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其の肆拾壱 筆先自在の怪

「妖術──《万象一筆書き・裏面(リメン)》! さぁ、お返しですよ……!」


 ショウジョウが筆を巡らせる。

 先ほど筆を握っていた右手ではなく、今度は左手で、しかしそれまでとは一切変わらぬ滑らかな筆捌きで。


 そうして瞬く間に書き上げたのは、切っ先鋭い刀の絵。

 墨によって形作られた黒色の銘刀が、都合3本。その先端は、全て木に叩きつけられたままの九十九へと向けられていた。


「不味い! 坊ちゃん、すぐに防御を──!?」


 痛みに喘いで身じろぎする彼へと向けて、イナリが声をかけようとして……気付く。


 今しがた受けた、ショウジョウからの攻撃。

 手首を拘束されて盛大なスイングを食らった際に──彼は、火縄銃を取り零していた。

 慌てて振り返れば、つい先ほどまで九十九がいた場所に、愛銃が無様に転がっているではないか。


「いっ、急いで拾って届けないと──」

「遅いのですよ……! 右手で書く術に比べれば威力は落ちますが、左手の利点はその速度!」


 筆先を軍配に見立て、号令をかけるように振り捌く。

 主の命令を忠実に受け取り、3本の墨刀は真っ直ぐ水平に射出された。


 切れ味鋭い刀身は、熱の残滓が残る空気を滑らかに裂きながら九十九へと向かう。

 対する九十九と言えば、巨木に激突した拍子に頭も強打したらしく、頭をチカチカとさせている。

 今のままでは、彼に己を串刺しにせんとする致命打を避ける術は無い。


「ああ……もうっ! あんまり、こういう手は使いたくありませんでしたのに……!」


 吐き捨てるように叫んだお千代が、己の翼を震わせる。

 その中から選別したのであろう1本の羽根が飛び出し、()()()()()()()()撃ち放たれた。


「……? 何を……同士討ちですかな?」

「これが終わったら暫く運動禁止ですわよ、坊ちゃま!」


 彼我の距離、射出された物体の大きさと形状、妖術の性質。

 それらの要素が相まって、黒い羽根は刀の群れよりも先に少年へと着弾し──さくりと、右腕に突き刺さった。

 一瞬にして溶け消えた羽根の毒素は、そのまま彼の血を介して体に巡る。



──ドクンッ!



 心臓の鼓動が、爆発したかのように跳ね上がる。

 それに呼応して目を覚まし、意識を取り戻してすぐに目の前より迫る刀を見た。


「らァ──ッ!!」


 両手を、思いっ切り前方に突き出す。さながら、眼前の敵を殴り飛ばすように。

 そうすれば両手から吹き荒れた炎が、3本の刀全てを呑み込んで消し飛ばした。

 それだけに飽き足らず、灼熱はその勢いを維持したままにショウジョウさえ巻き込みに向かう。


「これは……!? あれほどの反応速度で動けるとはとても思えませんが……」


 襲来する炎を前に、狒々はただ筆を軽く振った。

 1回目の執筆で泡の壁、2回目の執筆で泥の壁、3回目の執筆で鉄の壁。

 それら3重の防壁を以てして、涼しい顔をしながら炎をやり過ごす。


 役目を終えて消失する壁の向こうで、九十九は荒々しい息を吐き出した。

 彼自身にも、己の身に何が起きたのかが理解できないのだ。


「ハァ……ッ!? ハァ……ッ!? こ、の……頭がおかしくなるくらいの熱、は……!?」

「本当に、あまり多用はしたくありませんでしたけどね。……わたくしの毒ですわ。それを、ちょっと()()させただけですの」


 パタパタと、荒い呼吸しかしない九十九の傍にお千代が近付いた。

 彼女は少年の頭にチョコンと座ると、接触を通して彼の妖気の巡りを少し整えてやる。


「ツボってご存知? 経絡とか、そういう言い回しでもいいですわね。ともあれ、そういう箇所に弱めた毒を上手く打ち込む事で、一時的に身体能力を“ぶうすと”できるのですわ」

「ハァ、ハァ……ゲホッ……それ、薬物投与じゃない……よね?」

「まぁ、失礼ですわね! わたくし、そんなオイタはしませんことよ。麻痺毒を応用して、体の神経を刺激しただけですわ。今の世で言うと……ええと……なんでしたかしら……」

