アイラとトルメンタ②
朝食を終えて三十分後。洗い物を済ませたトルメンタが広間へと戻ってきた。その手にはウッドチップ製の大きめなバスケットとコントラバスケース、昨日アイラが被っていた白い帽子。担いでいるケースの中身があの巨大なハサミでなければオシャレなピクニックセットに見えなくもない。
「お待たせしました、お嬢様。早速お庭をご案内致しましょう」
跪いて帽子を被せたアイラの手を引いて、トルメンタは屋敷の外へとアイラを連れ出す。
秋も間近だというのに昨日ほどではないが、相変わらず暑い。気温は三十度前後といったところか。涼しげな装いのアイラとは違い、トルメンタは昨日と同様に黒いジャケットと黒いパンツ、胸元まで空いたシワひとつない純白のシャツを着ているが汗ひとつ掻いていない。
「トルメンタさん、暑くないの?」
長身のトルメンタを見上げ、アイラは問う。
「ええ、私は暑さには慣れっこなのです。そしてお嬢様。わたくしめに〝さん付け〟はいりません。お嬢様はゲストで私は使用人なのですからどうぞお気軽にトルメンタとお呼びください」
アイラにはトルメンタの伝えた言葉の意味が少し難しかったようで、しばし何かを考える素振りをした後、トルメンタにこう伝えた。
「じゃあ、トルちゃんって呼んでもいい?」
アントニオに拾われて以来、現在に至るまで闇稼業を生業にしてきた自分を誰もが恐れ、忌み嫌ってきた。その結果エスコバルの番犬、バレンシアの断頭台と呼ばれて久しいが〝トルちゃん〟は流石に初めてだった。それがなんだか可笑しくて、とても嬉しかった。
「他のニックネームの方が良い?」
トルメンタの顔色を伺うように見上げているアイラにウィンクをしてトルメンタは答える。
「いいえ。今まで付けて頂いたあだ名で一番嬉しいです。ありがとうございます。お嬢様」
しばらく歩くとビニールハウスが見えてきた。トルメンタ曰く、中では主にトマトが栽培されており、今朝食べたトマトはあそこから選別されたものだと言う。その周りには果物の木が見受けられ、大小様々なリンゴやオレンジがたくさん実っており、まるで果樹園のよう。表情こそ大きな変化が無いアイラだが、内心はとてもわくわくしていた。
「お嬢様の好きなオレンジジュースを仕込むためにいくつか頃合いのものを収穫していきましょうか。ちょっと失礼」
トルメンタはそう言うと、担いでいたコントラバスケースから昨日デュラン戦で使用した大ハサミを取り出す。巨大な刃と長身で脚立要らずで次々と食べ頃のオレンジを慣れた手つきで収穫していく。
「良ければ獲れたてをお一つ如何ですか?」
アイラはこくりと頷くと、トルメンタはポケットから小さなナイフを取り出し見事な手際でオレンジの皮を剥いていく。食べやすいように柑橘類によく見られる白い筋、アルベドまできっちり除去したオレンジの実をアイラに手渡す。
「甘くて美味しい」
「それは良かった。ここ最近は異常気象だと騒がれていますが、この太陽の日差しは作物たちにとっては至上の恵みとなります。私自身も太陽に常に感謝をしております。アントニオ様という太陽が無ければ、今の私もなかったのですから」
眩しい日差しを見上げながら、誰に語りかけるわけでもなく一人呟くトルメンタ。
「天気が良いのは良いことですが、暑すぎるのも考えものですね。お外でランチでもと思い用意をしてきたのですが、熱中症になってはいけません。ランチはお屋敷に戻ってから涼しい室内で摂りましょう。ご一緒に冷たいフルーツティーを淹れますね」
帰りの道中、トルメンタは周囲の伸びた植栽を大ハサミで瞬時にカットし、ウサギやクマなど可愛らしい動物の形に切り揃えてアイラを楽しませた。トルメンタは庭師としての腕前も超一流であった。




