其の陸拾漆 秘めた本音
今日2話目の投稿です。ご注意ください。
姉が、誰よりも何よりも慕っていた姉、八咫村 五十鈴が傍にいた。
その上、自分が苦痛混じりに呟いていた言葉の数々も綺麗に聞かれていた。
その事実を飲み込む為に、九十九は10秒ほどの時間を必要とした。
グルグルと巡り巡る思考がようやく現実世界に回帰して、やっとの事で絞り出した言葉は。
「……いつから、いたの?」
「そうねぇ。あんたが『……負けたのか、僕』とか呟いてた時には、もう部屋の中にいたわよ」
「めちゃくちゃ最初の方からじゃん……」
「小学生の頃、かくれんぼで私に連戦連敗だったのをもう忘れたの? 本気で気配を隠した私を、あんたが見つけられる訳無いじゃない」
鼻息を軽く出し、頭を撫でていた手を止める。
そうして姉は、布団から起き上がったままの態勢で止まっている弟の対面で、どっしりと胡座をかいた。
「どう、して……姉さんが、ここに……」
「色々あったのよ。その辺は後で話すけど、今は重要じゃないわ。重要なのは……そう、九十九。あんたがこれまで、どんな奴らとどんな風に戦ってきたのか。私がそれを、きっちり聞かされた事ってだけよ」
「……! そっ、か……」
驚きはある。バレてしまった事へのショックも、多少なりとも存在する。
一方で、真っ当に驚くだけの、或いはショックを受けるだけの余裕が無いのも事実だ。
精神的に憔悴した状態にある九十九は、姉のカミングアウトを思いの外あっさりと受け入れた。
何度か口をモゴモゴと動かした後、やおらに確認の言葉を口にする。
「……って、事は……全部、知っちゃったんだ。僕らの家の秘密、とか……敵がどんな奴なのか、とか」
「大体は聞いたし、イナリさんやお千代さんとも話したわよ。良い人……人? って言っていいかは微妙だけど、とにかく良い人たちだったわ。それに姫華ちゃん、とっても可愛くて気立てのいい子じゃないの。素敵な縁に恵まれたみたいね、あんた」
「……うん」
緩やかに、力なく頷いた。
その所作がどうにもおかしなもので、五十鈴は弟の顔をじっと覗き込んだ。
「大体分かったわ」
「……っ。なに、を……」
「あんた、抱え込む気でしょ。今、心の中に押し込んでる感情とか、そういうの」
「……」
「図星ね。ホント、分かりやすいったらありゃしないわ」
呆れた。そんな感想を言外に滲ませて、やれやれと肩を竦める。
膝に肘を載せて頬杖をつき、切れ味鋭いタレ目で正面の九十九を見た。
学生時代、何人もの不良をビビらせ、何人もの女子生徒を射止めた眼差し。
力強く鋭利な瞳孔は、何か言いたげに顔を俯かせている少年の姿をしかと捉える。
「ガキの頃からなーんにも変わってないわね。普段はびっくりするくらい大人しいのに、変なところに限って強情で頑固で譲らない。そんで一通り突っ走った後、自分のやった事を思い返して落ち込む。ノセられやすいっていうか、火がつきやすいタチなのかしら」
「……よく、見てるんだね」
「そりゃー、あんたのお姉ちゃんだもの。覚えてない? 小学生の頃、あんたをいじめから庇った光太くんもいじめの標的にされた時の事。私ね、あんたがいじめっ子と殴り合いになって血ぃ吐いたって聞いた時は、ホントに血の気が引いたんだからね?」
「はは……その節は、ご迷惑をおかけしました……」
「ホントにね。自分だけがいじめられる分にはずっと黙り込んで抱え込む癖に、他人が巻き込まれた途端、瞬間湯沸かし器みたいに沸騰して。そこで爆発するくらいなら、最初っから私たちに話しなさいよ……ってのはまぁ、後出しでいくらでも言えちゃう事か」
「……」
「別に、責めちゃいないわ。あんたも光太くんも、何1つ悪くない。いじめなんて、いじめる方がバカでカスでクソ野郎なのよ。あんたをいじめたクソガキどもの歯をへし折りたいって今でも思ってるけど、今は重要じゃないわ」
瞬間、デコピンが飛んでくる。
