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其の参拾捌 友達だから

「弥生、こっち! 早く!」

「はぁ、はぁ……はひぃ~。も、もうダメ美季にゃん、あーし走れにゃい……」


 闇に閉ざされた細い路地を、2人の少女が駆ける。

 勝ち気な風の少女がもう1人の手を引っ張って先導し、手を引かれている脳天気な少女は激しい息切れと共に足を動かしていた。

 どちらにしても、走るだけの体力はそうそう残っていない事は容易に見て取れる。


「みっ、美季にゃん……これ、一体何がどうなってんのかなぁ!?」

「ンな事、アタシに言われたって困るよ……! アタシにとってもイミフな事ばっかなんだから!」

「だってさー! あーしの、おきにのポーチが……めちゃカワで好きだったのにぃ~!」

「それを言うなら、アタシの化粧ケースまで()()()()なっちゃったじゃない! 姫華ともぜんっぜん連絡取れないし……」


 ぜひぜひと息を荒く吐きながら、口々に悲鳴染みた声を上げ合う少女たち。

 彼女たちの身に何が起きて、そして何から逃げているのか。

 その答えは、まさしく背後から迫りつつあった。


「エヒャーッ! エヒャヒャヒャヒャ! エヒヒヒヒッ!」

「ニンゲン、オウ! ニンゲン、コロス! オモシロイ!」


 少女たちを殺さんと迫り、意地の悪い嘲笑を上げる2体のガキツキ。

 それらはただ少女たちを見つけ、甚振り殺そうと襲い来ているのではない。その事を、彼女たちの呟きが示していた。


 彼女たちは、姫華と特に親しい2人の友人だ。

 何かと日常を共に過ごし、つい昨日、姫華と共に『現代堂』の陰謀に招かれた。


 占い師を装ったフデ・ショウジョウによって描かれたのが、幸運を招く書紋(シンボル)ではなく、妖術の布石である事など知る由も無く。


 その結果として起きた事態こそが、今だ。

 彼女たちが書紋(シンボル)を書いてもらった小物──ポーチと化粧ケースは、まさしく彼女たちの目の前でガキツキへと変成した。

 当然、そのまま黙って殺されてやる道理など無い。訳も分からないまま逃げ出して、今に至る。


「や……やっぱアレかなぁ……!? あの占い師のおじーちゃんがなんかやった説!? だって、それ以外にそれっぽいの無いもん!」

「い、今それ言ったってどうしようもないでしょ、弥生っ! いや、アタシもそう思わなくはないけど──……って」

「──ほみゃぁぁぁあああああ!?」


 聞き慣れるほどではないが、聞き覚えのある声が前方から轟いてくる。

 走りながらも互いに顔を見合わせ、少女たちが自分たちの走る先によくよく注目してみると──


「エヒヒヒヒヒヒヒッ! ニゲル! ニンゲン、ニゲル! タノシイ! タノシイ!」

「無理無理無理無理無理! 俺っちは全っ然楽しくないんですけどォ!? 頼むから追いかけてこないでくださいお願いしまぁす!」


 自分たちと同じく謎の化け物に追われ、全速力の猛ダッシュでこちらに近付いてくる1人の少年。

 その高校生らしい体つきに見合わぬ背の高さ、そして緊迫していながらも少し抜けた風な表情に、2人は心当たりがあった。


「美季にゃん! あの人、同じクラスの日樫ちんだよ!」

「えっ嘘、日樫!? あんたも追われてんの!?」


 少年の正体こそは、まさしく日樫 光太だ。

