其の参拾参 呪い師の才能
今日2話目の投稿です。ご注意ください。
「お前さんが持っているのは、紛う事なく呪い師の才能でさ。ですが今の現世で、その血統が絶えず続いているとも思えやせん。恐らくは……突然変異のものでしょうや」
「へ……えぇえええっ!?」
突然そう言われた姫華が素っ頓狂な声を上げたとして、責められる者は誰もいまい。
宣告した当のイナリでさえ、困惑と驚きを隠せないでいたのだから、よほどの事なのだろうと九十九は思った。
「……呪い師って、何をする職業なの? 名前の通り、おまじない……とか?」
「近いようで遠いようで、ってとこでやすね。先ほども言った通り、人間でありながら妖気を操る才を持った者の事でさ。それでいて、坊ちゃんのように妖怪と成った訳でもありやせん」
「えっ……? 人間にも、妖気って操れるの?」
思わず、そう呟かずにはいられなかった。
反射的に思い浮かんだのは、自分が初めて妖怪としての力を得たあの時……敵対する妖怪カタナ・キリサキジャックに突き付けられた言葉。
『そもそも、ただの炎で我ら妖怪を傷つける事はできない。貴様の放つ炎は、妖気を宿した力──即ち、妖術だ。妖術を使える存在なぞ、妖怪以外にあり得ない』
『先ほど変化したばかりの我でさえ、それを本能的に知り得ている。貴様も同じ妖怪ならば、この事実を否定する事はできまい?』
あの時、奴は確かにそう言っていた。
奴の言う通り、あれが本能から生じた知識であるならば……その言葉が嘘偽りであるとは、どうにも思い難い。
「前に、妖術を使える存在は妖怪しかあり得ないって言われた事が……」
「確かに、妖術を扱えるのは妖怪だけでしょうや。ですが、単に妖気を操るだけであれば、素質のある人間にも可能でありやす」
なんとも頓知のような話だ。
そう思わずにはいられないが、その頓知のような違いこそが重要なのだろう。
妖術を使えないとは即ち、九十九や『現代堂』の者たちが使うような超常的な技や現象を起こす事ができないという事。
そういった超常的な技を振るうまでに達しないのであれば、人間にも妖気が扱えておかしくないのかもしれない。
九十九はそう考察しつつ、イナリの解説に耳を傾けた。
「そもそも、地中から吹き出した妖気が空気中を漂っている以上、人間だって体内に妖気を取り入れておりやすからね。それが人間にとって害の無い濃さだから、誰も気に留めていないだけで……」
「……逆に言えば、人間を変質させ得る濃度の妖気を取り込んだら……。人間も、妖気に干渉できるように……変化する?」
「変化、と言えるほど劇的なものではありやせんがね。それが呪い師である事は確かでさ。体質……と言ってもいいやもしれやせん。事実、昔は才能を脈々と受け継ぐ家系があったくらいでやすからね」
イナリのつぶらな瞳が、姫華を捉えた。その事に気付き、彼女は自分の胸をそっと押さえる。
心臓の鼓動が、いやに激しく感じられて仕方が無いのだ。
「彼らにできるのは妖気を手繰り、その流れを自分の都合のいい方向にほんの少しだけズラす事くらい。ですが彼らは、護符や数珠などの……言わば外付け回路を利用して、妖気を変質させる術を身に着けやした。その最高峰が、俗に言う『陰陽師』でさ」
「えっ? 私……陰陽師になれるの?」
「夢がでっかくて結構でやすが、そこまでは難しいでしょうや。才能が足りやせん。時代が明治に移り変わる頃には、呪い師なんて家系どころか素質を持つ者すら途絶えて絶滅したもんだと思っていやした。その点、才能があるだけ奇跡ってもんでさ」
「むぅ……少し、世知辛い話かも」
やや唇を尖らせた姫華に対して、イナリはフルフルと首を横に振る。
