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其の漆拾壱 八咫村流妖術

 ゆらり。

 無から湧き出し、天井や床を舐めるように逆撫でしていく煙の中で。

 嫌になるほど甘ったるい煙を目一杯に味わっていた山ン本は、思い立った風に煙管(キセル)を口から離した。


「おやァ、おや。ヒバチの『げえむ』も、そろそろ佳境と言ったところだねェ」

【お? ……おお、マジだ。あの野郎、いよいよおっ始めやがったか! いやァ、どういうブッ殺し合いを見せてくれるか楽しみだぜ!】

「ヒヒヒヒヒッ……呑ン舟も好きだねェ。ま、ここに集まった奴らはみィんな、人間の死に絶える様が大好きな奴ばかりだもんなァ」


 『現代堂』の拠点を揺らがすどら声を嘲りつつ、周囲に視線を這わせていく。

 この場に屯している妖怪たちは、誰もが『げえむ』に挑戦したくてウズウズしている『ぷれいやあ』志望者ばかり。

 自分たちの総大将から投げかけられた言葉に、各々が野蛮かつ残虐的な語句を以て返答を叫んだ。


 神ン野の判断によって『げえむ』を一時中断し、傷と妖気の回復を図っていたヒバチ・ヒトウバン。

 日を跨ぎ、万全のコンディションを携えた彼が『現代堂』を飛び出していったのがつい先ほどの事だ。


 種族特性による遠見(とおみ)、或いは千里眼の妖術、或いは鏡や水晶玉を用いた映写の(まじな)い。

 これから再開されようとしている『げえむ』を、妖怪たちはそれぞれが持つ手段で観戦しようとしている。


 その様を一瞥して、信ン太は撥を手持ち無沙汰に弄んだ。

 獣のように縦長の瞳孔が金色に光り、ある1点を不機嫌そうに睨みつける。


「先の戦闘で、リトル・ヤタガラスは利き腕を負傷。今度こそ勝ち目はヒバチの側になると思いたいところですが……あの場でヤタガラスを始末していれば、もっと確実に『げえむくりあ』を狙えたのではないですか?」


 彼女が話を振ったのは、無骨な巨躯の甲冑妖怪、つまり神ン野である。

 有無を言わさぬ眼差しを前に、彼は面頬越しの大きな溜め息を聞かせてみせた。


「……『るうる』違反を処断するならばともかく、『げえむ』中に起きた“あくしでんと”をいちいち運営側で排除していては、『ぷれいやあ』に忖度しているようなものだ。多少の“とらぶる”は自力で対処してみせろなどと、最初に言い出したのは山ン本だろう」

「……確かに、あの男は事あるごとに裁量を『面白いかつまらないか』に委ねますからね。競技であり儀式である『げえむ』の場までそのように裁定されて、こちらも困りっ放しですよ。だからこそ、あなたが──」

「オイオイ、またヒョウタンのヤツが乱入しようとしてやがるぜ!」


 数いる妖怪たちの中から、そのような声が上がった。

 その叫びに釣られて、周囲の妖怪たちは各々の手段で観測範囲を変化させ、そのような技術が無い者もそれを行っている者の映し出した映像を覗き込む。


 彼らが目にしたのは、ヒバチ・ヒトウバンとリトル・ヤタガラスの激突が始まった地点から少しズレた位置。

 そこで、人間の少女や“八咫派”の妖怪たちに向けて、ヒョウタン・アブラスマシがガキツキの群れを差し向けている場面だった。


「あいつマジか!? 空気読めよヒョウタンの野郎!」

「これからヒバチとリトル・ヤタガラスの決戦だぞ!? めちゃくちゃいいところなのによォ!」

「あーあー。まーた神ン野様が動いて中断かぁ。やんなっちゃうわね」


 『げえむ』への介入を神ン野に咎められ、あれほど痛めつけられてなお、手柄を横取りするべく『げえむ』の妨害を図ろうとしている。

 その懲りない有り様に、観戦中の妖怪たちはブーイングにも似た声を上げながら騒ぎ出した。



──べべんっ!



