表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/84

其の陸拾壱 轟く白夜

「……何の真似だ」


 いつ倒れてもおかしくない満身創痍の状態にありながら、なおも立ち上がり攻撃の意思を示す九十九。

 息も絶え絶えに銃口を向けてくる彼に対して、神ン野は呆れと困惑、猜疑を交えた言葉を口にする。


「今の話を聞いていなかったのか? 1度でも妖術弾を撃てば、貴様の腕は反動に耐えきれず折れる。それが誤った見立てでは無い事を、貴様自身がよく分かっている筈だ」

「……ああ、分かってる」


 そう言いながらも、彼が銃を下ろす兆しは無い。

 そればかりか、銃口が妖気を吸い上げているのが目に見えて分かった。


 よくよく目を凝らせば、銃身の奥の奥に淡い光が灯り始めているのが見えるだろう。

 光は徐々に、徐々に、牛歩ほどに緩やかなスピードで熱量を上げていく。


 即ち、妖術の行使だ。それも、特大の威力を持つもの。

 その行いが何を意味するのか、分からない九十九では無い筈なのに。


「……ならば何故、構えを解かない? 何故、妖気を練り上げている? 何故、戦う意思を持ち続けている? 逃げぬ者に容赦をするほど、俺は優しくは無いぞ」

「……」

「俺は忠告した筈だ。貴様の意地に敬意を払い、その無謀が辿るだろう末路を教えた。それとも、自分に限ってそうはなるまいという、根拠の無い盲信でもあるのか? 貴様がそれほど愚かな人間だとは、思いたくないものだが」

「……お前が言うよりも、ずっと愚かな奴だと思うよ、僕は。だって……はは。体が、止まれないんだ」


 その言い回しに小さな違和感を覚えた直後、神ン野の眼光が見開かれた。


「僕は、今……自分の腕が折れるのを分かった上で、引き金を引こうとしてるんだ」


 炎が、灯っている。

 少年の目の奥に……否、少年の瞳孔そのものが炎に変わり、ささやかに揺れている。


「貴様……」


 巨妖が呟いた直後、銃口の奥に凝縮された妖気が強い熱量へとすり替わった。

 熱は風を呼び、火縄銃を構えた少年の衣服やマフラーを後方へはためかせている。

 熱は光を生み、火縄銃を構えた少年のシルエットを鮮明に後方へ映し出している。


 風に揺れるマフラー。光が照らすシルエット。

 その全てが象る影は、九十九を人間らしい姿でなく──巨躯のカラスを思わせる形状で、路面に投影した。


「理屈の上では、分かってるんだ。僕がやろうとしてるのは、とても馬鹿げた事だって。でも、なんでだろうな……ははっ。これじゃあ……姫華さんを笑えないや……」


 頭の奥底から声が聞こえてくる。

 逃げろ。戦え。逃げてしまえ。戦う事をやめるな。勝てもしない戦いに挑むなんて馬鹿だ。尻尾を巻いて逃げるなんて愚か者のする事だ。

 相反する言葉の羅列がグチャグチャに入り混じり、幻聴の形を取って頭の中に鳴り響く。


 頭痛に苛まれる中で、ぼんやりと思う。それは果たして、()()()のものだろうか。


 その声は真実、心の内から語りかけてくるものである事に間違いはない。

 問題は、それが八咫村 九十九という15歳の少年が持つ、人間としての本能なのか。

 それとも──



【──a、Aa】



 胸の奥で仄かに灯る、カラスの形の炎が呼びかけているのか。


「……妖気に呑まれたか。命脈が衰え、心身に限界が訪れた結果、己の身に流れる妖怪の血に()てられたのだな。それは、貴様の魂魄が惰弱である事の証明だ」

「……困ったな。否定、できないね」


 ただ銃を手に持ち、撃とうと試みるだけで、全身が軋むように痛くなる。

 腕からは既に、嫌な音が聞こえてきた。異音が出るほど腕にかかる負担の臨界点が、引き金を引いたその時なのだろう。

 ならば、八咫村 九十九が取るべき最善の選択肢は、この場から逃走する事ただ1つしか残されていない筈だ。


 けれども、彼はそれを選ばなかった。


「でも、さ。ここで逃げたら……多分、僕はもう2度と、皆に胸を張れない……そんな気がするんだ」

「……己の生死よりも、見栄を選ぶか。それは勇気でも名誉でもなく、蛮勇にして虚勢と呼ぶものだ。それによって命を落とせば、貴様は真実、2度と皆とやらに胸を張れなくなるのだぞ?」

