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其の弐拾弐 新しい朝

新章開始。

第1~2章よりも長めの章になります。

 日が沈み、夜が来て、月が昇り、やがて沈み、また日が昇って朝が来る。

 窓から差し込む朝日と、小鳥の鳴き声。それらに意識を刺激され、九十九はゆっくりと目を覚ました。


「ん……朝か……」


 目がボソボソと小刻みに瞬きを繰り返し、意識がまだ完全には覚醒していない事を言外に語る。

 欠伸をしつつも布団から起き上がり、春の朝日に目を細めながらもじっと空を見た。


「……なんか、朝に弱くなった気がする」


 そう思い始めたのは、妖怪の力に覚醒(めざ)めて以降だった気がする。

 太陽を司る八咫烏が源流にあるならば、朝や昼はむしろホームグラウンドと言っていい筈だ。

 それなのに、夜が近付くほどに心地良さを感じるようになったのは、やはりどこまでいっても夜の側で生きる妖怪だからなのだろう。


「色々、と……考える事も、多いか」


 誰に言う訳でもない呟きを落としつつ、眠たいながらも手早く着替えを終え、リュックサックを手に取った。


 妖怪に纏わる諸々に巻き込まれてより早2週間と少し。考えるべき課題は未だに多い。

 自分自身の事。自分が得た力の事。これからの事。敵である『現代堂』の事。彼らが行う『げえむ』の事。

 そして、妖怪たちの魔手からどうやって皆を守るかという事。


 課題は多く、問題も多く、それらの解もまた多い。

 それら全てを1度に解き明かす事などできないのだから、一先ずは1階に降りて朝食を食べるところから始めよう。

 そう結論付けて木製の階段を降りると、台所からひょっこりと顔を出した四十万を見つける。


「爺ちゃん、おはよう」

「おお。おはよう、九十九。朝餉ができておるから食べようか」

「ん……イナリとお千代は?」

「配膳の支度をしておるよ。さ、早く食わねば学校に遅れるぞ」


 祖父の言葉にコクリと頷いてちゃぶ台の前に座れば、見慣れたキツネとスズメが台所の方から現れる。

 イナリは朝食の乗ったお盆を頭の上に乗せてバランスを崩す事なく、お千代は紐で括った炊飯器を両足で掴んでパタパタと飛びながら、それぞれ居間まで運んできた。


「おはよう御座んす、坊ちゃん。今日の朝飯は納豆にアジの開きとおあげの味噌汁、それとほうれん草のお浸しでさ」

「おお……いつも思うけど、朝から豪勢だね。家にいた頃はそんなにしっかり食べなかったな……」

「まぁ、坊ちゃま。それはいけませんわ。朝からきちんと食べなければ力は出ませんことよ?」


 そんな雑談をしつつも、彼らはテキパキと朝食の配膳を進め、そして終わらせる。

 凡そ現実とは思い難い光景だが、曲がりなりにも彼らは妖怪。なんとも器用で力持ちなものだと思った。

 そうこうしている間にも朝食の支度が終わり、九十九の対面に四十万が座る。


「では、いただこうか」

「ん……いただきます」


 手を合わせ、食べ始める。

 彼らの傍ではイナリが油揚げを齧り、お千代が米粒を頬張っていた。

 妖怪たちと食卓を囲み、食事を取る。そんな光景も、この2週間ですっかり慣れてしまったものだ。


 九十九の祖母である妻が亡くなって以降、四十万は1人でこの小さな屋敷に暮らしているものとばかり思っていた。

 しかし実際は、イナリとお千代という2体の召使い妖怪がいた。彼らが共に暮らしているのであれば、これまでの生活にもさほど不安は無いだろう。

 きっと、孫たちが遊びに来る時はこっそりどこかに隠れていたのかもしれない。


「このところは平和だね……このまま続けばいいのだけど」

「うむ……それは難しいじゃろうなぁ。いつ奴ばらが次の行動を起こすやも分からん」


 九十九の納豆をかき混ぜながらの呟きに、四十万は味噌汁を啜りながら答える。

 先の妖怪チョウチン・ネコマタとの戦闘から2週間ほどが過ぎたが、今のところはおかしな事件も起きていない。

 だが、それが単なる静かな平穏などではない事を、彼らはよく理解していた。


「80年前、奴ら『現代堂』は……単なる、というのもなんじゃが、単なる殺戮や破壊活動を主に行っておった。じゃが、今回の奴らは以前とは違うような気がするのう」

「あいつらは……自分たちのやってる事を『げえむ』と呼んでた。それを行う時に一定のルールがある……みたいな事も」

「うむ、それは以前も聞いた。こないだ現れたという妖怪の言が正しければ、奴ばらは人間を害する手法を大幅に変えたという事じゃろう」


 キュウリの浅漬けを箸で摘み、ポリポリと噛み砕く。

 齢90を越したというのに随分と歯が丈夫である。事実、四十万の歯は1本とて欠ける事なく、その全てが真っ白だった。


「1度に1体しか『げえむ』に挑戦できない……。爺ちゃんたちの言う80年前よりもかなりスケールの小さい話だけど、本当に効果があるの?」

「坊ちゃま、奴らの目的は人間に自分たちを恐れさせる事ですわ。人間が妖怪を恐怖すればするほど、彼らの求める夜の力が強まりますの。であれば、この80年で奴らは『量』ではなく『質』を重要視するようになったのかもしれませんわね」

