其の肆拾玖 霊的事象担当課
この中に、最新話の投稿から4ヶ月も更新してない作者がいるらしいんですよぉ。
やっちまったな(自嘲)。
今日から第4章です。展開や相関図も色々複雑になっていく頃合い。
八咫村 五十鈴(24)は公務員である。役職はまだ無い。
「はぁ~……今日もヒマね~」
いちヒラ公務員に過ぎない筈の五十鈴が、こんな事をほざきながらお茶を飲み、お煎餅を齧っているのには理由がある。
もっと言うならば、彼女はただのヒラ公務員ではない。役職こそ無いが、彼女の所属する部署は特殊な立ち位置にある。
本人が周囲にこの辺りの事情を話すならば、まずは「少し長くなるけどいいわよね?」と切り出す事だろう。
尤も、守秘義務によって他人に話す事はできないのだが、それは置いておく。
──環境省・自然環境局・霊的事象担当課
通称「霊担課」こそが、彼女のデスクが置かれた部署の名だ。
その業務内容は、公には多くを明かされていない。それどころか、所属している五十鈴にすら明かされていない部分がある。
一般に公開されている内容としては、地脈の安定化や沈静化を行う為、方々の地鎮祭や上棟式などで舞を奉納する事くらい。
そんなトンチキ文句を堂々と「霊的事象担当課」の名と共に掲げるのだから、ネットでは「公式が病気」などと言われ、同じ職員の間でも「窓際部署の極み」と揶揄されている。
所属職員に至っては、五十鈴を含めて2人しかいない始末。
その五十鈴にしたって、大学卒業が間近となって「就職どうしよっかな~」などと考えていた矢先に突然「あなたには舞の素質がある」と言われて、あれよあれよと霊担課に所属させられた立場なのだ。
何もかもが、一般的な国家公務員からは程遠い存在。それが霊的事象担当課であり、五十鈴という女性である。
どうして彼女がこのような立場にいるのか。それは本人にすらよく分かっていない。
何分、やれ妖気だの地脈だのという謎ワードを聞かされながら、ひたすらどっかの誰かに捧げる舞とやらを叩き込まれたのだ。
それでいて公務員らしい仕事は何も無い上に、他の真っ当な公務員からは「給料泥棒」と冷たい目で見られている。
(まぁ、地元の仔猫ちゃんたちに比べれば屁でも無いんだけどね)
針の筵という言葉さえありきたりになってしまう環境下にあって、五十鈴は平然と過ごしていた。
元々、地元では色々とヤンチャをしていた身である。自業自得ながらも真っ当な就職はできないだろうと諦めていた矢先に巡ってきた、安定収入のチャンス。
閑職故に中々バイタリティを発散できないのは欠点だが、舞というのもなんだかんだと楽しいもの。喜んでくれる人がいるなら悪い気はしないものだ。
周囲からの冷たい視線だってなんのその。そんな些事よりも、今日のお茶請けを選定する方がよほど重要である。
「まったく、窓際部署って蔑まれながら飲むお茶は美味しいわ~」
天性の図太さと面の皮の厚さ、後は少々の見目麗しさで悠々自適な公務員もどきライフを送る。
それが八咫村 五十鈴の現状だ。
「……って、言いたいところなのに」
……これまでは、の話だが。
「八咫村さん、4日前の事件についての追加資料、ここに置いておきますね」
「こちらに詳細な被害総額が記してあります。然るべき場所に提出するよう伝えておけと言われていますので──」
「こっちはマスコミへの対応を纏めたものです。各報道機関にこれを送って、後は──」
目まぐるしいスピードで積み重ねられていく書類の山、山、山。
中国雑技団もかくやというほどのバランス感覚で積み上げられ、それでいて崩れる気配を見せないそれらは、最早ジェンガどころの騒ぎではない。
