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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
77/194

氷室へのお願い事②

 どこを見渡してもビビッドピンクが目に入る内装。見るからに女性向け全開の店内に、混沌を濃縮したような席が窓際に一つ。


 帯刀していないことがストレスとなり、組んだ足を小刻みに揺らしながらイライラを露わにしている氷室と、人の良い笑顔でそんな氷室に話しかけている金髪碧眼の美青年ウィリアム。そんな対極的な二人の間の席に座り黙々とオレンジジュースを飲んでいるアイラ。


 個々では有名な三名だが、この組み合わせは滅多に見られない。正直、エデンに住む者達からしたら下手な動物園や水族館よりも見応えはある。


 その為、外を歩く者たちは皆ギョッとした様子で一度立ち止まりその珍奇な会合を眺める。そして怒りに満ちた氷室とガラス越しに目が合い、通行人は目を伏せてそそくさと去っていく。店内に入って既に十五分が経っていたが、さっきの若いギャング風の輩たちで既に六組目だ。その鬱陶しさも相俟って氷室の不機嫌は更に極まっていく。その鬱憤を辛うじて抑えているのが大量の糖分。毒かと見紛うほど鮮やかな彩りのドーナッツだった。かぶりついたドーナッツをブラックコーヒーで流し込んだ氷室はようやくウィリアムに話しかける。


「それで、お前が俺に何の用だ。確か頼み事とか抜かしていたな。スピード違反や駐禁の取り消しなら管轄外だぞ。それに俺は今二週間の謹慎処分を喰らっててな。警察としては何の役にも立たん」


「えっ、そうなんですか!? だったら丁度良い。その二週間だけでいいんです。どうかお力を貸して頂けたらと……」


 わざとらしいリアクションを見て氷室が察した通り、ウィリアムは既に氷室が謹慎処分を通達されていることを知っていた。顔が広いウィリアムにとってこのエデンでのちょっとした情勢であれば割と詳しい。喰えない奴だと訝しむ氷室はウィリアムを警戒し、睨みながら再度問う。


「まどろっこしい芝居はいい。要件を簡潔に言え」

 

 流石にこれ以上の戯れは危険と悟ったウィリアムはアイラを一瞥した後、氷室の目を見つめ要件を正直に告げた。


「実は、アイラに剣道を教えてあげて欲しいんです」


 ウィリアムの青い目を睨む氷室の視線がより強みを増した。それでもウィリアムは怯まず続けた。


「先日の一件でハッキリしましたが、僕らはこの娘を四六時中守ってあげられるわけじゃありません。少なくとも、最低限自分の身は自分で守れるようになって欲しいと考えています。お聞きしたところ、氷室刑事は剣道の有段者でもあるとか。もちろん、指導料として謝礼もお支払いします。どうかこのか弱い少女に自衛の道を示して頂けないでしょうか?」


 四つめのドーナッツをコーヒーで流し込んだ氷室は立ち上がるとウィリアムにこう告げた。


「断る」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 慌てて立ち上がり、テーブルを去ろうとする氷室の手を必死に掴むウィリアム。その瞬間、冷たい銃口が額にキスをした。氷室は携帯していた銃をウィリアムに押し付けていた。


「銃の扱いは不得手だが、この距離なら外さんだろ。脳漿(のうしょう)をぶち撒けたく無ければサッサとその手を放せ。今日の俺は虫の居所が悪い」


 ウィリアムは久々に冷や汗を流した。いくらウィリアムが交渉上手とはいえ、こちらの話を頑として聞き入れない心構えの者を説得することなど不可能だからだ。何とか手持ちの情報から氷室にメリットとなる条件を探そうと頭をフル回転させるも答えを導き出すよりも早く引き金が引かれるであろう。ウィリアムに出来ることはといえば、勢いで掴んだ氷室の手を放すくらいしか出来なかった。ウィリアムが手を離したのを確認した後、氷室は胸のホルスターに銃を仕舞う。交渉決裂の合図である。


「要が済んだなら帰らせてもらうぞ」


 ロングコートを靡かせながら踵を返す氷室。去り行く後ろ姿を黙って見送るしかないと諦めていた時、意外な人物が店内にやってきた。


「やぁやぁ、随分珍しい組み合わせじゃないか。一体なんの密談かな?」


 ピリついた雰囲気など素知らぬ顔で気安く話しかけてきたのはジェイルタウンの物知りお姉さん、イルミナだった。


「どこから俺の情報が漏れたかと思ったら、お前か」


「はて? 君のことは剣道の有段者であること以外は口外していないはずだが」


「その口振りからすると、他にも何か知ってるみたいだな」


「さて、どうだろうね?」


「詳しく聞かせてもらう必要がありそうだな」


「おや? デートのお誘いかい? ニヒルな男は嫌いじゃないよ」


 殺気立っている氷室の問いをのらりくらり飄々と返すイルミナ。普段はウィリアムがよくやる常套手段(おあそび)だが、今はマズい。氷室は冗談が通じないほど怒りのボルテージが上がっている。事実、氷室は右手を再度左胸に装着している銃のホルスターに伸ばそとしていた。ウィリアムは慌てて助け船を出す。


