其の陸 その名は
「あーらら……とうとう覚醒めちまったんですかい、九十九の坊ちゃん」
「みたいですわねぇ。今年で16になるばかりだというのに……お労しや」
博物館の外。
もうもうと立ち込める大量の煙がドアや窓を塞いで侵入も脱出も妨害している有様を見ながら、言葉を交わす2つの影があった。
ただし、それらはいずれも人間の姿をしていない。それどころか、館内にいるキリサキジャックのような人型ですらない。
「どうしますの? 今からでも突入して、坊ちゃまの手助けを致します?」
その内の片方、羽の先まで真っ黒に染まった小さなスズメがそう語る。
軽やかで澄んだ女性の声色が、囀るように嘴から紡がれた。
「いや……やめときやしょう。わてらじゃあ、あの悪趣味な煙を突破するのは難しい。よしんば突入できたとして、中にいるのは変化したてで妖気の使い方も分かっていない坊ちゃん。その威力に巻き込まれて、かえって足を引っ張るだけでさぁ」
対するもう片方は、ぬいぐるみを思わせるほどにデフォルメされたような外観のキツネだ。
ちっちゃな前脚を器用に組み、微妙にしゃがれた男性の声で話している。
「ここは静観するべきでしょうや。もし何かあれば、その時はなりふり構わず突入しやす。そうならない事を祈るばかりでやすがね」
「んもう! 腑抜けた事ばかりほざきやがりますわねぇ、このキツネは。わたくしと違って、ご当主の召使いとしての自覚が足りていませんこと?」
「へっ、大したプランも無いのに突撃しようとするスズメは言う事が違ぇや。そんなに言うなら自分だけ行って、焼き鳥になっちまえばいいんでさ」
「お?」
「あ?」
数秒ほどの険悪な雰囲気。
どちらからともなく溜め息をつき、2つの影は博物館の中に意識を向け直した。
「……ま、結局は坊ちゃん次第でさ。何卒、気張ってくださいやし……!」
◆
「妖、怪……? 僕が、妖怪だって……!?」
咳き込み混じりの声色で、九十九が言葉を捻り出す。
膝をついたままの彼は、胸を焼く熱の痛みに立ち上がれないでいた。
「……嘘だ。僕は、人間だぞ。まだ15歳だし、道具だった事なんて1度も無い」
そのように否定の言葉を口にする。
あの煙管を携えた男の話が正しいならば、妖怪とは九十九神──99年使われ続けた道具に魂が宿った存在である筈だ。
当然、九十九は自分が道具として誰かに使われていた記憶など持っていない。実は99歳だった、という訳でも無い。
それを、目の前の妖怪は鼻で笑う。そんな言い訳は薄っぺらいとでも言わんばかりに。
「では、今しがた起きた事をどう説明する? ただの人間が、無から大量の炎を生み出し、それを操る。そんな事があり得ると思うか?」
「……それ、は」
そう問い返すキリサキジャックを前にして、押し黙る他なかった。
黒衣の妖怪が持つ刀を炎が爛々と照らし、べったりと貼り付いた血脂を熱が乾かしていく。
ベトリと床に落ちた脂を踏みつけて、面頬に隠された素顔を横に振る。
「そもそも、ただの炎で我ら妖怪を傷つける事はできない。貴様の放つ炎は、妖気を宿した力──即ち、妖術だ。妖術を使える存在なぞ、妖怪以外にあり得ない」
その言葉が伊達や酔狂、嘘やハッタリではない事は、自分自身でもよく理解していた。
聞けば聞くほどに、自覚が進む。自分の中に眠る本能が、今語られた内容は真実であると否が応でも知らしめてくる。
だから、黙って聞く事しかできない。目を背け、耳を塞ぐ事ができないのだ。
「先ほど変化したばかりの我でさえ、それを本能的に知り得ている。貴様も同じ妖怪ならば、この事実を否定する事はできまい?」
「……そう、だね。そうだ。今の話を、僕は納得する事でしか受け入れる事ができない。それは……これに触れた瞬間から、既にそうだったから」
傍らに落ちていた火縄銃に、そっと手を添える。
触れれば触れるほどに、九十九は自らの心臓が激しく脈打つ感覚を認識した。
火縄銃を持つ手が、まるで焼けた鉄の棒を握り締めたかのような痛みを錯覚する。
「これは、何? ただの火縄銃じゃないの? 雑賀衆の僧兵たちが使っていただけの、ただの……」
「知らん。我にそれを知る術は無く、知る必要も無い。そして、貴様にも」
刀を構え、攻撃の姿勢を取るキリサキジャック。
黒衣の隙間から垣間見える足が、ミチミチと音を立てて引き絞られた。
それに相対する形で、九十九も緩やかな動作で立ち上がる。
「だが、分かる事はある。その銃は破壊しなければならない。貴様のような不確定要素ごと、確実に──!」
床が爆発した。
いや、そうではない。恐るべき刀の妖怪が、床を全力で蹴り飛ばした結果がそれだ。
砲弾の如く前に吹っ飛んだキリサキジャックは、驚異的な速度から袈裟斬りを放つ。
このまま命中すれば、肩が抉れ心臓ごと胴体が消し飛ぶだろう一撃。
それを前にして、九十九が取った行動は。
「せい……やっ!」
火縄銃を、振り上げる。
両手で握られたそれは、刀というより槍や薙刀を振る時のような動作で、妖怪の放った袈裟斬りを下段から迎撃した。
普通なら、鍔迫り合いが成立する事すらあり得ない。銃身がすっぱり切り裂かれて、そこで終わりだ。
──ガ、キィン!
