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其の漆拾参 火鉢爆撃の怪

──KA-BOOM!!


 2度、3度、4度。

 幾度も幾度も幾度も、空に紅い華が咲く。太鼓のような音が鳴る。


 炸裂が生んだ黒煙を吹き飛ばし、半ば逃げるように飛翔する1つの影。

 そしてそれを追うように、無数の火花を弾かせながら飛翔する1つの異形。


「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャァッ! どうしたどうしたァ!? 逃げてばっかりじゃ、オレサマに傷1つつけられないぜェッ!?」

「……っ! 逃げたくて逃げてる訳じゃ、ないんだけどなァ……!」


 逃げているのは当然ながら八咫村 九十九であり、それを追っているのは妖怪ヒバチ・ヒトウバンだ。


 九十九が空を駆ける度、首に巻かれたマフラーが空中に黒い軌跡を描く。

 ヒトウバンが空を裂く度、頭上に溜め込まれた炭が火の粉を撒き散らす。


 2度目の開戦よりこちら、夜空を舞台に繰り広げられたドッグファイト。

 その戦況は──概ね、ヒトウバンが優勢。そう言わざるを得なかった。


「ホラホラァ、チンタラやってっとこうなるぜェ? 妖術《炭火焼災(スミビヤクサイ)》ィッ!!」


 再度の爆発。

 奮い立った妖気は、火鉢を模した頭の内部から噴火じみた爆発を巻き起こし、幾多もの炭火の弾丸を解き放った。

 術者が指向性を持たせたそれらが標的とするのは、憎き『げえむ』の障害──即ち、リトル・ヤタガラスたる九十九その人だ。


「くっ……! そう何度も何度も、喰らい続ける気は無いぞ!」


 片手だけで、左手だけで火縄銃を持ち、銃口を向ける。

 先の戦闘で折られた右腕は、未だにギプスで固定されている。とてもじゃないが、まともに動かせる状態じゃない。

 だから、こうするしかない。左手だけで狙いを定め、銃床ごと包むように握った引き金に指をやる。


──BANG!


 放たれた弾丸は、先端をより尖らせ、貫通性を向上させたもの。

 緋色の弾頭が1つ目の炭火を貫いて爆発させ、続けて2つ目、3つ目を穿ったところで崩壊した。

 またも夜空に咲いた紅の華。その赤々とした光を目眩ましに、妖気を纏って更に上昇する。


 それを追って、誘導弾紛いのめちゃくちゃな軌道を描く炭火たち。

 今にも肌を焦がさんと狭る熱量を前に、乱雑な構えから引き金を数度、立て続けに引きまくる。


 片手だけで乱暴に射撃された弾丸たちは、しかしすっきりと定まった狙いの通りにいくつかの炭火を打ち砕いた。

 それでも迫る個体は、妖気を巡らせた足で強引に蹴り上げ、明後日の方向で炸裂させる。


(キリが無い……! いくらなんでも妖気が無尽蔵過ぎるし、僕の方もパフォーマンスの下降具合が以上だ)


