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其の弐拾参 幸運のおまじない

「そういやよー、九十九っち。最近出回ってる噂、知ってっか?」


 その日の昼休みの事である。


 九十九たちの通う高校は、最近の学校にしては珍しく校舎の屋上が開放されている。

 目敏い生徒であれば、昼休みなどに屋上に出て昼食を取る者も少なくなく──そして、九十九と光太もその内の2人だ。


「うーん……どの噂? あんまりアングラなところ見ないから詳しくないよ、僕」

「そうそうアングラなとこばっかじゃねーやい。学校関連のSNSとか見りゃ結構な種類の法螺話与太話が流れてくるぜ?」

「それこそ見ないなぁ……。皆が好き勝手に言ってる噂話なんて、信憑性とか皆無でしょ」

「そもそも噂話なんて、ネット小説感覚で話半分に見るものだもんげ。適度にトンチキ話を摂取するのも人生を程よく生きるコツだぜ明智くん」


 自信一杯に発言する親友を横目に、九十九はそういうものかと思いつつおにぎりを食べ進める。

 光太はフェンスにもたれかかりながら大盛りの焼きそばパンを頬張り、鼻についたマヨネーズを指先で軽く拭ってスマホを操作し始める。


「前置きはこの辺でいいか。ほれ、これ見んしゃい。最近のトレンドっつったらこれっしょ」

「んー……幸運を呼ぶおまじないの書紋(シンボル)……? 何それ、そんなのが流行ってるの?」

「そらオメー、年頃のオンナノコってのは恋と占いとおまじないが大好物だからネー」

「めちゃくちゃ偏見入ってない……?」


 困惑を交えながらも覗き込んだ画面には、この高校の生徒たちが使っているらしいSNSがいくつか表示されていた。

 SNSに投稿されている画像は様々だが、その内のいくつかに共通点がある事に気付く。


 散見される、可愛らしい小物やアクセサリーを身に着けた同じ年代の女子たちの写真。

 尋常のそれと異なるのは、そうしたアクセサリー類に何らかの紋様(サイン)が黒いインクらしきもので書き込まれている点だ。

 写真の中の女子たちは、それらを見せびらかすように身に着けていた。


「これ……何? 習字みたいな……というか、墨?」

「おっ、中々いい気付きじゃねーの。なんかさ、どっかの占い師だかなんだかがアクセサリーに墨で印を書いてくれんだってさ。んで、それ持ってるとめちゃくちゃラッキー! とか」

「……それ、皆信じてるの?」

「信じてる奴はな。占いってのは過ぎれば毒だが、程々なら薬なのさ。その証拠に、ほれ」


 スマホを指揮棒に見立てて軽く振る光太。

 その先に何があるのかと見てみれば、数人の女子が互いに各々のアクセサリーを見せ合っていた。


 ……それらのアクセサリーにはいずれも、黒い墨で奇っ怪な書紋(シンボル)が書き込まれている。

 その大きさや書き込まれた位置はまばらなようだが、形状や書き方の癖は一致しているように見えるだろう。


「割りと流行ってる……いつの間に」

「人間誰しも、自分の興味が向かないものはとことん意識の外にあるもんさ。とはいえ、あの占いとやら関してはパチモンも多いみてーだけどな」

「んー……? どういう事?」

「その占い師サマがどこで何をしてるか分かんねーってコト」


 焼きそばパンの最後の一欠片をあんぐりと頬張り切って、紙パックの牛乳で流し込む。

 ストローからズズッという詰まった音を聞いたのち、光太は両手を広げて「やれやれ」と言った風なジェスチャーを見せた。


「この街にいるのは確実っぽいんだよな。実際、ここの生徒だけじゃなくて他所のJKとかOLさん方も知ってるっぽいし。でも、誰も占い師のいる場所を知らない。偶然街角で出会って、そこで書紋(シンボル)を書いてもらった。その繰り返し」

「なんか……都市伝説化してない?」

「してますねぇ、見事に。その証拠に、幸運を呼ぶ書紋(シンボル)の事は知ってても占い師の存在自体は信じてねーって奴がチラホラいるもん。そいつらはそういうファッションだと思って、墨だ油性ペンだを用意して自分で書いてるらしい」

