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其の弐拾壱 失ったものもあるけれど

「それで……イナリ。この後、どうすればいいかな……?」

「何も考えてなかったんでやすね、坊ちゃん。まぁ、とりあえずは……目撃者をどうにかせにゃならんでしょうや」


 クイッと後ろを振り向くイナリ。ぬいぐるみを思わせる外見なだけに、彼の首は果たしてどこからどこまでなのだろうかと九十九は思った。

 振り向いた先でちっちゃな瞳が捉えたのは、当然ながら姫華と灰管の2人だ。


 姫華は捻挫したままの足首を押さえながら、2人の妖怪をじっと見つめている。

 一方の灰管はと言えば、先の言葉を受けて「ひ、ひぃっ!?」と怯えるように声を荒らげた。


「目撃者を、どっ、どうにかって……まさか、殺すのか!? お前らも結局、あの化け物と同じで……!」

「人聞き……じゃなくて、キツネ聞きの悪い事を言うんじゃありやせんぜ。わての術で、ちょっとばかし記憶を弄らせてもらうだけでさ」

「あ、“ごまかし”の術ってそういう事もできるんだ?」

「へぇ。わての妖術が何を“ごまかす”かと言えば、そりゃあ人の認識で御座いやすからね。むしろ、記憶の“ごまかし”は初歩の初歩でさ」


 えへんと胸を張るキツネ妖怪の頭部で、耳がピコピコと自己主張。

 彼が使う妖術のオールマイティ具合に舌を巻きつつ、九十九は先の戦闘で負った頬の焦げ跡を軽く掻いた。


「じゃあ……お願いできる? あんな恐ろしい体験、白衣さんたちも覚えてない方が幸せだろうし」

「へぇ。ま、これに関してはわてら妖怪の存在を社会から隠す意味もありやすが……ともあれ。今からお前さんらの、今夜あった事に関する記憶を消しやす。構いやせんね?」

「ワケ分かんねぇ……ワケ分かんねぇよっ! お前らの言う事が全部本当だって証拠あんのかよ!? 記憶を消すとかなんとか言って、本当は俺たちを殺すつもりじゃ……」

「道人、黙って」


 ひたすらに大声で叫ぶ幼馴染を、姫華が切って捨てる。


「この人たちは……私たちを助けてくれたのよ。彼らが来なかったら、私たちは今頃……あのネコの妖怪に殺されて、食べられてた。……あなたの友達みたいに」

「……っ! なんだよ、お前はこの化け物どもの肩を持つのか!? あのネコもこいつらも、どっちも似たような化け物だろうが! お、俺たち殺されかけて……」

「黙って!」


 少女の叫びが、夜空に強く響いた。

 焦点が定まらないほどに揺らぎを繰り返す灰管の視界には、全身を震わせながら涙を流す幼馴染の姿があった。


「そうよ……私たち、あの化け物……妖怪に殺されかけたの……! あなたに突き飛ばされて、あのデカブツの前に無理やり行かされた時……あいつの生臭い息と血塗れの牙が、本当に怖かった……! 本当に、ここで死ぬんだって、私っ……!」

「ひ、姫華……」

「そこを、彼らは助けてくれたのよ……!? 私たちなんて助けても利にならないのに、自分が死ぬかもしれなかったのに……! 何も思わないの!? 思わないでしょうね、幼馴染だった私を寄ってたかって乱暴しようとしていたあなたみたいな人は!」


 それが、白衣 姫華という少女の本心だった。

 彼女も限界なのだろう。自分の貞操と尊厳が犯されようとしていた矢先、いきなり非現実的な世界に放り込まれ、見た事も無い化け物に襲われて。


 どんな絶叫マシンよりも遥かに強く色濃い恐怖の最中から、ようやく解放されたのだ。

 彼女にとって、足首の痛みなんかよりも、今は心の内で荒れ狂う感情の方がよほど痛かった。


「お願いだから……もう、誰の心も傷つけないでっ……! 私も、この人たちの事も……」

「……クソッ!」


 怒声と共に、アスファルトを蹴り飛ばす。

 それが何かに繋がる訳など無いと分かっていながら、灰管には足先の痛みを紛らわせるように頭を掻き毟るしかできなかった。


「ワケ分かんねぇ……なにもかも、意味分かんねぇ……! 佐藤も田中も喰われて死んで、次から次へと化け物ばっか出てきて……勝手に殺し合って……。なんで、俺がこんな目に……クソッ、クソッ!」


