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其の漆拾伍 太陽の神楽

このエピソードで第4章は27話目に突入。

第3章と同じ話数ですが、もうちょっと続くんじゃよ。

 絶え間なく、鈴の音が鳴り響く。

 その音程や速度は一定の規則性を持ち、時としてそれらのリズムを変えながら、1つのメロディーを形作っている。

 旋律を構築しているのは鈴の音色だけであるにも拘らず、そこには聴く者全ての心を惹き付ける、荘厳で芸術的な世界が広がっていた。


「──」


 五十鈴がステップを踏む度、足首に装着した鈴が音を鳴らす。

 五十鈴が腕をくねらせる度、手首に装着した鈴が音を奏でる。

 五十鈴が神楽鈴を振るう度、先端の鈴たちが幾度も共鳴する。


 そこに歌は無く、祝詞は無く、楽器も伴奏も、観客すら何も無い。

 ただただ、八咫村 五十鈴という女性が、鈴の音を奏でながら踊っているだけだった。

 誰が見ている訳でも無い、寂れて静かな神社の前で、黙々と。


 だがそれは決して、五十鈴が嫌々踊っている事を示してはいないのだ。


(……聞こえる。九十九が、姫華ちゃんが、皆が戦っている様が)


 静かな神社の境内にあって、全方向から聞こえてくる爆音と轟音、そして地面の揺れ。

 それらは九十九とヒバチ・ヒトウバンの戦闘、或いは姫華たちとヒョウタン・アブラスマシの戦闘によって発生しているものだ。


 ガキツキの1体でも取り逃がし、境内まで辿り着かれれば、それは舞の中断を意味する。

 しかし、彼女が踊っている間、そのような事は1度足りとも起こり得なかった。

 気が遠くなるほど神経を集中させて、ひたすらに体だけを動かしている中、彼女は1度だってそれを邪魔される事は無かった。


 つまり、五十鈴は守られていた。

 悪しき妖怪たちに舞の奉納を邪魔されてはならぬと、必死に、命を賭して。

 九十九が、姫華が、誰もが、八咫村 五十鈴の孤独な戦いを守り、後押ししているのだ。


(まったく……男子三日会わざれば刮目して見よ、だったかしら? いつの間にか、大きくなっちゃって)


 これを心強く思わずして、舞を捧げる資格無し。これに信頼を思えずして、この街を守る資格無し。


(見てなさい。あんたたちの期待に応えるのが、いい姉ってもんでしょ!)


 重圧など、微塵も無かった。

 こんなにも軽い心地で、満ち足りた気持ちで舞を奉納するなんて、初めての経験だった。


 学生時代に不良どもと喧嘩していた時も、女子からキャーキャー言われていた時も、こんなに心が満たされる事は無かった。

 誰かの為に、信頼できる誰かの為に己の技術と心を捧げる事が、こんなに楽しいなんて思いもしなかった。


 そんな中で、恐怖なんて感じる訳が無い。足の震えも、ゾワリとした怖気も、とうにどこかへ消え去った。

 自分で言った事だ。恐怖が自分のご主人様などではなく、自分が恐怖のご主人様であると。

 仮に恐怖を感じていたとして、そんなモノに振り回されていては、笑い話にもなりはしない。


 であれば、たかだか恐怖心如きが、この胸に湧き上がる使命感と熱意を妨げるなぞ不届き千万。


「──」


 自然と、口角が釣り上がる。頬が高揚に染まる。

 鈴を鳴らす四肢の動きも強まり、激しくなって、より切れ味の鋭い舞踏を演出する。


 そうして、神楽鈴が最も大きく、そして綺麗な音を出した時。



──シャリィ……ン



「──……!」


 大地が、輝いた。

 それは決して、比喩でもなんでもない。真実、五十鈴の立つ境内が、淡い金色の光を放ち始めたのだ。


 五十鈴は、その光を不快なモノとは感じていなかった。

 自らの踊りが招いたものだとは勘付いたし、内心で驚きもしたが、それによって舞を中断する発想すら無かった。


 むしろ、この光はより強めるべきモノだ。

 そんな根拠無き、しかし本能に由来する直感が、彼女の体を動かしていた。


(……暖かい。日によく当てて干した後の布団みたい。夜の冷たさとはまったく違う、昼の温もりを感じるわ)