「まぁ……おまじないとしてはそれが正しいのかもね。変にお金取られるよりは……」


 肩を竦める親友を横目に、九十九も紙パックに刺したストローを小さく咥える。

 ズズズと音を立てつつ吸い上げれば、甘酸っぱい野菜ジュースの味が口一杯に広がっていく。


「にしても、幸運のおまじないね……本当に効果あるの?」

「さぁ? 俺っちも実際に試した訳じゃないしー? ンな事しなくなって俺くんはいつだって元気100倍ラッキーマンよ」

「その自信はどこから来るのかなぁ。まぁ、光太が占いとか気にするようなタチじゃないのは知ってるけどさ……」

「……八咫村くんたちも、そのおまじないに興味あるんだ?」


 頭上から投げかけられた言葉に、ふいと顔を上げる。

 少し屈むようにして2人を見ていた人物と目が合い、果たしてその()()は声から想像できた通りの人物だった。


「……あ、白衣さん。白衣さんも屋上に来てたんだ」

「まぁね。天気の良い日は、ここにいると風が気持ちいいから」


 その言葉通りに吹いた風が、少女──姫華の長い髪を優しく撫でるように靡かせた。

 彼女の銀がかった白色の髪は、日の光を反射してなんとも美しく綺麗に思える。


 しかし、そんな姫華の表情はなんとも優れない風に見えた。歪められた眉は、どことなく不満げな感情を表している。


「うっす白衣、最近なんか絡み多いね。俺らみたいなカーストの下の方と関わってていいのかにゃー?」

「私はそうは思わないけどね。八咫村くんも日樫くんも、いい人だもん。相手がよっぽどの不良や悪人ならともかく、私が付き合う相手は私が選ぶし、それについて外野からとやかく言われる謂れは無いわ」

「そっか。……そういう考え方、僕は素敵だなって思うよ」

「そう? そう言われると嬉しいかな」


 九十九の言葉に小さく笑みを見せ、その場にしゃがみ込む。

 自分の膝を支えに頬杖をついた姫華は、先ほどの会話を思い返すようにして口を開いた。


「それで、さっきの話なんだけど」

「おん? あー、幸運を呼ぶ書紋(シンボル)のおまじないについてか?」

「ええ、そうよ。あなたたちも、その噂に興味があったりするのかなって」

「うーん、そうだなぁ……。興味があるというより、半分くらい与太話感覚で話してただけなんだけど……」


 じっと、姫華の目を見やる。

 少年の眠たげな目線が、少女の透き通った瞳の奥にくっきりと映し出される。


「そう言う白衣さんは、噂を信じてるの?」

「いいえ? 全然。むしろ大嫌いなくらい」

「そっか」


 あんまりにもキッパリとした発言と、あんまりにもあっさりとした反応に、光太はストロー越しに牛乳を噴き出しかけた。


「ゲホッ、ゲホ……! ちょっと? ちょっと白衣さん? そして九十九くん?」

「白衣さん、おまじない嫌いなんだ? それって、こないだ言ってた妖怪を信じてないっていうのと関係ある?」

「そして九十九くん!?」


 あまりにもあんまりなデリカシー皆無の物言いを仕出かした九十九に対して、親友から必殺のヘッドロックが放たれた。

 ガタイのいい高身長男子が繰り出した絞め技に、まさしくカラスのように「ぐええ」というか弱い悲鳴が漏れる。


「俺さぁ、前も言ったよね? 身内以外とのコミュニケーションではもうちょっとデリカシーとかコンプライアンスに配慮しようってさ。学んでないのかなぁ、学んでないんだねぇ。お前の知能指数は勉強以外に用いられないのかい?」

「苦しい……苦しいから、光太。僕が悪かったから、ちゃんと謝るから……ね?」

「……別に気にしてないから大丈夫よ。それに……」


 ほんの一瞬、姫華の目線は自分の胸元……服の下に向けられた。

 けれど、ヘッドロックを解く解かないで揉めていた九十九と光太は、その目線の動きに気が付かなかった。


「まぁ、それなりに隠してる事ではあるけど……あなたたち相手なら、いいか」


 両手で頬をつき、その白い肌をもっちりと膨らませながら。

 姫華は小さく唇を尖らせて、仕方ないなとやおらに語り始めた。

今日はこの後【20:00】より追加投稿を行います。

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