試食会①
「ただいまー。はぁ〜疲れたぁ〜」
仮住まいの豪邸へと戻ったウィリアムとアイラ。イルミナを見送った後、デュランから電話があり「今から伝える物を買ってこい」と一方的に告げられ、わざわざ市場に寄って大量の食材を抱えて長い道のりを歩いて帰ってきたのだった。
暑い中、重い荷物を徒歩にて運んできたウィリアム。道中、アイラは何度も半分持つと言ってくれたが、女性に荷物を持たせるのはウィリアムの主義に反する。少女の優しい気持ちだけ受け取り、大人の男としての意地を見事に立て通してみせたのだった。氷室との交渉で溜まった心労に追い打ちをかける肉体労働で心身共に疲労困憊気味のウィリアムをデュランとトルメンタが出迎えた。
「おかえりなさいませ。暑い中お疲れ様でした。今冷たい飲み物をご用意致しますね」
「おう、遅かったなバカ野郎。またどこぞで女でも引っ掛けてきたんじゃねーだろうな」
二人の対応の温度差がまるで天使と悪魔。デュランの発言には正直カチンと来たが、アイラがいなかったら色街に繰り出していたことは否定しない。エデンでの女絡みの前科は星の数ほどあることは事実であり、その何度かを悪魔に救われたことがある手前、ウィリアムはトルメンタが持ってきた氷でキンキンに冷えたスパークリングレモネード、所謂レモンスカッシュを怒りと共に一息で飲み干した。アイラはお気に入りのオレンジジュースを飲んでいる。
「プハーッ、生き返ったー。頼まれたものは全部買ってきたからそんなにイジメないでくれよデュラン。それと、氷室刑事からアイラの件も了承を貰えたよ。と言っても、最終的にはイルミナさんのおかげなんだけどね。土曜からレッスンしてくれるってさ。それにしても、珍しい物を使うんだね。市場に行けって言われたからてっきりいつもの中華料理の材料かと思ったのに」
床に置いた紙袋二つを一瞥したウィリアム。デュランはそれを抱えるとニヤリと不敵な笑みを見せた。
「出店に並べる試作品は今日の夕飯で出すから、自分の舌で確かめてみるんだな。その間お前らはシャワーでも浴びて待ってろ。行こうぜ、トルメンタ」
「承知しました、デュラン様」
初対面で殺し合い手前の闘いを繰り広げた間柄とは思えないほど和かな雰囲気で天使と悪魔は厨房の方へと戻って行った。
「デュラン、楽しそうだった」
アイラがそう呟くのも頷ける。デュランと付き合いが長いウィリアムもあそこまでデュランが他人と気安く接する姿など今まで見たことが無かった。
「なんか意外だなぁ。あのデュランがあそこまで他人と打ち解けるなんて。やっぱ男って生き物は拳と拳で語り合うと仲が深まるのかねぇ。同じ男だけど僕には全く共感出来ないや。取り敢えず先にお風呂に行こうか。アイラは部屋から近い二階のシャワールームを使いな。僕は一階のを使うから」
ウィリアムの提案にコクリと頷き、二人はそれぞれシャワールームへと向かって行った。
ウィリアムがシャワーを浴びて広間へ向かうと、扉を開けたと同時に様々な料理の匂いに迎えられた。いつも嗅いでいる本格的な中華料理ではない。もっと複雑なスパイスを用いてガツンと食欲を刺激しながらも爽やかな清涼感さえも感じる異国の料理が放つ独特な香り。大きなテーブルには湯気を放っている料理の盛られた皿が並べられていた。
「くんくん、美味しそうな匂いがする」
ウィリアムの後に続いて風呂上がりのアイラが可愛らしい腹の音を鳴らしながら広間へとやってきた。数時間前にドーナッツを三つも食べていたにも拘らず既に空腹の様子。大人顔負けの健啖ぶりだが全く太る様子がない。これが若さかと感心していたウィリアムに新たな皿を運んで来たデュランが話しかける。
「お前ら良いタイミングで来たな。さぁ、食ってみてくれ」
今し方テーブルに運ばれて来たのは輪切のオレンジが平皿に並べられ、その中央にとろみのついたタレが絡めてある鶏の唐揚げ。ウィリアムはその料理には見覚えがあった。
