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其の参拾陸 夕闇を裂いて

 遠くから……いや、街のあちこちから叫び声が聞こえてくる。

 人々の狼狽し、戦慄し、恐怖する声。それらに混じって、ガキツキたちの下卑たしわがれ声も響いてきていた。


 今しがた自分たちの肌を震わせた奇怪な感覚に、この阿鼻叫喚。

 誰が何を仕出かしたかなど、最早考えるまでもなかった。


「今の感じ……まさか、さっきの術を街単位で使ったのか……!?」

「そんな、嘘で御座いやしょう……!? では、この騒ぎは……街の人間たちの持つ道具が、一斉にガキツキと成って……」

「ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒッ! 見事にやってくれたねェ、フデ。ここからでも、人間どもの阿鼻叫喚が手に取るように分かるよォ」


 2階の室外機に腰掛けた山ン本が、呵々大笑を上げる。

 頭上からの嘲笑に九十九が睨みつけても、彼はヌラリと粘ついた視線を返すのみ。


「これが……お前たちの望んだ事?」

「そうさァ。恨みでも、憎しみでもなく、ただ弱者の慟哭を聴く事に悦びを感じる。それがあたしたち『現代堂』であり、あたしたちが『げえむ』に求めるモノ。その証拠にさァ……ホラ、空を見てみなよォ」


 手に持った煙管(キセル)の切っ先を、路地裏から差し込む空へと向ける。

 それに釣られて、九十九とイナリが顔を上げた先で……彼らは一様に目を見開いた。


 先ほどまでの、夕日が照らす橙色の空などどこにも無い。

 ただ、尋常のそれよりもなお色濃く黒い、夜の空が一面に広がっていたからだ。


「空が……黒い……!? 単に夜が近いからとかじゃなくて……闇が、空を覆ってる……!?」

「こいつぁ……間違いありあせん。80年前、『現代堂』の連中が日本を襲った時と同じ……妖怪への畏れによる、『夜』の侵蝕……!」

「ヒヒヒヒヒ……! かつての夜が昏かったのは何故か? 人間が夜を恐れるからさァ。今の世の夜が明るいのは何故か? 人間が夜を恐れなくなったからさァ。人の想いは容易く世界を変えるもの。なら、その矛先を歪める事だってできるよねェ」


 空を塗り潰す黒を見上げながら、妖怪たちの総大将は虚ろに嗤う。


「この80年、人間は妖怪の存在を忘れて生きてきた。()()()は言わば、その反動さァ。80年ぶりに味わう妖怪への恐怖が、いつもよりも空を闇に染めている。ヒヒヒッ……ここからさァ。ここから、昼の空さえをも夜で蝕み尽くすのよォ」

「……そうは、させない。さっさとこの騒ぎを終わらせて、ショウジョウもジョロウグモも倒して……白衣さんも、助ける。それで、お前たちのふざけた『げえむ』を……僕たちの手で、終わらせる」

「へェ……? 随分と御大層な壮語だねェ。嘯くのは結構だけどさァ、お前さんみたいな青二才にそんな事ができるのかい? ねェ、八咫村の小倅……妖怪ニンゲン・ヤタガラス」

「違う」


 ジロリと、山ン本の伽藍堂染みた視線が突き刺さる。

 おどろおどろしい眼光を前にしても、九十九が揺らぐ事は一切無い。


 軽薄な煙管(キセル)の妖怪とはいたって対称的に、彼の目は明るく確固たるものを宿していた。

 さながら、瞳の奥に消える事の無い炎を灯しているかのように。


「今回の一件で分かった。お前たち『現代堂』の妖怪たちが脅かすのは……人間だけじゃない。皆が大切にしている筈の道具すら貶め、辱める存在だから……僕は、彼らのような“小さい(モノ)”を守る側に立つ」


 左腕を少し広げ、やや下に向ける。

 それが自分に対するものだと悟ったイナリは、即座に飛び上がって左腕を伝い、九十九の肩にしがみついた。

 意図が伝わった事にコクリと頷いて、足元に妖気を集中させる。


「僕は……“小さいモノ(リトル)”の九十九神。妖怪リトル・ヤタガラスだ」


 点火と同時、足裏から発生した爆発を利用して、九十九──リトル・ヤタガラスは空中に躍り出る。

 首元に妖気の黒マフラーを発現させながら、彼の視線は1度、山ン本と交差した。


 プカプカと煙草を()む着物姿の妖怪は、ただ胡乱な目でこちらを見つめ返してくるのみ。

 何も言わない彼の態度からは意識を逸らしたのち、九十九の体は狭い路地裏をすり抜け、ビルよりも高い位置へと到達した。


 妖気を手繰って浮遊感を掴み、空を飛んだままに街を見渡す。

 各地から怒号と悲鳴が飛び交い、ところどころには炎や煙すら見える。


「なんて事でありやすか……!? 術が仕掛けられてからほんの数分で、酷い有様でさ……こいつぁ」

「逆に言えば、まだ被害はそんなに多くない筈……。早くなんとかして、白衣さんを──」

「坊ちゃま~~~~~っ!」


 上手くビルの屋上に着地した2人の下に、遠くから女性の声と共に羽ばたく音が近付いてくる。

 ちんまりと手に収まってしまうほど小さく、真っ黒い羽根を持つスズメ。

 勿論、彼女は九十九たちもよく知る、八咫村家の召使い妖怪である。


「お千代! 来てくれたんだね」

「ええ。そこなキツネと別れて街を探っていたら、坊ちゃまやキツネの気配が消え失せてしまい、そうこうしている内に今度は街規模での妖術……。わたくし、もうどうしたらいいかと……!」