 今の彼は、正気と狂気の狭間で揺れているのだろう。

 好き放題できた、思う通りにできた現実が、1時間もしない内に全て破壊された。

 そのショックに、心が耐え切れないのだ。


 それを朧げに察したからこそ、九十九は火縄銃を下ろして彼らに近付いた。

 彼が1歩1歩進むにつれて、妖気を編んだマフラーが夜風に靡いてバタバタと揺れる。


「……灰管」

「……! あなた……」

「なんだよ……なんだよ、なんだよ! それ以上、こっちに来るんじゃねぇよ化け物っ! 俺は、あいつらみたいな目に合いたく──」

「ごめん」


 頭が、下げられた。

 小さな背丈の少年は、自分に向けて罵声を飛ばす相手に深々と頭を下げた。


 その事実に、頭を下げられた当人だけでなく、傍で見ていた少女や召使い妖怪さえギョっと目を剥いて唖然とする。

 彼らのリアクションを知覚しながらも、九十九の口はただ言葉を紡ぐ。


「彼らが死んだのは僕のせいだ……とか、僕がもっと早く駆けつけていれば助けられた……とか、そんな傲慢な事を言うつもりは無い。けど……彼らには、僕の手が届かなかった。だから、ごめん。僕には、お前の憤りを解消する事はできない」

「お、前……なに、を」

「お前は、僕が間に合わなかった事をいくらでも(なじ)っていい。僕の存在を認めなくてもいい。だから……できる事なら、壊れないでほしい。それは、多分……誰も、幸せになれないから」


 そう言って、頭を上げる。

 妖気による認識阻害を纏った九十九の素顔は、一般人の2人には正確に認識する事ができない。

 それでも、その目に映る「真摯さ」は決してぼやけてなどいなかった。


「……クソ。意味分かんねぇ……どいつも、こいつも……」


 それが分かってしまえる程度には、今の灰管は落ち着きを取り戻していた。

 頭を抱え、もう対話はしないという姿勢を取る。未だ、ここから現実逃避する為の手段を探っているのだ。


「……本当に助けてよかったんでやすか? 坊ちゃん」

「うん……多分ね」


 後ろ足で顔を掻きつつぼやいたイナリに対して、ふわふわとした言葉を返す。

 これまでの来歴を考えれば、ここから彼を改心させる、ないしは認識を改めさせるという事は不可能だろう。

 殻に閉じ籠もられた以上、誰の手も差し伸べられないし、誰の言葉も届かない。


 でも。


「死ぬよりは……ずっといいよ。生きてる方が、きっと」


 決して仲が良い訳ではないし、むしろ灰管の悪行は裁かれるべきものだ。

 でもそれは、彼が死ぬべき人間である……という事を意味していない。

 少なくとも、九十九はそう思っていた。だから、これでいい。


「……ま、それについては同意しやすよ。死んで得する事なんて、そうそうありやせん」

「だろうね。……それで、白衣さん」

「うん」


 対話を拒絶した灰管については一旦流し、九十九の目は姫華を見た。

 彼女もまた、真っ正面から彼と目を合わせている。


「今回の事についての記憶を消した後……君は、近くの病院に連れて行くよ。足……捻挫してるでしょ?」

「うん。……正直、痛いなって思ってる。でも、そんなのが気にならないくらい……色んな気持ちがゴチャゴチャしてる」

「……だよね。こんな事があったんだもん」

「それもあるけど、まさか本当に助けに来てくれるとは思わなかったよ……八咫村 九十九くん」


 ドキリと、体が大きく跳ね上がった。


「……なんで」

「分かりやす過ぎ。話し方も、立ち振る舞いも……私や道人の名前も知ってたし」

「……あ」


 しまった、と口を抑える。

 まさか、そんなトラップがあったとは。そんな風に愕然とする。

 チラリと目線を動かせば、イナリが心の底から呆れ果てたような顔で見つめ返してきた。


「お礼しなきゃいけない事が増えちゃった。それも、とびきり大きなのが」

「いや……でも、今回の事は」

「分かってる。……自分でも、ちゃんと理解してる。今夜起きた事は、忘れた方がいいって。だから、これだけは言わせてほしいの」


 ギュッと、手を握る。

 それは夕暮れ時の再現のようで、あの時よりも強く、様々な感情を込めた力で九十九の手を握り締めた。


「ありがとう、九十九くん。ありがとう、リトル・ヤタガラス。あなたが助けてくれたおかげで、私は死ななくて済んだ。やっぱりあなたは、本当に優しくて……カッコいい人だわ」


