

 言葉を紡ぐ。電圧が高まる。


 ただの手鏡が、ただの手鏡だったモノが、膨大な光量と熱量をその身に纏う。

 光は緑色に輝いて、暗い夜空にエメラルドグリーンを投影する。熱は蛇のようにのたうち回り、瓦礫や廃材を舐めるように焼き焦がす。


 それは、雷の塊であった。

 膨大な電流を、まるで綿あめか何かのように一纏めにして、出力を向上させた雷雲の具現。

 雲と違って水分も冷気も気流も含まない緑の妖気を翻し、タザイガキツキに真っ直ぐ狙いを定める。


 結局、それほどセンスのある術名を思いつくには至らなかった。

 しかして妖気を用いた術である以上、そこには名前が設定されていて然るべきである。


 だから、叫ぶ。ただ一言、強い意志を込めた言の葉を。

 ただの弱者でしかなかった少女が、それでも戦うのだと、大切な人にとってのヒーローになるのだと決めた。

 そんな叛逆を込めた、人間としての決意を名につける。


「──《これでもくらえ》っ!!」



──ZAP!!



 雷鳴が、解き放たれた。


 幾多にも幾重にも分岐し、それぞれに光と熱と速度を帯びた雷の矢が、一斉に宙を駆ける。

 空気を焦がし、塵を燃やし、淀んだ妖気を喰らい尽くして奔る緑の流星。

 それらは1つ1つが異なる軌道を描き、1つとて同じ()()を持たなかった。


 その様は、まるで。

 それはまるで雷でも矢でもなく、糸を紡ぎ、繋ぎ合わせる細長い軌跡のように。


 そう……幾多も束ねた、“糸”のように見えた。


「エギャァッ──ギャァアァアアァァァアアアアァァアアァァアアァアアア!?!?!?」


 多くの縁を紡ぎ繋いだ雷の糸を前に、最早防ぐ(すべ)などどこにも亡し。

 真っ向から突き立てられた緑の熱量を全身に浴びて、タザイガキツキは絶叫を上げる。

 肉体が焼き焦がされ、内側から喰い荒らされる痛みと熱さに、己の存在を維持する事ができず──



──BA-DOOM!!



 巨大なる異形タザイガキツキは、その身を塵に変えながら盛大に爆散した。

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