「質……か。例えば?」


 その問いに答えたのは、米粒をモリモリ頬張り中のお千代ではなく、次の油揚げに手を伸ばそうとしていたイナリだ。


「想像してみてくださいやし。片や、凶暴な妖怪の軍勢と人間の戦車や戦闘機が激しく激突する“もんすたあ”映画。片や、心霊“すぽっと”に踏み込んだ若者たちが1人1人呪い殺される“ほらあ”映画。どっちの方が怖いと思いやすか?」

「それは……どっちも怖い、けど……でも、そうだな。モンスター映画なら最終的に人間の英知が勝ちそうだし、ホラー映画は逃げ切れたと思ったところで殺されてバッドエンド……みたいなオチがよくあるよね」

「そういう事でさ。強大な兵器が通じない……という落差から来る恐怖もありやすが、単に質を求めるのであれば『自分では太刀打ちできない』という絶望を維持させたまま追い込む方が手っ取り早い」


 ガジガジと油揚げを齧るイナリを見やり、四十万はアジの開きから綺麗な所作で骨を外した。


「科学と文明の発展により、人間は夜を恐れないようになった。放射能を吐く怪獣は兵器の力で海中に没し、宇宙からの侵略者は戦闘機の特攻で撃墜。そうでない者どもも、光の国の巨人が倒す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のじゃよ」

「だから……規模を小さくする。世界を滅ぼす強大な侵略者じゃなくて、日常を少しずつ蝕む怪談にまでスケールダウンする」

「恐らくは、そういう腹積もりなのじゃろう。『げえむ』とやらの参加者が1度に1体なのも、相互の競合を避ける為かもしれぬ。それぞれの手口が混ざり合って『理解できなさ過ぎる』のも、それはそれで恐怖の質が落ちるからの」


 納豆ご飯をサクサクと掻き込みつつ、味噌汁で口内をリセット。

 ほうれん草のお浸しを摘み、九十九は成る程と頷いた。こうして複数人で考察すれば、相手のやり口にも理解を及ばせる事ができる。


「もしくは……仮に怪異が解決できたとしても、新しい妖怪が次の『げえむ』を始める。そんな『終わりが見えない』っていう絶望と徒労感を引き出したい、とか?」

「そんなところじゃろうな。そして困った事に、奴ばらがどのような手口で攻撃してくるかは()()()()()()()()()()()()()()()()()。まさしく“ほらあ”映画じゃのう……と」


 そこで言葉を切り、空になった茶碗を置いたのちにお茶を口にする。

 熱い緑茶で喉を潤して「ふぅ……」と温かな息を吐いた頃には、他の面々も朝食を食べ終えていた。

 コン、という音を立てながら、湯呑みがちゃぶ台の上に置かれる。


「九十九よ、昼の日常を大事にしなさい。お前が昼の側に重きを置き、光を愛し尊ぶほどに、それは夜の側たる『現代堂』と戦う為の心の支えとなる。決して、夜の闇に慣れ過ぎてはいかんぞ」

「うん。……僕も、望んであいつらみたいな存在になりたいとは思わない」


 ごちそうさまでしたと軽く手を合わせ、立ち上がる。

 九十九がリュックサックを背負うと、示し合わせたようにイナリが跳躍し、その中にスッポリと潜り込んだ。

 軽く揺すって具合を確かめ、ファスナーの隙間から覗くちっちゃなサムズアップに頷きをひとつ。


「今の僕はもう、半分は人間じゃなくなったけど……それでも、もう半分は人間だから。守りたいものも、昼の側にある。……いってきます」

「うむ。いってらっしゃい、九十九。気を付けて行くのじゃぞ」

「いってらっしゃいまし、坊ちゃま。イナリ、ちゃんと坊ちゃまをお守りくださいましね?」

「ケッ、わざわざスズメに言われんでも分かってらぁ」


 召使い同士のやり取りを背中で聞きながら、九十九は玄関で手早くシューズを履く。

 そうして引き戸式のドアを開き、屋敷の外に出ると──


「ん……?」

「あっ」


 朝の陽光を受けて、キラキラ煌めく白と銀の長髪。微かな照りさえ見せないほどサラサラとした白い肌。

 たった今玄関を出てきたばかりの九十九の姿を認め、彼女は驚き混じりに目を瞬かせた。


「おはよ、八咫村くん」

「白衣さんか、おはよう。そういえば、この辺に住んでるんだっけ」

「うん、そうよ。……そっか、八咫村くんが引っ越したのってここだったんだ」


 物珍しげに屋敷の外観を見つめる少女──白衣 姫華。

 少し前から何故か距離の縮まったクラスメイトとの思わぬ遭遇に、互いの顔を見やりつつ、どちらからともなく頬を掻いた。


「ふふっ……まさか、こんな朝早くに八咫村くんに会うなんて思わなかった」

「そうだね、僕も少し驚いてるよ。……じゃあ、一緒に登校する? 多分、道も同じでしょ?」

「ほえ?」


 姫華の目が丸まった。

 素っ頓狂な声を上げた彼女の瞳は、驚きでほんのちょっと見開かれている。


「……どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない。そうだね、行こっか」

「ん……」


 会話もそこそこに歩き出す2人。

 リュックサックから少しばかり顔を出したイナリが「いやぁ、楽しい心地で御座いやすねぇ」などと呟いていたが、九十九はその意味が分からないでいた。

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