 己を殺さんとする怪物から決死の逃走中な彼は、関わりこそ浅いが同じクラスメイトである少女たちの姿に驚愕を発する。


「その声とツラ……灯原(トモバラ)か!? その後ろにいるのは透木(スギ)で……って、ちょい待て!」


 声を上げている間にも、彼我の距離は近付きつつある。当然だ、互いの前方から互いが走ってきているのだから。

 このまま進めば、3人は盛大に正面衝突するだろう。

 それが分かっているからこそ、彼らは足を止めざるを得なかった。足を止めてしまった。


「不味い不味い不味い! これ不味いって! 逃げ場無くね!? 意図してねーのに道の両側から追い込まれた形になっちまってる!」

「えっ!? ……あっ、ホントだ! 後ろからも前からも来てんじゃん!?」

「どうしよ美季にゃん!? 路地裏に逃げ込んだってすぐ──」

「エヒヒヒヒヒエヒャヒャヒャヒャァーッ!」


 少女たちの背後より迫る2体のガキツキ、光太を追いかけてきた1体のガキツキ、締めて3体の異形たち。

 それらが一斉に蠢いて、とうとう追い詰めた3人の弱者たちを食い散らかさんと飛びかかってきた。


「あっやべ、伏せ──あぎゃぁぁぁあああ!?」

「「きゃぁぁぁあ!?」」


 咄嗟に目を動かして、目と鼻の先に小さな路地裏を認めた光太。

 彼は反射的に少女たちを押し倒し、悲鳴を上げながら3人揃って路地裏の奥に転がり込んだ。


 今まさに襲おうとしていた人間たちが視界から消失した事で、ガキツキどもはたたらを踏む。

 行き場を失った爪や牙が空を切り、ギョロギョロとした異形の目はすぐに路地裏へと逃げ込んだ獲物を発見する。


「こっ……ここここ、来ォい! 俺が相手してやっから、女子2人は後ろの柵から向こうに行けますかね!?」

「む、無理ぃ! あーし……もう、足が動かない! せめて、美季にゃんだけでも……」

「馬鹿! あんた見捨てて逃げて何が友達よ! アタシが囮になるから、日樫は弥生をおぶって行って! 早く!」


 互いに庇い合う3人を、おぞましい幽鬼たちがせせら笑う。

 彼らに人間の言葉はさほど理解できない。だが、目の前の愚か者たちが馬鹿馬鹿しい茶番を繰り広げている事は理解できる。


 まったく、馬鹿な者たちだ。誰が誰を庇っても、最後には自分たちが上回って残酷に殺してしまえるというのに。

 自分の死を早め、相手の死を数秒遅らせる事しかできないなど、なんと愚かな人間たちだろう。


「エヒヒヒヒヒッ! オロカ! オロカ!」

「ニンゲン、オロカ! オロカ、サンニン! オモシロイ!」

「コロソウ! コロソウ! オロカ、ゼンブ、コロソウ!」

「「「エヒャヒャヒャヒャヒャ!」」」


 耳に突き刺さるような嘲笑を伴って、ガキツキたちは遂に動き出した。

 その牙で、その爪で、その悪意で、愚かで弱い3人の人間を甚振り殺し、己の快楽を満たす為に。

 彼らの絶望に染まった表情を無惨に引き裂いて、その骸の上でゲラゲラと嗤う為に。


──尤も、そんな下劣な欲望が満たされる筈など無いのだが。


「エヒブビャァッ!?」

「エビュッ!?」

「ギャアギュッ!?」


 直上から降ってきた3発の弾丸が、3体のガキツキを1発ずつ貫いた。

 妖気を捏ねて形成された炎の一撃は、開けた風穴から幽鬼たちを粉微塵に爆散させる。

 ガキツキたちが動き出し、弾丸に貫かれ、爆散するまでに果たして10秒すら要しただろうか?


