其の拾 八咫村家の秘密
今回は軽い説明回。
「さて……まずは初代様の話をせねばならんのう。これ、イナリ。急須になりなさい」
「へいへい。ご当主様は召使いの使いが荒いでやすねぇ」
ドロンと急須の姿に変わったイナリを、四十万は慣れた手つきで持ち、ポットからお湯を淹れ始める。
多分お茶を淹れるのだろうが、イナリは熱くないのだろうか。九十九は思った。
「その顔を見る限り、大まかには知っておると思うが一応確認じゃ。お前は、妖怪がどんな存在か分かるな?」
「え……っと、99年経った道具に命が宿って神様……九十九神になった存在、だっけ」
「左様。もっと詳しく言うならば、長い時間をかけて『妖気』と呼ばれる力を溜め込んだ道具が成るものじゃが……ま、今はええじゃろ。さして重要でもない」
パックの茶葉を急須に放り込み、サラサラと揺らす。
急須からイナリの声で「もっと優しく振ってくださいやし」という苦言が聞こえたような気もしたが、気のせいだと思いたかった。
「時は江戸時代、とある1体の妖怪がこの世に生を受けた。その者は生まれながらに凄まじい力を持ち、妖気を完璧に練り上げる事ができたそうじゃ。卓越した妖術の才と力量から、妖怪の中の妖怪──大妖怪と讃えられておったと」
「それが……僕たちのご先祖様?」
「然り」
頷くと共に、急須を傾け湯呑みに緑茶を注ぐ。
熱々の、そして澄んだ緑色のお茶を見て、四十万はもう1度深く頷いた。
「その名を、妖怪テッポウ・ヤタガラスという。とある雑賀衆の銃兵が使用していた1丁の火縄銃に神が宿り、八咫烏──3本足のカラスとしての命を得た妖怪こそが八咫村家の初代当主様なのじゃ」
「火縄銃……八咫烏、って……それ」
九十九の瞼に焼き付いた、あの光景。
心の中に現れた炎の幻影から力を与えられ、言葉を授かった時の事を思い返す。
夢で語られた通り、あれこそが九十九の祖先であり……その血に流れる力の根源であるならば。
「その八咫烏……知ってるかもしれない。僕が力を使えるようになった時と、さっきまで見ていた夢。そのどっちにも出てきた」
「なんと、それはまことか!?」
「うん……多分。それで、博物館を襲った妖怪……カタナ・キリサキジャックが僕に言ったんだ。お前は人間の九十九神……妖怪ニンゲン・ヤタガラスだって」
ガタン! と大きな音が立つ。それは、四十万が驚きのあまり急須を落とした音だった。
急須……もといイナリが、落とされた拍子に「痛っ!? もうちょっと大切に扱ってくださいやし、ご当主様!」と抗議の声を上げる。
同僚の醜態を鼻で笑うお千代の声が聞こえたが、八咫村家の当代当主にとってはそんな場合ではなかった。
「なんと……おお、よもやじゃ。初代様から力を授かっただけでなく、妖怪としての種族までヤタガラスとは……。かか様の代を皮切りに衰えた八咫村家の血が、再び蘇ったとでも言うのか……」
「……八咫村家、って事は……相当長く続いてるんだ、この家」
「うむ……それこそが、儂らの体に流れる血脈の特異性とも言える。まぁ、簡潔に言うとじゃ」
緑茶の満たされた湯呑みを九十九に勧めつつ、ゴホンと咳払いをひとつ。
「初代様……テッポウ・ヤタガラスは、人間の女性と結ばれ交わった。その結果として生まれた稚児は、人間でありながら妖怪の力を持つ存在……つまり半妖であったそうじゃ。その血が、八咫村家には脈々と受け継がれておる」
「え……えぇっ!? 妖怪、って……子供、作れるの!? しかも、人間と……」
「異類婚姻譚、と言うんじゃったか? 昔からよくあるじゃろ。かの陰陽師、安倍 晴明の母親は葛の葉狐という妖狐じゃし、雪女が人間の男との間に子を生む怪談も有名じゃな。そもそも、やんごとなき天皇家だって源流を辿れば天照大神が祖じゃしの」
あんぐりと口を開ける孫息子を他所に、四十万は自分の分の緑茶を一口。
お千代が布巾を持ってきたらしく、落とした拍子に急須から溢れたお茶は拭き取られていた。
「分かるような、分からないような……。とにかく、僕たちの遠いご先祖様が妖怪で、その血を継いでいるから……僕も、妖怪になった?」
「左様。人の世に仇為す妖怪の中にあって、初代様は人間に寄り添い味方したと言われておる。その御旗の下に集った妖怪が、所謂“八咫派”じゃな」