どこからともなく湧き出してきたとしか思えないような役員の群れが、次から次へと小難しい紙の束を持ってくる。
彼らは、自分のデスクでお茶とお煎餅に囲まれながら現実逃避に勤しんでいる五十鈴の態度など、まるで意に介していない。
現実を指し示す書類の城壁が、お茶の味すら舌の上から失わせていった。
「何が起きてるのよ一体……。私ののんびり舞ライフはどこへ……」
「重要な書類は大体運び終えましたので、後はよろしくお願いします」
「何を!? どうよろしくしろと!? 私なんも教えてもらってないんですけど!? あ、ちょっと待っ──」
必死の制止も虚しく、書類を運んでは積んでを繰り返していた役員たちは霊担課の執務室を後にした。
バタンと無慈悲な音を響かせて閉じたドアを前に、五十鈴はガックリと項垂れる。その動きに釣られて、彼女の黒いポニーテールもだらしなく揺れた。
頬を冷たいデスクに押し付け、不格好に開けた口から、大量の溜め息を唸るように排出する。
「マ~ジでどうなってんのよ、これ……。まぁ、なんでこうなってるのかは何となく分かってんだけどさぁ……」
頭の中に思い浮かぶのは、4日前に起きた大事件の事だ。
東京近郊、金烏市という小さな街で起きた超大規模なガスの爆発事故。
午後7時から深夜にかけて断続的に発生したそれは、少なくない被害と死傷者を出した。
政府もどの報道機関も、あくまで「ガス爆発事故」を押し通しているが、一方でネットに出回っている画像や動画は別の真実を醸し出している。
突如として街に現れ、無差別かつ悪意的に人々を襲う異形の怪物。
そして夜のビル街を飛び回り、怪物たちを退治しては人々を守ろうと行動する謎の少年。
その正体や目的については恐ろしいほど憶測が飛び交っているが、マスコミはどこもかしこもそれを報道しようとしないのが嫌に気持ち悪い。
それに疑惑の目を向ける者も多い中、SNSでは動画に映された怪物たちや、それを倒して回る少年の言葉に注目が集まっていた。
『エヒヒヒヒヒッ! オレタチ、ヨウカイ! ニンゲン、ホロボス! タノシイ!』
『僕は……妖怪リトル・ヤタガラス。あいつらと同じ妖怪だけど……あいつらを、倒す存在だ』
“妖怪”。
オカルトの極みと言っていいその言葉を受けて、日本中が議論や推測、考察で良くも悪くも大盛り上がり。
ネット上では「政府が情報操作している」という言説すら出回っているが……
「マジでいるのかぁ……妖怪。ウチの省も上から下まで大騒ぎしてたのが、こっちにまで聞こえてきたし。それに、堂々と情報の隠蔽までしてるしさぁ……」
結論から言うならば、情報操作は事実だ。
少なくとも、閑職オブ閑職のヒラ公務員な五十鈴すら知っているレベルで、各省庁は金烏市で起きた事件の詳細を把握している。
その上で、どれだけ国民から疑惑を抱かれようとも、“上層部”が妖怪の存在を公表する兆しは無い。
そして、本題に戻る。
スーパー窓際部署と言う他無かった霊的事象担当課に、いきなり大量の書類が持ち込まれた理由こそ──
「ってか、ウチは地鎮祭専門の部署でしょー!? 妖怪が現実に出て暴れてきたからって、私んトコに持ち込まれても困るっつーの!」
バン! とデスクを叩きながら立ち上がり、誰に聞かせるでもなく虚空へと叫び散らす。
端的に言えば、“それっぽい”部署が霊担課しか無いのである。
妖怪などという、凡そフィクションの住人としか思われていなかった者たちが現実に現れ、人々に危害をもたらす事件を起こした。
そんな時、国に仕え働く者たちは、どのような部署を頼ればいいのだろう?
