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其の肆拾 開戦

 塵となって消失しゆくガキツキを踏み締めて、九十九は飛び立った。

 今しがた倒した分で、街に発生したガキツキは全て掃討できたように思う。

 討ち漏らしが絶対に無いとは断言できないが、今はそれを考慮している余裕も無い。


「見つけた……っ! あそこ、裏山にある閉鎖された天文台!」

「ええ、わてにも見えやした。上手いこと偽造してあるようでやすが、わてらの目も鼻も“ごまかせ”やせんぜ……!」

「とはいえ、街にあれだけガキツキが湧いていれば目眩ましになるのも事実。その辺りはしてやられましたわね」

「ともかく、急ごう! 白衣さんはあそこだ!」


 肩にイナリを乗せ、傍らのお千代と並んで低空を飛ぶ。

 建物の屋根スレスレを潜り抜け、夜風の狭間を縫うようにして山へと急行する。


 既に、街での混乱は収束に向かっていた。

 ガキツキに襲われていた人々も、駆けつけた警察官や救急隊によって救助され、安全な場所で治療を受けているだろう。

 怪我人や死者も少なくないだろうが、それでも九十九たちが介入しなければもっと多くの被害が出ていた事は容易く想像できる。


 その上で。


「坊ちゃん。……今の内に、言っておきやす」

「……何?」

「事態がここまで広まってしまった以上……然しものわてでも、街一帯の被害を“ごまかす”事は不可能でさ」


 その言葉に、九十九は込み上げた感情を噛み潰す。


 被害が数人の範疇であれば、チョウチン・ネコマタの時のように被害者の認識や記憶を“ごまかす”事ができた。

 そうでなくとも、こんな恐ろしく常軌を逸した事象に出食わしたなどと、触れ回ったところで誰にも信じられずに終わっただろう。


 だが、今回ばかりは不可能だ。

 街の至るところで発生したガキツキの群れは、多くの人間に危害を加え、或いは死に至らしめた。

 それは即ち、多くの人間に目撃されてしまっている事を意味している。


 インターネットの大きく発展したこんにち、SNSなどを使えば今回の騒ぎを如何様にも拡散する事ができるだろう。

 仮にイナリが街の人々の記憶を“ごまかせ”たとして、SNSへの投稿やメディアへの妨害を成し得る筈が無い。


 彼らはもう、妖怪を知ってしまった。


「致し方ない事とはいえ、坊ちゃまの姿も大勢に見られてしまいましたからね。もう、これから起きる事を闇から闇へ葬る事は難しいでしょう」

「……僕の正体も、バレる?」

「いやぁ、それは無いかと思いやすぜ。いくら“こんぴゅうた”の技術が発展したとしても、妖術による認識の“ごまかし”は見抜けやせん。それはわてらの方で証明済みでさ。その妖気装束を維持している限り、坊ちゃんの正体は誰にも分からないでしょうや」

「ですが、リトル・ヤタガラスという妖怪の存在は知られてしまいました。そして、わたくしたちが『現代堂』の妖怪たちと敵対し、それを狩る事で人々を守ろうとしている事も」


 そう語るお千代から一瞬だけ意識を逸らし、飛行しながらに街を見下ろす。

 ガキツキに喉を裂かれたらしく、とうに事切れたどこかの誰かの遺体が目に入った。


「……全員は、救えなかった」

「人の伸ばせる手には限りがありやす。そう言ったのは坊ちゃんでやしょう?」

「僕には力も、覚悟も、見えていた現実の量も足りなかった」

「坊ちゃまはたかが15の子供ですわよ? 逆に足りていたら驚きですわ」

「もう少し早く来られれば……とか、もう少し上手くできていれば……とか、そういう事ばかりが頭を過る」

「そういう考え方が傲慢だと言ったのも坊ちゃん自身でさ。割り切れだの諦めろだのと言うつもりはありやせん。それでも、『たられば』は思考の無駄遣いでやすぜ」


 2人の召使いからバッサリ論破されて、暫し「うぐ」と言葉に詰まる。

 空を駆け、夜闇に身を委ねながら、それでも九十九は思考を終わらせない。


「……僕の事を、笑う? あんだけ啖呵を切っておきながら……僕は本当の覚悟をしていなかった。言葉の厚みも、重さも半端なものだった」

「そんなもんでさ。最初からそれら全部がバッチリ決まっているような奴ァ、一般的に『救世主』と呼ばれやす。そして救世主は、2千年以上前に大工の嫁の脇から生まれて以降、他は誰1人として世に出てきてはおりやせん」