 それらのざわめき全てを掻き消すようにして、乾いた三味線の音色が木霊する。

 弾かれた弦の冷たい音に神経を震わされ、一斉に黙りこくる妖怪たち。

 それをけらけらと虚ろに嘲笑った山ン本は、三味線の持ち手にして弾き手──即ち苛立ち気味の信ン太へと視界を動かした。


「ヒヒヒ。途端に機嫌が悪くなったねェ、信ン太。何に苛ついているのかは知らないが、あたしが尻の1つでも揉んでやろうかい? ヒヒヒヒヒッッ!」

「山ン本、これは『げえむ』の運営としての問題です。茶化しも大概にしなければ、その舌を引き抜きますよ」

「おォ、怖い怖い。と言ってもねェ、こういうのを管轄しているのはお前さんじゃなくて──」

「……言われずとも分かっている」


 兜を揺らして、神ン野は居心地悪そうに呟いた。

 彼が身じろぎする度に、室内を満たす青臭い煙を、彼の兜に飾られた「神」の1文字が切り裂いていく。


「その上で、()()()()()()()()

「……へェーェ?」

【ギャハハハハハハハハハハハッ! そう来たか、そう来たかよ旦那ァ! こいつァまた、面白くなってきたじゃねェの!】

「黙りなさい、呑ン舟」


 キンキンと頭骨に響く高笑いを一刀両断して、信ン太の鋭い瞳孔が甲冑姿の巨怪を射抜く。

 彼女が何を言おうとしているかなど分かり切っている。そちらに眼光を飛ばせば、やはり思った通りの追及が放たれた。


「此度の“とらぶる”は、あなたが諸問題を意図的に見逃したが故の事。一体、どうするつもりですか?」

「……ヒョウタンの処断は、確実に執行する。だがそれは、ヒバチの『げえむ』が終わってからの話。そして俺は、ヒバチの勝敗はさして問題ではないと思っている」

「……それは、どういう意味ですか」

「2度の“あくしでんと”すら満足に対処できないような惰弱さなぞ、この『現代堂』には不要。それは貴様らとて同意できるだろう。だが、そんな事よりも──」


 神ン野は睨む。

 己の超常的な視点を以て見通した、戦いの場を。

 ヒトウバンとヤタガラス。アブラスマシと人間たち。それぞれの戦場を。


「我らは、認識を改めなければならないだろう。これは()()()『げえむ』ではなく、()()()()『げえむ』なのだと」





「【(コン)()(コン)()(コン)(コン)()(コン)()(コン)(コン)()()(コン)(コン)()(コン)(コン)】」


 紡ぐ。言葉を紡ぐ。呪文を紡ぐ。祝詞を紡ぐ。

 逆立った尻尾が妖気を増幅させて、言霊を紡げば紡ぐほど、思い描かれるまやかしは色濃くなる。


「【(コン)()(コン)()(コン)(コン)(コン)()(コン)(コン)(コン)(コン)()(コン)(コン)()(コン)(コン)】」


 ぐにゃあり、と。

 どこかで、現実の捻じ曲がる音がする気がした。

 気がしただけで、それはすぐに錯覚とすり替わり、歪められた現実こそが真実となる。


 姫華の視点からは、それはまるで半透明のカーテンが展開され、瞬く間に広がっていくようにも見えた。

 ぶわりと広げられたカーテンはガキツキの群れを包み込んで、外からの視点では分からない、彼らにしか分からない世界を内側に投影する。


 だから、その術を受けた者たちは口々に叫ぶのだ。


「八咫村流妖術──《ごまかしの弐式》!」


 小生意気なバケギツネに、認識を“ごまかされた”のだと。


「エヒャァッ!? ミエナイ! クライ! ミエナイ!」

「アギャアァァアアァァアアアァアァアア!? カラダ、ヤケル! アツイ!」

「ハラ、ヘッタ! ハラ、ヘッタ! ニンゲン、クウ! クウ! クウクウクウクウクウクウクウクウクウクウ」

「ギャアァッ!? イタイ! オレ、ニンゲン、チガウ!」


 狂乱は、スポンジが水を吸うかの如く伝染していった。


 目の前の一切が暗黒に包まれ、手当たり次第に腕を振り回している者。

 全身に炎が纏わりつく幻と、身を焦がす偽りの痛みに苦しみ藻掻く者。

 空腹感を狂わされ、視界に映る全てを獲物と勘違いして襲いかかる者。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。