 それは、ある意味で的を射ていた。

 恐怖と闇を招く(いん)の気ではなく、安寧と光を招く(よう)の気。

 この国の大地に溶け込んだ太陽の光が、五十鈴の舞によって刺激されているのだ。


 これこそ、瀬戸が見出した逆転の一手。

 捻じ曲げられた地脈を正し、この街にもう1度、昼の光を取り戻す。


(やばっ──いくらでも踊れてしまいそう! こっからはアゲてイくわよ、ここでやらなきゃ姉が廃るっ!)


 笑顔で舞う。声は一切出す事無く、しかし表情だけで高らかに歌い上げる。

 祝詞も伴奏も無いけれど、ただ自分の気持ちという旋律があればそれでいい。

 空腹こそが一番のスパイスとはよく言うが、それに当て嵌めるならば、高揚こそが一番のバイブスと言ったところだろうか。


 五十鈴が踊る度、境内に満ちる光はより勢いを増していく。

 膨れ上がった光はやがて、水が高いところから低いところへ落ちるように、神社の麓へと流れ込んでいく。


 それは瞬く間に、街全体を覆い尽くしていった。

 地面の下に隠れ潜んでいた、紫色のおぞましい光を浮き彫りにして、それらを即座に食い散らかす。

 その度に悪しき気配が霧散して、代わりに橙色の暖かさが街の道から道へと行き渡る。


 ふとどこかで、サルの鳴き声にも似た甲高い悲鳴が聞こえたような気もしたが、そんな事はどうでもいい。

 ただ、この光を前へ。この光を彼らへ。この光を街へ。太陽の暖かさを、黒ずんだこの街の人々へ。


「さぁ──存分に暴れなさい、九十九!」


 八咫村 五十鈴。

 彼女こそ、この現代日本で最も、大地に愛された女性。





「──おっ。五十鈴ちゃん、上手い事やってくれたみたいやな」


 頂上に金鳥神社の建てられている、小高い丘の中腹

 階段が無ければ登り難いほど急な土の斜面に、所狭しと生えた数多くの木が視界を晦ませ、一般人が入り込むには危険な場所にて。


 夜の帳がより一層の暗さを引き立たせている木々の狭間で、瀬戸は面白おかしそうに頂上を見上げた。

 その足元では、神社から流れ込んできた黄金色の光がこれでもかと輝いている。


 暖かな(よう)の気を全身に浴びながら、左手はズボンのポケットに突っ込んだまま、右手だけを伸ばして「ん~……」と声を漏らす。

 さながら、たった今まで重労働をしてきたかのような態度全開だ。


「いや~、ホンマに大変やったんやで? 五十鈴ちゃんの奉納がちゃんと効果を発揮するよう、丘ん中のいくつかの地点に糸ぉ差し込んで、神社からの導線作ったり。妖怪連中がドンパチやってもどうもあらへんように、周辺住民に避難促したり。そんで……」


 ちらりと、背後に視線を這わせる。

 振り向いた先に転がっていた()()()を見下げる目つきは、これまでの胡散臭く軽薄なものから一転、酷く冷めた酷薄さを帯びていた。


「……ま、流石に()()を予想せえっちゅうんは酷やからな。戦闘の余波で撒き散らされた妖気が、歪んだ地脈と結びついてガキツキを自然発生させよるなんて、レアケース中のレアケースや」

