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其の陸拾玖 リベンジに向けて

「──要するに、や。これから八咫村のには、()()()()()()になってもらいたいねん」


 夕方。

 一先ず一晩は眠らせ、各々の疲労と怪我がある程度回復したのを見計らって、瀬戸は九十九たちを連れて八咫村邸を出発した。

 その行き先については、誰も何も知らされていない。完全に、彼に案内されるがままだ。


「九十九くんが、ヒーローに……いえ、『謎の』ってところが重要なんですね?」

「正解や、姫華ちゃん。先にも話した通り、ボクら霊担課は妖怪についての情報と事件を完全シャットアウトしとる。ニュースにも新聞にも、金曜に出る週刊誌にかて、妖怪の『よ』の字も書かせてへん。なんでか分かるか?」

「……妖怪が、人間の『恐怖』の感情を求めて暴れているから?」

「それも正解や」


 ケラケラと薄い称賛の声を返しつつ、後ろからついてくる者たちへと振り返る。

 五十鈴、九十九、姫華、イナリ、お千代。凡そいつものメンバーと言える構成だ。


 と言っても、先の戦闘が残した傷跡は大きい。

 瀬戸が“治療”を施したとはいえ、九十九の右腕には未だギプスが巻かれているし、イナリは姫華の頭上に寝そべったままの移動だ。


 だから、事を急ぐ必要がある。

 そんな思考は頭の中だけに留め、ヘラヘラとした笑みのままに前方を向き直した。


「せやさけボクらは、妖怪の実在を民衆には明かしてへん。次から次へ来る事件のウンタラカンタラも、みーんなカバーストーリーつけてポイや」

「それの指示出してるの全部課長で、私は書類を押し付けられてるだけなんですけどね」

「まぁ、そう言わんといてーや五十鈴ちゃん。ボクらがやってる仕事の意味は、昨日ちゃんと分かったやろ?」

「……それも、そうですけど」


 脳裏に蘇るのは、ヒバチ・ヒトウバンによって火の海と化した夜の繁華街。

 朝起きた時には既に、それらしいガス爆発だのなんだのとしてニュース番組で取り上げられていたが、この場にいる面々は事件の主犯が妖怪であると知っている。


 ……たった一晩で、いち都市を焼き尽くしてしまえる存在。

 そんな化け物がニュースのトップを飾れば、確かに人々は恐れ慄き、いつ自分にその災厄が降りかかるかを恐怖するだろう。

 それを理解してしまったからこそ、瀬戸の言葉にも頷いてしまう。


「ここで重要なんが、ネットで飛び交っとる情報には一切手ェつけてへんっちゅう事や。一般的なネットニュースなんかには流石に声かけて回っとるけど、そうやないとこ……例えば陰謀論とかオカルト系のとこやな。ほんでSNSや匿名掲示板もノータッチや」

「え……どうして、ですか? そういうところが、一番“生”の情報のやり取りが激しいと思うんですけど」

「やからや。誰でも簡単に情報を発信できる時代やからこそ、素人だけに好き勝手喋らせとくねん。素人連中まで統制してもうたら、それこそ都市伝説の仲間入りや。尾ヒレも根も葉も勝手に生えてきよって、ボクらやと制御でけへんようなるからな」

「……? ちょっと待ってくださいやし。そいつぁ、少しおかしくありやせんか?」


 姫華の頭の上から、イナリが声を上げる。

 その体には多少なりとも包帯が巻かれていて、怪我が完全に治癒していない事を言外に語っていた。

 それでも体力は回復したようで、いつものように耳をピンと立てている。


「“えすえぬえす”には詳しくありやせんが、素人連中が好き放題に憶測を交わし合う場所だとは知っておりやす。それは、都市伝説と変わりないので御座いやせんか?」

「明確にちゃう。都市伝説っちゅうのは、噂話のテイで人から人へ、脚色塗れで流れていくモンや。そうやって、最後には源流とまったくちゃう話に成り果てよる。けどSNSなら、画像や動画っちゅう手段で、リアルな証拠がいくらでも人の目につくやろ」