「あれ、オレンジチキンじゃない。懐かしいなー。ニューヨークに行った時によく食べたよ。アメリカ式の中華料理なんて珍しいもの作ったね」
「それは俺じゃねぇ。トルメンタが作ったんだよ。こいつすげぇぞ。サービスマンとしてだけじゃなく料理の腕も知識も相当なモンだぜ」
「アントニオ様の食事も私が作っておりましたので、ある程度の料理であればお作りすることは出来ます。ですが、デュラン様のように本格的な中華料理には明るくありませんので今日は非常に勉強になりました」
朝食を作ってもらったアイラは知っていたが、デュランとウィリアムはトルメンタが料理まで出来るのは初耳であった。どうりで中華料理ではあまり使われないようなスパイスや西洋ハーブの香りがするはずである。
「近々エデンでキッチンカーを出店されると伺っておりましたので、デュラン様と相談して手軽に食べれて尚且つ世界でも人気のある屋台料理に着目して幾つか作ってみました。どうぞ御賞味ください」
「まず俺が作ったのは担担麺と滷肉飯。どれも中国で人気の屋台メシだ」
ボウルかと見紛うほど巨大な二つの器。大食漢であるライガン専用の特注どんぶりに入っている麺と飯のボリューム満点の二品。担担麺は肉味噌に細かく砕いた松の実や刻みネギ、青菜が添えられた本場の四川風の汁無しスタイル。花椒等の辛み調味料は好みに応じてセルフで提供するとのこと。これならアイラのように辛い物が苦手な人でも問題なく食べられるはずだ。
二品目の滷肉飯は豚バラの塊肉を細かく刻んでショウガやネギ、酒を加えて下茹でをして丹念に肉の臭みを取り除いた後に醤油ベースの甘辛いタレで煮込み、その煮汁で仕込んだ味玉を添えたシンプルだがド直球な旨味を叩き込む仕上がりになっている。復興事業で集まったブルーカラーの男たちをメインターゲットにしているだけあって、肉、脂、飯を飲むように流し込める為、ガテン系には人気が出そうな一品である。
「私が作った二品はこちらです」
先程デュランが持って来た大皿に盛られたオレンジの輪切が添えられた鶏の唐揚げ。オレンジチキンである。アメリカで独自の進化を遂げた中華料理の一つで唐揚げに甘酸っぱいオレンジソースを纏わせた、柑橘類の甘みと酸味を活かした鶏肉版の酢豚のようなものである。テイクアウトの際はオイスターペイルと呼ばれる板紙の容器で提供される事が多く、テレビドラマや映画のワンシーン等でも目にする機会は多い。今回のキッチンカーでも同様にオイスターペイルに入れて販売を考えているらしい。
二品目は軽食の定番サンドイッチ。サンドイッチブレッド——所謂食パンではなくフランスパンのバゲットのように細長いが硬さはなくソフトな仕上がりのパンに、クミンやオレガノ、コーラ、オレンジジュースで煮崩れるまで柔らかく煮込んだ豚肉を解したものをピクルスやチーズと共に挟んだキューバ発祥のサンドイッチである。安価でボリュームもあることからキューバの労働者の間では定番の昼食とされているとのこと。
二人が二品ずつ作った料理、計四品を前にウィリアムが口を開く。
「ちょっ、ちょっと待って。どれもボリュームがあり過ぎて食べ切れないよ」
「これくらいで何言ってやがるんだ。まだまだ厨房には試作品があるぞ?」
「まだ出てくるの!?」
「そんなには食えねぇだろうからって四品に絞ったんじゃねぇか。アイラを見習って文句言わず食え」
デュランの言葉にアイラの方を見ると、既に席に着いて黙々と料理を食べている。表情は相変わらず無表情だが、食べ物を口に運ぶ手が全くと言っていいほど止まらない。こんな小さな体のどこにそんな量の食べ物が入っているのかウィリアムには不思議でならなかった。
「じ、じゃあ、頂きます……」
観念したウィリアムは取り敢えず席に着き、並べられた料理を少しずつ味見をしていった。