「……それでも」


──ボォッ


 淡い音を立てて、九十九の瞳に炎が灯る。それは、何も比喩ではない。

 彼の体から湧き立ち、漏れ出た妖気の残滓が、彼の目を覆うように炎を灯しているのだ。


 己の目を覆い隠すように燃える炎の中にあって、彼は一切の動揺を見せていない。

 熱さを感じている様子も、眼球が焼けている様子も無い。己の体から生じたものだけに、妖気の炎は視界を邪魔する事なく、ただ揺らめいていた。


()()()()()()()()()()()。勝利の象徴が、逃げるなんて許されない」

「──!」


 兜が揺れる。面頬に隠されながらも、眼光が動揺混じりに見開かれる。

 飾り立てられた「神」の文字が、ちっぽけな少年の帯びる炎を受けて微かに照らされた。


 彼の語ったそれを、ただの大言壮語と切って捨てるのは簡単だ。

 だが、そうではない。仮に大言壮語だったとして、僅かでも「そうではないかもしれない」と思った時点で、神ン野の負けだった。


 今1度、敵を見る。銃口から迸る炎は光となって、九十九の背後に巨大なガラスのシルエットを投影している。

 その光景を目の当たりにした途端──脳裏に浮き上がったのは、かつての大敵の姿。



『俺ァ、八咫烏だ。人を太陽へと導き、勝利を授ける吉兆の化身。ただの1度でも、勝利のカラスを旗に掲げた以上──俺に逃走は許されねぇのさ』



 数百年の昔、神ン野が(あざな)を持たない、ただの木っ端妖怪だった頃。

 夜を闇で照らす漆黒の太陽が昇る中、自分たち“魔王”を信奉する妖怪集団へと立ち向かってきた者たちがいた。


 それは妖怪であったり、人間の(まじな)い師であったり、ただの侍であったり。

 ただ1つの共通点を挙げるとするならば、彼らは一様に「3本足のカラス」を描いた旗を掲げていた。


 昼の光の下に、夜の闇を討つ者たち。“魔王派”と相反する、妖怪と人間の混成集団──“八咫派”。

 彼らを率い、数多の妖怪を討ち、遂には“魔王”と相打ち果てた男こそ。


「テッポウ・ヤタガラス……」


 自然と、その名が口から漏れた。

 その名を口に出した時点で、リトル・ヤタガラスをこの場で見逃す選択肢は消失する。


 討たねばならない。

 八咫烏の名を冠し、そのように在ろうとする者は、()く討たねばならない。


「……如何に若くとも、大樹の芽か」


 吐き捨てるように呟いた後、薙刀をゆるりと構えた。

 隙を晒してばかりの相手を攻撃するでも、さっさと見切りをつけるでもなく、迎撃の姿勢を取っている。


 その事実に、目を見開く九十九。

 彼の放つ無言の問いかけに答えるように、神ン野はまず、首を小さく横に振ってみせた。


「来い。貴様の蛮勇を一刀の下に斬り伏せ、即座に素っ首を刎ねてくれる」

「……うん」


 殺意を込めた宣言にさえ、小さなカラスは柔らかく頷くのみ。

 けれどそれは、決して彼の情弱さを意味してはいない。温和である事は、激情の徒でない事を意味しない。


「行くよ。妖術……」


 銃口に妖気が満ちる。溜めに溜め込まれた妖気は、1周回って安定化し、青い光を放つ火球へと変質を遂げていた。

 熱気さえ気にならない。体中の痛みが、逆に頭の中をクリアにする。頭部と指先以外の部位が全て消失したかのようだ。


 心臓の音を彼方に追いやって、狙いを澄ます為に目尻を尖らせて。

 そうして当代のヤタガラスは、ゆっくりと引き金を引いた。


「──《日輪・白夜》」


 放たれたのは、これまで行使してきた妖術の全てを凌駕する、特段の熱量と光量を秘めた弾丸。

 それも、ただの灼熱ではない。火球の帯びる温度が高まり過ぎたあまり、炎は緋色から蒼色へと色彩を移ろわせていた。


 それでいて、射出の瞬間に暴発する事は無い。

 気が遠くなるほど精密な制御によって、青色の炎はただ1人の敵を討つ為に運用されている。


 だが、その代償は大きかった。


(──ッ!?!?)


 目を焦がすほど眩い閃光。全身を殴りつけるような衝撃と反動。耳を狂わせる轟音。

 嵐の中に突っ込んだのではないかと思えるほど強烈な負担が、ちっぽけな少年の体を蹂躙する。


 その妖術は、体にかかる負荷があまりにも大き過ぎたのだ。

 ただでさえ全身傷だらけの状態で、極限まで凝縮し切った妖気を妖術に昇華させるなど、体が耐えられる筈が無い。

 それでも肉体が弾け飛ばなかったのは、曲がりなりにも彼が妖怪であるからだろう。


 しかし、何事にも限界はある。

 それを証明するかのように、右腕から爆発音にも似たナニカが鳴り響き、加速度的に体から力が抜け落ちていった後──



美事(みごと)



 爆音が、その他の合切を消し飛ばした。

今日はこの後【20:00】より追加投稿を行います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