 笑みを零す。


 その微笑みは、決して「満開の花のように」とはいかないものだ。

 口角を上手く吊り上げる事ができず、涙は滲み、目には正負様々な感情がごちゃ混ぜになった極彩色が現れている。

 彼女のトレードマークだった白銀色の髪でさえ、今は薄い黒色に煤こけている。


 それでもその笑顔は、姫華にとって心からの感謝を表したものだ。

 自分の尊厳と命を2度も救ってくれた人への、彼が受けるべき称賛の言葉。


「例え今夜だけだとしても……あなたは、私のヒーローでした!」


 だって八咫村 九十九(リトル・ヤタガラス)は、誰よりもカッコいい正義の妖怪(ヒーロー)だったのだから。





「……へェ? なんともまァ、面白い事になったねェ」


 錆つき廃れた外観の古美術商『現代堂』、その店内にて。


 街に巡る妖気の気配を鋭敏に感じ取って、山ン本は煙管(キセル)を口からそっと離した。

 口角が歪に吊り上がり、愉悦の情で虚ろな目をより濁らせる。


 彼が不意に視線を上げると、巨大な全身甲冑の神ン野がこちらを見下ろしている。

 面頬の奥から光る眼光は、山ン本の反応に対する怪訝の情を強く表していた。


「……何があった? 今はまだチョウチンの『げえむ』が進行している最中だろう」

「そのチョウチンの奴がやられたのさァ。ヒヒヒッ、開始2日で早速『げえむおおばあ』とは、随分とせっかちな事だねェ」

「なんだと……!? それは(まこと)か、山ン本!」


 神ン野が立ち上がった勢いで、彼の全身を覆い隠す甲冑が大きく音を立てた。

 ガシャリという金属音に呼応するかの如く、山ン本と神ン野しかいないように見える店内から、いくつものざわめきの気配が発せられた。


「ヒヒヒヒヒ。例の小僧……八咫村の小倅がやったのさァ。チョウチンの奴も言うほど弱い奴じゃないんだけどねェ……これは、小倅の“ぽてんしゃる”を侮ったあたしたちの失点かもしれないよォ?」

「それで……どうする気だ? “八咫派”の者どもが『げえむ』の妨害を働いたのであれば、次の『げえむ』よりも先に奴らを……」

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 至って当然の事と言わんばかりに、ヌラリと嗤う。


「……正気か? このまま敵をのさばらせておくと?」

「ヒヒヒヒッ……『げえむ』には『敵きゃら』が付き物だろう? 補助輪つきの遊びなんてつまらないに決まってらァ。障害をどう潜り抜けて『げえむくりあ』を目指すかも、醍醐味の1つだからねェ」


 そう言って胡乱げに嗤う首魁を、甲冑姿の大男は溜め息と共に受け入れて再び座る。

 煙管(キセル)を咥え、先端から甘ったるい煙をもうもうと溢れさせながら、山ン本は虚空を見た。

 深淵よりもなお昏いその目には、果たして何が映っているのだろうか。


「さァて……次の『げえむ』の準備を始めようじゃァないか、神ン野。八咫村の小倅が『敵きゃら』のまま終わるか、それとも『ぼすきゃら』になるかは……この先次第ってね。ヒヒヒヒヒッ!」