「チッ……あのクソ煙草()みめ。妖術の煙はわてらへの牽制だけじゃなくて、小規模な幽世(かくりよ)の形成にも使っていたんでやすね」


 パタパタと羽ばたきながら九十九の頭上まで辿り着き、彼の頭頂にちょこんと座るお千代。

 彼女は、イナリの吐き捨てるような言葉を聞いて「ふんっ」と嘴を尖らせた。


「あらあらまぁまぁ。そこな自称・筆頭召使いのキツネがいながら、なんという体たらくでしょう。まぁ? 坊ちゃまを無事お守りできた事は? 評価してもよろしいですが?」

「ケッ。今の今まで幽世(かくりよ)の存在すら突き止められなかったスズメは、随分と批評がお上手なようで。大方、大した情報も得られずにピィピィ鳴きながらその辺を飛んでただけでやしょう?」

「ご生憎、わたくしはあなたよりもモノ探しは得意ですの。目ぼしい騒ぎの起点は大体“ちぇっく”済みでしてよ。事が済んだら、わたくしはご当主(ダーリン)に褒めてもらえるでしょうね。あなたとは違って!」

「そいつぁどうでやすかね。ロクに戦闘能力も無いスズメじゃあ、ガキツキ1匹も倒せやしないでしょうや。粋がって敵に突撃した挙げ句、返り討ちに合って泣きながら米粒でも食って終わるだけでさ」