「ア……ガ、ギ……」

「ギ、ガガッ……ア、グ……」


 ()()()の正体は、瀬戸の言う通り、誰も意図しない内に自然発生したガキツキたちだ。

 九十九とヒトウバン、姫華たちとアブラスマシ。それぞれが戦闘で発揮した妖気が、森の中に捨てられていたゴミなどと結びつき、人知れずガキツキに変成していたのだ。

 これを気付かないままに放置していれば、彼らは神社まで辿り着き、五十鈴を強襲していた事だろう。


 けれど、そうはならなかった。


 今の彼らは、全身を見えない()()()で雁字搦めにされて、指1本動かせない状況にあるのだ。

 ものの見事に縛り付けられたまま、乱雑に地面に転がされている。

 自分の体を縛る()()()をどうにかこうにか振り解こうともがくそれらを見下ろして、瀬戸は冷ややかな視線を送っていた。


「ホンマえらいわぁ。自分ら潰したかて、別にボーナスも何ももらえへんねん。でも放置するんもそれはそれで被害が出るさけ、こないしてボクがひと肌脱いでんねや。分かるか? 自分らがボクに追加の労働させとんねんで?」

「ウ……ウゴ、ケ……ナ……」

「そらまぁ当然やろ。いちいち各個撃破すんのも面倒やし、湧いた連中いっぺん全員縛ってから潰してったんやもん。そいで、自分らが最後のグループっちゅう訳や。他のガキツキ連中はもう全部消し終わったさけな。で、なんやったっけ。ああ、動けへんっちゅう話か」


 嘲るように声を放ち、人差し指をこれ見よがしに立てる。

 その指先をくりくりと緩く回すと、先端から糸のようなナニカが現出した。

 糸は指揮棒に見立てられた人差し指から迸ると、宙を踊るようにたわんだ後、緩やかに溶け消えていく。


「昔なぁ、妖術について学んだ事があんねん。言うても力の弱い妖怪の為の技術やさけ、今空で戦おうとる八咫村のみたいなんは教わる必要の無いような、基礎の体系やねんけどな。あ、これ半分くらい嫌味やし。八咫村のには内緒で頼むで」


 わざとらしく人差し指を唇に添えて「しー」と声を出す。

 そんな仕草をガキツキどもがまともに受け取る訳も無く、フガフガとのたうち回っているそれらを前に、瀬戸は肩を竦めて見せた。


「まぁ話戻すわ。ほんでそん時、空気中の妖気操るんに色んなイメージが必要やいう話聞いてな。例えば、糸や。自分にしか見えへん糸ぉ使(つこ)て、そういう妖気やら何やらを“たぐる”んやでーって学んだんや。それ聞いてボクな、ふと思ってん」


 くいっ。

 今の今までズボンのポケットに突っ込んでいた左手を持ち上げ、()()()を引っ張るような仕草を作る。


 すると途端に、()()()に縛られていたガキツキたちが一斉に苦悶の声を上げた。

 至るところに圧迫痕のようなモノが浮き上がり、さながらハムか何かを作る為に全身を糸で縛り付けられているかの如き有様だ。


 その様を見て、ニタリと残酷に嗤う男が1人。


「──その糸を使った“たぐり”の術、極めたらもっとえっぐい事ができるんちゃうか、って」

「ギッ……!? ァ、アギ……グッ、ガァ……ッ!?」

「ああ、堪忍な? ボクも1人で仕事すんの寂しい言うて、暇潰すんに自分語りしてただけやねん。聞いてくれておおきにな、もうええわ」


 左手に繋がっていた()()()を、その位置が分かっているかのように右手でも掴んでみせる。

 両手で掴んだそれに強く力を込めれば、その先に繋がったガキツキどもの体は輪をかけて傷付いていった。


()()()()()()