けれど、そうはならなかった。薄っすらと炎を纏った火縄銃は、斬撃を真っ向から迎え撃ち、そして弾いた。
金属同士がぶつかったような高い音を伴って、かち上げられた刀と共にキリサキジャックは体勢を崩す。
「馬鹿なっ……!?」
「……そ、こっ!」
火縄銃が弧を描き、その銃口を露わにする。
その中には、何も入っていない。当然だ。展示品の火縄銃に、火薬も弾丸も、着火された火縄が火挟に取り付けられている事も無い
この状態で引き金を引いたとて、火皿に火挟が叩きつけられるだけ。何も起きる筈が無い。
けれども、本当に九十九が妖怪であるならば。
(分かる……! この火縄銃の使い方……どうすれば弾を撃てるのかが、全部!)
火縄銃を覆っていた薄い炎が、銃口へと吸い込まれていく。
銃身の奥深くに蓄積された炎は団子のように丸まり、1発の弾丸を形作る。
火縄も火薬も不要だ。ただ、引き金に指をかけるだけでいい。
──BANG!
銃声が轟いた。
腹の底にズンと響く音色が奏でられ、真っ赤に燃える炎の弾丸が放たれる。
「ぬ、ぉおっ!?」
咄嗟に首を大きく捻る。
自分の鼻先を焦がしながら飛翔していった炎の弾丸に、キリサキジャックは面頬の奥で冷や汗を感じた。
(まともに食らっていれば……我は、死んでいた)
それが、純然たる事実として理解できる。
つい先ほど妖怪として覚醒めたばかりの少年が、同じく覚醒めたばかりとはいえ強力な妖気を持つ自分に匹敵している。
妖気の使い方さえロクに知らない筈なのに、それを当然のように妖術として制御している。
その末恐ろしさに、キリサキジャックは歯を軋ませた。
「だが……舐めるな!」
手にした刀を、今度は両手で握る。
片手で持つよりも一撃一撃の初速は落ちるが、その分だけ勢いと威力が増加する。
渾身の唐竹割りが振り下ろされ、九十九の頭を割るべく襲いかかった。
「くっ……けどっ!」
その剣閃に、火縄銃が合わせられる。
底知れぬ妖怪もどきを一刀両断せんとする刀身に、銃口が食らいつく。
その奥底に炎が灯されている事を、決して見逃しはしなかった。
(あの一瞬で、装填されているだと……!?)
「喰らえっ!」
それは、紛うことなく爆発だった。
放たれた弾丸が斬撃に真っ正面から激突し、内側に内包していた炎を一気に解き放つ。
溢れんばかりの灼熱が、博物館の中に真っ赤な華を咲かせた。
「あっ……つぅ!? けど……使いこなせてる。どんな力かも分からないけど、それでも戦えてる……!」
爆風を受けながらも足の裏でブレーキを踏み、バランスを崩す事なく後退に成功した九十九。
その頬は煤けているが、あれだけの爆発を至近距離で受けてなお彼の体に火傷の痕跡は見当たらない。
「ちぃっ……とんだデタラメだ。本当に、ただの人間だったとは思えない……!」
対するキリサキジャックは、爆発を感知した瞬間に後ろへ飛ぶ事で直撃を免れていた。
爆風を利用して後方に加速し、距離を離しての仕切り直しに成功している。
舌打ち混じりの悪態と共に着地して、刀の切っ先を再び敵へと向ける。
「貴様……なんの妖怪だ。種族は? 素体は? 何という道具を素体として命を得た、何という種族の妖怪だ?」
「だから、僕は人間だって。……でも、なんとなく分からないでもない」
激しくなりかけた息を整え、九十九は自分の胸の内に意識を向ける。
先ほどのようなイメージは消え失せているが、それでもあれがただの幻覚とは思えない。
あの炎でできた幻影が、本当に自分の中で芽生えたものであるとすれば……。
「……八咫烏。勝利を司る3本足の八咫烏が、僕に力を貸してくれた」
「八咫烏……ヤタガラスか。ならば、貴様はさしずめ──」
周囲の炎が光源となって、切っ先は鏡のような役割を果たす。
その鏡面に映すのは……確かな意思の宿る目を携えた、八咫村 九十九という1人の少年。
「人間の九十九神……妖怪ニンゲン・ヤタガラス、と言ったところか」
ミドルフェイズで戦闘シーンやってるくらいのイメージ。
このソロセッション、初手からボス級の敵とタイマンやってる……。