 ヘッ、とちっちゃな鼻を震わせて笑う。

 しかし、それは九十九の言動や在り方を嘲笑っているのではなく「そんな事で悩むんじゃない」という叱咤の意を込めたものだった。


「覚悟なんざ、最初は半端でいいんでさ。そっから色んなものを見て、色んな事を経験して、そうして厚みと重みを増していくので御座いやす。今しがた植えたばかりの種が、満開の花束に勝とうなんざ、それこそおかしな話でしょうや」

「……そっか」


 隣を見やれば、お千代もまた同意を示すように頷いていた。

 彼女もイナリと考えが同じらしく、九十九を責めるでも嘲るでもなく、先達としての目を向けてきている。


 そういうものか、と思う感情。いやそれでも、と思う感情。どうすれば、と思う感情。

 様々な感情が綯い交ぜになりながらも、一先ずはそれらのドロドロとした悩みをゴクリと飲み込んだ。


「今は兎にも角にも、白衣様をお助けする事に集中してくださいまし。“ぴんち”の“れでぃ”をバシッと“くうる”に助けるのが、“いけめん”の義務でしてよ!」

「──ああ、そうだね。約束したんだ、白衣さんを必ず助けるって!」

「ヒッヒッヒッヒ……そう簡単に事を運ばせる訳が無いでしょう」


 街の裏山に差し掛かろうという頃、九十九は前方にキラリと光るナニカを見た。

 それが自分たちに向けて飛来してきていると瞬時に理解できた事、理解したと同時に身を捩らせて回避を試みられた事、どちらも幸運と評するべきだ。


「ぎ、ぁっ……!?」

「坊ちゃん!? 今のは……雷で御座いやすか!?」


 しかし、その回避も完璧でなかった。

 九十九が空中で体を捻ると同時に訪れた漆黒の雷光は、彼の左肩に熱く灼けるような傷を刻み込む。


 痛みに歯を食い縛りながらも、中空でブレーキをかけつつ火縄銃を前方に向ける。

 銃を構える時の所作が、左肩の傷を刺激して強い痛みを発するが、そんな事を気にしている場合などではない。


 妖気を装填し、銃身の内部で着火。即座に引き金を引き、炎の弾丸を撃ち放った。

 彼が一連の動作を終えたのとほぼ同時に──2撃目、3撃目の黒い稲妻が、3人を狙って襲いかかる。


 驚くべき速度で大気を灼きながら奔る墨色の電流は、銃口より飛び出た赤色の弾丸と正面衝突。

 その直後、暗闇に包まれた夜の空を、真っ赤な爆発が花火のように彩った。


「……まぁ、いるよね。当然」

「ええ、いますとも。どうやら、あなたたちを排除しなければワシの『げえむ』は達成し得ないようですからな」


 半ば爆炎に巻き込まれるようにして、地上に落下・着地する九十九。

 それを追って落下し、軽やかに地面へ足をつけたイナリと、彼らの側でパタパタと羽ばたきながら高度を下げたお千代。


 その前方。

 裏山の鬱蒼と茂る森の入り口をバックに、ゆらりと筆を持つ白い巨体があった。

 全身を白い体毛に覆われたサルの妖怪、フデ・ショウジョウである。


「ワシがあれほど精魂込めて街中に解き放ったガキツキの群れを、こうも容易く……。あ認めましょう、ニンゲン・ヤタガラス。ワシは、あなたを侮っていたようだ」

「……やめる気は、無いの? こんなふざけた殺人ゲーム……何の為に」

「それはもう当然、人間の文明を討ち滅ぼし、我ら妖怪による夜の文明を打ち立てる為ですよ。このような問答、チョウチン相手に散々やったのではないのですか?」


 ヒヒのように嗤うショウジョウが、筆先を微かに揺らす。

 その軌跡に合わせて墨が虚空に塗られていく様を見て、九十九はいつでも火縄銃を撃てる態勢に入る。


「無駄なのですよ。人間の味方として、昼を尊ぶあなた。妖怪の本能に従い、夜を尊ぶ我ら。相互理解が不可能な事くらい、そろそろ理解してもいいでしょうに。況や『やめる気は無いのか』など……薄っぺらい善性にも程がある!」

「できる事なら……こんな戦いは起きない方がよかった。人間も妖怪も、穏やかに生きるのが一番だったろうに」

「それが薄っぺらいと言っているのですよ。分かり合えない者同士を指して、『分かり合えたかもしれない』という可能性を付加する事そのものが傲慢……! まさしく、あの愚かな(まじな)い師の娘のようだ」