「……電気ショック?」

「そう! それでしてよ!」


 頭の上で、キャイキャイと囀る小さなスズメ。

 お千代のおかげで目の点滅は収まったものの、それで状況が打破できたかと言えばそうではない。

 むしろ前方では、ショウジョウが次の攻撃を塗り上げていた。


「そのような手があった事には驚きですが……しかし、そう乱用できる手段では無いと見ました。ならば、即座に仕留めればいいだけの事!」


 面制圧の一手が繰り出される。

 渾身の妖気と勢いとで薙ぎ払われた筆先から、夥しい数の水滴が溢れ出した。

 それら全てが、鋼鉄に等しい強度と硬度を備え持ち、下手な散弾銃(ショットガン)よりもよほど広い範囲を撃ち抜きにかかる。


 それを認め、九十九は即座に飛び上がった。

 頭にお千代を乗せたまま空中に躍り出て、素早く虚空でステップを踏む。

 彼が上へ逃げるのを見越したショウジョウによって、墨の槍が放たれていたからだ。


 自身の頭を貫こうとしていた槍を寸でのところで躱し、そのまま急降下。

 その時点でスズメの妖怪は頭上から離脱しており、少年は単身で着地すると共に地面を転がって側面へ回避する。

 つい1秒前まで九十九がいた場所を、漆黒の雷撃が穿ち焦がしていた。


「凄い……! 体の反応速度が上がっている……!」

「しかし油断は禁物ですし、過信もご法度ですわよ! 毒の効果が切れれば、ズドンと大きな反動が来ますわ! そうなれば、再度の強化はできませんの!」

「お千代の毒……というよりも、僕自身の本来のスペックに、僕の体がついていけない……って事か」

「坊ちゃん!」


 イナリの声と共に、何かが飛来する。

 その正体を即座に悟った九十九は、驚愕も躊躇もする事なくそれを受け取った。


 彼が手にしたもの。当然ながら、それは愛用の火縄銃だ。

 身体能力の向上によって、いつも以上に手に吸い付くような感覚を味わう。


「お千代の毒も永続ではありやせん! 耐久戦はこちらに不利……効き目が切れる前に、速攻でカタをつけやしょう!」

「分かった! 元より……白衣さんを助ける為にも、チンタラ時間はかけてられない!」


 躊躇いなく銃口を向け、その直後には引き金を引く。

 尋常の銃であれば弾込めが必要なところを、妖気で補えば工程を大幅に省略できる。

 射撃された弾丸は、九十九の妖気によって真っ赤な炎を宿していた。


「まだお分かりになられないようですね……ワシの術を破る術が、あなたたちには無い事が!」


 筆を滑らせる。

 瞬きするよりも早く書き上げられた墨の壁は、妖術によって泥水の性質を帯び、炎の弾丸を受け止めた。


 妖気の炎と共に墨の壁が消え失せた瞬間、九十九は再度の射撃を行う。

 しかし、そうして飛来した弾丸をも、ショウジョウは空中に塗った墨の(ライン)で防いでみせた。

 表面を砕かれた墨色の岩壁もまた、妖術の効力消失によって消滅する。


(速い……! 僕が弾丸を装填して引き金を引いた時には、もう次の絵が書かれている。奴が右手で書いていた時よりも、早く……!)


 果たして、彼の推測は的を射ている。

 ショウジョウが右手で描く妖術《万象一筆書き・表面(ヒョウメン)》は、描いた絵の威力を高める事に向いている。

 対して左手で書く妖術《万象一筆書き・裏面(リメン)》は、威力よりも絵を書く際の、そして書いた絵の動く速度に重きを置いたもの。


 右手が使えない今、左手で書いた墨の絵は威力こそ落ちるものの、反応速度で言えば九十九よりも上と言わざるを得ない。

 だから彼の攻撃は、未だ妖術の防御を突破できないでいた。


(……手は、ある。何となく、思い付いたものはある……けど。問題は、《日輪》と同じくらいチャージに時間が──)


「意識を逸らしている場合ですかな? 妖術《万象一筆書き・裏面(リメン)》!」


 無数の矢が描かれる。比喩などではない。文字通り、無数にだ。


 数え切れないほどの矢が、墨によって空中に描かれた。

 九十九は何も、それだけの矢が描かれるほど長い間ボーっとしていた訳ではない。

 ただ、ショウジョウがそれほど大量の矢を描く為にかけた時間が、あまりにも短すぎただけだ。


 完成した矢の絵は妖気を帯びて、全てが一斉に動き出す。

 まさしく矢衾。視界を埋め尽くしてなお余るほどの矢が、九十九ただ1人を貫き殺す為に襲いかかった。


「回避……いやっ、迎撃するっ!」


 九十九が腕を横に薙ぎ、馬鹿の一つ覚えの如く炎を撃ち出した。

 夜空を燃やすほどの真っ赤なカーテンが大きく弧を描いて広がり、無数の矢に真正面から喰らいつく。

 平時であれば、炎はそのまま矢の全てを呑み込んで終わる筈だったろう。


「ヒッヒッヒ……そうするのは読めていましたよぉ?」


 チリ、と微かな音を立てて引火する。

 何が何に……と問われれば、単純明快だ。


 極めて発火しやすい材質へと変化した墨の矢が、九十九の放った炎に、である。


 ショウジョウが描いた妖気の墨には、矢の性質に加えてもう1つ、高い発火性が宿されていた。

 それが、数え切れないほど無数に。(いわん)やそれらの矢は、今まさに強い火力で薙ぎ払われようとしていた。


 引火は、連鎖する。


「吹っ飛べ……でしたかな?」


 一瞬、眩いばかりの閃光が迸ったのち。

 街の裏山を、途方も無い爆炎が包み込んだ。

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