 内心で毒づいた通り、九十九は防戦一方の状況下にあった。


 ヒトウバンから距離を取り、相手が撃ってきた炭の弾丸を避け、撃ち落とす。

 眼下では姫華たちが戦っているし、そうでなくても街への流れ弾は防がねばならない。その思いが、彼にひたすらの迎撃を強いていた。


 加えて、右腕の負傷である。これでは、火縄銃をまともに撃てやしない。

 ()()()()()()()()()()()()()、左手だけでも精密な射撃を行う事はできている。それでも、両腕を使えるのと使えないのとでは大違いだ。

 片手だけで狙いを定める負担が、自然と妖気の消費に現れているような気すらしている。


 そしてトドメに、フデ・ショウジョウの残した負の遺産だ。

 街の地脈が『現代堂』にとって都合のいいように捻じ曲げられている今、土地そのものが敵の味方をしているのだ。


 この流れを断つ為に、五十鈴は今、舞の奉納を行っている。

 だから九十九や姫華たちは、彼女が踊り終えるまでの時間を稼ぎ、彼女を守らねばならない。


 だから、敵はこのような手段に出る。


「おっとォ? そんなに余所見してていいのかよォッ!」

「──ッ!? 不味い!」


 ヒトウバンの頭から射出された炭弾の内の1つだけ、まったく異なる軌道を描いていた。

 その軌道のままに落下すれば、九十九にはかすり傷1つつきやしない。彼が、自分からぶつかりにでも行かない限り。

 そして九十九は、その炭弾に自分からぶつかりに行く必要があるのだ。


 何故なら、炭が落下する先には金鳥神社があるのだから。

 その境内では今、姉である五十鈴が舞を奉納している真っ最中だ。


(ここからじゃ、射撃しても間に合わない……いや、それどころか爆発した後の爆風や欠片が姉さんに降り注ぐかもしれない! クソッ、この手しか無いか──!)


 両足で虚空を蹴り飛ばし、斜め下に向かって特急で飛行する。

 放たれた矢のように素早く、鋭利に飛んだ少年は、やがて神社へ迫る炭弾よりも下の位置に到達した。


 即座に急ブレーキをかけた直後、今度は強引かつ一気に急上昇。

 炭弾を視界の内に捉えると、スピードは維持したままに体を反転させ、妖気を宿した両足で炭火のど真ん中に蹴撃をぶち込んだ。



──KA-BOOM!!



「ぐぅっ……!?」


 妖怪ヤタガラスは、炎や熱によって傷つかない。

 しかして爆風や衝撃が直撃すれば、多少なりとも痛痒(ダメージ)を受ける。

 奥歯が砕けるのではないかというほど歯を食い縛って、全身を叩きつける衝撃に真っ向から突撃した。


 焼け焦げた花火を引き裂いて、そのままヒトウバンへと直行するヤタガラス。

 銃口は天高く向けたままに、引き金だけを荒々しく引いて何度も何度も火球を連射する。


「ハッハァッ! (おせ)(おせ)ェ、アクビが出ちまいそうだぜェッ!!」


 そんな火球の弾幕を、首だけの異形は軽々と回避してみせた。

 滑らかな動きでスイスイと、右へ左へ体をスライドさせて、その度に炎の弾丸は空の彼方へ消えていく。

 嘲るように、煽るように、これ見よがしに舌を出して笑う余裕すらある始末だ。


 奴が反撃混じりに炭火を1発飛ばせば、その迎撃に回らざるを得なくなる。

 真っ向に弾丸をぶち込んで爆発させ、それを回避するように軌道を修正。


 また、状況がリセットされてしまった

 靴裏を空中に擦り付けて減速しながら態勢を整え、ゲラゲラと嘲笑してくる敵対者を睨む。


「あの神社よォ、狙われると困るんだろ? だからオレサマは、あの神社を攻撃する。そうすると、テメェはそっちにも意識を割かなくちゃいけなくなる。なんとビックリ! オレサマが常に攻める側! テメェが常に守る側! いやァ、守るものがあるって辛いねェ!」

「っ……余計な、お世話だ……!」

「ま、オレサマもオレサマで、地脈を元通りにされちゃ困るんだがな。このまま、オレサマにとって有利な“しちゅええしょん”で『げえむくりあ』を目指すんだからな。その為にも──」


 グツリと、溶岩が煮立つような音。

 それは紛う事無く妖術の発現する音であり、濃密な妖気が練り上げられていく音であり、そしてその根源がどこにあるかなど明白だった。


「ここら一帯、纏めて消しちまえば話は早ェ! 妖術──《炭火焼災(スミビヤクサイ)盆櫓(ボンヤグラ)》ァッ!!」


 特大の噴火が引き起こされた。

 頭上から噴き出したのは、尋常を遥かに超えた数の炭火、炭火、炭火。

 めらめらと燃え上がる炎をこれでもかと身に纏い、字義に違わない炎の雨が降りしきる。


 それらが狙うのは金鳥神社であり、そこで舞う五十鈴であり、その麓で戦いを繰り広げている姫華たちであり、『げえむ』を妨害してくるアブラスマシであり、この場の周辺一帯全てであった。