 そうして中指の腹で、ピンッ、と軽く弾いてやる。

 自らが生み出し、ガキツキ全てを徹底的に拘束していた、細く見えない妖気の糸を。


「《たぐりの壱式》」



──パチュン



 水風船の弾ける瞬間にも似た軽い音の後、瀬戸の足元にはいくつかの肉塊が転がった。

 糸を限界まで引き絞り、強引に収縮化させた事で、それに縛られていたガキツキたちの肉体が細々と切断されたのだ。


 断末魔すら許されず死に絶えた雑兵どもの肉塊は、命を失った事で塵となる。

 地面を行き交う(よう)の光に呑み込まれ、虚無へと還っていく塵屑を見送りながら、瀬戸は「やれやれ」と息を吐いた。


「こいで、ボクのお膳立てはおしまいや。こっから勝つも負けるも生きるも死ぬも、ぜーんぶ自分ら次第やで。せいぜい気張りよし」


 彼のヘラヘラとした視線は、空高くへと向けられていた。

 木々の隙間から垣間見える夜空には、幾多も咲いていた炎の華の残滓が、未だに薄い赤色を残している。





 金鳥神社、上空。


「なッ……!? なんだァ、この光はァ!?」

「……! これ、この、暖かい光は……」


 突如として地上から噴き出した、橙色の混じった黄金色の光は、空中で戦いを繰り広げていた彼らの下にも届いていた。

 そのポカポカと体を暖める優しい光は、九十九の負ったダメージや右腕の痛みを微かに和らげ、対称的にヒトウバンは困惑と不快感を露わにしている。


 まるで、廃棄物だらけの泥の沼に体が浸かってしまっているかのような、そんな形容し難い不愉快さ。

 自らの本能が、血肉が、この光を認めてはならぬと叫んでいる。昼の光を肯定してはならぬと喚いている。

 それはヒバチ・ヒトウバンという妖怪が、自らの存在を「夜の側」と定義したが故の──


「まさかッ……クソォ、地脈が直されちまったのか!? フデの野郎、街1つ歪めるような術をあっさり破られてんじゃねェよ! チッ……こうなりゃ、あの神社を直接破壊して──」

「──雄々ォォォォォォォォォォオッ!!」


 腹の底から振り絞った鬨の声を高らかに、一心不乱の突貫を仕掛けた九十九。

 左手に握るは、逆手に持ったままの火縄銃。先ほどと同じく、銃床による殴打──即ち、殺撃(剣の刃を持ち、柄で殴る攻撃手段)を狙った構えだ。


「──ッ、こいつ……あれだけやって、まだ臆さねェのか!?」

「姉さんが……皆が作ってくれたこの機会! 絶対に、無駄にはしないッ!!」



──ボオッ!



 心からの叫びに応えるかのように、銃床が真っ赤な炎を噴き上げる。

 松明の如く、或いはバーナーの如く炎上する火縄銃は、それでいて炎による損傷を負う素振りを見せない。

 妖怪を滅する為だけに燃え盛る灼炎を、九十九は渾身の力で振り下ろした。


「ぐ──ギィッ、ガギャァッ!?!?」


 全霊の一撃をまともに喰らったヒトウバンは、苦悶の声と共に著しく高度を下げ、それでも墜落する事は無い。

 しかし、殺撃の直撃した額には大きなヒビ割れが形成され、陶磁器のような傷跡がありありと見えた。

 その奥からは、血の代わりに火花がパチパチと弾け漏れてくる。


「舐めるなァッ!!」


 揺れる思考を制御しながら、それでも妖気を解放する。

 頭上の火鉢で炭火の弾丸を生成し、悪しき炎に塗れたそれを九十九へと撃ち込んだ。


「こっちの……台詞だっ!」


 それに対しても狼狽は見せず、火縄銃を左手でくるりと回転させ、再び銃床を手に握る。

 あれだけ殴打に用いたにも拘らず、焦げ跡どころか傷1つ見当たらない火縄銃。

 その銃口に弾丸が込められるや否や、躊躇う事無く引き金に指をかけた。


──BOMB!


 炎の弾丸と炭火の弾丸、それらが空中で相殺して弾け飛ぶ。

 再び空を蝕む火の粉の熱を浴びてなお、九十九──否、リトル・ヤタガラスは毅然と敵を見据えた。

 黒いマフラーが熱風に揺れて、さながら彼の背から生える翼を演出しているかのよう。


「さぁ──最終ラウンドだ! お前の『げえむ』を、ここで終わらせるッ!」


 敗北、劣勢、苦境を幾度となく繰り返し。

 “八咫派”陣営の逆転の幕が、遂に切って落とされた。

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