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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
98/194

敵のアジト①

 アイラの剣道稽古が想定していたよりも格段に早く終わったことで、氷室の謹慎生活に再び暇が戻った。処分が解けるまであと数日。相も変わらずいつも通りの時間に起床し、仕事着に着替えてベランダにて煙草を咥え火を着ける。今では毎朝環境の変化を観察する。そんな隠居した老人のようなルーティンを過ごしていた。


 アパート前の道路には車や人の往来が戻っている。今日からバリケードテープを貼る必要が無くなったからだ。肌に感じる風にやや秋の涼しさを感じる。朝晩は特にそうだが、陽の高い日中はまだ汗ばむ気温となる。


(今年は特に夏が長かったが、それももうじき終わりかもな)


 そんなことを考えていると、部屋のチャイムが鳴る。聖騎士マルグリットが今日の報告にやってきたのだろう。一時間ほど遅れると連絡が入っていたので、時計を確認すると時間的にはちょうど頃合いである。吸い殻を灰皿へと捨てて部屋へ戻り、鍵を開けて訪問者を出迎える。


「おはよーございまーッス! 氷室さん」


 キンキン喧しい大声で挨拶をするマルグリット。と、その傍らにもう一人。


「さっき下でバッタリ会ったんだよ。お前、もしかしてこの娘と付き合ってるのか?」


 捜査一課のトニーだった。珍しい組み合わせもあったものである。


「フッ、冗談が上手くなったなトニー。もしそうなら今この場で俺の手にワッパをかけていいぞ。抵抗はしねぇからよ」


「遅れてスンマセンした。氷室さんにオススメされたドーナッツ屋さんに寄ってたもので」


 目線の下で何やらギャアギャア言ってるマルグリットを無視し、氷室はトニーに話しかける。


「まぁ、立ち話もなんだから上がれよ。今コーヒーでも淹れてやる」


「そんじゃお邪魔しマース……あれ?」


 颯爽と部屋へ入ろうとしたマルグリットの首根っこを掴んだ氷室は彼女からドーナッツの箱を奪い取ると、財布から五万ドラム紙幣を取り出しそれを握らせて廊下へと放り出した。


「いったーい! なにするんスかぁ!」


「買い出しご苦労。釣りはいらん。今日はもう帰っていいぞ」


 それだけ言うと氷室はトニーだけ招き入れてサッサとドアを閉めて施錠してしまった。


「エイジ、お前いくらなんでもあの態度は酷すぎるだろ。そんなだからお前の周りに誰も近づかないんだぞ?」


「構わん。そっちの方が気が楽でいい。そこの机の椅子に座っていてくれ」


 氷室はキッチンに向かうと、コーヒーの入ったカップを二つとカラフルなデコレーションが施された色とりどりのドーナッツを皿に乗せて持ってきた。


「確かお前もブラックでよかったよな?」


「ああ、すまんな。しっかし、お前ホントにここのドーナッツ好きだよな」


「この店を教えてくれたのはお前だろう。感謝してるよ」


 元々トニーの娘たちがここのドーナッツを気に入っており、時折買いに連れて行っていたことがキッカケで氷室が店を知ることになった。以来、ほぼ毎日氷室はここのドーナッツばかり食べている。その偏った食生活の割には不思議と健康診断で引っかからない。故に本人も別段気にすることなく日々の主食にし続けているのだ。


「俺は娘たちがコレを食べてるのを見るたびにお前を思い出すよ。だから今や我が家の食事は野菜と魚中心さ」


「健康的でなによりじゃないか。それと対照的な話になるが、お前が先日持ってきたヤクのことだがな」


 氷室はトニーから預かった薬物の報告をした。薬物の名はかつてサンタ・ムエルテと呼ばれ、ディエゴという破門されたディアブロ・カルテルの元幹部により作られたものだということ。また、新たに改良された点としては内容物には睨んだ通り邪教絡みの魔力が込められた種子が混入していたこと。今現在、その魔力を抑える為に先程共用通路へ放り出した小娘にそれを預けていること。


「そうか。こちらも色々調べてわかったんだが、今回の一件はやはりディアブロ・カルテルの残党が絡んでいると見て間違いない。昨晩街外れにあるクラブのトイレで例の薬物の売人とそれを買っていた男女複数名を現行犯逮捕したところ組織の名前が出た。何よりも許せないのは売人も買った側も皆十代そこそこの未成年だってことだ。本人たちは周囲で流行っているからと好奇心から手に入れたが、まだ使用したことはないとは言っていた。だが……」


「検査で薬物反応が出ない以上、そうであることを祈るしかないな」


「その通りだ。なぁ、エイジ……俺は怖い。逮捕されたのは上の娘と変わらない年齢だったんだ。もしうちの子供達にもあの不気味な薬物の魔の手が忍び寄っていると考えると怖くて仕方ないんだよ」


 あの明るいトニーが弱音を吐くところを氷室は初めて見た。家族を持たぬ氷室には分からぬ心境。それでも僅かながら共感し得るものが氷室の心の何処にあった。つい昨日まで剣を教えていた幼い少女の顔がふと脳裏を過ぎる。


「なぁ、エイジ。今回の事件、一日でも早く解決したい。いや、しなきゃいけない。だからこそ、お前の力を貸してくれないか?」


「そうしてやりたいのは山々だが、今の俺は謹慎中だ。いや、それは別にどうでもいいんだがあいにく刀が無くてな。昨日まで使ってた安物は使い物にならなくなったから今朝危険物としてゴミに出しちまった」


「突入は俺がやる。俺の射撃の腕前はお前も知ってるだろう。お前には俺の後衛を任せたい。元バディとして俺の背中を任せられるのはお前くらいなもんさ」


「突入ってことは、奴らのアジトを知ってるのか?」


「確証はないが、ヴァルデニスにある国境近くの廃工場。近頃ここで不審なヒスパニック系移民らしき人物たちの出入りが確認されている。今のところ有力なのがここだ」


「なるほど、いざとなれば隣国アゼルバイジャンへ国境を越えての逃走も容易いか。可能性はかなり高いな」


「お前さえ良ければ、今夜にも下調べに向かいたい。付き合ってもらえるか?」


「まだ打ち込み台作製の礼をしていなかったな。いいだろう。但し運転はお前がしろよ」


 初代バディとの久方ぶりのタッグ再結成。夜にまた迎えに来るとの約束を交わしたトニーは一旦署に戻って行った。

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