その答えが、五十鈴のデスクに積まれた紙の束の山嶺である。
「はぁ~あ……こんな時に限って課長はどっか行ったまんまだしさぁ……。こんな事になるんなら、スカウトなんてされるんじゃなかったかもしれない」
嫌気混じりにぼやきつつ、積み重なった書類の内の1枚を手に取ってみる。
金烏市での事件において、妖怪に襲われ殺された者も少なからず出ており、その一覧は五十鈴も目を通していた。
その中に、彼女の知る名前は載っていない。それだけが救いだった。
「まさか、地元でこんな事が起きるなんてねぇ……。お爺ちゃんのとこに行ったウチの弟はどうしてんだか──」
「その弟さんについて、自分に聞きたい事があんねんけど。ちょいと時間もろてもええか?」
酷く軽薄さを感じさせる男の声と共に、執務室のドアが開かれる。
よく聞き慣れたその声に、五十鈴はハッと我に返って振り向いた。
「瀬戸課長! 今までどこ行ってたんですか!?」
「かなんわぁ、五十鈴ちゃん。いっつも言うとるやろ? ボクの事は瀬戸さんでええって。そういうとこ、ちゃんと聞いとかなアカンで?」
ヘラヘラとした薄っぺらい笑みと、どこか人を食ったような細い目に、サングラス。
凡そこの世の「胡散臭い」という言葉を全て掻き集めて人の形に練り直したような、関西弁の優男。
彼こそ環境省・霊的事象担当課を統括する課長にして、五十鈴を霊担課にスカウトした張本人、瀬戸である。
「……で、課長。私の弟がなんですって?」
「あ、今のは無視? そういうとこ慣れてきよったなぁって思うわ、ボク。まぁええか。とりあえずボクが飲む用のコーヒー淹れるさけ待ってんか」
相も変わらずニヒルに笑う瀬戸は、執務室の中をひょこひょこと歩き回り、戸棚からコーヒー粉とドリッパーを取り出す。
そのまま淡々とコーヒーを淹れ始め、背中を五十鈴に向けながらに口を開いた。
「いやまぁ、大した事とちゃうねんけどな? こないだのさ、金烏市で起きた事件あるやろ? あのけったいなヤツ」
「ええ、どこもかしこも大騒ぎでしたね」
「ほんで、その事件の隠蔽やら何やらでここの連中もわぁわぁ言うとるみたいやろ?」
「ええ、主に私がですけどね。折角の窓際部署が台無しですよ」
「その隠蔽の指示な、9割方はボクがやっとんねん」
「は?」
なに言ってんだこいつ。
そう言いたげな部下を華麗に無視して、瀬戸の手は熱々のコーヒーをカップ……ではなく湯呑みに注いでいく。
「当たり前やろ。妖怪なんて怖いモン、世の中に流したらここ以上の大騒ぎになるに決まっとるやないか。妖怪は人の恐怖を求めて暴れとるんやから、恐怖の源泉になる情報は隠蔽するに越した事はあれへん。言うたかて、焼け石に水以上の何物でも無いんやけどな」
「あの……ちょ、え?」
「せやさけ“上の人”らにちょっとおねだりして、この辺黙っといてんかー、って言うてん。ネットにはもう色々出回っとるけど、ああいうのも消してもうたら、それこそ地下に潜りよるからなー。下手に都市伝説化させるよりは、野放しにした方が丁度ええっちゅう訳や」
「ちょ待、何を」
「まぁ、そのせいでボクら政府側はなーんも手出しでけへんねんけどな。今日日、妖怪に対抗できる素質を持った人間なんてSSRどころの話とちゃうわ。妖気を持つ存在やないと倒せへん以上、核でも滅ぼせるかどうか怪しい連中相手に自衛隊は動かせへんで」
「だからその」
「ほんで、その辺を加味した上でな。五十鈴ちゃんにちょいと見てほしいモンが──」
「ちょっと待てって言ってんでしょうがァ!? 情報の洪水をドバドバぶち撒けてんじゃないわよ!」
五十鈴、キレた!
