其の弐拾肆 白衣さんは噂話が嫌い
今日2話目の投稿です。ご注意ください。
「私ね、オカルトってあんまり好きじゃないの。好んで話したいとも、そういう話題に混ざりたいとも思えなくてさ」
そう語りながら、姫華は不意に目線を上げて空を見た。
雲ひとつ無い綺麗な青空が、少しばかりの嫌な気持ちを洗い流してくれる。彼女はそう感じていた。
「幽霊とか宇宙人とか、あとUMAとか。そういうのも全然信じてないし、むしろ嫌いまであるわ」
「……それで、妖怪も?」
「そういう事。妖怪だって、幽霊と似たようなものでしょ?」
ぷぅ、と少女の白くきめ細やかな頬が更に膨らみを見せる。
それはまるでお餅のようだなと仄かに思う九十九だったが、それを口にすれば光太から更なる追撃が来るだろう事は想像に難くない。
故に言葉をぐっと飲み込み、言葉の続きを待った。
「おまじないとか占いが嫌いなのも、その延長線みたいなものよ。非科学的なものが嫌い……とかじゃなくて、なんて言えばいいのかしら」
「怪談とか都市伝説とか……そういう、法螺話っぽいのが苦手?」
「そうなるの、かな。だから、皆の間で変なおまじないが流行ったり廃ったりを繰り返してるのって……正直、愉快な気持ちじゃなくて」
眉を潜めて口角を弛ませて、困った風の笑みを作る姫華。
それは、自分の感性が一般的なものではないという自覚を携えた表情だった。
彼女の心情を察し取りながら、光太は背もたれ代わりのフェンスに体重を預ける。
紙パックの中の牛乳は底をついて、ストローから小気味よい空気音が聞こえてくる。
「……めっちゃくちゃドストレートというか明け透けに言っちゃってるけどさ。それ、俺らに言ってもよかった系のやつ?」
「流石に、他の人の前ではここまでハッキリと言わないわよ。おまじないとかに肯定的な友達も多いし、少数派は私の方だってちゃんと分かってるから。でも、あなたたちの前だったらいいかなって」
「信頼……重くない? どうしよ九十九。俺ら、この美少女になんか弱みとか握られてんのかな」
「そういう訳じゃないと思うよ。でも……」
九十九の眠たそうな目の奥には、姫華の姿がくっきりと映っている。
「僕も、光太も。そういうの馬鹿にしないし……馬鹿にする人の事、嫌いでしょ?」
「……まーな。誰かに迷惑かけるようなもんじゃあるめーし、人の好き嫌いとか、信念に関わるモンを貶す下品な舌は持っちゃいねーさ。そんなのよ、全然粋じゃねーだろ」
「だからだと思うよ」
目の前に座る少女は、自分の感性がズレていると分かっていながら、ポピュラーなものに対して否定の言葉を口にした。
それも、自分たちならそれを吹聴も揶揄もしないと信じた上で、である。
それが如何なる意図にせよ、そこに真剣な感情を見い出せないほど野暮な人間ではない。
少なくとも、九十九は自分の事をそう定義していた。
「カッコ悪い真似、したくないもんね。光太も、僕も」
「……ふふっ。そう言ってくれてありがとね、八咫村くん」
その笑顔からは、姫華の隠し切れない嬉しさが滲み出ていた。
よいせと立ち上がった彼女の全身を、吹き抜けるようにして気持ちのいい風が撫でる。
白と銀の髪がさらさらと艶やかに揺れるその姿は、1枚の絵画のようにも見える。
九十九は、自分がその光景に見惚れていたと気付くまでに、凡そ4秒ほどの時間を要した。
我に返った瞬間、咄嗟に光太の方を見る。彼が頬を掻いている様に、ほっと一安心。
もし気付かれていたら、これでもかと煽られていた事だろう。
「そろそろお昼休みも終わるから、八咫村くんたちも教室に戻った方がいいんじゃないかしら」
「あ……そうだね。じゃ、僕らも戻った方がいいのかな?」
「そうだにゃー。次の授業、美術だっけ? 美術のセンセー、怒るとめっちゃこえーからな」
「私は優しい人だと思うけどね、あの先生。……ああ、そうそう。それで思い出した」
そこで、姫華はポンと手を叩いて九十九と光太に向き直った。
なんだなんだと訝しむ男子2人に対して、彼女は「好きじゃない話題だから話半分にしか聞いてなかったんだけど」と前置きする。
「さっきのおまじないの噂……占い師、だっけ? その人の居場所を聞いた事があるわ」
「ほー、そりゃマジ? 探そうとしても見つからないって話だけど」
「そんなに興味無かったから、詳しくは聞いてないんだけどね。友達が言うには……街のどこかにある、古い美術品を扱うお店の前にいるらしいわ」
ビクリ。
九十九は、自分の傍に置いてあったリュックサックが激しく震えた事を知覚した。
「古い美術品……古美術商って事か?」
「多分だけど、そうじゃないかしら。とはいえ、そのお店の場所が分からないんだけどね。お店の場所が、どの地図にも載ってないらしいから」
「そいつはまた古風で味のある話だな。噂とか抜きに、見かけたら覗いてみても良さそうだな」
「それこそ、探そうとして見つかるものなのかなぁ……? 店の名前も分かってないみたいだし……」
「そこは追々ってとこだろ。そんじゃ、俺らも戻りますかねー」
よっこいしょと声を漏らして立ち上がった光太は、そのまま屋上の扉に向かって歩いていく。
姫華も彼に倣って教室に戻ろうとし、それに九十九もまた続こうとして……
「……っと?」
ゴツンと、リュックサックが体にぶつかってくる。
それを為した者の正体を、九十九は知っていた。知っているからこそ、わたわたと慌てて内側から顔を出そうとする彼を手伝い、ファスナーを開けてやる。
「……どうしたの? こんな近距離だけど、光太たちに“ごまかし”の術って効く?」
「ええ、そいつは勿論。わての手練手管を舐めるんじゃありやせんぜ」
心なしか息苦しそうに、スポッと大きな顔を出してきたのは、やはりイナリだ。
彼が用いる“ごまかし”の術によって、彼と九十九のやり取りは外から認識されなくなる。
それでも、光太と姫華が間近にいるのは事実であり……それを鑑みた上でなお、今ここで話したい事がある。
そんな意図が、彼の強張った表情から読み取れた。
「それで、何? おまじないの事?」
「いえ、近いと言えば近いでやすが……その占い師がいるという店の事で、わてに心当たりがありやす」
デフォルメされたキツネのような外見であっても分かるほど、イナリは深刻な面持ちを浮かべていた。
それはつまり、件の店が妖怪の何某かに関わるものである事を意味している。
「地図に存在しない古美術商……そいつは恐らく、昔からこの街に伝わる都市伝説でさ。そして、その店の名前は……『現代堂』」
「現代……って、それ。まさか」
「ええ」
九十九の驚愕に対して、肯定の意を込めた頷きが返される。
「わてら“八咫派”の敵であり、これから坊ちゃんが戦う事になる相手……妖怪集団『現代堂』の本拠地でさ。そして山ン本は、その古美術商の店主を装っていやす。……件の呪い、もう少し詳しく洗い直した方が良ぉ御座いやしょう」