「違うんですイルミナさん。氷室さんに無理を頼んだこっちに非があるんです。だからここは穏便に——」


 必死な様子のウィリアムを見て、イタズラな笑みを浮かべたイルミナはウィリアムの言葉を遮り喋り出した。


「あぁ、なるほど。合点がいったよ。この間話していたアイラの護身の件か。確かにその時剣道の話をしたのも僕だし、氷室刑事が有段者だと話したのも僕だ。けどいいじゃないか減るもんじゃないし、鬼節神明流を教えてと言ってるわけでもないんだ。あぁ、別に鬼節神明流でも良いんじゃないかな? 案外女性の方が強くなるかもよ? そう、例えば君の妹君みたいに」


 鮮やかな店内に響く銃声。


 氷室は憤怒の形相でイルミナに向けて銃を撃っていた。しかし弾丸はイルミナの頬を擦り、壁内に着弾。銃が不得手だったことと、怒りに震える氷室の手がイルミナの命を辛うじて今に繋ぎ止めたのだった。これがもし帯刀していたならば、イルミナの頭は間違いなく地面に落ちていただろう。


 氷室の逆鱗に触れたイルミナは真剣な眼差しで彼を見つめ、謝罪をした。


「本当に済まないことをした。悪ふざけが過ぎたよ。君にとってのトラウマに触れたのだから。謝って許してもらうつもりは毛頭ない。今度は気が済むまでその引金を引いたらいい。ただ、もし僕を殺したらウィリアムの頼みを再考だけでもしてあげて欲しい。それでダメでも構わないから」


 急な発砲事件に鎮まり返る店内。氷室は依然と血走った眼でイルミナを睨み付けている。氷室の全身に力が入っているのが側から見ても分かる。今にももう二、三発発砲しそうな雰囲気だ。数分の沈黙の後、ふと氷室の全身から力が抜け、険が取れた表情に戻った氷室は銃をホルスターに納めるとイルミナの横を素通りしてレジの店員に名刺を渡して何かを話していた。大方、店の修理代の件だろう。その後、こちらに戻ってくるとウィリアムに向かってこう告げた。


「さっきの件だが、引き受けてやる」


「えっ!? 本当ですか!」


「何故だかわからんが、今し方この店の修理代を賄わなきゃならなくなった。但し、俺自身は有段者だが指導員の資格はない。我流混じりになるが、構わんな?」


「それでも構いません。是非よろしくお願いします!」


 ウィリアムがそう言うと、氷室はメモとペンを取り出し何かを書いてそのメモのページを、千切ってテーブルへ置いた。


「俺の家の住所だ。明後日の土曜までには用意はしておく。この二週間は家にいるからいつでも訪ねて来るといい」


 それだけ伝えると、氷室は店を出て行った。


「いやぁ、怖かったぁ。流石の僕も死んだかと思ったよ〜」


 頬から血を流しながらイルミナは困惑混じりの笑みを浮かべている。


「無茶しないでくださいよイルミナさん。あの人が刀持ってたら間違いなく死んでましたよ」


 ウィリアムはポケットからハンカチを取り出すと、イルミナの頬の血をそっと拭ってあげた。


「人の怒りのピークは六秒って言われいるからね。アレでも警官なんだ。彼も最低限のアンガーマネジメントは出来てるんじゃないかな。まぁ、でも良かったじゃないか。あの堅物から指導の了承を得られたんだし」


「大きな借りを作ってしまいましたね」


「なぁに、構わないさ。僕が興味半分で勝手に首を突っ込んだんだから。あっ、でも代わりと言っては何だが僕のお願いも一つ聞いてくれないかな?」


「もちろんです。何でも仰ってください」


 イルミナは可愛い紙袋に入った色取りどりのドーナッツを抱えて嬉しそうにジェイルタウンに帰っていった。


 本人曰く、前々から気になっていたが一人では気恥ずかしくて中々入店出来ずにいたらしい。ウィリアムにとって、今日は人生で最も大量のドーナッツを購入した日となった。


 また、アイラの習い事が何とか確約出来たことと、イルミナの女性らしい一面を垣間見れたこと。それを合わせても実に安い買い物となったことは間違いない。

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