怒濤の勢いで聞き捨てならない言葉ばかりを連ね重ね積み上げる上司を前に、ついつい若かりし頃の言葉遣いが出てしまう。
尤も、言われた側の優男はそんなもの意にも介さず、淹れ終わったコーヒーを平然と飲んでいるのだが。
「何何、どないしたん? 自分、そういう風にカッカしとったら肌ァ荒れるで。折角の別嬪さんなんやから、婚期も逃さんようにせなアカンよ?」
「思いっきりセクハラと見做しますよ? ……って、それは今はいいです。ンな事よりも、課長が情報隠蔽を主導してるってどういう事ですか!? こんな窓際部署のいち課長が、まるで上層部を顎で使うような言い回しも──」
「せやから、顎で使てるって言うとるやないか」
あんぐりと口を開ける部下を見て、ヘラリと軟派に笑う。
「金の卵を生むガチョウはな、飼い主になんでも言う事聞かせられんねん。阿漕な商売してる訳でも無し、ちゃーんと理に適う提案やったら聞いてくれんで? せやさけボクは、この部署を作ってもろたんやから」
「……言ってる意味が……分かりません」
「そら、分からんような事しか言ってへんからな。今それが重要になる訳とちゃうし。ボクの用事は、さっきも言った通りや」
コーヒー入りの湯呑みを左手で持ちながら、取り出したスマホを右手で素早くフリック&タップ。
流れるような動きで五十鈴のいるところまで移動すると、瀬戸はスマホの画面に表示された動画を指した。
「五十鈴ちゃんさ、事件の動画とかまだ詳しい見とらんやろ? ボクの方で拾ってきたやつやねんけど、ネットに出回っとるやつより画質も音質もずっとええモンやから、ちょっと見てもろてんか」
「はぁ……それはいいですけど、何故?」
「ええから、ええから。多分、見たら分かるさけ」
有無を言わさぬ勢いと共に、動画が再生される。
仕方がないので渋々スマホを覗き込んだ五十鈴の目に映り込んだのは、1人の少年の姿だ。
火縄銃を手に、喋るキツネやスズメを引き連れて異形の妖怪たちと戦う何者か。
名を問われれば、自らを「妖怪リトル・ヤタガラス」と名乗る彼の素顔は、何故か誰にも認識する事ができず──
「……え?」
そんな声が、思わず漏れる。
だって、あまりにもおかしいだろう。
誰にも認識できない筈の素顔を、朧気ながらも何故か理解する事ができる。それはまだいい。あまり良くはないが、今はいい。
それよりも重大な問題が、ひとつ。
「なん、で……九十九……!?」
街を飛び交いながら銃を振るい、妖怪の群れに立ち向かう謎の少年。
その素顔があまりにも、地元で暮らしている筈の自分の弟に似過ぎていた。
「……やーっぱり、せやったか。舞の才を持っとるっちゅう事で五十鈴ちゃんをスカウトした時も、まさか八咫村の家の子やとは思わんかって驚いたけど……これも、因果なモンやなぁ」
「え……ちょっと、これどういう事ですか!? なんで九十九が、銃を持って戦って……それに、これじゃあまるで」
「まるで、自分の弟が妖怪みたいや。そう言いたいんやろ?」
瀬戸の笑みを前に、グッと言葉に詰まる。
普段は胡散臭い細目が、今は途方もなく威圧感に満ちているように錯覚してしまう。
「ま、これで裏ァ取れたっちゅう訳や。五十鈴ちゃん、仕事の時間やで」
「仕事……って、いつもみたいに、地鎮祭か何かで舞を奉納しろと? でも、なんでこのタイミングで……」
「ちゃうちゃう。舞の方は合っとるけどな、本来ボクが想定しとった仕事の方や」
湯呑みをそっとデスクに置いて、サングラスをかけ直す。
ギラリと光る鈍い反射光が、謎だらけの男を更にミステリアスで彩った。
「今回の行き先は金烏市。自分にはそこで、歪められた地脈を元通りにしてもらいたいねん」
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。