 その言葉に、九十九は思わず激発しかかった。

 今動けば、向こうに先手を取られてしまう。そうして理性が制止しなければ、彼の足はもう2歩ほど前に出ていただろ。


「白衣さんに何をしたっ!?」

「ヒッヒッヒッ……途端に熱くなるとは青いですなぁ。……なに、大した事はしておりません。ただ……たかだか自分の愛用品が妖怪になった程度で、その妖怪に情を抱き、あまつさえ手を差し伸べようとするとは……いやはや。人間とはまこと阿呆な生き物だなぁ、と」

「……訂正するよ。お前には、人間の事も……白衣さんの事も、何1つとして理解できない」

「理解したいとも思いませんよ。じきに縊り殺される滑稽な小娘の事も、今宵を以て滅びに向かう惰弱な種族の事もねェ──ッ!!」


 ショウジョウが大きく筆を動かした。妖気の墨が穂先から溢れ出し、虚空に何かの図形、或いは絵を塗りたくる。

 それと同時に、九十九もまた火縄銃の砲身を敵へと向ける。弾丸は、今しがたの問答の内に装填されている。


 しかし、彼が弾丸を射出するとほぼ同時、サル妖怪の描き出す妖術もまた完成していた。

 夜闇を明るく照らす炎が放たれる一方、それに相対するのは──


「妖術……《万象一筆書き》! さぁ、飲み込まれなさい!」


──土石流。


 荒れ狂う泥水の波濤に、散りばめられた幾つもの岩石。

 一瞬の内に描き抜かれたそれらは、墨としての色と見た目はそのままに、途方も無い破壊力を忠実に再現していた。


 ショウジョウの眼前より溢れ出し、九十九たちのいる方向へと殺到する土砂崩れ。

 そんな質量の暴力を前にして、牽制目的で発射された弾丸程度が叶う筈も無し。

 瞬きするよりも早く、妖気の炎は土石流に飲み込まれてその役目を消失させた。


 だから、こうする。


「坊ちゃん!」

「分かってる! 妖術──《日輪》!」


 最大出力、かつ限界まで圧縮した灼熱。

 それを一気に点火・炸裂させて解き放たれた真紅の弾丸が、今か今かと迫る土石流に真っ正面から衝突した。


 墨によって再現された水、泥、岩、それら全ての質量に加えて速度と物量。

 渾然一体となった死の波濤に喰らいついてなお、炎の砲弾は衰える兆しを見せず──そして。



──BA-DOOM!!



