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其の弐拾 日輪

今日2話目の投稿です。ご注意ください。

「妖怪リトル・ヤタガラス。それが僕だ!」


 八咫村 九十九──否、リトル・ヤタガラスによる高らかな啖呵が木霊する。


 その宣戦布告にも似た叫びを前にして、チョウチン・ネコマタは恐れた。

 ただの矮小な半妖に過ぎない少年の出で立ちから、大きく翼を広げた八咫烏の姿を幻視したからだ。

 彼の体から溢れる炎の妖気が、人を恐れさせる筈の妖怪に恐れを抱かせる。


「そっ、そんな外連味(ハッタリ)で……我ら『現代堂』を倒せる訳が無いんだよなァ!」

「……試してみる? 僕の弾丸が、まずはお前を貫けるかどうか」

「……~~~ッ!」


 目の前の敵が嘯いているのはただのハッタリ。妄言。虚勢。中身の無い浅はかな虚言に過ぎない筈だ。

 その筈だ。その筈、なのに。


 数多くの人間を捕食してきた異形の魔物は、その人間を前にして逃走を選択した。


「妖術《行燈とおりゃんせ》……“1番”っ!!」


 空間が捻れ狂う。

 廃店を寄り集めて作られた迷路の壁が、一瞬で広大な回廊へと変貌する。

 それと同時に、ネコマタの巨体が尋常ではない速度で吹っ飛び、強い重力に引き寄せられたかというほどの勢いで回廊の彼方へと吸い込まれていった。


「これは……」

「恐らく、幽世(かくりよ)の構造を改変したんでさ! 内部構造を拡張する際の空間変動を利用して、自分の座標を無理やり奥に引っ張っていったんでやす!」

「なら……追いかけるだけっ!」


 グッ、と足裏に力を込める。

 九十九の体を巡る妖気が足の裏に集中し、それを一気に爆発させる事で実現する超加速。


 空を飛ぶコツは分かっている。カラスの妖怪として持つ本能で、風の流れを掴む。

 彼そのものが弾丸になったと言われてもおかしくない速度で、回廊の向こう側に向かって飛翔する。

 真っ黒い瞳が、座標移動の最中にあるネコマタの姿を確かに捕捉した。


「見つけたっ……!」

「もう来たのかァ……!? 《行燈とおりゃんせ》“3番”!」


 横合いから押し出された廃店が、ハンマーを思わせる勢いで襲いかかる。

 九十九はマフラーを靡かせながら、風に乗ったままそれをヒラリと回避する。


「くっ、くぅぅぅうっ……! “2番”! “3番”! “2番”! “2番”! “3番”!」

「無駄だよ……こっちも慣れてきたから。妖怪としての力を使えば使うほど、そのコツと感覚が手に取るように分かってくる……!」


 視界の脇から看板が、植木鉢が、三角コーンが、それぞれに殺傷力を秘めて飛んでくる。

 その全てを掻い潜ってもなお、壁や床が隆起して行く手を阻む。

 例え妖気を操る力が──妖術の効力が減退していたとしても、幽世(かくりよ)である以上は相手の土俵に立つも同然の事だ。


 だから、九十九はそこで足を止める。

 前に突き出した足で地面を削るようにブレーキをかけ、それでいて体幹を崩す事なく火縄銃を前に向けた。

 ネコマタの姿は徐々に遠ざかっていくが、その程度で狙いが逸れる事は無い。


 足の裏に回していた体内の妖気を肩に流し、肩から腕、腕から手先、そして火縄銃に集中させる。

 エネルギーのチャージが進むと共に、銃身の奥には真っ赤な炎が形成され始めた。

 妖気を炎に変換したものを、更に銃身の内部で圧縮。もっと圧縮。加えて圧縮。しかし暴発はしないように制御したままで。


「これが、僕の妖術……」


 引き金を引く段階で、一瞬だけ思考を巡らせる。

 カタナ・キリサキジャックも、今戦っているチョウチン・ネコマタも、自らの能力──妖術に名を付けていた。


 普通に考えるのであれば、そんなものは必要無い。

 けれど、自分たちは妖怪なのだ。我ここに在りと喧伝する事で恐れと怖れを集めるのであれば、成る程。技の名は必要だろう。


 だから、自分も叫ぶ事にする。