 ぶわりと頬を撫で髪を焦がす熱風を浴びて、光太たちは呆気に取られてしまう。

 たった今、自分たちを殺そうとしていた脅威全てが一瞬で消滅した現実を、彼らは飲み込めずにいた。


「えっ……? は……え、えぇ? なんだってんだ、一体──」


 そこで、言葉は止まった。

 上空から降り立ち、爆炎を吹き飛ばすように着地した1人の影に、光太は目を奪われた。

 光太だけではない。彼が背後に庇っていた少女2人も、その存在に声を失っている。


 敵か味方か、なんて事はどうでもいい。

 あの化け物どもと同じ存在ではないか、なんて疑念など考える事すらできなかった。


「……大丈夫?」


 ただ、自分たちの前にゆるりと立つ、火縄銃を手に持った黒いマフラーの人物。

 彼が帯びる漆黒の瞳に、彼らはどうしようもない優しさを感じ取った。





 やっべ。

 八咫村 九十九は内心で焦った。


 聞こえてきた悲鳴が光太のものだと分かった瞬間、九十九は居ても立っても居られず即行で現場へ飛んでいった。

 無論、周囲に討ち漏らしたガキツキがいる気配も無く、この場を離れても問題無いと判断したが故の事である。


 果たして光太は、九十九の予測通りガキツキに襲われていた。

 おまけに、姫華の友人であるクラスメイトの少女たちも同様に襲われているとあっては、助けざるを得なかった。


 その結果がこれである。


「あ、あんた……俺たちを、助けて……くれたのか?」


 めちゃくちゃビビられている。

 そう解釈して、九十九は内心で焦った。超焦った。


 見ず知らずの人々から「化け物」と警戒されるのは、まだいい。

 けれど、気心の知れた友人たちから恐怖と警戒を向けられるのは、まだ高校1年生の少年にとってまぁまぁ堪える事だった。


 とはいえ、光太たちの側からしてみれば、素顔の分からない彼は自分たちの命を助けてくれた存在だ。

 その出で立ちにガキツキたちのような悪意や敵意が無い事を感じ取って、誰何(すいか)の声を上げただけに過ぎない。


 要するに、その実ビビっているのは九十九の側というだけの話である。


「えーっと、顔がよく見えないんだけど……あんた、誰? アタシらの知ってる人……って訳でも無い、よね?」

「……うん。君たちをたまたま見つけて、助けた。……それだけだよ」


 なるべく、言葉に情を滲ませないように。意識して言葉を紡ぐ。

 認識阻害のマフラーによって自分の素顔は彼らに分からないとはいえ、知っている相手を前にするとドキドキしてしまうのも事実だ。


 というか1度、姫華を名前で呼んだせいで彼女に正体を悟られてしまっている。

 あの時と同じ轍を踏む訳にはいかない。


「表通りにいた怪物たちは全部片付けた。……なるべく気を付けて、誰か頼れる人と合流するんだ」

「あ、あれだけいた化け物を全部って……!? と、ともかく分かった。もう危険は無いんだな!?」

「この辺は多分……ね。でも、他の場所はそうじゃない。だから、もう行──」

「ね……ねぇ、待って!」


 少女の内の1人が声を上げる。

 限界を超えてまで走っていたのだろう。座り込んだままに九十九を呼び止める彼女は、足が真っ赤に腫れていた。

 友人の静止を受けてもなお、少女は辛抱堪らず問いを投げかける。


「ちょ、ちょっと弥生……!」

「あのっ、黒マフラーのおにーさんさ……どっかで姫華にゃん見なかった!? ずっと連絡が取れないの!」

「……姫華、とは?」

「あ、えっと……白い銀色のストレートがめちゃカワな子! あーしたちと同じくらいの背で、もうめっちゃ綺麗な子なの! もしかしたら、さっきの化け物みたいな奴に襲われてるかも……。だからお願い、姫華にゃんを助けて! あーしの大切な友達だから!」


 見ず知らずの、そして正体不明の何者かに対して必死に懇願する少女。

 ともすれば、彼の持つ銃が自分たちに向けられるかもしれない。そんな可能性を知ってなお、或いはそんな愚考よりも優先すべき事項だと思ったのか。

 彼女にとってはそれほど、白衣 姫華という少女は大切な存在なのだろう。


「……アタシからも、お願い。返せるものとか、何も無いけど……でも、アタシにとっても姫華は大事な親友だもん」

「あっ、それなら俺からもいいか!? 八咫村 九十九っつー、背のちっちぇえ黒髪の男子も見かけたら助けてくれ! こいつらにとっての白衣くらい大事な、俺のダチなんだ! 頼む、この通りだ!」


 友人の懇願に同意を示すもう1人の少女に加え、光太までもが己の友を想う言葉を口にした。

 目の前に立つ人物こそが、その友であるとも知らず。彼の言う「大事なダチ」の正体こそが、自分たちを襲う化け物たちと起源を同じくする存在であるとも知らず。


 だが、九十九はそれを愚かとは思わなかった。

 じわりと滲み出ようとしていた涙を、気合で堪える。


「……分かった。必ず、助ける。だから、君たちは安全な場所に避難していてくれ」

「ほ、ホントか!? マジでありがとな!」

「……うん。約束は、守るよ」


 そう言い残して、少年の体はふわりと宙に浮く。

 まだ、助けるべき人々は多く、倒すべき敵も多いだろう。一刻も早くガキツキの群れを全滅させて、この騒ぎを止めなければならない。


 そしてフデ・ショウジョウを倒し、テカガミ・ジョロウグモも退けて、姫華を助け出す。

 その決意を胸に、再び街へ飛び立とうとして──


「ねぇ! あんた……名前は!?」


 1人の少女が、背中にそう呼びかける。

 そこで一瞬、九十九の動きは止まり……数秒の思考ののち、振り返る事なく口を開いた。


「ヤタガラス。妖怪リトル・ヤタガラスが、僕の名前だ」


 今度こそ、空へ舞い上がる。

 急がなくてはならない。いくら彼らが友人とはいえ、この場に留まってばかりはいられない。

 ……だから、彼らの言葉に何かを返す事もできない。


「ありがとな! おかげで助かったぜ、ヤタガラス!」

「ありがとー、ヤタガラスちん! 姫華にゃんをお願いねー!」

「ヤタガラス、頼んだわよ! それと……アタシからもありがとう!」


 真っ当な感謝を背中に受けて、九十九は飛び去った。

 心の奥底がポカポカと熱を帯びているのは、きっと妖気のせいだろう。そう納得する事にしながら。

灯原(トモバラ) 美季(ミキ):一人称が「アタシ」の方

透木(スギ) 弥生(ヤヨイ):一人称が「あーし」の方

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