「お?」

「あ?」

「喧嘩してる場合かなぁ……!?」


 キャイキャイと言い合いを始めたマスコット2匹に頭を抱えつつも、目の前に広がる景色に意識を向ける。


 街のあちこちから発せられる妖気の気配。それらが渾然一体となって、九十九たちの知覚能力を眩ませていた。

 このままでは被害が増加し続けるのは勿論、自分たちが探すべき妖怪の気配を正確に見つけ出すのは難しいと言わざるを得ない。


 例えるならば、カレーの匂いが充満している部屋の中から、微かに香るアロマの匂いだけを嗅ぎ分けるようなものだろうか。

 ガキツキたちの妖気が邪魔をして、ショウジョウや、姫華を攫ったジョロウグモの気配などはてんで追えやしない。


「……約束したんだ。白衣さんは、絶対助ける。でも、その為にもまずは……」

「あの邪魔なガキツキどもを排除する、ですわね? そういう事なら、わたくしが完璧に“さぽおと”してみせますわ」

「……できるの? さっきイナリが戦闘能力は無いって……」

「ええまぁ、わたくしの術自体に攻撃力が無いのは事実ですわ。そこなキツネが、ご自分の術の事を棚上げしているのはともかくとして」

「うるせぇやい」

「ともあれ、ですわ。わたくしの術はむしろ、こういう場面でこそ大活躍すると言っていいでしょう。……と、その前に」


 九十九の頭上から飛び立ったお千代は、羽ばたいたままにプクゥ……と嘴を膨らませた。

 間髪入れずに喉の奥から射出されたのは、彼女の肢体よりも大きな1丁の火縄銃。


 嘴から飛び出した勢いで空中を滑り、少年の手に収まったそれは、驚くほど手と指によく馴染む。

 ガシャリと音を立てつつ具合を確かめ、いつでも構えて撃てるよう持ち方を変える。


「これも、家から持ってきてくれたんだね」

「坊ちゃまが十全に戦う為に必要なものですから。これさえあれば百人力でしょう?」


 エヘンと胸を張りつつ、彼の目の前まで移動するお千代。

 そうして彼女は、その黒くつぶらな瞳でお淑やかにウインクしてみせた。


「キツネばかりに坊ちゃまのお側付きはさせませんことよ。わたくしだって、栄えある“八咫派”の妖怪ですから♪」

「うん、ありがとう。助かったよ」


 瀟洒な召使いに感謝の笑みを向けて、混乱の最中にある街を見る。

 グッ……と足裏に力を込めれば、今にも飛び立てる確信と自信があった。


「これが、お前たち『現代堂』の望む夜の闇なら……僕は、それを否定する!」





 一体、何が起きたのか。一体、何が起きているのか。

 妖怪が忘れ去られて久しい現代、それを正確に理解・説明できる人間は存在しないに等しかった。


「エヒャヒャヒャヒャ! クルシメ! モット、クルシメ!」

「オソレロ! オソレロ、ニンゲン!」

「モット! モット、タクサン! タクサン、コロソウ!」


 アスファルトを踏み砕く脚力、電柱を引き裂く爪、車さえ噛み潰す牙。

 人間の喉笛を食い破り、体を引き千切り、事切れた遺体の頭を踏み潰して闊歩する残虐性。


 土地の妖気を吸い上げ、ショウジョウの術によって強化されながら生み出されたガキツキたちは、通常の自我さえ朧気なそれよりも強い。

 同時に──人間へ向ける悪意もまた、強く残忍なものへと変わっていた。


「ミツケタ! ニンゲン、ミツケタ! イタブロウ!」

「ひっ、ひぃいっ!? 来るな、来ると撃つぞォッ!?」


 フードの奥から光る嗜虐的な眼差しに、警察官が尻餅をついた。

 彼の視界には、守るべき市民の遺体が多く転がっていて、その全てが恐怖と苦痛に歪んだまま生を終えている。


 彼らが普段相手にしているのは、あくまで人間の犯罪者である。

 同じ人間である以上、その手口や動機には理解や想像を及ばせる事ができる。


 けれど、目の前の怪物どもは違う。超常的な身体能力と、種族そのものへの悪意を以て、漫画やアニメでしか見た事の無いような破壊行為を働く。

 如何な警察官と言えど、その暴威を前に恐怖に竦んだとして、誰にも責める事はできないだろう。


「う……うわぁあああぁああぁああああぁぁあぁあ!?」


 狂乱状態に陥った警察官が、手に持った拳銃を発砲する。

 銃声と共に放たれた弾丸は……しかし、ガキツキに傷1つ負わせる事はできなかった。


 余裕綽々にこちらへ近付いてくる悪魔へと、何度も何度も引き金を引く。

 人間相手であれば殺傷力の高い弾丸を全身で受け止めてなお、その歩みは止まらない。怯みもしない。

 あっという間に、弾切れが訪れる。引き金が虚しく音を鳴らし、目の前の怪物への対抗手段を失った事を残酷に告げた。


「エヒヒヒヒヒヒヒッ! オモシロイ! オモシロイ! オモチャ、オモシロイ!」

「な……なんなんだよ、この化け物どもはぁっ!? なんでっ、こんな怪物が……何の為に俺たちを……」

「エヒャヒャッ! バケモノ、チガウ! カイブツ、チガウ!」


 ガキツキの口許が大きく歪んだ。

 血塗れの牙が奇怪に鈍く輝き、対抗も逃走も封じられた人間に死を宣告せんとする。


「オレタチ、ヨウカイ! ニンゲン、ホロボス! シネ! エヒャァアーッ!!」


 そうして、審判の時が訪れる。

 勢いよく跳躍して飛びかかった妖怪の牙は、また1人、人間を恐怖と絶望の淵で残虐に──






「お前が……消えろ!」


 果たしてそのガキツキは、己に向けられた銃口の音を認識できただろうか?


──BANG!


 中空から強襲してきた真っ赤な弾丸が、ガキツキの頭部を跡形も無く吹き飛ばした。

 断末魔さえ焼き尽くした妖気の炎は、首から上を失った残骸を瞬く間に呑み込み、灰燼へと還す。

 虚空に消え去ろうとしていた灰燼の一部が頬に貼り付き、たった今殺されようとしていた警察官はポカンと口を開けた。


「は……え、え?」

「ギャアアアッ!?」


 唖然とするのも束の間、事態の急変はそれだけに終わらなかった。


 ある個体は、胴体に焼け焦げた大きな穴が開く。

 ある個体は、上半身ごと左肩から先が消し飛ぶ。

 ある個体は、腰から上が原型を失って四散する。


 次々に飛来する炎の弾丸が、ガキツキだけを的確に撃ち貫いていく。

 襲われようとしていた人間に被害が及ぶ事は無く、時には彼らの脇を正確にすり抜けて着弾していた。

 弾丸を受けた妖怪たちは、いずれも傷口から全身に広がる熱によって内側から崩壊し、消滅する。


 数秒前までガキツキだった灰が、突風に吹かれて真っ黒い気流を生む。

 ボロボロと吹き荒ぶ灰の風を裂いて、1人の影が瓦礫の最中に着地した。


 その場にいた誰もが、彼に注目する。

 遠くからは未だに破壊音が聞こえるが、この場だけは妖怪の嘲笑も人間の悲鳴も無く、やけに静まり返っていた。

 そんな中を、着地した何者かはゆるりと顔を上げる。


「……助けに来た、って言うには遅過ぎるだろうけど」


 夜を思わせるように真っ黒く、風に靡く長いマフラー。

 手に持った火縄銃は古びていて、しかし脆さや粗悪さの一切を感じさせない。


 唯一、素顔だけは何故か認識する事はできなかった。

 靄がかかったように、彼の表情や顔立ちを窺い知る事はできない。


 けれど、彼に助けられた者たちはのちにこう語る。


「妖怪の始末は、妖怪がつける。ここから……反撃開始だ!」


 “彼の黒い眼差しは、まるでヒーローのようだった”と。

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