「……それは、人を恐怖に駆り立てない為に情報統制をするという、あなたの目的と相反する事ではありませんの?」

「ただただ、妖怪が暴虐の限りを尽くすだけならな。せやけど、そうやない要素がある」


 そこで突然立ち止まり、くるりと軽やかなモーションで振り返る。

 唐突に静止に面食らった一同は、次いで、自分たちの方に向けられた人差し指を認識した。

 その切っ先が指し示していたのは、ポカンと口を開けたままの九十九。


「自分や、八咫村の」

「それは……いや、そうか。僕が、『現代堂』の妖怪たちと戦っているから、ですね?」

「せーかーい。ネット社会は良くも悪くも耳聡い。『政府が情報を隠蔽している謎のモンスターと、それらと戦って人々を守る正体不明のヒーロー』にあっちゅうまに食いついとる。仮面ライダーやスパイダーマンが嫌いな人間はそうそうおらへんからな」

「……僕たちについての情報も野放しにする事で、ただ妖怪への恐怖を煽るんじゃなく、それと戦う謎のヒーローを印象付け(フィーチャー)するって事ですか」

「頭の回転が早い子は好きやで~? まぁその結果、自分らの噂が好き放題に語られて回んのは必要経費って事で頼むわ。どうせ認識阻害の術使(つこ)たら、自分らとの紐づけなんて素人にはでけへん訳やし」

「……九十九たちを政府に囲わせようとしないのは、何故ですか?」


 五十鈴の問いにも、瀬戸は涼しい顔で相対する。

 この問いは、妖怪の真実を聞かされた時からずっと、頭の中で燻り続けていたものだった。


「霊担課のオフィスで動画を見た時から、私は『九十九が政府に拘束される、或いは政府の管轄に置かれる可能性』を危惧していました。妖怪についてを聞かされた後でも、それは変わりません。……私の弟を、都合のいいヒーローにするのではないかと」

「……分かってへん。まったく分かってへんなぁ、五十鈴ちゃん」


 そう呟いて、再び歩き出す。

 脈絡も無く移動を再開した彼を追って、他の面々も慌てて動き出していく。

 彼らの慌て様を背中で感じながら、謎めいた男はいたって薄っぺらく語った。


()()()()()()()()()()()()()()。向かう場所。戦う相手。救う相手。背負うべきもの。その取捨選択をぜーんぶ自分で賄うさけ、ヒーローはのびのび戦えんねん。どっかの誰かにあーせえこーせえ言われてやっても、かえってパフォーマンスが落ちるだけや」

「言葉通りに無責任な言葉が飛んできたわね……」

「覚えとき、正義感は家畜化でけへんねん。軍人連中は、それを『命令』っちゅう手綱で無理やり御しとるだけや。ヒーローっちゅうんは『自分がやりたいから』やっとる訳で、それに手綱つけたかて、すぐに引き千切って走ってってまうやろな」

「うーん、とても国家公務員の発言とは思えない」

「ボクが協力しとんのは『国』であって『政府』とちゃうからな~」


 ヘラヘラと笑いながら歩く彼の背中からは、真意がまったく読み取れない。

 その言葉からは一定の理を見い出す事ができるものの、誠実さを見い出す事ができるかと問われれば難しいものだ。


 この瀬戸という男は、一体何を考えているのだろうか。

 首を傾げる少年少女の傍らで、イナリとお千代は互いの顔を見て、互いに形容し難い表情を見せ合っていた。


「……っと、ついたで。ここが、金鳥市を流れる地脈の、一番濃いところや」


 立ち止まり、目的地を見上げる。

 その動きに追随して上を見上げれば、そこは小高い丘の頂上へと続く長い長い石の階段であった。


 遥かな階段の彼方によくよく目を凝らすと、見えてくるのは色褪せた小さな鳥居。

 階段を登り、鳥居をくぐった先にあるものを、九十九たちはよく知っていた。

 その答えを示すように、ぽつりと名前を口にする。


「……金鳥神社。ここが、この街の要……」

「懐かしいわね。九十九がちっちゃい頃は、ここで夏祭りとかお正月の餅つき大会とかがあったものだけど……今じゃ人も寄り付かなくなって、すっかり寂れちゃったとか」

「そのおかげで、敷地内は荒れ放題と。ご近所付き合いに乏しい世の中っちゅうのも悲しいモンやねぇ。古臭いモンを受け継がんと家に籠もってスマホばっか弄っとるから、現世(うつしよ)は恐怖に対する耐性が無くなってもうた訳や」