「何よりわてとお千代が、“八咫派”の好例でやすぜ。わてらは八咫村の皆さんにおっきなご恩があるんでさ。ですからわてらは、八咫村家の歴代ご当主様方にお仕してきやした」
「わたくしもお姉様……ご当主の母君にはとてもお世話になりましたの。わたくしは、その返し切れないほどのご恩に報いているだけですわ」
急須からキツネの姿に戻ったイナリの言葉に、お千代がそのように追随する。
「ま、だからと言って八咫村の血を継ぐ全員が妖怪に変化するって訳でも無いがの。ほれ、儂の倅……お前の父親がそうじゃろ。儂が知っている限り、あ奴は人間のままじゃし、八咫村の真実も妖怪の事も何も知らん。お前の姉、五十鈴も同じくな」
「じゃあ……僕は、どうして? それに、爺ちゃんも……」
「そうじゃのう……若い頃の儂は、それはもう病弱でな。結核拗らせて死にかけた時、妖怪ニンゲン・バケダヌキに変化したおかげで助かったのじゃ。ついでに上手いこと出兵も回避できたんじゃが……まぁ、ここはどうでもええ」
コトリと湯呑みを置き、四十万が髭を緩くしごく。
彼が次に言う事を察したのか、お千代がちっちゃな翼をはためかせて彼の傍に寄った。
「要するに、命の危機に呼応して血が覚醒めたという話じゃ。話を聞く限り、お前も似たようなものじゃが……厳密には、ちと事情が異なるようでな。これ、お千代」
「こちらに、ですわ♪」
ぷくぅ……とお千代が頬を膨らませた直後、喉の奥からナニカが飛び出してきた。
それは明らかに彼女の嘴よりも大きく、体よりも遥かに長い。にも拘らず物理法則を無視して吐き出され、ちゃぶ台の上に落下した。
そして飛び出てきたものの正体に、九十九は心当たりがあった。そもそも、彼が妖怪になった根源と言ってもいいものだ。
「これ……あの火縄銃!? なんで……!?」
「そりゃお前、これが我が家の家宝じゃからじゃよ。というか、遺品じゃな」
「遺品……えっ、これもしかして……まさか?」
「うむ。八咫村家の初代当主、妖怪テッポウ・ヤタガラスの元になった火縄銃じゃ。妖怪は死ぬ時、自身の元になった道具を残して消滅するからの。遺品というより、遺骸そのものというか……遺骨の類いじゃな」
この上なく頭を抱えたくなった。そう思った九十九を、責める事はできないだろう。
自分が手に触れ、手に取り、妖怪に変化した後も当然のように武器として振るっていた火縄銃。その正体が、自分たちの祖先の遺体にも等しいもの。
祟られやしないかと冷や汗をかくのも無理は無い。
「これは博物館のオーナーにせがまれて一時的に寄贈したものじゃが……まさか、このような事態になるとはの。恐らくお前は、妖怪に襲われ死の危機に瀕した時にこの火縄銃を手に取り……今なお宿る初代様の妖気によって力を引き出されたのじゃ」
「……そっか。だから、あんなヴィジョンが見えたのか……。僕の中に眠る、八咫烏の遺伝子……」
火縄銃をまじまじと見つめて、九十九は自分に差し出された緑茶を飲む。
時間が経過したのもあって、少しぬるくなっていた。
「この銃のおかげで、僕は助かった。妖怪になったのが良い事か悪い事かは分からないけど……でも、これが無かったらあいつに勝てなかった」
「禍福は糾える縄の如し……という事かの。いやはや、90にもなってなお驚く事ばかりじゃ」
「……ですが、ご当主様。坊ちゃんの言う通り、必ずしも良い事ばかりとは限りやせんぜ」
「ええ……わたくしたちは、確かに見ました。坊ちゃまの囚われていた博物館を覆う、あの煙草の煙を」
2体の召使いが告げた事実に、四十万は重々しく息を吐いた。
まだ分からない事ばかりだけれど、彼らが言っているのはきっと……あの煙管を持った男の事だろう。
それを察し取り、1度息を整えてから九十九の口が開かれる。
「……爺ちゃん、それにイナリとお千代。それって……あの着物を来た男の人の事、だよね? それが、さっき言った『因縁』にも関わってくるの?」
「……ああ、そうじゃ。故に、これは話しておかねばならん。我ら八咫村の妖怪と、奴ら『現代堂』の妖怪どもの、数百年に渡る因縁を。……これを聞いたのち、お前が逃げる事を選んだとして儂らは責めん。全てを忘れて静かに暮らす事もまた、お前の人生じゃ」
そう言って、空になった湯呑みが置かれる。
その際に生じた音は、意図せずして大きなものだった。