 五感の全てを捻じ曲げられ、歪められ、それが正しい世界であると“ごまかされた”者たち。

 文字通り「キツネに化かされた」ガキツキたちの爪も、牙も、何もかもが姫華たちには届かない。


「クソォッ!? どこだ、どこだァッ!? どこに隠れやがったァ!?」


 果たしてそれは、ヒョウタン・アブラスマシにも同じ事だった。

 今の今まで対峙していた“八咫派”の連中だけでなく、あれだけ多く生み出した筈のガキツキの群れでさえ、視界から消え失せている。

 にも拘らず、その場から1歩も動こうとしない。ただ喚き、癇癪を起こして怒鳴り散らしているだけだ。


 無論それは、“ごまかし”の術によって、そこにいる筈の者たちを認識できないようにされているが故の事。

 けれども、その事実さえ認識できない。自分が今、幻覚を見ているのだと、そのように理解する事ができない。その場から移動するという発想すら奪われている。


 そしてそれを成した当事者──バケギツネのイナリは、灯籠の上でゆらゆらと逆立った尻尾を震わせていた。


「ケッ。あのクソガキに頼るのは些か癪でやしたが、やはり効果覿面で御座いやすね。あいつに“良縁”を“たぐって”もらえてなければ、“ごまかし”の精度ももう少し甘いものになっていたでやしょう」

「……あの妖怪たち皆、幻覚を見てる……んだよね? あれ全部、イナリさんが?」

「まさしく。不本意ながら、認識阻害の術であのキツネの右に出る者はいないでしょう。尋常の妖怪がやらないような呪文の詠唱もされてますから、効力はより向上していますわ」

「呪文……」


 その単語を耳にして、思い出したものがある。

 昨日の昼間、(まじな)いについての手解きを受けていた際に、四十万から聞かされた言葉だ。



『──妖術とはつまるところ、()()()()()()()()()()()()()じゃ。それを模倣し、人の手で人を、妖怪を恐れさせる為の技術こそが(まじな)いという訳での。(まじな)いの善し悪しとは即ち、それを受けた者の感情を如何に掻き立てられるかにあるのじゃ』



 老爺は語る。

 『現代堂』の妖怪たちの用いる妖術が攻撃的なのは、人を恐怖に駆り立てる為に最も効率のいい手段が「死の窮地に追い込む」事だから。

 故に悪しき妖怪たちは、より攻撃的な、より殺傷性の高い妖術を好む。


『じゃが、攻撃的である事だけが、人を恐れさせる訳では無いのじゃ。例えば、術に名をつけるだけでも違う。相対した相手は「名をつけるほど特別な術なのか」「あんな恐ろしい名前の術はどんなに強力なのだろう」という感情を抱き、それが畏れに繋がるからの』

『名前が、畏れを……。えっと、他にはどんな手段があるんですか?』

『そうだのう。要するに外連味(ハッタリ)が必要という事じゃからな。それなら、呪文を唱えるという手もありじゃ』

『呪文を……詠唱、って事ですか? あの、ファンタジーもののラノベみたいに』

『どちらかと言えばこれは、己の中の“いめえじ”を固め、(まじな)いの精度を引き上げる為のものじゃがな。尤も、妖怪は呪文なぞ唱えんでも妖術を振るう事ができるし、そういった手法を「妖術の使えない人間がやる事」と言って馬鹿にする者も多いがの』


 己の持つ術へのイメージを固める。

 敵に「どんな術を繰り出してくるのか」と警戒させる。

 見る者を、相対する者に恐怖を抱かせる。


 術の効果であれ、術の名であれ、呪文であれ、共通しているものは同じ。

 妖怪はそれを為すのが上手く、人間はそれほど上手くない。だから、人間は呪具や呪文を行使の補助に用いる。ただ、それだけの事。


 それが妖術であり、(まじな)いである。

 妖気を用いた術とは即ち、彼我の感情(こころ)を武器に変える(すべ)なのだから。


 妖気が映し出すのは、人の想い。

 いつかに言われたフレーズを舌の上で転がして、姫華は意を決したように神楽鈴を突き出した。

 シャリン、と綺麗な鈴の音が鳴り、軽やかな音色で精神を引き締める。


「うん。イケる──かも、しれない。厳密にはまだ固まってないけど……でも、もう少しで形になりそうな気がする」

「あら、それは重畳。であれば、より“いめえじ”を鮮明化させる事をオススメ致しますわ。妖怪の戦いとは即ち、()()()()()()()()()()()()ですもの」