 この通り、盛大な爆発を起こす。

 路上に咲いた真っ赤な日輪が、生み出した爆風と爆炎を以て墨色の土砂崩れを粉微塵に吹き飛ばす。

 炎の妖気はたちまちに墨の妖気を喰らい尽くし、共に熱エネルギーへと変換されながら周囲一帯に放出された。


「これは、また奇天烈な……っ! 単純な出力で言えば、他の妖怪の追随を許さない……という事ですかっ!」


 狂ったようにのたうち回る熱風の嵐に毛を焦がされながらも、フデ・ショウジョウはその場から吹き飛ばされるようなヘマはしない。

 跳ね上げた指先から手早く次の攻撃に繋がる絵を書きながらも、その目は爆発の向こうに消えた標的を探している。


「──見えた! そこですか!」


 果たして九十九は、爆風を裂いて空中に躍り出ていた。

 装束のところどころを焦がしながら夜空を舞い、それでいて銃口は真っ直ぐ敵の中核へと向けられている。


 爆発を目眩ましにして、上空から奇襲をかける形で狙撃する。

 成る程、確かに効果的な戦法だろう。


「ですが、この距離ならワシの方が早い……! 妖術《万象一筆書き》!」


 妖気を込めて書き終えたのは、ジグザグに空を斬る雷の図形。

 それはたちまちに電流を帯びて、目にも留まらぬ速さで上空へと飛翔した。


 驚きに目を見開くニンゲン・ヤタガラスの姿が見えた。

 回避も迎撃も間に合わず、彼の肉体を激しい電撃の矢が貫いて──諸共に消滅する。


「──ッ!? よもや、妖術か……っ!?」


 今度は、フデ・ショウジョウが目を見開く番だ。


 九十九を象った幻影は墨色の雷に貫かれ、泡沫の如く朧と化す。

 彼が見抜いた奇襲はその実、更なる囮として運用されるまやかしであった。


 このような事を成せる妖怪など、この場には1体しかいない。


「しししっ。“しんぷる”故に引っかかるでやしょう?」

「……隙あり。今度は、防がせない」


──まったく別の方向から、今しがた貫いた筈の少年の声がする。


 本物の九十九は、爆風に紛れて物陰に転がり込んでいた。

 肩に乗ったイナリによる“ごまかし”の幻影を隠れ蓑として、敵の側面に回り込んで。


「今度こそ──妖術《日輪》!」


 余裕たっぷりにチャージされた、球状の業火。

 待ってましたと銃口から飛び出した小さな太陽は、真っ直ぐ逸れる事なく獲物へと襲いかかった。


「防げるに決まっているでしょう……! これだけの距離があれば──!?」


 腕が痺れる。筆を取り落とすほどではないが、それでも右腕に力が入らない。

 これでは、咄嗟に防御できるだけの何かを書く事など困難だ。


 一体、何故。

 目だけを動かして見やれば、自ずと答えは見えた。

 右腕にこれでもかと突き刺さり、溶け込んでいく──漆黒の羽根が、何本も自己主張していたのだから。


「如何な絵師とて、“たぶらかし”てしまえば一目瞭然、ですわねっ♪」


 したり顔を力一杯に見せつけ、その上ウインクまでしてみせる黒スズメ。

 お千代の放った麻痺毒の羽根が、ショウジョウの右腕から膂力を奪っているのだから。


「不味、これでは──っ!?」

「──吹っ飛べっ!」


 爆炎が、高らかに噴き上がる。

 銃口よりのたうち回る灼熱は、1体の巨躯妖怪を確かに呑み込んだ。


「やりましたわ!」

「……いや」


 その筈だった。


「まだだっ!?」


 新たな弾丸を即座に装填するには、意識の隙間が足りない。

 故に九十九が咄嗟に出したのは、腕だった。振り抜いた右腕から、ロクに制御もしていない炎を撒き散らす。


 狂おしく炎上する業火の中からナニカが放たれたのは、それとほぼ同時だ。


 墨を空中に塗って形成したのだろうそれは、一見すると何の変哲も無いただの紋様(サイン)

 けれども、炎を突き破ってなお劣化する事の無い耐熱性を持ち、伸縮自在と言わんばかりに襲来するそれをただの紋様(サイン)などとは呼べないだろう。


 九十九が防御の為に噴き上げた炎すら突破して、墨は彼の手首にグルグルと絡みつく。

 その質感はゴムのように靭やかで弾力を持ち、同時に生半可な手段では破れない鉄のような冷たい硬さも帯びていた。


「しま──っ!?」

「遅いっ!」


 少年の右手首に巻き付くや否や、黒い拘束具は思い切り振り回された。

 拘束具の向こう側にいるだろう存在──()()()()()が持つ膂力の前では、齢15でしかない少年の体躯など風船ほどに軽い。


 その場からふわりと浮き上がった小さな少年の体は、空中を真横に吹っ飛んだのち、巨木の腹に勢いよく叩きつけられた。

 あまりの勢いと速度に、衝突した側の巨木すら軋みを上げて陥没し、九十九は血混じりの二酸化炭素を口から吐き出してしまう。


「がは……っ!?」

「坊ちゃま!? そんな……あの状態で坊ちゃまの術を避けられる筈が……」

「ヒッ……ヒッヒッヒッヒッヒ……! それは、慢心と先入観が過ぎるというものですよ、矮小な夜雀……!」


 今にも消え去りゆく爆炎の向こう側から現れたのは、やはりフデ・ショウジョウだ。

 彼の周囲では、炎に舐め取られてボロボロと崩れ落ちる墨の壁がこれでもかと展開されている。

 恐らく、炎と衝撃に耐性を持つような材質に変換した墨で防御したのだろう。


 その上で、ショウジョウの右腕はズタボロになっていた。

 あれほど恐ろしいくらいに白かった右腕の体毛は黒ずみ、焼け焦げや毒素の侵蝕によって爛れていた。

 解毒の為に無理やり妖気をぶち込み、立て続けに必殺の炎を浴びたのだろうが……そうすると、筆を操って妖術を練られた理由が分からない。


 いや、その理由は単純明快だ。

 だって、悪辣なる魔の狒々は今──右手に筆を持っていない。


「ワシは、()()()()ですからね……!」


 妖怪フデ・ショウジョウ。

 彼は、左手でも筆を操り、妖術を行使する事ができた。

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