「ん……おはよ」

「うっす、おはようさんだぜ九十九っち」


 とある日の朝。

 ぽわぽわと眠気の濃い目を携えながら教室に入った九十九は、先に登校していた光太と挨拶を交わす。

 彼のリュックサックからはイナリの耳と尻尾が見えているが、“ごまかされて”いるので誰にも気付かれない。


 光太は机で頬杖をつきながら、とある方向をぼんやりと眺めていた。

 彼がどこを見ているのか分かったからこそ、九十九も同様に眉を下げる。


「猛獣騒ぎ、収束したっぽいのはいいけどよー……まさか、ウチのクラスにも被害が出るたぁなぁ」

「……そう、だね」


 チョウチン・ネコマタに殺された灰管の取り巻き2人は、表向きには事故死という事になっている。

 誰がどのようにカバーストーリーを流布したのかは分からないが……少なくとも。

 見るも無惨に食い千切られた者と、遺体を丸々呑み込まれた者。彼らの棺がどうなっているかなど、想像したくもなかった。


「灰管のヤローも登校してこねーし……ま、無理はねーわな。自分の手下が死んだんだ、あいつにだって人情の一欠片くれーはあったんだろ」

「……光太はさ。その辺の事とか、あいつらについて……どう思う?」

「あーん? そりゃまぁ……あいつらは言い訳のできねーくらいクソヤローどもだったし、いずれ痛い目に合った方がいいだろとは思ってたさ。けどよー」


 はぁ……と。

 いつもおちゃらけている彼にしては珍しい、暗い感情の籠もった溜め息だった。


「だからって、死んでほしいとか……死んで清々したざまぁみろとか、そういうの思えるほど俺ぁ人でなしじゃねーよ。やっぱり人間、死んだっていい事ねーわ」

「……うん」


 九十九は頷いた。


「誰かが死ぬのは……とっても、悲しい事だから」


 キリサキジャックの引き起こした惨劇は、今でも鮮明に思い出せる。

 多くの人が殺された。その中の誰1人として、死んでいい人間はいなかっただろう。


 もしも、博物館に行ったのが自分ではなく光太だったなら。

 何度考えても、その答えは出ない。出そうとも思えない。


 だから、戦う。だから、妖怪を狩る。

 自分は、昼の側に立つ妖怪リトル・ヤタガラスで在り続ける。

 今はそれでいいと、九十九は思った。


「──おはよ、八咫村くん、日樫くん」


 と、そこで後ろから透き通った声がかけられる。

 野郎2人揃って振り向いてみれば、自然な笑みを浮かべる姫華の姿。


 あの後、九十九の手で病院に運ばれた為、足首の捻挫もすっかり治っている。

 ボロボロだった肌や髪もすっかり元通りになって、その白さに磨きをかけているようだ。


「あ、白衣さん。おはよう」

「おっす、白衣。なんか最近、俺らによく挨拶してくるようになったにゃー?」

「そう? 私は誰にでも自然に接してるだけだから。同じクラスメイトだし」

「陽キャの発言だなァ……キラキラメンタルと銀色の髪が眩しーぜ、ホント」

「あはは……光太だって陽キャの範疇だと思うけどね……?」


 ポリポリと頬を掻く。

 何となく、今までとは少しずつ変わってきた日常と関係に、彼もまた眩しいものを感じていた。

 だから、なんとなしに疑問を口にしてみる。


「でも……確かに白衣さん、前よりも表情が柔らかくなった?」

「うーん、私は自覚無いんだけどね。でも、似たような事は言われるようになったかな」


 人差し指を唇に当てて、艶やかに口角を上げる。

 その魅せるような微笑みに光太はドキリとするが……それ以上に、九十九は自分の心臓が跳ね上がった感覚を味わった。


 だって、彼女の視線が──言い訳のしようも無いくらい、自分に向けられていたのだから。

 キラリと光る瞳は、いたいけな少年に「自惚れ」だの「自意識過剰」だのという自己弁護を許さない。


「多分、カッコいいヒーローに助けてもらった夢を見たから……かもね?」


 そう言って、姫華は自分の席に向かっていった。

 彼女を見送って「はぁ~……言う事が違ぇなぁ」とぼやく幼馴染を他所に、九十九の心が激しく混乱を繰り返す。

 リュックサックからノッソリ顔を出したイナリが、ちっちゃな前脚で頭を掻き始める。


「……イナリ、“ごまかし”の術ってちゃんと効いてるよね……?」

「その筈で御座いやすが……いやはや、それだけ鮮烈な記憶だったという事でしょうかなぁ……? 朧げながらも覚えられているとは、わても修行のし直しかもしれやせんな」

「……はは、は」


 乾いた笑い声が、自分でも虚しいなと思う。

 それでも、不思議と不愉快な気分では無いとも思っていた。


 助けられなかった命がある。届かなかった言葉がある。

 でも、助けられた命も、届いた言葉も確かにあった。


 その結果があの笑顔なら、きっと悪い結果では無いのだろうと。

 小さな九十九神は、いつもと変わらないダウナーな顔で小さく笑った。

第2章はこれにて終幕。次回より第3章です。


チュートリアルはここまで。

力の覚醒と立場の自覚は終わらせたので、次回から本番じゃ。


よければブックマーク、評価のほどよろしくお願いします。


NEXT CHAPTER→「鏡の国の絡新婦(ジョロウグモ)

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