 そのあまりに大雑把な助言に面食らったものの、すぐに頷きを返す。

 神楽鈴を握る手の力を強め、小さく息を吸い、狂乱の最中にある妖怪たちを見た。

 無意識下を妖気が奔り、少女の澄んだ目に緑色の淡い光が灯る。


 ここから先は、いちいちレクチャーする必要も無いだろう。1度でも感覚を掴めば、後は流れるように動いていける筈。

 そう判断したお千代は前方を向き直り、1対の翼を大きく広げた。


「さて! キツネばかりにいいところを見せさせる訳にはいきませんわね。わたくしとて八咫村の妖怪、“きゅうと”で“ぐれいと”な“ぷろふぇっしょなる”の御業をご覧に入れましょう!」


 刹那、ちっちゃなスズメの体がゴムのように跳ね跳んだ。


 頭から尾羽根まで黒く染まった肉体が、嘴を矢じりのように尖らせて勢いよく前方へと飛翔する。

 その姿を例えるならば、投擲具(スリングショット)を用いて射出した石礫が最も適切だろうか?

 瀬戸の手で丁寧に“たぐられ”た“良縁”は、彼女の妖気出力(スペック)を底上げする事にもまた貢献していた。


「エヒャッ、エヒャヒャヒャヒャァッ!? テキ! テキ、ドコ!? エモノ、ドコ!?」


 彼女の行く先には、イナリの“ごまかし”に囚われ発狂するガキツキどもの群れがいる。

 彼らはこちらの存在を知覚できていない、或いは知覚できていても対処する暇が無い。そういった幻影の中に閉じ込められていた。


 だがそれは、彼らが完全に無力化された事とイコールでは結べない。

 事実、味方を敵と誤認したり攻撃を受けている幻覚に囚われた個体の中には、やたらめったらに体を振り回して暴れている者がいた。


 一方、視界からあらゆる他者が消失したアブラスマシは、混乱を極めていてロクに指示を出せる状況ではない。

 つまり、ガキツキどもの制御をできる存在がいない事を意味しているのだ。


 そんなパニックの渦中に、お千代は突っ込もうとしていた。

 普通であれば、妖怪どもが混乱しながら振り回す爪や牙に絡め取られ、ズタズタに引き裂かれてしまうのが道理だが──


「ふふんっ! その程度のチャチな()()()なぞ、わたくしにとってはただの“あすれちっく”のようなものでしてよ!」


 するり。爪と爪の間をすり抜ける。通り過ぎた爪はコンクリートを切り裂いた。

 するり。開かれた牙をすり抜ける。通り過ぎた牙は隣のガキツキに喰らいつく。

 するり。跳躍した者をすり抜ける。通り過ぎたガキツキは群れの中に埋もれた。


 剣林弾雨、と表現すると些か誇大に聞こえるが、それでも致死性を持った暴威の集団には変わりない。

 そんな木っ端妖怪どもの斬撃と殺傷の隙間と隙間をすり抜けて、お千代のちっちゃな体は飛翔する。


 やがて、彼女の黒く小さな肢体はすっぽりと音を立てて、ガキツキどもの群れを抜け出した。

 薄く息をつきながら体を反転させると、そこに見えるのは今なお狂乱中の有象無象。

 ……それらの肩や腕、背中など、至るところに黒い羽根が突き立てられていた。


「さぁさ、“どかん”と派手にやってしまいましょう! 伊勢の神風、シナギの棒、恋しく吹けよ、チッチッチ!」


 忙しなく開閉する嘴が、小鳥の囀る音に似た声で呪文を紡ぐ。

 彼女のやっている事もまた、イナリと同じものだ。(まじな)いの言葉を唱える事で、妖気に対するイメージを固め、その出力を向上させる。


 淡い紫色の光が、つぶらな瞳に蝋燭の如くゆらりと灯る。

 それに呼応するかのように、ガキツキたちに刺さった羽根の数々も一斉に光を帯びた。

 だが、その光は決して美しいものではない。むしろ、その根本に滴る毒性を暗示して──


「八咫村流妖術、《たぶらかしの伍式》!」



──どくん!