「わての“ごまかし”が正常に効かず、記憶を取り戻したのも、その素質に依るのもで御座いやしょうが……そうなると、記憶を消す消さないなどと言っている場合では無いかもしれやせんな」
「それって……白衣さんが、今より危険な状況に巻き込まれるような事?」
「へぇ。呪い師の生き肝……心の臓は、妖気を潤沢に蓄えているだけでなく、人間として持つ生気も豊富かつ芳醇。妖怪がそれを抉り出して喰らえば、より強い力を得られる……とされているんでさ」
「それは……」
息を呑む音が聞こえた。
呪い師の素質を持つ者の生き肝……即ち、姫華の心臓を抉り出して捕食する。
そのようにして力を高める事ができるのであれば、今後も彼女の命を狙う妖怪が現れるだろう事は想像に難くない。
実際、その可能性に行き着いたからこそ、姫華の顔から血の気が引きつつあった。
「妖怪であれば、そいつが呪い師であるかそうでないかを嗅ぎ分ける事は容易いでやしょう。戦う術も知識も持たない今の嬢ちゃんは、そいつらにとって格好の獲物でさ」
「……その割には、イナリはついさっき気付いたみたいだけど。チョウチン・ネコマタの時も、近くにいたのに気付いてなかったみたいだし」
「ケッ。人食いをすればするほど、そういう鼻が効くようになるもんでやしてね。“魔王派”の連中と違って、わては生まれてこの方、人食いは一切やっておりやせん。鼻が鈍いのは、むしろ“八咫派”としての誇りってやつでしょうや」
そういうものか、と一先ず納得する。
確かに九十九としても、イナリが人間を喰って力を得ていたと言われるよりは納得のいく話だ。
それよりも、今重要なのは姫華の事だろう。
イナリの危惧した通り、姫華は既にチョウチン・ネコマタやガキツキに命を狙われていた。
それが彼女の生まれ持つ素質に由来するならば、きっとこれからも似た事態が起きるかもしれない。
そんな九十九の考えを見通してか、同じく思案の中にあった姫華が顔を上げる。
彼女の目には、これまでのように畏れや戸惑いこそ混ざっているものの、それだけではない意志も込められているように感じられた。
「……私、ちゃんと学びたい。呪い師の事とか、妖怪の事とか……色々。自分の身を守るのもそうだけど……何より、私自身が知らないままではいたくないから」
その決意に、真っ先に同意を示したのは九十九だった。
「……ん、分かった。それなら……こういうのは、イナリに任せた方がいいかな? 妖術の事とか、色々詳しいし」
「と、言いやしても……これは、ご当主様にもお伺いを立てねばでしょうや。わてもお千代も生まれついての妖怪。妖気を操ると言っても妖術が本場でやすから、そういった基礎的な技術はやはりご当主様の得手で御座いやしょう」
「そっか。じゃあ、僕からも爺ちゃんにお願いしてみる。勿論、その間に何かあったら僕がどうにかする。……してみせるから」
思いの外あっさりと受け入れられた事に、当の姫華本人が当惑を示した。
目をパチクリと瞬かせて、彼らのやり取りに若干の驚愕を滲ませている。
「えっと……そんなあっさり決めちゃって、いいの? 危険だからやめた方がいい、とか……そういうのを言われると思ったんだけど」
「……正直に言って、危ない事をしてほしくないのは確かだよ。もしかしたら、妖怪との戦いで白衣さんが死んじゃうかもしれないし……何より、僕自身が君を巻き込みたくないから。……でも」
ムッスリとした顔で、少女を見据える。
けれども、その表情が額面通りの感情ではない事を彼女は知っていた。
決して感情豊かではないからこそ、彼の持つ真摯さが目を通して強く伝わってくる。
「それが、白衣さんの本当にやりたい事なら……僕は支えるし、一緒に戦うよ」