 己の『げえむ』を邪魔する全てのくだらぬモノたち。その一切を消し飛ばす為に、灼熱の破滅が降り注ぐ。


「さァ、さァさァさァッ! 防いでみせろよリトル・ヤタガラァァァァァッス!! 1発でも漏らせば、下の連中は地獄行きだぜェェェエッ!?」

「~~~ッ、クソッタレ!」


 歯という歯を噛み締めて、火縄銃を弾幕へと向ける。

 銃身の奥底に溜め込んだ妖気を一気に点火して、内部で火炎の弾丸を捏ねていく。

 凝縮した熱量の向かう先をしかと定めたのち、意を決して妖術を解き放った。


「妖術、《日輪》ッ!!」


 轟音を引き連れて、緋色の火球が夜を裂く。

 そのまま炭火の1つに直撃した小さな太陽は、ド派手な爆発を巻き起こし、その火炎に周囲の炭火たちをいくつも巻き込んだ。


 爆発が更なる爆発を呼び、幾多もの連鎖が夜空を爛々と赤く染め上げる。

 昼間のように明るくなった空の間に紛れるようにして、いくつかの炭火は健在のまま、地上へと向かっていくのが見えた。


 まだ、足りない。


「南無……三ッ!」


 覚悟を決め、垂直落下を決行した九十九が狙うは、神社に降らんとする炭の弾丸。

 両足を突き出し、半ば蹴るように炭の上に着地した彼は、その衝撃と妖気によって炭火を炸裂させた。


 地上に火の粉を飛ばす事なく弾け飛んだ黒煙の中から、特大の火球が飛び出した。

 それは未だ空を舞う炭火の群れに突っ込むや否や、これまた連鎖爆発を引き起こして一掃にかかる。


 黒煙を突っ切って再び現れた九十九は、顔や装束の至るところに傷跡が見えている。

 爆風や破片のあおりを受けて体は傷つき、服や靴は徐々に焦がされていた。


 それでも止まらない。止まっていられない。

 火縄銃を握り締めた左手を、忙しそうに上へ下へ、右へ左へ。視界に残っている炭火を消し去るべく、何度も何度も引き金を引きまくった。


「妖術……《日輪》! 《日輪》、《日輪》、《日輪》ッ!!」


 幾多も幾度も何度も何回も、夜の暗い空を行き交う真紅の軌跡。

 真っ赤な軌跡が行き着く先では必ず、熱い大輪の華が咲いた。1度咲いた花火は、近くの炭火に喰らいついて追加の花火を呼び寄せる。



──KA-BOOOOOM!!



 これまでに起きたものの中でも一等、巨大な爆炎が虚空を彩った。

 果たしてそれは、地上での戦いに集中していた面々ですら、反射的に空へと意識を割いてしまうほどのもの。


 だが、当の本人にはそれに注目している余裕は無い。

 荒れ狂う大爆発の狭間をすり抜けるように空を飛び、最後に残った炭火へと接近する。


(大技を連発し過ぎた……! すぐには妖気をチャージできない、なら!)


 火縄銃を炭火に向ける。けれど、引き金は引かない。

 九十九は銃を前方に向けながらも、そのグリップを握り締めている左手の人差し指だけを器用に伸ばした。

 その先端に、小さな火球がほっそり灯る。


「妖術──《黒点》!」


 銃身の脇に添って、小さく淡い弾丸が飛翔する。

 それは炭火に僅かな穴を開けたが、それでも炸裂までは至らない。


 故に、連射する。


「穿てぇぇぇぇぇえええええっ!!」


 飛翔しながら、接近しながら、肉薄しながら。

 一心不乱に指先から火球を連射し、連発し、連打して。

 炭火に無数の穴を開けた直後、九十九は石屑同然と化した炭火の中心部に突撃した。


──BOMB!