 脈動する。沸騰する。注入する。溶解する。炸裂する。

 羽根の隅々まで染み込んだ妖気の毒素は、担い手たるお千代の号令を受けて一斉に励起する。


 刺された事実に気付いた事無く、或いは気付いたとしても抜く余裕が無く。

 ただの1本も抜き取られないまま、活性化した毒素がガキツキたちの体内へと流し込まれた。


「ア、ギィ……ッ!?」

「カ……ラダッ、シビレ……!?」

「フ、ニャア……イイ、キモチ……」


 立ち上がる事すらできず、次々と崩れ落ちていく異形の者ども。


 呷った者の神経を痺れさせ、筋肉を弛緩させ、理性を溶かし、夢心地の脱力へと誘う。

 1度“たぶらかし”の術に囚われてしまえば、もう逃れられない。まな板の上の鯉も同然だ。


 けれども今回は、ただの痺れ毒などではない。彼女の体内には、“糸”が差し込まれている。

 それはつまり、お千代の妖気をより強める“良縁”が“たぐられて”いるという事であり──


「ァ……カ、ァ……ケ……ォ……」


 皮を、肉を、神経を、骨を、血を溶かし、(ほぐ)し、蕩けさせ。

 心身の全てをグズグズに成り果てさせる夜雀の毒が、血管を通して全身に行き渡る。

 道具である事を捨て、(めい)(あざな)も得られないような有象無象に、この呪毒を耐えられる道理無し。


「はい、おしまいですわ♪」


 魂さえ溶かされたガキツキたちは、自分から己の身を崩壊させ、塵となって消滅した。

 後に残ったのは、彼らを構成していた核──毒でドロドロに溶けた石や草の欠片くずのみ。


 “ごまかし”の術と、“たぶらかし”の術。

 それほど難しい道理を要さない基礎的な、そして出力や殺傷力に欠ける妖術の前に、尖兵集団はいとも容易く全滅した。


 ひらりと元の場所へ戻ってきた黒スズメを、姫華は驚き混じりで迎え入れる。


「す、ご……イナリさんもお千代さんも、こんなに強かったんだ」

「へへっ。わてら2匹が使う妖術は、八咫村家が体系化した基礎の基礎を磨き上げたもの。己の夢想するままに構築した術も強いでやしょうが、いつだって“しんぷる”なものほど強いんでさ」

「とはいえ、今回はあのガキンチョが施した“ぶうすと”のおかげなのですけどね。“良縁”を身に宿していない平時であれば、これほどの成果を得られるかどうか……」


 彼らの口にする「良縁」や「たぐる」という言葉が、どのような意味を持つのかはよく分かっていない。

 しかし少女の脳裏には、あの胡散臭いサングラスのお兄さんの、これまた胡散臭くて軽薄な笑みが想起された。


 2匹が受け入れているという事は、そうおかしなものでは無いのだろう。

 何よりも、自分のうなじに潜り込んだ“糸”の艷やかさが、一切の不快さを示唆していない。


 ならば、何も不安視する事は無い。


「……なら、ここからは私も動く」

「いけますのね?」

「分かんない。でも、何かを掴めたと思うから」


 しゃりん、と神楽鈴を鳴らす。

 指揮棒の切っ先のように向けた先に、配下を失い、未だ幻惑に囚われたままのアブラスマシが──


「あぁああぁぁぁあああぁぁああっ!! まだるっこしい! 最初っからなァ、こうすりゃ善かったんだよォッ!!」


 栓が、引き抜かれる。


 視界のあらゆる箇所から他者を知覚する術を奪われ、移動する発想すら“ごまかされ”、パニックと癇癪に塗れていたヒョウタン・アブラスマシ。

 精神状態が限界に陥った彼は、とうとう本来の気性を露わにした。


 どうせ人間風情が、ガキツキ程度がどれだけ被害を受けようと構わないのだから。

 何も理解できないのなら、当たるに幸いを消し飛ばしてしまえばいい。


「妖術ゥ、《油一匁(アブライチモンメ)》ェェェェェッ!!」


 360度、目に入る全てに向かって。

 縦横無尽に、手当たり次第に、瓢箪の中の油を撒き散らす。


「不、味──ッ!?」


 ドロドロと粘っこく、妖気の溶け込んだ油の波濤が、神社の麓一帯を蹂躙し尽くした。

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