「う、少し耳が痛いかも……。それでえっと、この上の神社で五十鈴さんが舞を奉納するって話でしたよね」

「せやでー。こういう時の為に、五十鈴ちゃんにはビシバシ舞を叩き込んだ訳やからな。荒れた地脈を慰撫し、整え、浄化する。そういう才能が五十鈴ちゃんにはあんねん」

「って言われても、私にゃそういう自覚とか全然無いんですけどね……。で、課長。ここからのプランなんですけど」

「言いたい事は大体分かんで。分かった上で、もっかい言おか」


 ニンマリと、口角を歪める。

 その視線の先には姫華がいて、彼女は瀬戸を不安そうに見返している。


「このまま五十鈴ちゃんは上まで行って、予め教えた通りの舞を奉納。八咫村の坊主はそれの護衛や。戦うんは本丸まで攻めてきよった時だけ。ほんで姫華ちゃんと妖怪2匹は、階段の下……つまりここで、五十鈴ちゃんを邪魔しに来おった連中を追い払うんや」

「……私が、妖怪と戦う」

「言うて、来るんはガキツキばっかやと思うけどな。神ン野が攻めてくるんならともかく、こっちには数があるさけ、それを突破するんやったら向こうも雑兵出してくるやろ。せやけど、そういう雑兵散らしで坊主を消耗させる訳にはいかんさけな」

「それにしたって、危険過ぎるんじゃありやせんか? 嬢ちゃんがまだ(まじな)いに習熟していないのは、お前さんだって知っているでやしょう」

「やから、ここで戦わせるんやろ。もうすぐ誰そ彼刻(たそがれどき)。舞を奉納するにしても、(まじな)いを行使するにしても、夕暮れ以降にやった方が必然的に質は(たこ)うなる。半分くらいは荒療治やけど、実戦で身につけるのが一番や」


 と、そこで。

 瀬戸はちょいちょいと手を振って、五十鈴に彼女の持つケースを渡すよう示した。

 そのジェスチャーを何となく理解して、彼女は深い溜め息と共にケースを受け渡す。どうせ、彼の考えは自分には理解できない。そんな諦めを込めた溜め息だった。


 わざとらしい仕草でそれを受け取った後、中に手を突っ込んでガサゴソと何かを探り始める。

 中には舞に使う衣装や道具一式が入っているらしく、九十九たちが興味深そうに覗いているのを見て、舞う当の本人は形容し難い表情を浮かべていた。


 そうして取り出したのは、先端にいくつもの鈴が取り付けられた、素朴なデザインの棒。

 俗に言う神楽鈴(かぐらすず)、神楽に用いる道具の1つだ。

 取り出した神楽鈴を、瀬戸はいたって当然のような所作で姫華に押し付けた。


「暫くはこれ使い。あくまで貸すだけやから、後で返してんか」

「……これは?」

「ボクが用意した呪具。要は(まじな)いに使う外付け回路みたいなモンや。(まじな)い師が妖術の真似事するには、こういう道具が必要やねん。これ握って振っとったら、姫華ちゃんもそこそこ高度な(まじな)いが使えるんとちゃうかな。知らんけど」