 先んじてボロボロの穴だらけに変えられていた事もあって、炭弾が宿す妖気は衰えていた。

 その為、突貫によって引き起こされた爆発も軽微なもので、妖気の炭は破片を残す事なく綺麗に破砕する。


 これで、全ての炭火を破壊できた筈。

 そう判断して息をついた彼は、予想できなかった。


「はーいっ、引っ掛かったァッ!!」


 振り向いた瞬間、煙の中から突撃してきたヒトウバンの存在を。

 あれほど射撃と弾幕を主体に戦っていた敵が、よもや直接の体当たりを戦法に組み込むなど。


「な──」

「両腕が折れちまったらよォ……もう、銃も使えねェよなァッ!?」


 口が開く。牙が露わになる。無数の、鋭利で凶器じみた獣の牙。

 牙を剥いて奇襲をかけてきた敵の狙いが、こちらの左腕を噛み千切る事であると一瞬の内に理解する。


 事ここに至れば、反撃も迎撃も難しい。

 で、あれば。頬を流れる冷や汗に覚悟を滲ませて、九十九は──


「ぎっ──がぁあああぁぁぁああぁあぁぁああぁぁぁああああぁぁああぁあ!?」


 ギプスが巻かれたままの、まだ完治していない右腕を差し出した。


 突き立てられた無数の牙という牙が、皮を破り、肉を裂き、神経を千切り、骨まで届く。

 吹き出る血肉が包帯を赤く……否、赤黒く染め上げて、ボタボタと地上まで滴り落ちていく。


 焼けた鉄を押し付けられたような。そんな形容詞すら陳腐に思える痛みと熱が九十九を襲い、彼の気を狂わせる。

 ミチミチ、或いはメキメキと不快な不協和音を奏でて、ヒトウバンは彼の右腕を噛み千切りにかかった。


 このままこの状況が続けば、今度こそ八咫村 九十九の右腕は使い物にならなくなるどころか、永遠に失われてしまうだろう。

 それを理解しているからこそ、今の九十九には気を狂わせている暇など無い。


 左手の内で火縄銃を転がして、銃口に近い部分の銃身を杖のように握る。

 痛みに堪えながら、どうにか振り上げた左腕を一気に振り下ろし、ヒトウバンの額に銃床を叩き込んだ。

 意外な一撃を受けて思わず、腕を食い破っていた牙が離れていく。相手が痛みと衝撃に頭を眩ませている隙に、宙を蹴って距離を取った。


「ギャッ──ギィッ!? クソッ、よくもオレサマを殴ったなァッ!?」

「はァ……はァ、ぐっ……!? ぅ、うぐ……ぎっ……。こ……っちは、右腕を、食われ……かけた、んだぞ。おあいこ……さ。ふふ……く、ぅうっ……」


 怒り狂う異形とは対称的に、少年の顔色は悪い。

 なんとか繋がってはいるものの、彼の右腕は見るも悲惨な有様だ。

 至るところに穴が空き、裂けた肉の内から血が溢れ出ている。ギプスや包帯など、最早腕を飾るだけのアクセサリーにすらなっていない。


 これだけの傷を癒せるような時間を、果たして相手が与えてくれるかどうか。

 まさしく、絶体絶命という言葉が似合う状況だ。劣勢も劣勢の中で必死に戦力を拮抗させているが、その天秤もいずれ破綻するだろう。


(ここで、ヒトウバンを食い止めておかないと……姉さんが、安心して踊れない……。下は、どうなってるのかな……。姫華さんは、皆は……ちゃんと、無事だろうか……)


 そんな中でも、地上で戦っているだろう仲間たちを想う感情が絶える事は無い。

 目の前の敵から意識を外さず、しかし一瞬だけ視線を地上へと向かわせる。


 この状況下では、地上の様子など満足に把握できないだろう。

 そもそも、この高度である。下で何が起きているかを認識するには、ある程度は下へ降りる必要があった。


 それでも、想わずにはいられない。


「……姫華さん」


 あの、勇気を振り絞る事を選べる、大切な少女の存在を。

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