「……うん」
彼の優しい言葉が嬉しくて、姫華の口が思わず緩む。
自分を信じてくれた事、自分を慮ってくれた事、自分を肯定してくれた事。
その全てが、荒んでいたこれまでを癒やしてくれるようで……。
「ありがとう、八咫村くん……ううん。九十九く──」
「ヒヒヒッ、乳繰り合いも結構だけどさァ。今回の『ぷれいやあ』が、そろそろテコ入れをしたいとの事でねェ」
もうもうと、煙が立ち込める。
何の前触れも無しに湧き出した煙は、九十九たちのいる路地裏を瞬く間に取り囲む。
3人が気付いた頃には、ツンと鼻を刺す煙の匂いがむせ返るほどに充満していた。
その嫌になるほど甘ったるく、それでいて青臭い煙の匂いを嗅いで、九十九とイナリは目を見開く。
そんな匂いを好む存在など、彼らが考える限り1人しか存在しなかった。
「このっ、甘い匂いの煙……どこかで……」
「わての鼻が馬鹿になっちまうほど濃い妖気の香り……妖術の煙、煙草!? まさか──ッ!?」
「ヒヒヒヒヒ。そのまさかさァ、“八咫派”の小姓ギツネ。80年も油揚げばかり喰って、ちィとばかし勘が鈍ってるんじゃァないのかい?」
人を嘲笑う悪意に満ちた、軽薄な声色。
頭上から発せられたそれに反応して見上げてみれば、やはり予想通りの人物がそこにいた。
ビルの2階部分に置かれたらしいエアコンの室外機に腰掛け、驚くほど長い煙管からプカプカと煙草を喫む男。
全体的に枯れ木のような、どこか虚無的な雰囲気をアクセサリーの如く纏った着物姿の彼こそ、かつて九十九が邂逅した人物。
妖怪カタナ・キリサキジャックを生み出し、白昼の博物館を惨劇の渦中へと変貌させた恐るべき──
「お前が……爺ちゃんたちの言う、山ン本……!?」
「ヒヒッ。あァ、そうとも。あたしこそ“魔王”山ン本 五郎左衛門が2代目、字を山ン本。またの名を『現代堂』総大将、妖怪キセル・ヌラリヒョンさァ。以後、よろしくお願いするよォ……ヒヒヒヒヒッ!」
享楽的な嗤い声が、九十九たちの耳に刺々しい不快感を植え付ける。
その伽藍堂のような目が細まり、眼下の者たちをジロリと睨めつけた──その直後。
「きゃあぁあっ!?」
「ッ!? 白衣さん!?」
悲鳴に驚き振り向けば、今まさに背後から姫華に組み付き拘束する老爺の姿を認めた。
見るからにヒョロヒョロとした肢体にも拘わらず、その膂力は姫華に一切の抵抗も、拘束からの脱出も許さない。
九十九やイナリが動こうとするや否や、老爺はギロリとドス黒い眼光を放った。
目や身に着けた装束の漆黒に相反するように、その肌や髪は恐ろしいほどに真っ白い。
「ヒッヒッヒッヒ……ああ、近付くのはオススメしませんよ。あなたがワシを攻撃するよりも、ワシがこの女子の首をへし折る方がよほど早いですからの」
「ぐ、うぅう……っ!? この、人……昨日会った、占い師の……!?」
「おお、覚えておいてくださったとは、嬉しい限りですな。ワシもよく覚えておりますよ。折角、ワシの『げえむ』に必要な仕掛けを仕込もうとしていたのに、つれない返事を頂きましたからなぁ……ヒッヒッヒッヒッヒ」
サルを思わせる、不愉快で上擦った嗤い声。
そんな老爺の嘲笑を愉快そうに聞きながら、山ン本はもう1度九十九たちを見た。
手に持った煙管の先端が彼らを指し示す様は、さながら獲物の喉元に突き付けられた剣の切っ先のよう。
「さァ……派手な花火を上げて、本格的に『げえむ』を始めようじゃァないか。妖怪と、人間の、命を賭けた殺戮ごっこをねェ。ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒッ!」




