サンタ・ムエルテ②
氷室はスマホをいじっていた暇そうなマルグリットを呼ぶと、預けておいたパケ袋を受け取りそれをトルメンタに見せる。
「サンタ・ムエルテ! 何故それを持っている!?」
トルメンタは氷室が問いかけるよりも先に反応を示した。サンタ・ムエルテ。スペイン語で〝死の聖母〟を意味する言葉である。
「ほう、手間が一つ省けたよ。こいつが何なのか知ってるらしいな」
「それはかつてカルテルに身を置いていたディエゴという幹部が独自に造っていたドラッグだ。あまりの危険性にドン・アントニオが捌くのを禁止したほどだ。いや、しかしかつてとは中身が少々異なるな。この黒い小さな種子は入っていなかったと記憶している」
マルグリットが言っていた魔力を内包していると思しき種を指差しトルメンタは答える。やはりこの種子が元凶であることは間違いないらしい。
「で、そのディエゴとやらは今どこに?」
「こちらが教えて欲しいくらいだ。そのドラッグをキッカケにカルテルが崩壊に繋がったのだからな」
普段冷静なトルメンタもすっかりマフィアの顔になっている。よほどディエゴ関係の話は彼の中ではタブーになっているらしい。氷室はそのことをすぐに察し、苛立っているトルメンタの神経を更に逆撫でし始めた。
「何も恨みがあるのはそのディエゴとやらだけじゃないだろう?」
「……なにが言いたい」
「マフィア風情が紳士ぶるなよ。お仲間の残党を一斉検挙した男が目の前にいるんだぜ?」
残党の大半はこの男に重傷を負わされた。
中でも当時指揮を執っていた幹部のサンタナは、アントニオが父親なら実の兄のように慕っていた人物。その大恩あるサンナタの片腕を斬り落とし、刑務所にぶち込んだ男が今目の前にいる。あの日から幾度となく後悔していた。もしあの時、自分もサンタナに付いていけば少なくとも仲間に重傷を負わせずに済んだのではないかと。
「アイラ! とりあえずそこのピンク頭の横に下がってろ。残りの時間は見取り稽古だ」
氷室はそう言うと、腰に差していた刃引き刀の柄に手を当て構えた。
「持ってきてんだろ? 噂に聞く大鋏型の双剣。待っててやるから車から取ってこいよ」
「本気で言ってるのですか? 見たところ、その刀は刃が潰れていてとても斬れる代物じゃない」
「見取り稽古だと言っただろう。他人の試合を見て学ぶのも剣道の立派な鍛錬だ。アイラの稽古のついでに俺がブタ箱にぶち込んだカルテルのお仲間たちへの意趣返しにもなる。お前にとっても一石二鳥だと思うがね」
氷室がかつての仲間にしたことに対して、全く怨みが無いと言えば嘘になる。また同時にたった一人でカルテルの武闘派たちを制圧した氷室という人間に興味があったのも事実。そこに関してはどうやらあちらも同じだったようだ。
「フッ、どうやら気を遣わせてしまったみたいですね」
向こうからお膳立てをしてくれたことに感謝をしつつ、車のトランクからコントラバスケースを取り出すと巨大なハサミを手にし、二つの剣へと分離させて構える。その構え剣道とは異なり、半身をずらしたフェンシングに近しいもの。まさしく西洋剣術そのものの構えであった。
「剣道は不慣れ故、何卒ご指導の程よろしくお願い致します」
そう礼儀正しく宣ったトルメンタの瞳にはふつふつと闘志が湧き上がっているのが窺えた。