 自分は悪しき妖怪たちを狩るお前たちの敵なのだと、そう誇示する為に。


「妖術──《日輪》ッ!!」


 そして、勝利が放たれた。


 爆発も同然の硝煙が銃口から吹き荒れ、爆炎を引き裂いて回廊を飛ぶ緋色の弾丸。

 リトル・ヤタガラスの名に相応しい小さな太陽が、幽世(かくりよ)を形作る妖気に灼熱を刻み付けながら獲物を追う。

 その速度は、それまでの弾丸とは比較にもなりやしない。


「ひっ──ひぃぃぃいぃっ!? 《行燈とおりゃんせ》“3番”! “3番”! “3番”、“3番”、“3番”ッ!」


 迷路内のあらゆるモノを引き寄せ生み出し割り込ませ、その全てを自分に迫る赤い死神から逃れる為の盾にする。


 それでもなお、弾丸は止まらない。

 廃店を穿ち、壁を溶かし、看板を砕いてシャッターを消し飛ばす。

 障害の一切合切を破壊しながら突き進む灼熱の一撃は、やがて。


「げ、びゅっ──!?!?」


 ネコマタの額、脳天ド真ん中を撃ち抜いた。

 着弾の衝撃で後頭部のほとんどが弾け飛び、解き放たれた炎が真っ赤な日輪のサインを描き出す。

 まさしく、妖術に付けられた名の通り。刻み込まれた炎の輪を中心として、巨体の隅々にまで妖気の炎が浸透していく。


「げ、げびゅ……ごぇっ……おれ、が……おれが、焼けていくぅ……」


 全身に灼熱のヒビが入る感覚をこれでもかと味わいながら、人々に絶望をもたらさんとした妖怪は苦悶と絶望の声を上げた。

 血塗れの牙から漏れ出すのは、死を恐れ命を惜しむ惰弱な言葉。


「いや、だァ……嫌だァ、死にたくっ、ないんだよ……なァッ……! おっ、おれ……『げえむおおばあ』になんて、なり、たく……ないん……だよ、なァァァァァ──ッ!?!?」



──BA-DOOM!!



 断末魔の叫びを伴って、チョウチン・ネコマタの肉体が爆発する。

 内側から喰い破らんと暴れ回るヤタガラスの熱が、悪しき妖怪を木端微塵に消し飛ばしたのだ。


 そしてそれは、この廃店だらけの迷路にも波及していった。

 轟々と吹き荒ぶ熱波と灰燼が、主を失った幽世(かくりよ)を徹底的に削り、焦がし、砕き、粉微塵に虚空へと還していく。


「うぉ、おっ!? 空間全体が、崩壊していくっ……!」


 バターか何かのように捲れ上がる空間の中で、九十九は足場を失いながらも空中への浮遊を試みて──


「……っと……戻った?」

「ええ、確かに戻りやしたよ」


 何とか見つけた足場に着地した時、そこは夜の帳に包まれたシャッター街だった。


 冷たい夜風に頬を撫でられながら声のした方に振り向くと、イナリが尻尾を揺らしながらこちらを見ている事に気付く。

 彼の後ろには、ペタンと地面に座り込んで呆然としたままの姫華と灰管の姿もあった。

 2人を助けるよう命じられた召使いとして、空間が崩壊する際に上手く回収したようだ。


「勝ったんだね、僕」

「へぇ。坊ちゃんは、確かにあの妖怪に勝利しやした。御美事でさ」

「……そっか。うん、そっか」


 肩の力を抜く。

 今更ながらに襲いかかってきた痛みと疲労感に、どこか心地良さを覚えた。

 心臓の鼓動がやけに大きく感じるのは、戦闘の高揚からか、または死の恐怖からか。


 もうダルくて腕も上がらない。

 そんな本音を飲み込みながら、九十九は3人に向けて右腕を突き出す。

 彼の挙動を見て、一体なんなんだと訝しむ視線が向けられる中……


「勝ったよ。……もう、大丈夫」


 握り拳から親指だけを立たせて、力強くサムズアップ。

 漆黒のマフラーを巻いた妖怪リトル・ヤタガラスは、己の勝利を重く宣言した。


 その背後で、丸焦げになった提灯の残骸が風に吹かれて飛んでいく。

 かつて妖怪だった、しかしもう命が灯る事の無い残骸は、夜空の向こう側に儚く消えた。

ヒーローの必殺技は技名を叫ぶべきである。

リント族の碑文にも書いてあるから間違いない。

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