不意打ち気味に放たれた指の一撃は、額のど真ん中を強かに打ち据えた。
痛む額を押さえながら、言葉を発せないくらいに悶絶する九十九。
16年も姉弟を続けているが、五十鈴のデコピンを避けられた試しは無い。
ついでに言うならば、彼女のデコピンは途方も無く痛い。本人が言うところによれば「愛の痛み」らしい。
「~~~っ、痛ぅ……」
「今この場で重要なのは、あんたが誰にも相談しないで抱え込む悪癖の方よ。どうせ今回も、私が指摘しなかったら、ずーっと腹の内に隠し通す気だったんでしょ。光太くんが巻き込まれるまで、自分がいじめられてる事を誰にも打ち明けなかった時みたいに」
「そ、れは……」
「言っちゃいなさいよ。この場にいるのはあんたと私だけ。毎度お馴染み、お姉ちゃんの人生相談コーナーです。吐けるだけ吐いて、スッキリしなさい。ね?」
胡座をかき、言い訳も逃避も許さないと言わんばかりの視線を射掛けてくる姉。
彼女の放つ無言の威圧感に少しばかり気圧されて、やがて決心したように口を開いた。
「……怖かったんだ。僕は今まで、自分の振るう力がどんなものなのか、これっぽっちも理解していなかった。理解していなかった癖に、それを自分の力だと思って、やりたい放題に使っていたんだ」
「それは、あんたが覚醒めたっていうヤタガラスの力の事ね?」
その問いに対する返答は、無言の首肯だった。
「僕は、過信していた。僕の力なら、敵を倒して皆を守れるって。『現代堂』の野望を止める事ができるって。その結果が……僕の、驕りに対するツケが……」
「そこも聞いた。神ン野とかいう超強い鎧武者に、為す術も無くボコボコにされたって」
何も、言い返せなかった。
彼女の語ったそれが、紛れも無い事実だからだ。
「……何も、知らなかった。敵があんなに強い事も。ヤタガラスの力が、僕の想像よりもずっと強いものだった事も。僕がその力を御し切れていなかった事も。自分が手にした筈の力に振り回されて、ズタボロになるくらい……僕の心が弱かった事も」
いくら視線を落とせども、視界に入るのは布団と、布団を握り締める左手だけ。
それでも九十九は、目の前の肉親と目を合わせる事ができなかった。
「それで意識を失って、気が付いたらここで寝かされていて……それで、思ったんだ」
「……」
「……きっと、楽しんでいた。僕は、妖怪の力を使って妖怪を倒す事を、ゲーム感覚で楽しんでいたんだ。まるで、ヒーローか何かになったんだと。皆を守る為じゃなくて、自分が万能の力を得たと実感する為に戦ってたんじゃないかって、そう思えて仕方が無いんだ」
この事を打ち明ける為に、どれほどの勇気を必要としただろう。
それは真実、九十九の心に差し込んだ影だった。
過信していた。自分が強い存在であると。
侮っていた。敵が勝てる存在であると。
知らなかった。自分の力がどんなものであるかを。
驕っていた。自分ならば皆を救ってみせられると。
そして──楽しんでいた。敵を倒し、討ち滅ぼす事を。
襲い来る敵を、助けを求める人々を、ゲームのNPCのように思っていた。
九十九がこれまで、本当にそう思いながら戦っていたかどうか。それを証明する術は無い。
けれども今の彼は、自分がそのような考えの下で戦っていたのだと、そのように思い込んでいた。
少なくとも、その事を吐露する声は震えていて、とても演技だとは思えない。
神ン野に敗北した事実が、彼の心に大きな大きな楔を打ち込んだ。
それによって生まれたヒビ割れこそが一連の告白であり、彼が誰に対しても隠し通そうとしていた心の闇なのだろう。
その事を、十全に理解した。理解して、五十鈴は鼻から息を吐く。
すっくと立ち上がり、右手を握り、異変に気付いてこちらを見上げてくる弟に対して──
「こんっの──おバカァッ!!」
全身全霊の拳骨をぶちかました。
タッコングは逆襲するしアスカは目覚めるしムサシは飛ぶし勇士の証明はしなくていい。
この章はそういう回です。




