氷室VSトルメンタ①
トルメンタは氷室という男の戦い方は大凡知っていた。というより、この街に住む人間なら誰しも知っている。
極東の島国、日本の剣術。居合を得意とし、目にも止まらぬ速度で躊躇なく人を斬るまさに現代に生きるサムライのような男。ヤツがその気になれば間合いに踏み入った者は即あの世行き。
国は違えど同じ剣を得物とする者として一度は手合わせをしたいとは思っていたが、よもやこんな場所で。まさかこんな形で叶うとは思ってもいなかった。
親指で鍔を押し上げ、鞘から僅かに覗く刃は丸みを帯びており明らかに刃物特有の鋭さを潰して斬れぬよう加工しているのが確認出来た。しかし、斬れぬとて鉄の塊には変わりない。氷室の腕なら峰打ちとて人の命を奪うことは出来るだろう。居合の構えを取った氷室の殺気が明確にそれを伝えている。
だが、それでもトルメンタの表情にはかげりはない。勝算は充分にあるからだ。
間合いに入った敵を瞬時に斬るというのなら、間合いに入らなければ良いだけのこと。トルメンタの剣、更に手足は氷室のそれらよりも長い。即ち、距離を取りつつ堅実に攻めれば良いのだ。
トルメンタは早速初撃を見舞うため、右の剣を氷室の頭上目掛けて振り下ろす。
(見え見えのフェイクだな。二撃目が本命か)
氷室は頭上から迫る剣を刀で弾いて鞘に納め、左から迫り来る二本目の剣も見事に防いで見せた。
「ここまで読まれることはわかっていました。では、これは如何ですか?」
流石の氷室も三撃目は読んでいなかった。
突如腹部に走る衝撃。トルメンタの強烈な蹴りが氷室へと叩き込まれたのだ。
「ぐっ……!」
内臓に響く重い一撃。しかし氷室は何とか踏ん張り、再度納刀していた刀を抜いてトルメンタに向けて横一線を放つ。
「それが真剣でなく本当に良かった」
トルメンタはそう言うと、向かってきた刃引き刀を靴底で受け止めその勢いを利用し後方宙返りでまた氷室の間合いから離れる。華麗なヒット&アウェイ戦法。見事な氷室対策である。しかしトルメンタ最大の誤算は、氷室が〝普段手にしている物〟がただの真剣ではないということだった。
「おいおい、人を足蹴にしておいて逃げてくれるなよ」
トルメンタの予想とは裏腹に、氷室は納刀せず刀を抜いたままの状態で間合いを詰めてきたのだ。宙返りからの着地に合わせて鋭い袈裟斬り。既のところで右手の剣で防いだトルメンタは即座に左の剣で反撃を試みようとするも、両手持ちの氷室の力を片手で抑え込むには無理があった。繰り出そうとしていた斬撃を防御に切り替え、二本の剣で氷室の刀を防ぐ。
「意外そうな顔をするじゃないか。俺の剣術が居合専門だと思ったか? 普段使っている刀があんなじゃじゃ馬じゃなけりゃ斬るのにいちいち納刀する必要なんてねぇんだよ」
「チッ、だがこちらにはまだ蹴り技がある!」
トルメンタは先程同様氷室に目掛けて蹴りを放つ。しかし、それが当たるよりも先に氷室は咥えていた火の着いた煙草をトルメンタ目掛けて吐き捨てた。
「阿保が。二度も同じ手を喰うかよ」
怯んだ一瞬の隙を突いて氷室は鍔迫り合いを解いて高く跳躍。納刀した状態でトルメンタの頭上を飛び越え、その背中目掛けて空中で抜刀。まるで三日月のような軌道を描き刃はトルメンタの背中に叩き込まれた。
「鬼節神明流、宵乃月。相手の死角である頭上、または背後から斬りつける技だ。だが……」
凄まじい勢いで弾き飛ばされたトルメンタは息を荒げてはいるがまだ立っている。ギリギリのところで氷室の奇襲に反応し双剣をハサミに合体させて氷室の技を防いだのだ。
「いくら刃引き刀とはいえ、仕留め損ねては意味が無い。やっぱ身体が鈍ってるってことか。謹慎明けまであと数日。俺もアイラと一緒に初心にかえってイチから稽古を始めなきゃならんかもな」
氷室はそう言うと、煙草を取り出し火を着ける。
「まだやれるか? もう少し稽古に付き合ってもらえれば助かる。アイラだけじゃなく、俺にとってもな」
氷室の余裕面が癪に触ったらしく、トルメンタの目に僅かに殺意が揺らめく。
「もちろんですとも。ここからは私も少し本気でいかせてもらいます」
「ほう。アレの保護者くらい楽しませてくれよ。でなきゃつまらん」
氷室はそう言うと、アイラに目線をやる。
しかし、当の氷室は気づいていない。
既に二人の試合は見取り稽古のレベルを遥かに超越しており、剣道を始めたばかりのアイラにとってなんの参考にもなってないことに。
「……速すぎてなにやってるかよくわからない」
ぼそっと呟いたアイラの小さな独り言は、誰の耳にも届くことなく風に流されていった。