「そ、そんな適当な──わひゃぁっ!?!?」


 うなじに走った、こそばゆい感覚。

 突如として自らを襲ったむず痒さに声を上げて跳ね飛んだ姫華は、顔を赤くしながら振り向いた。

 そこには、指先をわきわきと動かしながらニヤつく瀬戸の姿があった。


 彼は、自分が押し付けた神楽鈴に意識が向いた一瞬の隙を狙って、少女のうなじに指を奔らせたのだ。

 つつ……と撫でるように這わされた人差し指は、想定通りに素っ頓狂な声を上げさせる事に成功した。


「隙だらけやで~、お嬢ちゃん。その隙、ガキツキどもに狙われへんとええな?」

「……~~~~~っ!?!?!?」

「……瀬戸さん」

「けけけっ、冗談や冗談。そない睨まんといてんか~」


 九十九に睨みつけられて、それでも男はヘラヘラケラケラと笑うのみ。

 五十鈴も何か言いたげにしているが、それよりも妹分認定した少女をフォローする事を優先したらしい。


 きゃいきゃいと騒ぐ彼らを他所に、ふと頭上に意識を向ける。

 そこには、先ほど姫華が飛び上がった際に瀬戸の頭上へ移り渡ったらしいイナリがいた。

 ジロリと眼下を()めつける彼の傍では、お千代も同様の態度を取っている。


「……今しがたの一瞬で、嬢ちゃんに何をしたんでさ」

「なーに、ちょいと“糸”を潜り込ませただけやで? 姫華ちゃんの内側に溜まっとった妖気をちょいと“たぐって”、表に出やすいように調整しただけや。後は体ん中に潜らせた“糸”が、頃合いを見てサポートしてくれるやろ」

「はぁー……ホント、このガキンチョは妙な振る舞いしかしませんわね。もうちょっと誠実な態度を取るとかできませんの?」

「そら無理な話やな~。男はちょっとミステリアスな方がモテんねん」

「寝言は寝てから言ってくださいまし?」


 お千代のジト目を受けて、やれやれと肩を竦める優男。

 その姿には、彼の頭上に寝そべったイナリさえ溜め息を落とす始末だ。


 一方、人間側はと言えば。

 瀬戸から受けた“いたずら”の影響がようやく落ち着いたようで、八咫村姉弟に介抱されながらも、姫華が涙目を拭って肩を落としていた。


「ふぅ……ごめん。いきなりあんな事されて、びっくりしちゃって……」

「分かる、分かるわ~、姫華ちゃん。ああいうエロ親父と関わるとホント辟易しちゃうわよね。あのクソ上司には後で私から()()しておくから、ねっ?」

「は、はい……。もう、大丈夫ですから。……それに、こんな事をしている場合じゃないしね」


 彼女の清らかな視線が向かう先は、当然ながら九十九だ。

 その言葉と視線に、彼もまたゆっくりと首肯を示す。


「……その、姫華さんにはとても負担をかけちゃうけど」

「その事については、夜中にも言ってたでしょ? 九十九くんはもっともっと、私たちに負担をかけていいんだよ! それに私だけじゃなくて、イナリさんやお千代さんだって一緒だもん。だから、きっと大丈夫!」

「……怖く、ない?」

「……本当は、怖いよ。足が震えて仕方無いもん。でも、ここで逃げて、その後の人生をどういう気持ちで過ごすか考える方がもっと怖い」


 目と目が合う。

 本音を言い合って、弱音を曝け出し合って、互いに更なる信頼関係を積み重ねた目だ。


 ネコマタに殺されかけた時のような、ショウジョウに嘲笑された時のような、神ン野に蹂躙された時のような弱い目ではない。

 ちゃんと力強い光が灯って、これから始まる戦いへの決意に燃える目だ。


 だから、互いに手を突き出した。

 拳と拳をコツンと合わせて、鼓舞するように笑い合う。


「勝とう、九十九くん」

「うん。一緒に勝とう、姫華さん」


 その様子に安堵の息を吐きながら、五十鈴はふと街の方を見た。


 焼け焦げ、悲惨にも黒ずんだ繁華街跡の向こう側に、ゆっくりと太陽が沈んでいく。

 いやに濃く、気味の悪いオレンジ色の光が、より一層に濃度を増しながら街を染め上げた。


 まもなく、誰そ彼刻(たそがれどき)

 それは妖怪たちの時間であり、九十九たちの反撃が始まる時間である。

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